第4話 幼馴染の思い


    「オンコロコロ、センダリ、マトウギ、ソワカ」

     昼休み、私は相変わらず影井さんに呪詛を跳ね返してもらっていた。
     あれから半月が経ったけど、私への呪詛の攻撃は毎日ではないものの結構な頻度でやってくる。
     魂が抜けそうになるものやら、体調の悪くなるもの、おっかないお化けに襲われそうになるもの。
     形を変えて、容赦なく呪詛は私を襲う。

    「うむ、いいぞ」
    「ありがとうございます」

     結局呪詛に襲われるたびに、私は影井さんに身固めをしてもらって難を逃れていた。
     正直、ここまで来ると身固めもすっかり恥ずかしさがなくなってしまう。
     だって、これをしてもらわなきゃ命にかかわるってんだから、恥もへったくれもない。

     私ははぁっと大きなため息をついた。

    「男性の抱擁ってもっとロマンチックなものだと思ってたんだけどなぁ」
    「なんだ、お前も人並みにそんなことを考えておるのか」
    「当たり前ですよ、これでも年頃なんですから」

     隣に腰掛ける影井さんにお弁当を差し出しながら私は言った。
     ちなみに、小鳩ちゃんを借りているお礼に私は影井さんに毎日お弁当を作ることにしていた。
     影井さんも拒否らないし、私もただ助けてもらってるばかりじゃ癪だから。

    「あーあ……こんな生活もあと1年で終わるし、我慢なんだろうけど」
    「学校にいるうちに解決できるとは思っとらんということか?」
    「あのお嬢様か星弥が転校でもしてくれない限り無理でしょ」

     はっきり言って諦めてた。
     お嬢様は完全に星弥にくびったけだもの。
     でも、私と星弥が幼馴染っていう事実はどうしたって変えられない。
     なら、今の生活を続けるしかない。

    「頭の固い女だのう。まぁ、そういうのは嫌いではないがな」
    「逃げるのは、嫌ですから」

     影井さんはチラッとお弁当の卵焼きを頬張りながら私のほうを見たけど、無言のままを貫いた。

    「そう言えば、もうすぐ修学旅行ですね。正直行き先が京都じゃ影井さんつまらないんじゃないですか?」
    「地元だからのう。しかも、集団行動の一環では家に帰ることもできんから、微妙だな」
    「ですよねぇ……私は京都って聞くだけでちょっと気分的に萎えます」
    「ほう? なぜ?」
    「京都って言えば鬼に妖怪、物の怪なんでもござれってイメージだし……総本山? みたいな印象かも」
    「くくく、鬼に妖怪なんぞどこにだっておるもんだ。京都だからといってビビるほどのものでもないわ」

     影井さんの言葉はほんの少しだけ私を安心させてくれた。
     京都だから特別ってこともないのね。

    「まぁ、それでもここよりは強力なやつらがうようよしておるかもしれんけどな」
    「えええ……安心して損した」

     がっくりと肩を落とすと、日向ぼっこをしていた小鳩ちゃんが私の横に座って言った。

    「大丈夫ですのよ椿様! 京都の鬼でも妖怪でも、小鳩がやっつけますのよ!」
    「まぁ京都級になると小鳩のままでは倒せんやつも出てきそうじゃのう、くくく」
    「笑い事じゃない……それ命にかかわりますから」

     私が青い顔をしながら言うと、小鳩ちゃんは首を横に振る。

    「大丈夫ですのよ、いざとなったら雅音様に真名を呼んでいただきますからっ」
    「そういえば、小鳩ちゃんの本当の名前って、なんていうの?」
    「それは……私は自分では言えませんですのよ」
    「何で?」

     私が首を傾げると、影井さんが答えてくれた。

    「式鬼神となって力を制御された鬼や物の怪は主が名を呼ばない限り、自分の真名を呼べぬようになっておる。でなければ力を取り戻してまた元のように暴れだすかもしれんしのう」
    「えええ……小鳩ちゃんは力を取り戻したら……暴れるの?」

     私が恐る恐る聞くと、小鳩ちゃんはやけにまぶしい笑顔で言った。

    「そんなことしませんの。ただ……雅音様との式鬼としての契約が切れたら……ふふっ」
    「ぜひ、契約が切れないことを祈ります」

     なるほど、こんなに可愛い小鳩ちゃんでも、元は強烈な鬼だったんだよね。
     信じがたいけど。

    「間違っても俺と小鳩の主従関係は崩れんから安心せい。一度封じられた鬼が契約切れを起こすということは、その鬼を操るに足らぬ主だったということだ。俺に限ってそんなことは絶対にない」
    「正直私も諦めてますの。雅音様は私の真名を呼んでも揺るがない霊力と精神力で私を制御した上に、他の二匹の鬼まで真名を呼んで従属させてしまった類まれなる才能の持ち主ですから……お仕えできるだけでも、誇りというものですの」

     なるほど、なんかとりあえず影井さんがすごいことだけは良くわかった。

     でも、修学旅行か。
     中学のときのは楽しかった思い出があるけど、高校の修学旅行は楽しめそうにないなぁ……
     正直、嫌な予感しかしない。
     あのお嬢様が私をグループに入れたんだから、恐ろしくてしょうがない。
     でも、拒否ったところでクラスの誰も私を班には入れないだろう。
     結局泣く泣く承諾するしかなかった。

     でも、お風呂だけは……最後にしてもらおう。
     それくらいは許されるだろう。
     ま、一緒に入るのはみんな嫌だろうし、むしろ歓迎されるかもしれない。

     帰り道、小鳩ちゃんが私の鞄から顔を出した。

    「そういえば椿様、修学旅行とか言うものの前に、ご両親がもうすぐお帰りになるんじゃないですの?」
    「うん、修学旅行の前日に帰ってくるって。でも、それからはしばらく家にいるって言うから一安心かな」
    「そうでしたの、よかったですわね」
    「うん」

     私は両親が帰ってくるということを考えると笑顔がこぼれてしまう。

    「やはり、ご両親と一緒が一番幸せですのね」
    「そりゃあね。なかなか会えないから、会えると嬉しいものだよ」

     そんな会話をしていると、ふいに後ろから声がかかった。

    「つーばーきっ!」
    「きゃっ!!」

     私は思わず悲鳴を上げた。
     声をかけてきた人物が後ろから抱きついてきたのだ。

    「なっ、なっ……誰!?」

     手を振りほどくと、そこには星弥の姿があった。

    「せ……星弥……」
    「ひっでぇな、振り払うことねぇだろ」
    「あんまりふざけてるからよ」

     私は星弥の胸をぽんっと軽く手の甲で叩いた。
     星弥は私に歩調を合わせて歩き始めた。

    「なぁ椿」
    「ん?」
    「お前、修学旅行行くの?」
    「え? 当然でしょ? 何で?」
    「いや……別に」

     星弥は目を逸らして言う。

    「お前、さ……なんか俺に隠してることない?」
    「え?」

     何だろう、何か今日は様子がおかしい。

    「何で隠すんだよ……俺見たんだぞ」
    「何を?」
    「お前、クラスでいじめられてるんだろ!?」

     星弥に言われて、思わず目を見開いてしまった。

    「やっぱり……今日ちょっと用事があって2年の教室の前通ったら……お前、雑巾投げられてたろ……」
    「見たんだ」
    「ああ……」

     星弥は、ぐっと奥歯をかんでいるみたいだった。

    「首謀者誰だよ!」
    「さぁ」
    「知らないわけないだろ! 言えよ!!」
    「言ってどうなるのよ」
    「俺がやめるように言う! なんなら賀茂先輩に頼んで……」
    「やめてよ!」

     思わず言葉が荒くなる。
     星弥……あんたのその気遣いは、逆に私の立場を悪くするだけなんだよ……?

    「とにかく……私は気にしてないから。大丈夫よ」

     私は星弥を無視するように歩き出した。
     でも……

    「椿!」

     腕をとられ、突然後ろから抱きしめられる。

    「ちょ、ちょっちょっと星弥! 放しなさい!」
    「嫌だ!」
    「いい加減にして、こんな人目に付く場所で……」
    「構わない! 俺、お前が好きなんだ! ガキの頃からずっと!」

     え……?
     え………?
     ええええええええええ!?

    「ちょっと星弥!? 突然何言い出すのよ!!」
    「嘘じゃない、これが俺の本当の気持ちなんだ!! お前と離れたくなくて、頭悪ぃのに同じ学校まで行けるように頑張ったんだぞ!?」

     困った……
     星弥が私をそんな目で見てたなんて気が付きもしなかった。

    「俺に頼ってくれよ……俺に守らせてくれよ」

     星弥の言葉は、すごく優しかった。
     でも……

    「ごめん、星弥……」

     私は星弥の手を自分から離して星弥の方を向いて言った。

     うん。あのお嬢様のこととか、そういうのを抜きにしても、私はやっぱり星弥を恋人としては見られない。
     だって、幼馴染として過ごした時間が長すぎたもの。

    「私にとってあんたは幼馴染。弟みたいなものだよ。それ以上の目では、見られない」

     星弥の表情が見る見る歪む。
     悔しそうに、辛そうに。

    「んでだよ! 他に好きなやついるのかよ!?」
    「いないよ。でも、いなかったとしてもあんたは私の恋愛の対象にはなりえないの。ごめんね」
    「嘘だ」
    「え?」

     星弥はなぜか食い下がらない。
     厳しい表情のまま私を睨んでる……なんで?

    「最近お前からコロンの匂いがする。お前コロンなんかつけないだろ!」
    「あ……」
    「どこのどいつだよ!」

     星弥は私の腕を掴んで詰め寄ってくる。
     流石に男の力でめいいっぱい掴まれると痛い。

    「痛い、痛いったら!! 放して!」
    「なら言え! どこの誰がお前を抱いてるんだ! コロンの匂いが移るほど!!」
    「ちょ……誤解よ! 私本当に付き合ってる人も好きな人もいない……」
    「いてっ!」

     ふと、腕の痛みが和らいだ。
     閉じていた目を開けると、そこには不思議な風貌の男の人が立ってた。
     瑠璃色っていうのかな……?
     綺麗な着物みたいなの、そう、水干、それを着てる。

    「女性に暴力を振るう男が嫌いな友人がいてね」
    「なっ、何だお前! 放せよ! 俺は今椿と話をしてるんだ!!」
    「あまりそんな行動を続けていると、友人があなたを食ってしまいかねない。今のうちにやめて、家にお帰り」
    「んだとテメェ偉そうに……」

     星弥は腕をつかまれたままその人に殴りかかりそうになっていた。

    「やめて星弥!」

     でも、その水干の人は想像以上に強いみたいだった。
     星弥の掴んだ腕を更に組み伏せて、動けないようにする。

    「うぐっ……!」
    「さぁ、力の差が歴然なのは分かっただろう? お帰り」
    「ざけんな! 畜生……」

     開放された星弥は私に背を向けて、震えていた。
     ごめん、本当にごめん星弥……

    「絶対に、手に入れてやる」
    「え……?」

     その星弥のものとは思えないほどに禍々しい空気をまとった声に、私は思わず驚いてしまった。
     でも、そんな私の不安をよそに、星弥は私の前から走り去ってしまった。

    「小鳩……お前本気であいつを食おうとしていたろう?」
    「え……?」

     見れば小鳩ちゃんが、いつの間にか鞄から抜け出して走り去る星弥の背中にずっと威嚇を続けていた。
     うあ……そう言えば小鳩ちゃんは女性に暴力を振るう男は大嫌いだったんだっけ。

     って、何でこの人小鳩ちゃんを知ってるの? むしろ見えてる?

    「小瑠璃、助かりましたの。私もう少しであの男に噛み付くところでしたのよ」
    「あはは、小鳩に噛まれたらあいつ足の一本もなくなってたろうね」

     陽気に話すこの人はどうやら小鳩ちゃんと知り合いらしい。

    「あの……助けてくれてありがとうございます」
    「ん? ああ、主の命令だから、気にしなくていいよ」
    「え?」

     話が飲み込めていない私に小鳩ちゃんが教えてくれる。

    「小瑠璃は私と同じ雅音様の式鬼神ですの。雅音様が助けてくれたんですの」
    「影井さんが……」

     私は、ここには姿のない影井さんに感謝するばかりだった。
     あのままじゃ、大騒ぎになってただろうし。

    「それでは椿殿、僕はこれで失礼するよ」
    「あ、はい。影井さんによろしくお伝え下さい」

     小瑠璃さんは笑顔で手を振ると、綺麗な鳥の姿になって空へ消えていった。
     同じ式鬼神でも、性格は様々なんだなぁ。
     小瑠璃さんは結構陽気な感じだし。

     私は夕暮れの空に消える小瑠璃さんをしばらく見送っていた。

     でも、私はこのときまだ知らなかった。
     星弥の告白を断ってしまったことで、また大事件が勃発するなんて……
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