第12話 ダチである幸せ


    「前鬼、後鬼。やれ」

     凛とした声。
     その声と共に、二つの影が私の目の前を走った。

     綺麗な着物を着た男女が手に刀と槍を携えて、それぞれ大きな手に突き刺していた。
     流石に大きな手からはドクドクと血が流れ、一瞬もがく。

    「まだ姿を持続できるか。このまま指の2・3本切り落としてやろうか?」

     青い着物の男の人は刀を手から抜くと無駄の無い動きで構えなおす。

    「そうしまひょか。聞き分けの無い子には、少しくらい痛いお仕置きが必要ですわいな」

     槍を携えた女性はくるくると頭の上でそれを回して、構えなおすと同時に今にも下から上に振り上げそうな勢いだ。
     大きな手は動きを止めて、ぐっと拳を握るとそのままそれを振り上げて、二人に向かって勢いよく降ろした。

    「危ない!!」
    「椿殿、ご心配召されるな」

     赤い着物の女性はなぜか私の名前を呼んで、柔らかく笑った。
     そして、男女のどちらもひょいっと大きな拳をかわしてしまった。

    「えらいうすのろですわいなぁ」
    「本当だね、指を切り落とすにはもってこいだ」

     二人はくすくすと笑ってぴったりの息で拳の攻撃をよける。
     追い詰められた拳は、動きを止めてすーっとその姿を消してしまった。

    「すごい……あの大きな手をものともしないなんて……」
    「後鬼、追跡せい。逃がすなよ」
    「はっ!」

     赤い着物を来た女の人は地面を蹴ってすぐにどこかへ行っちゃった。
     そこで変わりに姿を現したのは見慣れたおかっぱ頭。

    「影井さん!」
    「標的がさっそく尻尾を出しおった。ここまで上手く踊ってくれると、逆に不気味なくらいだのう」
    「え……?」
    「今のは茨木の腕じゃ。よく向かっていく気になったのうお前」
    「え……ええええ!?」

     茨木の腕だって聞いた瞬間全身に寒気が走った。
     ぼろぼろに折れた角材地面に落として、膝を付いてしまった。

    「椿殿、大丈夫?」
    「え? あなた誰?」

     青い着物を着た綺麗な男の人は私を心配するように覗き込む。

    「ああ。こちらの姿ではまだ会ってなかったね。僕は小瑠璃ですよ。まぁ今は真名を呼ばれているからこの姿だけど。僕の本当の名は前鬼。よろしくね」
    「あ、は、はい……」

     うわぁ……この人が小瑠璃さん?
     前の姿より大人っぽくなって、女の人みたいに綺麗になってる。
     角が着ている着物と対照的に赤っぽい……
     なんか瞬時に赤鬼って言葉が似合うなぁと思ってしまった。
     それにしても、あの大きな手に傷を負わせるなんて、すごい。

    「強いんですね、小瑠璃さんは」
    「んー……あれは手だけだったからね。全身が出てきたらどうだったろう?」
    「そんなに強いんですか、茨木って」

     私の問いに小瑠璃さんは真剣な顔で頷いた。

    「僕と後鬼二人でかかっても無理だろうね。それだけ茨木は強いよ。だからこそ、今のうちに指を切り落としておきたかったんだけどね」
    「………」

     その話を聞いて私はとんでもないものに果敢に挑んでしまったんだと、今になって怖くなっていた。
     むしろ、知らなくてよかったんだと思う。
     知ってたらあんなに強気に角材を振るえなかったかもしれない。

    「陵牙、大丈夫か?」
    「ああ。油断したわ。椿ちゃんが声上げてくれなかったら腕なくなってたわ」
    「気が緩みすぎだのう」
    「ははは、ちーっと考え事しててな」

     そう言う蘆屋くんの腕は傷口がもう塞がっていた。
     やっぱり小鳩ちゃんの能力はすごい。

    「やはり相手は清村自身を狙っているわけではなさそうだの」
    「え……?」

     影井さんは蘆屋くんの怪我を見てすーっと目を細める。

    「陵牙、この調子でおとりを続けろ。獲物が食いついた、もう少しで釣れる」
    「まっちゃん、意外と人使い荒いなぁ……俺、これでも死にかけたんやで?」
    「やめるか? 別にそれでも構わんが」
    「うんにゃ」

     蘆屋くんは治った腕をぐるぐると回して言った。

    「椿ちゃんが危ないの分かってて放っておくほど俺は薄情やないわ。それにこの腕の仮はちゃんと返さなあかんやろ?」
    「蘆屋くん……本当に危ないよ? 今日だって大怪我したのに……」
    「命がちゃんとこうしてあるんやから、別にええよ。それに椿ちゃんは俺の好みやからなぁ、みすみす死なせたら目の保養がのうなってしまうわ。何より、俺と椿ちゃんはダチやからな。困ったときに助けるんは当たり前や」

     蘆屋くんはケタケタ笑ってる。
     こんな私を、蘆屋くんは友だちって言ってくれる。
     でも、必死で忘れてたけど私の目の色は今、赤と青。
     いつもと違う異形の目だ……

    「清村」
    「え? あ、は、はい」

     影井さんに名前を呼ばれて振り向くと、影井さんはすっと私の髪を優しく撫でてくれた。

    「お前が気に病んでいることを、陵牙は多分まったく気にしておらんぞ。そいつはうつけだからな、深く物事を考えん」
    「まっちゃん、本人の前でそこまで馬鹿にすることあらへんやろ……」
    「そうは言っても実際お前はうつけだろう? それがいいところでもあるがのう」
    「うーん……褒められてるのに全然そんな気がしないのはなんでや」

     蘆屋くんはがっくりとうな垂れながらも私を見た。

    「ありがとな、椿ちゃん」
    「え?」
    「あんな勝てっこないような相手に、俺のために立ち向かってくれて」

     私は首を横に振った。

    「ううん、だって蘆屋くんは私の友だちでしょ? 私さ、嬉しかったんだよ」
    「なにが?」
    「蘆屋くん、私のクラスの立場を知っても、何のためらいも無く私を何度も"ダチ"って言ってくれたでしょ? それがすごく嬉しくて……蘆屋くんが友だちって言ってくれるなら、私にとってだって蘆屋くんは友だちだから、絶対死なせたくないってそう思ったの」

     蘆屋くんはきょとんとした表情をしていたけど、すぐに苦笑いを浮かべた。

    「もったいないなぁ」
    「え?」
    「椿ちゃんが惚れたのが俺やったらよかったんに」
    「なっ……何言ってるのよ蘆屋くん!!」
    「ははっ、まぁええか。こんなええ子が俺のダチになってくれたんやから」

     蘆屋くん……何でそんな寂しそうな表情するの……?
     まさか、さっきのが本気とか言わないよね?

    「椿ちゃん、その目のこと気にしてるんか?」
    「……変でしょ?」

     私が気まずい表情で目を逸らすと、蘆屋くんは腕を組んで言った。

    「そんなことない。宝石みたいにキラキラしとって綺麗やで。なっ、まっちゃん」
    「ああ」

     お父さんやお母さん以外に、私の見た目を認めてくれる人なんて現れないと思ってた。
     でも、実際は影井さんも、蘆屋くんも私を変に思ったり敬遠したりしない。

    「きっと……二人とも陰陽師だから、こういう変なものは見慣れてるのね」

     思わず涙ぐみながら、そんなことを言うと、蘆屋くんは珍しく私に対して怖い顔をした。

    「何アホなこと抜かしてんねん。陰陽師なんて職業、人を判断するんに必要なわけないやん」
    「同感だのう。俺も陵牙も、自分の感情にしたがって言ってるまでだ」
    「俺らは二人とも椿ちゃんが気に入ってんねん。引きつけられるもん、持ってるんやろな。だからこうして仲ようなれて嬉しく思ってる。どんな見た目でも、椿ちゃんは椿ちゃんや!」
    「あははっ、蘆屋くんったら影井さんと同じこと言ってる」

     私が思わず笑うと、蘆屋くんはガクッとこけて情けない声で言った。

    「えええ〜!! 俺史上最強この上ないってくらいかっこいいこと言ったんに、まっちゃんに先越されたんかい!?」
    「ふん、お前の考えることなど単純すぎて先を越すなど容易いわ。むしろお前と同じようなことしか言えんかった自分が情けなくなるのう」
    「まっちゃんにはかなわんなぁ……とてもライバル宣言とかできんわ」

     でも蘆屋くん、影井さんの言葉を受けずにそう言ってくれたんだよね。
     ありがとう、すごく……すごく嬉しい。

    「影井さんも蘆屋くんも、ありがとう……」
    「礼を言われるようなことは何一つしてへんねんけどな」
    「ううん、今まで本当に友だちって呼べる存在がいなかったから……いても、みんなお嬢様に断ち切られちゃうような薄っぺらいもので……だから、嬉しくて」

     影井さんと蘆屋くんは顔を見合わせていた。
     でも、蘆屋くんは私の頭をガシガシと荒っぽく撫でて言う。

    「なーんや、ダチが欲しかったんならいくらでもなったるわ! そんな考えすぎるようなことでもないねんで? な、まっちゃん!」
    「まぁ屋上で飯を食う仲は、もう充分友人と言えるじゃろうな」

     嬉しくて涙が出たことなんかなかった。
     悲しい涙だって極力流さないように努力してたのに、嬉しい涙は悲しい涙以上に我慢が難しい。

     その日私は、久々に自分が幸せ者なんだって再確認した。


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