第14話 蒐牙くんのチカラ
あの日のキス以降、影井さんはいつもと全く変わらなかった。 別に私を敬遠するわけでもなく、引っ付くわけでもない。 本当に、いつも通り。 お昼休みはもちろん普通に私のお弁当を食べるし、会話もする。 まるで、私とキスしたことがなかったことのように、影井さんは今まで通り。 今まで通りじゃないのは、私の心だけだ。 いつもながら授業は淡々と進行してく。 先生たちは私の教科書の惨状を知ってて何もいえないから、あえて私に教科書を読めとかいって当てることはなしない。 なんていうか、親切なのかそうでないのかよくわからない。 でも、先生たちにはそれくらいしかできないんだろう。妙に騒ぎ立てられるよりかは全然いいのかもしれない。 「じゃあ次の段落を影井くん。読んで訳してください」 「はい」 そういえば影井さんは、大学生なんだっけ。 何を専攻してるんだろう。 英語の授業とか、まったくもって無縁そうだけど大丈夫なのかな? 「Paulo has raised the voice because it is very surprised. A big spaceship landed in the presence. 」 うわー……めちゃくちゃ発音いいし。 そういえば英語の授業で影井さんが指されたの、転校してきてから初めて。 何か陰陽師っていうくらいだから国語とかは得意でも英語とか数学とか苦手そうな先入観あるけど、そんなことないみたい。 「パウロは驚きのあまり声をあげました。目の前に大きな宇宙船が着陸したのです」 「はい、よくできました。すばらしい発音ですね」 影井さんはその先生のほめ言葉を無視するように座ったみたいだった。 ふと教室を見回すと、女子たちのヒソヒソ話す声が耳に入る。 「影井くんってあんまりしゃべらないけど、頭いいんだね!」 「ミステリアスな感じだしー、今度声かけてみよっと!」 あーあ……なんか、いいところを見せちゃったせいか株上がってるし。 株が上がるのはいいことなんだろうけど、何でこんなに気持ちが晴れないんだろう。 影井さんを独り占めしたいとか、そんなんじゃないはずなのに…… 他の女子と影井さんが親しく話してるのを想像すると、胸がもやもやした。 チャイムが鳴って、帰宅時間になると影井さんはさっさと帰宅していった。 入れ替わりに、隣のクラスの蘆屋くんが私を迎えに来る。 「チョリーッス椿ちゃん」 「蘆屋くんチョリーッス」 「椿ちゃん、今日申し訳ないんやけど、俺一緒に帰れへんねん」 「あれ? どうしたの?」 「ちょっと呼び出し食らってなぁ。時間かかりそうやねん」 「ん、平気だよ。小鳩ちゃんもいるし、一人で帰れるよ」 「いや、それはあかん」 蘆屋くんは真剣な顔で首を横に振った。 「椿ちゃん、この間のこと忘れたんか? また茨木に襲われたら、どないすんねん。それでなくとも最近やたら帰り道に鬼に襲われる頻度、多いんやで?」 「それはそうだけど……」 「せやから、今日は代わりを連れてきたんよ」 「代わり?」 「蒐牙ー! そんなところにおらんと、中入ってきぃ」 ふと、教室の入り口から顔を出したのは蒐牙くんだった。 「2年生の教室にそう気軽に出入りする気にはなれませんよ」 「ええやん、もう誰もおらんのやから」 「まぁそうですけど」 蒐牙くんは眼鏡をくいっとあげながら教室に入ってきた。 「清村先輩、今回は僕が家まで送らせていただきます」 「う、うん。でも、本当にいいの?」 「ええ。29代目の命令ですから」 「あはは……」 蒐牙くん不機嫌そうだなぁ…… さては蘆屋くん、調子のいいときだけ29代目の権力を行使したな? 「んじゃ、俺はセンセのところ行ってくるわ。蒐牙、しっかり椿ちゃん守んねんで!」 「言われなくとも、わかってますよ」 帰り道、私と蒐牙くんの間に会話はない。 二人の足音だけが耳に入ってくる。そのせいなのか、すごく息苦しい。 ううん、息が詰まってどうにかなりそう。 お昼休み一緒にいても、蒐牙くんと直接何かを会話のネタにしたことはほとんどないし…… クラスの話も既にしちゃったしなぁ。 「別に、無理に話題を探さなくてもいいですよ」 「え?」 「先輩、さっきから必死に僕との会話をネタを探しているんでしょう?」 「あ……あははっ……バレてた?」 「ええ、顔に出るタイプですね、清村先輩は」 「何も言い返せません」 私ががっくりうな垂れると、蒐牙くんは私のほうをチラリと見やる。 「どうにも理解ができませんね」 「え?」 「なぜあなたが茨木の事件に巻き込まれているのか。そして兄上や雅音様があなたを、守ろうとする理由が」 「は、はぁ……」 そんなの、私自身にだってわからない。 知らない間に私が巻き込まれていた、そして二人は私の友だちになってくれた、それだけの話だ。 「二人は、友だちを大切にする人なのね」 「はい?」 「ん、だって友だちを守るのは当たり前ってそういってくれたわよ、あなたのお兄さん」 「……友だち、ね」 蒐牙くんは考え込むように言った。 「兄上は確かに友人との付き合いが上手い……しかし、蘆屋道満としての力を使ってまで何かをしたことは……ふむ、茨木のことがあるから仕方なく? いや……それとも清村先輩に惹かれる何かがあったのか……?」 「しゅ、蒐牙くん?」 「あ、失礼。つい考えこんでしまいました」 蒐牙くんはその後もしばらく考え込んだ風で、あまりしゃべらなかった。 無言で足音を聞いていたら、ふと私の影が揺らめいた。 まるで自分の動きに反して、意思を持ったように…… 「な……きゃあ!!」 その影は私の足を掴んだ。 私は思わず尻餅をついてしまった。 「……清村先輩!?」 「い……いや! なにこれ!?」 影から、人の形をした何かが顔をだして、私を闇に引きずり込もうとする。 「椿様に何をしますの!!」 小鳩ちゃんが私に駆け寄ろうとした。 でも、小鳩ちゃんの影からも、人の形をしたものが顔を覗かせて、小鳩ちゃんに攻撃を仕掛ける。 「こ……この!!」 まずい……このままじゃ引きずり込まれる!! 私はどんどん黒い人形の何かに体を引っ張られて、成す術がない。 「青龍・百虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如……!!」 しゅるっと、勢いよく白い布が宙を舞った。 見れば、それは蒐牙くんの包帯だった。 「蒐牙くん!?」 「今お助けします」 包帯の下には、何かびっしりと文字が書きつめられている。 蒐牙くんは右手を前に突き出して言った。 「絡新婦(じょろうぐも)!!」 その言葉に反応するように、蒐牙くんの腕の文字が赤く光る。 でも、文字が赤く光ったあと蒐牙くんは少し苦しそうに顔をしかめた。 赤い文字がベリベリと剥がれ、蒐牙くんの前で人の形になる。 「きゃあ!?」 人の形になったものは、素早く私の目の前の黒い影を切り裂いてくれた。 その助けてくれた人影を見ると、綺麗な着物を着ていて、頭にはたくさんのかんざしを挿した綺麗な女性だった。 ただ、普通と違うのは、下半身が蜘蛛なところ。 「なっ……ななななっ!?」 「心配いりません……絡新婦は僕の式神です」 「蒐牙くん……? 大丈夫なの!? 苦しそうだよ?」 「心配ご無用です!」 蒐牙くんが言うと同時に、下半身が蜘蛛の女性はバッと糸を張り巡らせて、小鳩ちゃんに襲い掛かっていた影を縛り上げた。 「蒐牙様! 無茶はなさらないでくださいまし! あまりその力は使うべきではないですの!」 「余計な心配です!!」 絡新婦はギリギリと黒い影を縛り上げるけど、それにつれて蒐牙くんは辛そうな表情になってく。 「なんで……蒐牙くん、どうしてあんなに辛そうなの?」 縛り上げられた影を絡新婦の糸は簡単に引き裂いてしまった。 「やったか……!」 少しだけ気を抜いた蒐牙くんはすぐに目を見開いた。 倒したと思ったのに黒い影が、更にどんどん私や小鳩ちゃん、蒐牙くんや絡新婦の影から這い出し、増殖してる。 「なっ……!!」 蒐牙くんは慌てたように絡新婦に支持を出して影を縛り上げるけど、このままじゃキリがない。 どうすればいい……このままじゃみんな影に引きずりこまれちゃう……! 「くっ……ぐっ! 絡新婦……!! もっと、もっとだ! 縛り上げろ!!」 そういう蒐牙くんの腕から血が滲んでいた。 まさか、絡新婦が力を使えば使うほど蒐牙くんの腕にダメージが行ってる!? 「蒐牙くん! 無理しないで!!」 「ダメです……ここで清村先輩を守れなかったら、僕にあなたを任せてくれた兄上の意思に背くことになります!!」 「馬鹿なこと言ってないで!! そのままじゃ腕がダメになっちゃうよ!!」 「構いません……この腕を犠牲にしてでもあなたを守ります……!」 「馬鹿!!!!!!!!!!」 私は思わず蒐牙くんの胸倉を掴んでいた。 蒐牙くんは驚いたように目を見開いている。 「そんなことされたってちっとも嬉しくない!!」 「き……清村先輩……」 「絶対、二人とも五体満足でおうちに帰るの! そうじゃなきゃ意味がないわ!!」 私は自分のカバンを掴んで振り回すようにして、影を殴り飛ばす。 もちろんたいした意味はなさない。 それでも、こっちに寄ってくるのを少し遅らせることくらいは出来る。 何とか……何とか蒐牙くんを守らなきゃ!! ――ドクン。 そう思った瞬間だった。 私の胸が大きく脈打った。 左目が熱い…… 焼けそうなくらいに熱い……!! 気がつけば、私はあまりの目の熱さにコンタクトをむしり取っていた。 私はまるで熱病に犯されるように、何かに導かれるように右手を前に出す。 「鬼斬りの刃……我が元へいでよ!!」 自分でも、どうしてこんな言葉が出たのか分からない。 でも、私の言葉に反応するように地面からすーっと、刀が現れた。 何か、懐かしい感じがして、ずっと前から私はこの刀を知ってる気がした。 「なっ!? あの刀は……!!」 蒐牙くんが驚きの声を上げたけど、今はそれに何かを返してる暇はない。 私はその刀を握り、一心不乱に影を切り裂いた。 私の刀に切られた影は青い炎を上げて「ぎゃぁ!」という短くて気味の悪い悲鳴を上げると、そのまま消えていく。 黒い影がいなくなったところで、私は自分と小鳩ちゃん、それから蒐牙くんの影を切り裂いた。 すると、そこから木で出来た人形が飛び出し、パリンと音を立てて割れた。 「ヒトガタ……! くっ……いつの間にこんなものを仕込んで……ぐっ!!」 「蒐牙様、早く包帯を巻くですの!」 「あ、ああ……」 蒐牙くんが何か呪文を唱えると、まるで形状記憶のようにしゅるしゅると包帯が彼の手に巻きついていった。 それと同時に、絡新婦の姿は消えていた。 「ふぅ……あ、あれ?」 私は全部の力を使い果たしたみたいに膝に力が入らなくなってしまった。 「清村先輩!!」 「ご、ごめ……ちょっと、力抜けちゃって」 「まったく……なんであんな危ないことを……」 「えへへ……だって、あのままじゃ蒐牙くん、腕ダメになっちゃうんじゃないかって……そう思ったらいても立ってもいられなくって」 蒐牙くんの顔は、心底呆れた表情をしていた。 「なんて人だ……」 「なっ、なによぅ」 「助けて何の得にもならない相手を危険をおかしてまで助けるなんて、馬鹿のすることですよ」 「馬鹿だっていいわよ! 何とでも言えばいいわ、蒐牙くんも小鳩ちゃんも私も無事なんだからそれで結果オーライよ」 その言葉を聞いた蒐牙くんは、ぽかんとした表情のまましばらく固まっていたけど、ぷっと吹き出した。 「ふふっ……はははっ! なるほど、兄上や雅音様があなたを守りたいと言った理由がほんの少しだけ分かった気がします」 「え? えぇ!?」 蒐牙くんははぁっと小さくため息をついた。 「とにかく、助かりましたよ清村先輩」 「え?」 「あなたがあの刀を呼び出してくれなければ、僕ら全員冥府に落ちていました」 「う、うん……」 あの刀、一体私どうやって呼び出したんだろう。 必死すぎて思い出せない。 でも、この力が後に茨木を奪還するために大きな役割を果たすなんて、私はまだ知らなかった。 少なくとも、蒐牙くんはこの日を境に、私にほんの少しだけ今より話をしてくれるようになった。 黙っていても前みたいに、気まずい空気は微塵も感じなくなっただけ、大きな変化なのかもしれない。 |