第2話 失われる心の支え
布団に入っても私はなかなか寝付けなかった。 最近は、こうして一人で眠るのが当たり前みたいになってたけれど、雅音さんとはまともに話も出来ない日々が続いてる。 今日もきっと、小鳩ちゃんが呼び止めてくれなかったら、抱きしめてもらうことも出来なかったんだろうな…… でも、寂しいなんて言えない。私は雅音さんにこんなにいい生活をさせてもらってるんだもの。 我侭を言ったら失礼だ。 「椿様?」 「ん?」 「眠れないんですの?」 「うん、ちょっと」 小鳩ちゃんは私の枕元に来て心配そうに私を覗き込む。 「雅音様がいなくて寂しいんじゃないんですの?」 「大丈夫だよ。学校ではちゃんと会ってるもの」 「そうですけれど……最近まともに会話してなくて、辛そうですわよ」 「大丈夫大丈夫! 小鳩ちゃん、こっちおいで」 私は慌てる小鳩ちゃんをぎゅーっと抱きしめた。 あったかい…… 「椿様……」 「私はね、幸せだよ?」 「え?」 「大切な親友に囲まれて、愛する人のそばでこうして生きていられる。小鳩ちゃんだってこうして私を心配してくれる。これ以上に満ち足りた生活あるわけないじゃない」 まるで、自分に言い聞かせるような言葉だ。 本当はちょっとは寂しい。 忙しいなら、忙しい理由を聞かせてほしいとも思った。 でも、そんなこと言えっこない。 「でも……お友だちの皆さんが忘れていたならまだしも、雅音様は椿様の誕生日を……」 「いいの!」 私は小鳩ちゃんの言葉を慌ててさえぎった。 駄目だよ小鳩ちゃん……そんなこと言っちゃ駄目。 「私の誕生日は無事にその日を終えられたことで充分よ」 「でも、椿様は他の方たちの誕生日だってとても大切にしてお祝いなさってたじゃないですか!」 「みんな各々に忙しいんだよ、それが分かってるもの」 「でも……」 私は小鳩ちゃんの頭を軽く撫でて頬ずりをした。 「私には小鳩ちゃんがいるもん。小鳩ちゃん、私の誕生日にちゃんとプレゼントくれたじゃない」 「海で拾った貝殻ですのよ……流石に小鳩じゃお店で買い物なんかできませんし……」 「充分よ、ほら」 「あ!」 私は小鳩ちゃんからもらった貝殻をつなぎ合わせて作ったブレスレットを見せた。 「えへへ、右手にはお父さんとお母さんがくれた時計、左手には小鳩ちゃんの誕生日プレゼント」 「すごいですの! 綺麗ですわね!」 「でしょー! これって桜貝っていってお守りにもなるらしいわよ……っていっても、今の私の環境からしたら、桜貝をお守りなんていったら笑われるか」 「そんなことないですのよ」 「え?」 小鳩ちゃんは私の桜貝のブレスレットに優しく触れて言った。 「小鳩が、この桜貝に椿様をお守りする願いを込めますの」 「小鳩ちゃん……」 「ま、椿様は小鳩が守りますけれど! もし万が一小鳩がいないときに危ないことが起きたらこの桜貝がきっと椿様を守ってくれますわ」 「もう、小鳩ちゃんったら!」 私は嬉しくなって小鳩ちゃんをまたぎゅーぎゅーと抱きしめる。 小鳩ちゃんは「きゅー」っとかわいらしく鳴きながらも、抵抗はしなかった。 「鬼斬の娘……みぃつけた」 「!!」 ガシャーン!! とすごい音が響いた。 寝室の窓が破られて、私は小鳩ちゃんを抱えたままとっさにベッドから飛び出していた。 見ればベッドが真っ黒に焼け焦げてる。 「なっ!? 何!?」 「意外とすばしっこいんだな」 声のほうを見れば、ベッドの向こう側に男が立っていた。 黒いスーツに身を包み、毛を逆立てる。 「いきなり窓ぶちやぶって人んちのベッド焦がしといて何なのよあんた!!」 「俺か? 俺は打猿(うちざる)だ。名前なんか知ったところでお前はここで死ぬんだ、無意味だがな!」 「こいつはやべぇ……椿! 下がってろ!!」 「小鳩ちゃん!?」 一瞬にして小鳩ちゃんは、酒呑童子の姿に戻って私の前に立った。 小鳩ちゃんが酒呑童子の姿になるなんて……こいつ何者!? 小鳩ちゃんは男が放った炎を受け止めてかき消した。 ってかどうやってあんな火の玉出してるのよ!? あんたは魔法使いか!! 「ほう、貴様鬼か。最近の鬼は人に加担するとはよく聞くが、まさかここまで腑抜けだとはなぁ!」 嘘……あれだけ強いはずの酒呑童子としての小鳩ちゃんが……簡単に吹っ飛ばされた!? 「けっ。所詮てめぇら妖怪ごときに俺たちは止められねぇ。残念だったな」 「ぐっ……椿逃げろ……こいつは……俺でも止められねぇかもしれん」 「何言ってるの、私も一緒に戦うよ!」 「馬鹿!! 俺でこのザマなんだぞ!! お前に勝てるわけねぇだろう!!」 「あ……」 私は目の前の打猿って名乗った男を睨んだ瞬間目が合ってしまった。 怖い……駄目だ……足が竦むくらいに怖い。 「ふん。所詮小娘だなぁ。鬼斬として完全に目覚めてなくてよかったぜ」 「うおおおおおお!!」 打猿が私を襲おうとしたとき、小鳩ちゃんが打猿に飛び掛った。 打猿は一瞬驚いた表情を見せたけど、小鳩ちゃんを片手で受け止めて笑った。 「くくく、うるせぇ蝿だな。少しだまってろぃ」 その瞬間、小鳩ちゃんの姿がまた小さな小鬼に戻ってしまった。 どういうこと!? 「なっ!?」 「まぁ1000年もすればまた戻れるんじゃねぇか? くくく」 そして、小鳩ちゃんの体が石に変わって、地面に転がった。 「小鳩ちゃん!!?」 呼んでも返事はない。完全に石と化した小鳩ちゃんは驚いた表情のまま固まっていた。 「そんな……」 「さぁ、お前を守ってくれる王子様はもういないぜ」 「くっ!」 私はとっさに鬼斬の刃を出して構えた。 打猿は忌々しそうに私の刀を見る。 「ああ、懐かしいなその刀。アマテラス、俺たちの血を吸って真っ赤に染まった呪われた刃だ」 「何……言ってるの?」 「なぁに、お前自身には何一つ関係ねぇ話だから安心しな」 そう卑下た笑いをした後、打猿は手に炎をまとって言った。 「まぁ、お前らが平和ボケしててくれた間に俺たちは目覚めの儀式を着々と進めてたってわけだ。暢気な奴らだな」 「目覚め……?」 「ここで死ぬお前にはどうでもいいことだよ!!」 自己防衛本能っていうのは、ここまですごいものなんだ。 私は石になった小鳩ちゃんを抱えて、打猿の炎を避けることに成功した。 「忌々しい。だが貴様が一人きりの格好のチャンスを逃すわけにもいかないんでな。悪く思うなよ!」 ダメだ、2度目はない…… 【娘よ。刀を前へ】 「え?」 【死にとうないなら早くするがよい】 「は、はい!」 な、なんか頭の中で二人男女の声が聞こえる気がするんだけど…… 今はそれを気にしてる暇なんてない!! 私は頭に響いた声の通りに刀を前にかざした。 何この光!? 白と黒の光が交錯して剣に宿ってる……!? 【さぁ斬れ】 【まだそなたに死なれても困るからのう】 私は言われたとおりに刀を振るった。 「ぐっ!? この力は……うざってぇ!!」 「なっ!? きゃあ!!」 私は結局左手を打猿の炎に焼かれてしまった。 激痛が走って悶えていたけど、その後攻撃される様子はない。 恐る恐る見ると、打猿は頭から血を流して私と同じようにうずくまっていた。 「畜生! 畜生!! 忌々しい力だ!! くそっ!!」 打猿はフラフラと立ち上がったけれど、そのままベランダのほうへ逃げていった。 「次こそは必ず……貴様の息の根を止めてやるぞ! 裏切りの姫君!!」 「!?」 そういい残して、打猿はベランダから逃げ去った。 私は腕の痛みを堪えながら、自分自身の刀を見た。 その刀は既に元の色に戻っていたけれど、さっきの光は何だったんだろう。 焼け爛れた腕をシャワーで冷やしながら私は石になってしまった小鳩ちゃんを見た。 一体何が起こってるの……? 誰か教えて…… 私は泣きたい気持ちを抑えて、その場にうずくまっていることしかできなかった。 |