第1話 道成寺の伝承


     トントンお寺の道成寺
     釣鐘下ろいて 身を隠し
     安珍清姫 蛇に化けて
     七重に巻かれて 一廻り 一廻り


     誰か彼女に伝えておくれ……
     嘘を言って悪かったと。
     逃げ出して悪かったと。
     私はもうそちらにはいない。
     だからもう、私を探すのはやめて、早くこちらへおいでと。

     そして道行く男よ、気をつけなされ。
     道成寺で白拍子に会ったなら、顔を伏せて逃げなされ。
     努々言葉を交わしてはいけないよ……


    ***************************


     今私たちは雅音さんの運転で高速道路を走っている。
     面子は私、雅音さん、深散、アッシー、蒐牙くん、それに星弥。
     え? なんで星弥がいるかって?

     実は、昨日星弥は例の病院を退院したのです。
     その時期が丁度私たちの小旅行と重なったので、ついでに快気祝いっていうことで一緒に行くことになったわけで。

     深散の意向もそうだけど、雅音さんも散々面倒を見てきたせいなのか、妙に星弥を気にかけてくれてる。
     私といえば、複雑さは残っているものの、星弥自身に罪がないのは分かっているから、もちろん一緒に行くことを了承した。

     今私たちは和歌山県に向かっています。
     当初は電車の予定だったんだけど、色々回りたいし、和歌山でまた電車に乗ったりバスに乗ったりするくらいなら、いっそ車で行こうって流れになって。
     まぁ、もちろんこの面子なので十中八九雅音さんが運転しなきゃいけないわけで……

     後ろで大はしゃぎしてるアッシーたちとは対照的に、運転してる雅音さんは大いに機嫌が悪い。

    「雅音さん……その……大丈夫?」
    「大丈夫なわけなかろう。何で俺がお前たちの保護者をせねばならんのだ」
    「うぅ……ごめんなさい」

     助手席に座った私はしゅんっと肩をすくめた。
     でも、雅音さんはぽんっと私の頭に手を乗せて言った。

    「そうじゃのう。観光中は二人きりで回るのを条件に機嫌を直してやらんでもない」
    「え? あ、う、うん!」
    「えー! まっちゃんそれはずるいでぇ! 普段椿ちゃん独り占めやのに、旅行先でまで独り占めあかん!」
    「そうですわよ! 私たちだって椿と観光したいですわ!」

     そうアッシーと深散が抗議すると、雅音さんはほんのちょっとだけ振り向いて、相当ドスの聞いた声でそれに対する返答をした。

    「ほう。陵牙、賀茂、お前らここから歩きたいと?」
    「へっ!?」
    「なっ!?」
    「それは気が利かなくて悪かったのう。どれ、ドアを開けてやるから飛び降りろ」
    「ご、ごめんなさい……私、ほら、星弥くんと回るので椿とは遠慮しておきますわ!」
    「お、おおおお俺も蒐牙と回ろかな、うん、そうしよう!!」

     何というか、うん。
     雅音さんってある意味最強の人種よね……怖いもの、ないんじゃないかしら。
     話を振られた星弥と蒐牙くんが呆れてるわよ。

    「まぁまぁ、いいじゃないっすか。影井さんは椿さんを本気で好きってことっすよ、深散先輩」
    「そうね、妬けるくらいに最近は仲がよろしいんだもの」

     そういえば、最近この二人名前で呼び合うようになった。
     星弥の記憶に私の存在が戻ることはなかったけれど、それはこれからどうにでもできることであって。
     それ以上に私はこの二人が仲睦まじいのが何より嬉しい。
     深散は、ずっと星弥が好きだったから尚更かもしれない。

     でも、きっと星弥は近々向こうへ帰ってしまうだろう。
     深散……どうするのかな。
     大学を向こうにすることはできるかもしれないけど、高校卒業まではこっちで過ごす決まりだし……

     私は深散の恋の行方が気になって仕方がなかった。

     私たちは和歌山県の観光名所を回った。
     マリーナシティとか、和歌山城とか那智の滝なんかも回って、最後に来たのがこの道成寺。
     何かで有名なお寺なんだろうけど、何でここをチョイスしたのか私にはいまいち謎だった。
     深散はなんでもこのお寺の鐘が見たいそうだ。
     うーん、何か鐘に由来する伝説でもあるのかしら……あとで雅音さんに聞いてみよう。

    「17時にはここに集まっておれよ。遅れたらおいていくからな」
    「はーい!」

     皆が散り散りになって、最後に残った私と雅音さんはゆっくりお寺のほうへ歩き始めた。
     長い階段があって、私たちは手をつないでそれを登る。

    「ねぇ雅音さん」
    「うん?」
    「何で深散、ここの鐘が見たいって言ったのかな……ここって何か有名な伝説でもあるお寺なの?」
    「知らんのか?」
    「勉強不足でごめんなさい……」

     私がうな垂れると、雅音さんはくすっと笑って言った。

    「清姫安珍伝説と言ってな。この寺で、安珍という山伏が清姫という娘に焼き殺されたのだ」
    「へ!? うぇえ!? 何その一大事件!!」
    「雅音様……それじゃ椿様も大雑把過ぎて何のことやらですのよ……」
    「なんじゃ小鳩、おったのか?」
    「空気と思ってくれて構いませんけれど、突っ込むところはちゃんと突っ込ませていただきますわよ!」
    「ふむ……まぁ確かに端折りすぎたかもしれんのう」

     ああ、なんだ……
     二人の話からするとどうやら雅音さんは結論だけを話してるみたいね。
     一体どうしたらそんな物騒な結末になるのかしら……

    「まぁ昔、安珍という山伏がおってな。そいつがまた美青年であったという言い伝えじゃ。その安珍はな、いつも熊野権現というところに初詣へ行っておってな。その途中、毎年庄司清重という男の家を宿に借りておったそうだ。その庄司の娘がまた気立てがよく美しい娘で、その名が清姫だ」

     うん、こうして順を追って説明してくれれば非常に分かりやすいのに……さっきの話じゃ、確かに登場人物は出てきたけど、ただの殺人事件だわ。

    「安珍はこの美しい娘に戯れで" 妻にして奥州へ連れていこうか"などと言ったらしい。清姫はそれを本気にしてのう……とうとう清姫が13の頃、思いを抑えきれなくなって夜に安珍のところへ忍び込むのだが……まぁ安珍もまんざらではなかったのじゃろうが、なにぶん仏に仕える身だからのう。妻を娶ることはせんと断ったのだが、清姫は聞かん。だから嘘をついてその場を凌いだのだ」
    「嘘を?」
    「ああ。熊野権現の初詣を済ましたら必ず戻ると約束した。だが安珍は帰り、清姫の住む紀州牟婁郡を避けて別の道を選んだのだ」
    「えぇ!? じゃあ安珍さんを待ってた清姫は……?」
    「指折り、安珍が戻るのをずっと待っておったそうだ」

     なんか切ない……
     きっと幼い清姫は安珍さんの言葉をまっすぐに信じたに違いないわ。
     そして待って待って……避けられたって分かったらどうなってしまうのかしら……

    「清姫は道を行く旅人に安珍の行方を尋ねて回った。そして安珍が自分を避けて別の道を通ったことを知ったのだ」
    「そ、それで……?」
    「追っていった。髪を振り乱し、目を血走らせ、一心不乱にな……」

     そりゃあ、ずっと思っていた人にそんな裏切られ方されたらそうもなるかもしれない。
     私は息を飲んで話の続きを待った。

    「そして清姫は安珍に追いついたのだ」
    「え!? じゃあ、再会できたの?」
    「まぁ、できたことにはできたが……安珍はその豹変した清姫に恐れを抱き、自分は安珍ではないと言って逃げ出してしまうのだ」
    「そんな……そんなになるまで思って追いかけてきたのに?」
    「ああ。そして清姫は追いかけるうちに頭から下が蛇になったそうだ。そして船で川を渡った安珍を自力で川を泳いで追いかけた。その頃には清姫の姿は全身蛇の姿となっておったそうだ。そして最後に安珍はこの道成寺の鐘を下ろしてもらいその中へ逃げ込んだが、草鞋の紐が挟まっておってなぁ……最後には怒りの炎をまとった清姫はその鐘に巻きつき安珍を焼き殺したとのことだ」
    「清姫は……どうなったの?」
    「血のような涙を流して道成寺を去り、自らも入水したそうだ」

     なんて悲しい話だろう。
     ただ好きな人に会いたくて追いかけていたのに、拒絶された上に自らは物の怪みたいになってしまったなんて……
     報われない。

    「その後は様々な伝承があるのう。清姫・安珍が畜生道に落ちてそれを道成寺の住職が供養して天人となったとか、鐘の供養のときに白拍子となった清姫の化身が現れて、新しい鐘に呪いをかけたとか……歌舞伎なんかで有名な娘道成寺はこの話が元になっておるのだぞ?」
    「え!? そうなんだ……知らなかった……」
    「もう少し勉強したほうがいいのう」
    「ごめんなさい……」

     なんとも自分が恥ずかしくなって私はため息を付いた。
     前に冥牙さんにも言われたけど、どうも最近自分の知らないことが多くて困る。
     それなりに勉強するんじゃ駄目なのかも……

    「まぁ、清姫は今でも安珍を探しておる……なんていう物騒な伝承もあるがのう」
    「え?」
    「いや……所詮は伝承よ。口で伝わるものは確証がなくて困る。桃太郎みたいなものだの」
    「何でそこで桃太郎……?」
    「あれも口で伝わる物語だから地域によって若干話が違うじゃろう。まさか知らんのか?」
    「う……すみません……」

     私はその後、道成寺を回りながら、たっぷり口伝えの伝承の伝わり方について雅音さんに説明されることになる。

     私は知らなかった。
     道成寺の伝承を雅音さんに聞かされている間に、別行動を取っていた星弥に大変なことが起きているなんて……

     また、空が嫌な暗雲に包まれていることを、私は雅音さんとの話しに夢中で気がついていなかった。
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