第26話 覚醒、十二天将 「六合・天空」


     海松橿姫の攻撃に椿が思わず顔を覆うと、手につけていたブレスレットが強い光を放った。
     俺は思わずその光に目を閉じたが、この霊力には覚えがある。
     何とか目を開けてみると、光は徐々に弱まって、小さな手のひらに乗るほどの大きさになった。

    「こ……小鳩ちゃん!?」
    【大丈夫ですの? 椿様】
    「う、うん……! でもどうして?」
    【言ったでしょう? その貝殻に私が椿様を守るように祈りを込めたと。小鳩の思念をほんの少しだけ閉じ込めておいたんですの】
    「ど、どういうこと?」
    【ずっと見守ってましたのよ。椿様が危なくなったら助けられるように】

     なるほど……
     桜貝には不思議な力が宿っていることが多い。
     小鳩はそれを利用して、思念を閉じ込め、椿のそばにずっといたというわけか。
     そして、ピンチのときに登場する、か……やってくれる。

    【でも、この思念体は長くは持ちませんの】
    「そんな! 小鳩ちゃん!!」
    【大丈夫、思念は消えても小鳩の思いはずっとそばにいますわ】
    「小鳩ちゃん!! やだ、消えちゃやだ!!」

     泣き叫ぶ椿の頭に、小鳩は軽く手を乗せた。

    【泣かないで椿様……あなたは一人ではありませんわ】
    「でも……でも、私……大切なみんなを守れない……そんな力持ち合わせてない!!」
    【大丈夫……椿様、感じてください。あなたをいつも見守っているのは、小鳩だけじゃありませんわ】
    「小鳩ちゃん!!」

     ついに限界を迎えたのか、桜貝のブレスレットが砕けると共に、小鳩の思念は消えてしまった。
     椿を守ったことで、相当霊力を消費してしまったのだろう。
     しかし、俺はその次の瞬間、ありえないものを見ることになる。

    「小鳩ちゃん……小鳩ちゃん!!」
    『しっかりしなさい、椿』
    「え……」
    『泣いていたって、何も解決しないぞ』

     椿の背後にゆらりと半透明の人物が2人。
     椿は驚いたように顔を上げて、そちらを向いた。

    「嘘……お父さん? お母さん!?」
    『よく頑張ったな椿』
    『嫁入り前の女の子とは思えないけどね』
    「どうして……?」
    『なに、話は簡単だ。どさくさに紛れてそこの門をくぐってきたんだ』
    「え……!?」

     そうか……
     鬼門が完全に開いたということは、現世と冥府が完全に繋がったということだ。
     それは、最大のピンチでもあるが、最大のチャンスでもあるということになる。
     向こうから来る魂は、敵ばかりではないのだ。

    『椿、お友だちを守りたいんでしょう?』
    「う、うん」
    『その気持ちに迷いはないか?』
    「うん」
    『それが、例えどんな結果になっても後悔しない?』
    「大丈夫、ここに来たときに既に覚悟は決めた」
    『本当は、お前にこの選択だけはさせたくなかった。だが、こうしなくては救えないものある』
    『椿……私たちを媒介に、あなたに宿るものを呼び出しなさい』
    「え……? そ、そんなのどうやってやればいいかわかんないよ!」

     椿の中に……宿るもの?

    『大丈夫、お前はただ皆を守りたいと願えばいい』
    『あとは私たちが手引きするわ』
    「お父さん……お母さん……わかった」

     椿は最初こそ戸惑った顔をしていたが、すぐに首を縦に振り立ち上がった。そして、右手に持った刀をすっと体の横に伸ばし、目を閉じた。
     その左右に椿の両親が並び肩に手を置く。

    『椿、あなたが私たちの娘であることが誇りだわ』
    『生まれてきてくれて、父さんたちの娘になってくれてありがとう』

     その瞬間だった。
     椿の母親から黒い光が、父親から白い光が立ち上ったと思うと、地面に吸収されていった。
     何が起こるのかと思ってみていれば、母親のいたほうから黒い衣を纏った赤い眼の人物が、そして父親のほうからは白い衣を纏った青い眼の人物が現れた。

    「あ、あれは!?」
    「なんやこのでっかい霊力は!!」
    「天空と……六合か!」

     あれは十二天将の中でも圧倒的な強さを持つ式神だ。
     何故あんなものが椿の中に……

     天空と六合はすっと椿のほうに視線を落とした。
     まさか……!!

    「やめろ!! 椿の中に入るな!!」

     俺の言葉はあっさりと無視された。
     天空と六合は光を纏い椿の中に入り込んだ。

     その光は爆発し、その中から現れたのは、黒と白の丈の短い着物を着て、右手にはアマテラス、左手にはツクヨミを携えた、先ほどまでとは全く雰囲気を変えた椿だった。

     その姿を見た瞬間、俺の背筋がゾクリと寒気を覚えた。
     そう感じたのは俺だけではないようだった。
     縄に貫かれたままの陵牙たちも、椿の変化に警戒を示す土蜘蛛たちも、皆が皆椿の纏う明らかに人外の空気に畏怖の念を抱いているようだった。

    「やめろ椿!! その力を使ったらお前は……!!」
    「雅音さん」
    「!?」

     俺の名を呼ぶ椿の声が、あまりにもいつもと違って、遠い存在に感じた。目の前にいるのは俺の愛する椿のはずなのに、手が届かないような感覚に俺は陥った。

    「ごめんね」
    「椿!!」

     椿は刀を構えて土蜘蛛たちを睨んだ。
     駄目だ椿……!!
     六合と天空は、お前が扱うには力が強すぎる……!! 俺でさえ、扱える自信のない、十二天将最強の吉将と凶将だぞ!!
     そんなものを使えばお前の少ない霊力は枯れ果てて肉体が滅んでしまう!!

    「あいつ危険……俺みんなを守る!!」
    「馬鹿!! 白! 迂闊に近寄るな!!」

     土蜘蛛の白は、先ほどまでと空気を変えた椿にいち早く反応して恐怖の念を露骨に出しているようだった。
     ああ、お前の反応が普通だよ。
     俺は、今の椿を愛おしいと思う前に、恐ろしいと思ってしまっている。
     だからこそ椿が遠くに感じたのかもしれない。

    「うおおおおおおおおおお!!」

     白は拳を何度も椿に振り下ろすが、椿はそれをひらりひらりと避けてしまう。

    「逃げるなぁ!!」
    「……ええ、いいわ」
    「!?」

     椿は白の言葉を聞くように逃げることをやめた。

    「椿ーーーーー!!」

     賀茂が悲鳴を上げた。
     それはそうだ。
     椿の腹に穴が開いたのだ。
     白の拳が椿の腹を貫き、見るも無残な姿になっていた。

     お前は何をしているのだ……
     何故そんな戦い方を……!!

    【残念、はずれじゃ】
    「なに!?」

     腹に穴の開いた椿の姿がゆらりと影に包まれたと思うと、その姿は黒い衣を纏った十二天将、天空の姿になった。

    【本物は……】

     白の拳に貫かれた天空は口元をにやりと歪めて黒い霧のようにはじけてしまった。
     しかし、その後ろから本物の椿がツクヨミを大きく振りかぶっていた。

    「はぁああああああああ!!」
    「白―――――――――!!」

     ツクヨミに切り裂かれた白の体から黒い人魂が抜け出した。
     椿……お前、この期に及んで、土蜘蛛の魂も、取り憑かれた人間も助けるつもりなのか……!!

    「貴様!! よくも……よくも白を!!!」
    「!」

     白が倒れたのを見て激昂した青が、今度は椿に素早い攻撃を仕掛けてくる。先ほどの力任せの白と違って、今回は椿でも避けるのは辛いだろう。
     しかし、それでも椿は青の拳をアマテラスで防ぎながら無表情に青を見ている。

    「うわあああああああああああああああ!!」

     よほど白が斬られたことが許せなかったのだろう。
     青の攻撃は一撃が強烈な代わりに、随分と大振りで荒っぽいものだった。あんなのをまともに食らったらひとたまりもない。

    【これこれ、そう熱くなるな】
    【それでは勝てるものも勝てんぞ】
    「なっ!?」

     どこから現れたのか、今度は青の左右に天空と六合が現れて青の両手を掴んだ。
     酷い反則技だな。あれでは身動きが取れん。

    「離せ!! 離せぇ!!!!!!」

     暴れる青に対し、椿は問答無用でツクヨミを振り下ろした。
     白の体に重なるように、青の体が落ちていく。

     しかし、その瞬間、椿の体に鉄の鎖が巻きついた。

    「ぐっ!」

     その鎖は見る見るうちに椿の体に食い込んでいく。
     見れば、厳しい表情の国摩侶と打猿が椿を見据えていた。

    「ったく、白も青も一人で突っ込みすぎ!」
    「速来津姫の月詠で斬られた肉体は、清めの効果が強すぎて二度と使えねぇってことくらい分かってるだろうに馬鹿が!」

     椿は締め上げられたまま、国摩侶と打猿を睨んでいる。

    「残念だね鬼斬の娘。僕の鎖は一度敵を捕らえたら離さないんだ。あとは打猿の炎でたっぷり料理されてよ」
    「抵抗できなきゃこっちのもんだからな」

     しかし、二人はすぐに眼を見開くことになる。
     余裕な顔をしていた国摩侶は鎖を引っ張りさらに椿を締め上げようとしているが、それも無意味な行動に終わる。
     何しろ椿が力いっぱい鎖を引きちぎろうと全身に力を入れているのだから無理もない。
     しかも鎖はギチギチと音を立てて今にもちぎれそうだ。

    「さ、させるか!!」
    「椿!!」

     打猿が手に炎を纏い、椿に殴りかかった。
     しかし、鎖を引きちぎろうとする椿に対する一瞬の恐怖心が、打猿を後悔させたことだろう。

     打猿の手が届く前に、椿は鎖を引きちぎり、アマテラスを地面に突き刺すと打猿の手を止めた。

    「くそ! 離せ!!」
    「悪いわね。あんたを倒せば、みんなの大事な子たちが帰ってくるの。逃がすわけにはいかない」
    「!!」

     椿は打猿の腹にツクヨミをつきたてた。
     倒れる打猿を見ずに、椿はアマテラスを再び抜いた。
     その視線の先には、国摩侶。

    「あの時と同じだ……同胞殺しの裏切りの姫君……!!」

     鉄球の鎖を砕かれた国摩侶は、無抵抗だった。
     ただ、元がおしゃべりな性格なのか、一歩一歩近づいてくる椿に、後ずさりながら叫んだ。

    「また僕たちを殺すの!?」
    「………」
    「やっぱり君も、あの女の子孫てことだね!」
    「………」
    「何か言えよ! 僕たちの未来を奪ったくせ……!!」

     叫ぶ国摩侶の腹には、青い刀身のツクヨミが突き刺さっていた。
     それを国摩侶から引き抜いたとき、椿は国摩侶に対して初めて口を開いた。

    「あんたらの言葉は聞かない。私は、私が守りたいもののために、あんたたちを斬るって決めたんだもの」

     俺たちが一対一で必死に戦っても勝てなかった土蜘蛛4人を、椿は一瞬にして1人で倒してしまった。
     その強さは圧倒的なもので、俺は傷の痛みなのか、その椿の異常な強さに対してなのか分からないが、冷や汗を全身から流していた。

     そして椿が最後に視線を移したのは、鬼門の前に立つ海松橿姫だった。
     海松橿姫は忌々しそうに椿を見ていた。

    「鬼斬の娘……裏切りの姫君の眷属……また我らの邪魔をするか!」
    「鬼斬の娘とか、裏切りの姫君とか意味わかんない」
    「なに!?」

     椿の持つアマテラスとツクヨミが突然光を放ち始めた。

    「千年以上昔の話なんて私にはわかんない。だって私は平成の世に生まれた、ただの女子高生だもの」

     光った2本の刀は、椿の手の中で1本の刀となった。
     真っ白な刀身を持ったその刀は、まるで全てを切り裂いてしまいそうな印象すら覚える。

    「でも、ただの女子高生にも、守りたいものがあるの。その大切なもののためなら、私はいくらだって強くなる!」
    「まさか……それは力が強すぎる故に速来津姫によって封印された清めの刀……スサノオ!?」
    「海松橿姫、こっちは命懸けて戦ってんのよ。あんたも全力で来なよ」

     こうして、椿の最後の戦いが幕を開けた。

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