第23話 現実とは得てして……


     一歩を踏み出す足に迷いはない。
     でも、刀を握る手は震えていた。

     視線の先には4人の土蜘蛛。
     一人一人が尋常じゃない強さを持ってる。
     多少武道の心得がある私になら分かる。

     私はあの中の誰一人として、勝つことはできない……と。

    「よぅ鬼斬の娘、また会ったな」
    「自分からのこのこ出てくるなんて、命知らずなの? それとも潔い?」

     この2人は良く知ってる。
     小鳩ちゃんを石にした打猿と、学校の屋上で襲ってきた国摩侶。

    「どっちでもいいだろう。どうせここで死ぬんだから。そうだろう、白」
    「青の言うこと……いつも正解」

     女のほうはなんとなく覚えてる。
     蒐牙くんをあっという間に伸してしまった、凄腕……
     大男のほうも、姿だけは確認した気がする。
     白と青、名前を覚えたところで無意味だけど、この2人もやっぱり見ているだけで目を逸らしたくなるような感覚。

     私はこんなのを一気に4人も相手にしなきゃいけないんだ。

     そう思うと逃げ出したくなる自分がいた。
     でも、もう逃げるわけにはいかない。
     私は、命を懸けてでもみんなを守るって決めたんだから。

     私は何も言わずに刀を抜き、鞘を捨てた。

    「殺る気満々ってか? いいねぇその殺気に満ちた目」
    「うるさいお前」
    「何ぃ?」

     私は打猿の言葉を遮断するように言った。

    「話をしても時間の無駄。さっさと始めよう」
    「何々? 僕たちとお話しするのはそんなに嫌なわけ? ひっどいなぁ」
    「話を聞く気がないだけよ」
    「?」

     私は刀を構えて、吐き捨てるように首を傾げる国摩侶に言ってやった。

    「あんたたちにはあんたたちの守るものがあるんでしょ? だから私を殺しに来てる。でも、私にも守るものがあるの。だから、私はもうあんたたちの言葉は聞かない」
    「……大昔、お前と同じようなことを言っていた女がいたな」

     青とか言う女の土蜘蛛は不愉快そうに返してきた。

    「その女は自分を守るために我ら同属を皆殺しにしてくれた。お前も自分可愛さに我らを斬るのか?」
    「その大昔の女が何のためにあんたたちを斬ったかなんか知らないわよ。でも、私は少なくとも自分のためにあんたたちを斬るわけじゃない」
    「ほう、じゃあ何のためだ?」
    「友だち、そして愛する人のため」

     青はふんっと最初は鼻で笑ったが、次には怒りをあらわにした顔で私に言った。

    「自分可愛さに同胞を皆殺しにした女の子孫が、友やら愛やら笑わせるな!! お前の中に流れているのは、自己愛の塊のような血だ!!」
    「……そうかもしれないわね」
    「何?」

     私は自分に心底呆れた。
     そうだ、こうしてこの場に立っているのは自分のためだ。
     間違いない。

    「だって、そうじゃない。みんながいない世界なんかに意味なんてないわ。深散やアッシーたちがいない学校なんてつまんない。雅音さんがいない生活なんて、耐えられないもの……私はそれを守るためなら、命かけて戦ったって構わないわよ!! 悪い!?」
    「貴様……!! どこまでもふざけたことを……!!」
    「やめろ青。ペース乱されたら、負けだぜ?」
    「ふん……まぁいい。どうせ私ら4人を相手にして勝てっこないんだ。遊んでやるよ!」

     打猿に説き伏せられて、青は長い髪をかき上げた。

    「4人相手にどれだけやれるか、見せてみてよね」

     国摩侶がくすっと笑った瞬間だった。
     4人が私の目の前から消えた。

     嘘でしょ……誰がどこから攻め込んでくるか、全然わからない!?

     そう焦っていると、目の前に大男の土蜘蛛、白が現れる。
     慌てて刀を振り上げたけど、無意味だった。
     白は私が刀を振り下ろすより前に、がら空きになった腹に一発拳を入れてきた。

    「かはっ……!!」

     目の前が真っ暗になった。
     それでなくても、この鬼門の周辺は夜よりも深い闇にぼーっと人魂みたいな明かりが浮かぶ不気味な世界だ。
     そこで視界が暗くなれば、ますます私は闇に飲まれるような感覚に襲われる。

    「あの女、のろい」
    「ははっ! こりゃ傑作だ!! うすのろの白にのろいって言われてるようじゃ、亀以下だぜ!」
    「まったくだねぇ。手ごたえのない女だよ」

     言いたい放題言ってくれる……
     こちとら、戦後の平和ボケした日本で育ったごく普通の女子高生だっつーの……

    「まさか勝算もなしに突っ込んできたのか?」
    「うそーありえなーい」

     違う……私には奴らを倒す力がある。
     このアマテラスの力があれば、奴らを滅することができるのに……!!
     相手の力量を私は見誤っていた?

     ううん、違う、勝てなくてもやらなきゃいけないんだ。

    「うわぁああああああああああ!!」
    「!」

     私はぼんやりしている大男の土蜘蛛、白に斬りかかる。
     でも、すっとその前に現れた青に刀を簡単に止められて右フックを食らった。
     口の中が切れて、つーっと血が出てくる。

     ははっ……腹の一発で内臓やられたかな……
     息が苦しくてしょうがない。
     それに、さっきのフックで歯も折れたかも?

     あーあ、嫁入り前の女の子がこれじゃ、たまったもんじゃないわね……

    「うすのろの白を狙うところまではよかったけどねぇ。私らがいることを忘れるんじゃないよ」

     圧倒的だ。
     勝てっこない。
     でも、でも……!!

    「さぁて、お前自身にゃ恨みはねぇが、お前のご先祖様にはしこたま恨みがあんだよ」
    「悪いけど、君でこの鬱憤は晴らさせてもらうね」
    「痛くて苦しくて泣いても、やめてやんないから覚悟しな」
    「俺、みんなと一緒にやる……」

     嘘でしょ……?
     こんな簡単に負けちゃうもんなの……?

    『現実とは、得てして残酷なものだ』

     ああそうか……
     そうなのかもしれないね。

     鬼を斬る力を持ってても、所詮私はただの女子高生で……
     みんなを守るような力なんか持ち合わせてるわけじゃないんだ。

     みんな、ごめん……助けられなくて。
     雅音さん……ごめんなさい……
     勝手に飛び出してこんな結末になって……

     私が諦めて目を閉じたときだった……


    ***************************


    「嫌!! いやいやいや!! 椿! 椿!!」
    「深散落ち着けって!!」
    「だってあのままじゃ椿が殺されてしまいますわ!!」
    「分かってる! 分かってるけど……!!」

     くそっ! 賀茂が言うとおりだ。
     このまま何もできずにいたら、椿が殺される……!!

    「椿……椿!!」

     賀茂はずっと泣きながら空に向かって届かない声を張り上げている。
     ああ、以前にもこんなことがあったな……
     悪鬼に取り込まれた椿に、あの時は陵牙が必死に呼びかけていた。
     馬鹿みたいに届くはずもない声を張り上げていたな。

     ふと見れば、陵牙は目から涙を流して唇を噛み締め、そして拳から血が出るのではないかというほど強く手を握っていた。

     しかし、その2人に不思議な変化が起きたのに俺は気がついた。
     賀茂の体からは青、陵牙の体からは白い光があふれている。

    「おい……お前たち……?」
    「椿……今いきますわ……絶対助けるから……!!」
    「でも、一緒に帰ってきたらお説教やで……1人で行ったことはちゃんと詫びいれてもらわんとなぁ」
    「!?」

     2人の体から巨大なら光の柱が立ったかと思うと、そこに現れたのは以前2人が火事場の馬鹿力で呼び出した、青龍と白虎だった。

    「青龍……!!」
    【わかっておる】
    「白虎!」
    【皆までいわなくともいいわい】

     そこでもう1つ、灰色の光の柱が立った。
     見れば蒐牙の体からも玄武が抜け出ていた。

    「椿先輩への思いなら、僕も兄さんや深散先輩には負けないつもりです」
    「蒐牙……」
    「ただし……御木本先輩、前のように協力してくれますか?」

     そうか、蒐牙1人では玄武の扱いは厳しい。
     蒐牙に言われ、御木本は頷き傍らにおいていた長い数珠を使って霊力を蒐牙に送り始めた。

    【さぁ乗れぃ小僧。しっかりつかまっておらんと落っこちるかもしれんからのぅ】
    「ありがとな、白虎」
    【娘もはよう乗るが良い】
    「は、はい! 星弥くん、つかまって」
    「え!? あ、はいっす!」

     2人は俺たちのことなど構わずにさっさと青龍と白虎に乗って姿を消してしまった。

    「御木本先輩、行きましょう!」
    「うん!」

     蒐牙と御木本も玄武の背に乗りこむ。

    「雅音様」
    「?」
    「早く来てくださいよ。僕らの中で一番雅音様が到着遅いとか、話になりません」
    「……そうだな」

     俺は2枚の符を取り出し前鬼と後鬼を媒介に朱雀を呼び出した。

    【まったく、何故もっと早くに気がつかん】
    「焦っていたのだから仕方あるまい」
    【お前でも焦ることがあるのか】
    「椿に会って、人間らしゅうなった。そのせいで、こんな醜態を晒しておるがのう」
    【ふん……人間とは実に面白い生き物だ】
    「御託はいい、奴らより早く椿のもとへ行くぞ」
    【無茶な奴だ】

     俺は急いで朱雀の背に乗り込んだ。
     待っていろ椿……お前は必ず俺が守る……
     だからそれまで絶対に死ぬな!!

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