第10話 取り戻したもの


    「ひっ……ひっ!! うあああん、うあああああん!!」

     俺の目に映ったのは子供の頃の自分だった。
     確かこのときは引っ越してきたばっかりで、心細かったんだよな。仲良かった友だちとも離れ離れになっちまったし、親父には転勤したてで構ってもらえなくて。
     とにかく、子供心に引っ越してきた初日は不安で怖くて寂しくて、庭で一人で泣いてた。

    「どうしたの?」
    「え……?」

     ふと声が聞こえて振り返ったとき、俺は正直凍りついた。

     女の子が俺に笑いかけてる。
     でも、その女の子は明らかに普通とは違っていた。

     真っ白な髪をして、赤い右目、青い左目。
     子供心に怖かった。
     お化けが出たんだと、俺は走って家に逃げ込んだ。

    「ママ! ママ!! 庭にお化けがいるよ!!」

     お袋は何を馬鹿なことをって顔で取り合ってくれなかった。
     でも俺は絶対にいるんだって庭を一度だけ振り返った。
     その子はまだ俺がいた場所に立っていたけれど、すごく悲しい顔をしてその場から去っていってしまった。

     俺は正直、お化けがいなくなったことにすごく安心していた。

     そして引っ越した次の日。
     お袋はお隣に挨拶をしにいくのに俺を連れて行った。
     何でも隣の家には俺の1つ上の子供がいるから、仲良くなっておけってことらしい。

     あれ、俺の家の隣に子供なんかいたっけ……

    「こんにちは、清村さん。昨日引っ越してきました藤原です。どうぞよろしくお願いします」
    「まぁまぁ、なれない土地で大変でしょうけど、どうぞ何かあれば聞いてくださいね」
    「はい、ありがとうございます。あと、息子の星弥です。きっとお宅のお子さんと同じ幼稚園に通うことになると思うので」
    「あら、そうなの? 待っててくださいね、今うちの子も呼んできますから!」

     そういって隣のおばさんは家の奥に引っ込んで……一人の女の子を連れて帰ってきた。

    「ほら、ご挨拶なさい」
    「きよむらつばきです。せーやくん、こんにちは」
    「こんにちは……」

     椿……? え? 一体どういうことだ?

    「ごめんなさいね。少し人見知りなところがあって」

     椿って名乗った女の子はずっと隣のおばさんの足にしがみついて俺を覗き込んでいた。
     深い茶色の髪、深い茶色の瞳がすごくかわいらしい印象の子。
     その姿はまるで、影井さんの婚約者の椿さんを縮小したみたいな感じだ。
     ってことは……俺は、椿さんを昔から知ってた……?

     俺が新しい幼稚園で最初にいじめっ子に目を付けられたときも、小さい椿さんは俺をかばってくれた。

    「やーい! よそ者が来たぞー!」
    「わー! やっつけろー!!」
    「やめてよ! やめてったら!!」

     砂を投げられたり、悪口を言われたり。
     正直俺は幼稚園に行くのが嫌になっていた。
     でも、そんなある日だ。

    「こらぁ!!」
    「げっ!?」

     そこに立っていたのは一本の棒を持って俺をいじめてるガキどもをにらんだ椿さんだった。

    「よそから来て不安になってる人をいじめるなんて何かんがえてんのよ!」
    「べ、別に俺たちはいじめてなんか……!」
    「じゃあなんでせーやくんボロボロなのよ!」
    「ひっ! ご、ごめんなさい!!」
    「もう二度としないって誓わないなら、せーやくんが痛かった分あんたたちにも受けてもらうんだからね!」
    「何を!? やるのかこら!!」
    「馬鹿、この間椿ちゃんにはボコボコにされたばっかりだろ!」
    「う……」
    「ごめんなさい! もうしません!!」

     そういうとガキどもさっさと俺の前から逃げていった。

    「大丈夫? せーやくん」
    「う、うん」
    「そっか。これからはもう大丈夫だよ。あたしが守ってあげるから」
    「椿ちゃん……」

     それからというものの、俺は椿さんの後ろを引っ付いて離れなかった。
     なんで、こんな大事なこと忘れてたんだ?

    「椿ちゃん! 椿ちゃん!!」

     そうだ、俺は何かあるにつけて椿さんに助けを求めてたんだ……
     うっとおしいほどに椿さんにくっついて歩いてて、でもそんな俺を椿さんが拒むことは一度もなかった。
     幼心に好きって感情はあったんだと思う。
     でもそれは恋愛じゃなくて、慕うって意味での好きだったように思う。
     強くてかっこいい椿さんに、俺はあこがれてたんだ。

     でも、ある日、そんな心を決定的に変えるものを俺は見てしまう。
     町内の花火大会があった日だ。
     その花火大会の花火は俺の家の庭からもよく見える場所に上がる。
     だから、俺は何となく庭の縁側に座ってぼんやりと花火を眺めてた。
     でも、ふと椿の家の窓が開く音が聞こえて俺はそっちの方向を見た。
     2階のベランダに人が立ってる。

    「!!!!!!?」

     俺は思わず目を見開いてしまった。
     それはそうだ。そこに立っていたのは俺が引っ越してきた初日に出会ったあの白い髪をした、左右の目の色が違う女の子。
     少しあのときより成長したように見える。
     俺は早く椿さんに危険を知らせなきゃと思って立ち上がった。
     そのときだ。

    「椿ー! 浴衣用意できたから着ちゃいなさい!」
    「はーい!」

     そういうと髪の白い女の子は駆け足で家に入っていった。
     椿、そう呼ばれてあの子は家に入っていった。
     あれが……椿さん……でも、よく見てみれば顔立ちはよく似てるかもしれない……
     じゃあ、俺はあれだけよくしてくれた椿さんに対して"お化け"って言っちまったのか?

     そうか……
     そうだ……俺は……

     だから、後悔したんだ。

     不思議とそれからの記憶はまるで芋ずる式につながっていった。

     そう、俺はその幼心にぶつけてしまった言葉をすごく後悔して、何も知らないふりをしようと思ったんだ。
     椿があの髪や目を知られたくないなら、知らないふりをしておこうって……

     そして、俺は隠すほど気にしているその目と髪に対してひどいことを言ってしまったせめてもの償いに椿を絶対に守ろうって誓った。

     でも、年月が過ぎるごとに、俺は知らないふりをすることが少しだけ苦痛になっていた。
     椿と幼馴染として仲良くなるに連れて、胸の苦しみは増すばかりだ。
     よく考えたら、自分をお化けなんて言った張本人の俺を、椿は許すわけがない。
     どんなに守ろうとしても、どんなに仲が良くなっても、俺の罪はきっと許されるもんじゃない……
     でも俺はそれを認めなくなかった。

     いつしか俺の思いはどんどん歪んでいった。

     椿に許されたいがために、俺は椿を自分だけのものにしたいとすら考え始めていた。
     自分の罪の意識を軽くするためにも椿がほしい、椿を俺のものにしてしまえば俺は許されるはずだ。
     思えば子供過ぎる自分勝手な思い。

     でも、あいつは俺を頼るようなことは一度としてなかった。
     椿は強い。
     そりゃそうだ、武道も格闘技も一式あいつは習っててそこいらの男じゃ適うわけもないほど強かった。
     メンタルの面でもあいつは、いつだって自分が間違ったことさえしてなきゃへこむことなんかなかった。
     へこんだりくじけたら、自分が間違ってることを認めるようなもんだっていってめげない。

     俺はあいつを傷つけただけの、何も出来ない存在に成り下がってた。
     そう、出会った初日にひどい言葉を投げかけたただの幼馴染、だ。

     俺は苦悩した。
     どうしたら俺はこの罪から逃れられる?
     守られるばかりで、傷つけてばかりの俺がどうしたらこの気持ちを軽く出来る?

     とにかく椿とすごす時間を増やしたくて、馬鹿な頭ながら必死に勉強して椿と同じ高校へ進学した。
     学年は違っても、高校が違うよりか全然いい。
     それでも、俺と椿の距離は縮まらなかったけど。

     あいつより背も高くなって、体力だってついた。
     でも、あいつは何でも自分ひとりで解決しようとして俺を一切頼らなかった。

     俺は悩みに悩んで、高校で知り合った深散先輩のところへ行ったんだ。
     相性占い、そんなのが得意だって聞いて。
     恋愛でもなんでもいい、俺はあいつを守れる可能性があるのかを知りたかった。

    「残念ですけれど藤原くん。あなたと清村さんはせいぜい幼馴染という関係が限度。それ以上は望めませんわ」
    「そんな……」

     俺は絶望した。そして何とかして椿を手に入れる方法を探した。
     でも、よく考えたらひどい男だよな。
     自分の罪の意識を軽くするために、俺は椿を我が物にしようとしてたんだ。
     椿の気持ちなんかお構いなしに。

     そんなある日、俺は家族で京都旅行へ来ていた。
     親父とお袋が久々に恋人気分味わいたいとか抜かすし、弟は弟で用事があったから、俺は単独京都の町をふらふらしてた。
     そこでも、俺はずっと椿をどうにかして俺のものにしたいって考えてたんだ。
     学校の生き帰り一緒に帰っていても、どんなにあいつとたくさん時間を共有しても、俺は幼馴染み。
     ずっと罪の意識から逃れられることはなかった。

    『そんなに悩むくらいなら、力づくで奪っちまえばいいのさ』
    「え?」

     ふと頭の中に声が響いた。
     俺は声のほうを探してみるけど、姿は見えなかった。

    『俺は今この場にはいない。お前に声を届けるのが精一杯だ。だが、お前が俺を解放してくれれば、お前の望みをかなえてやろう』
    「本当にか!? 椿をなんとしても、俺に振り向かせることはできるか!?」
    『ああ、もちろんだ』

     俺はその声に導かれてふらふらと山道を歩いて……
     あ!?
     この……社は……

    『そうだ、その札をはがせ』
    「あ、ああ……」

     駄目だ、やめろ……!!
     それをはがしたら!!!

     でも、過去に起きた出来事は変えられるわけがない。
     俺は札をはがして、光に包まれ……
     そうだ、あの鬼に取り憑かれたんだ。
     あいつは俺に甘い言葉だけをかけ続けた。

     今のお前なら力づくでも女を手に入れられる。
     積極的にやれば、必ず女は落ちる、とか。

     でも、すぐに問題は起きた。
     茨木の力を手に入れ、甘い言葉に乗せられた俺が、積極的に椿にアピールを始めたときに、ふと鼻についた匂い。
     普段香水やコロンの類をつけない椿から、その手の匂いがしてきた。
     誰かがよっぽど接近しない限り、匂いなんか移るわけがない。

     俺は怒り狂ったよ。
     俺が椿を手に入れるために苦悩して悩み続けている間に、こいつは誰かに抱かれてたんだって思うとな。

     でも、ある日修学旅行に椿が行ってきた直後だ。
     俺はある噂を耳にしてしまった。

    「っていうかさぁー深散さんもあれはやりすぎだよね?」
    「ホントー! マジで死んだらどうするつもりだったんだろ?」
    「私たち知りませんでしたー! って口裏合わせればいいとはいえ、清村さん崖に突き落とすとか正気じゃないよ」

     深散先輩が椿を崖に突き落とした。
     その話を聞いて俺の血の気が引いた。
     慌てて俺は深散先輩に事実を確認しに行ったよ。

    「どういうことっすか!! いじめの次は椿を殺そうとするとか!! あんた正気か!!」
    「ご……ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

     ただひたすらに謝る深散先輩の言葉も、俺にはうそ臭く感じた。
     またこいつは何かをするんじゃないかって疑うことしかできなかった。
     深散先輩がどんな気持ちで椿を突き落としたのかなんて、考えもしなかった。

    「うっ……ぐっ……」
    「藤原くん!? どうなさったの!?」
    「頭が……頭が痛い!!」

     そのときだ。俺は嫌な声を聞いたんだ。

    『いい加減いつまでもちんたらやってるんじゃねぇよクソガキが!! 悪いがそろそろお前にも馴染んできたし、好きにさせてもらうぜ!!』

     それからだ。俺が自分の意思と関係ない言葉をしゃべりだすようになったのは。
     茨木は、俺の精神を食い荒らして言った。

    「賀茂先輩。許してやらないでもないよ?」
    「え?」
    「その代わり、あんたのその豊富な霊力、俺によこせ」
    「なっ!? 藤原くん!? きゃぁ!!!」
    「あんたの霊力を茨木に食わせている間なら俺はこいつを自由に操れる。それくらいしてくれてもいいですね? あなたは俺の大事な女を傷つけたんだから」

     深散先輩の首を絞めて、俺の中の茨木は無理矢理に深散先輩から霊力を吸い上げた。
     自由に操れるなんてひどい口実だ、もうとっくに茨木は俺の精神を乗っ取っていたのに。
     先輩の弱っていく顔が痛々しくて、でも何もできなくて……

     それからの茨木はひどいものだった。
     椿につきまとる男という男を襲い、俺の心の不安や苦悩をあおった。
     奴は俺が苦しめば苦しむほど、喜んで暴れていた。

    「うっ……うう、もうやめてくれ……」
    「くへへ! 何を泣いてる? 嬉しかろう? あの女が他の男と歩いているだけで憎悪を溢れさせていたお前だ、こうすることを望んでいたのではないのか?」
    「違う!! 俺は椿を守りたかったんだ!! 変な虫がつかないように守ろうとしてたんだ!! こんな風に傷つけたいわけじゃない!!」
    「ぎゃーははははは!! きれいごとだな。本当は自分を苦しめている原因の根源に仕返ししたいんだろう?」
    「なっ!?」
    「あいつのせいで俺は苦しんでる。あいつが笑ってるなんて許せない、許せない!」
    「違う!! 俺はそんなこと思ってない!!」
    「ぎゃーははははは!! いいぜ、お前の本心は俺がよぉくわかってる。あいつが最も大切なもの、奪ってやろうぜ」
    「馬鹿! やめろ!! やめてくれえええええええ!!」

     ああ……そうだ。
     茨木は俺を苦しめるために、そしおて椿を悲しませるために、全て自分の腹を満たすために……
     椿の両親を……

    「星弥くん!? 何を!!」
    「星弥! やめないか!!」

     ああ、ごめんなさい、おじさんおばさん……

    「椿……椿……」
    「どうか……椿だけは……」

     椿の両親は最後まで椿のことを思い続けて死んだ。
     茨木は面白そうに笑っていて……

     そうか。
     俺は椿から全てを奪ったんだな。

    『あんたのせいで私は一人ぼっちになっちゃったのよ!! 返して、お父さんと母さんを返して!!』

     ごめん椿……
     全部子供過ぎた俺の歪んだ気持ちが招いたことだ。
     本当にごめん……俺、お前のお父さんとお母さんを返してやれない……
     俺、お前を傷つけてばかりだ。

    「思い出したか?」
    「……はい」

     目からあふれる涙が止まらない。
     でも俺は確かにうなづいた。

    「後悔したか?」
    「いいんです。この後悔が俺にとっては罰だから」
    「そうか」

     俺はぐっと胸の前に手を当てた。

    「謝りにいかなきゃ、深散先輩と椿に」
    「そうじゃのう」

     その瞬間だった。
     俺の身体の痣が突然痛み始めた。

    「うぐっ!? あ……あああああ!!!!!」
    「星弥!?」
    「痛い、痛い!!」
    「何だ……一体どうした!?」

     俺は体が締め上げられるような痛みに立っていられなかった。
     その場にへたり込んで、自分の体を抱きこみもだえることしかできない。

    「清姫……」

     影井さんは俺の背後を見て顔をしかめていた。
     俺は恐る恐る背後を振り返る。
     でもその振り返る一瞬の間、全力で本能が振り返るなと告げていた。

    「……ひっ!!」

     見れば色あせて擦り切れた赤い着物を着て、髪を振り乱した女の子が俺を見下ろしていた。
     その姿だけでも怖いのに、顔や手、露出している肌の部分は全て緑色の鱗に覆われていた。

    「安珍……安珍!!」
    「や…やめろ!! 来るな!!」

     俺は必死に痛む体に鞭打って後ずさる。
     でも駄目だ……痛みがひどすぎてこれ以上の速さで逃げられない!

     俺は自分の運命を呪った。
     鬼に取り憑かれるわ、今度は蛇女に憑かれるわ。

     きっと、椿を傷つけたことに対する報いなんだろうな……
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