第10話 覚醒、十二天将「玄武」
蒐牙くんと対峙した玄武は、目をすっと細めて口を開いた。 【そなた、この戦いに命を懸ける覚悟はあるか?】 「命を……?」 【そなたでは、我の力を使えるのは一度きりであろう。我が力を使えば霊力は枯れ、お前は砕け死ぬ】 「………」 蒐牙くんはぐっと拳を握った。 「構いません。例えこの身が砕けようとも、僕はここにいるみんなを守る!! そして鵺に捕らわれた志織さんを救って見せます!」 なっ! 何言ってるのよ!! それって玄武の力を使ったら蒐牙くんは死んじゃうってことじゃない!! 【よかろう、受け取るがいい我が力】 玄武が灰色の光を放ち、蒐牙くんの体の中に吸い込まれていった。 そして蒐牙くんの両手に、鉄の拳がはめられていた。 「ナックル……!?」 【そなたの力を存分に発揮するがよい】 でも、その声が聞こえた瞬間、蒐牙くんは目を見開いて膝を付いてしまった。 ど、どうしたの!? 「いけませんわ……蒐牙様の霊力が、玄武の武器に追いついていない。あのままでは戦う前に蒐牙様は砕けてしまう」 「そんな!!」 「青龍・白虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如!!」 今までに聞いたことのないような凛々しい声が聞こえた。 そして、蒐牙くんの周囲に丸い光る何かがくるくると回りながら浮かんでる。 でもそれが回り始めてから、蒐牙くんの顔色は一気によくなって、驚いたように立ち上がっていた。 「御木本先輩……」 見れば御木本くんは、さっきまで持っていた身の丈ほどの数珠ではなくて、今度は長い数珠を自分の周りに張り巡らせて立っていた。 「蒐牙くん! 僕の霊力を君に送るから……どうか鵺を封じて!!」 「先輩……」 蒐牙くんは最初こそ戸惑った表情をしていたけど、強く頷いた。 御木本くん。あなたは立派だよ……いつもは雅音さんの言動一つにプルプルしてる御木本くんなのに、今はそんな姿見る影もない。 しっかり地に足をついて、背筋を伸ばして、前を見据えてる。 立派な一人の男の子だ。 「一緒に鵺を封じ、志織さんを助けましょう!」 「うん!」 御木本くんは、額に汗をかきながら終始呪文を唱えていた。 でも、そのおかげか、蒐牙くんの動きはすごいものがあった。 まず鵺の雷撃をものともしない拳。 鵺の雷撃をその手に受けても、まるで雷撃を飲み込んでしまうかのようにそれを受け止める。 「はぁ!!」 これは見事な右フック…… 蒐牙くんとの手合わせは見送ったほうがいいわね。 あんなのもらったら、私の頭吹っ飛んで残らないんじゃないかしら。 鵺はフラッと体勢こそ崩したけど、まだ倒れない。 それだけ鵺も力を取り戻してるってことだ。 「これはなかなか……しんどいですね」 蒐牙くん、やっぱり霊力の低さが仇になってるんだ。 いくら御木本くんに霊力をもらってるって言ったてすごく辛そう。 「何をしておる、思った以上にヘタレだのう」 「ですわね。もっと踏ん張りなさいな」 「何なら手伝ってやろか?」 「私はパスだわー火傷なんてしたくないし」 「皆さん……」 鵺の雷撃が止んだからだろうか。鵺の攻撃を受けてボロボロになったみんなが、蒐牙くんの周りに集まってた。 「兄ちゃんが隙作ったるから、鵺から志織の魂引き剥がし」 「え?」 「その拳があればできるはずだ。期待しておるぞ」 「陵牙兄さん……雅音様……」 やっぱり二人、生き生きしてるな。 蒐牙くんが珍しく助けを求めたのが本当に嬉しのがにじみ出てる。 雅音さんの表情すらちょっと緩んでる気がするもん。 「前鬼・後鬼! 奴を翻弄してやれ」 「鬼道丸、お前も行ってきぃや!」 三匹の鬼がいっせいに鵺に飛び掛る。 前鬼さんと後鬼さんは、鵺の周囲を飛び回り、紙一重で鵺の爪を避けていて、完全に鵺の注意はそちらに行っている。 さらに鬼道丸さんが刀振り上げて攻撃するもんだから、完全に鵺はその三匹の相手に必死だ。雷撃を打ち、爪で確実に三匹を打ち倒そうとしてるけど、三匹に攻撃する気がそこまでないから、ただ鵺が踊らされている状況になってる。 「ありがとう……」 蒐牙くんは拳をぐっと握って、鬼道丸さんの股下をくぐって鵺の懐に飛び込んだ。 そして、鵺の胸の中で眠る志織さんの肩をぐっと掴んだ。 「志織さん!」 蒐牙くんは彼女を鵺から力いっぱい引っ張り出そうとしていた。 でも、想像以上にそれは困難で、ちょっとずつ彼女は前に出てきているけど、引き剥がすには至らない。 「志織さん! 僕です!! 蒐牙です!! 絡新婦と一緒に、貴女を助けにきました……もう、いいんです、貴女の役目は終わりました!!」 そこで、志織さんの表情がかすかだけど動いたように思えた。 それに反応するように、蒐牙くんのナックルも灰色の光を放ち始める。 「志織さん! 僕はもう、鵺に負けません!! 一人で……いいえ……貴女の弟の御木本先輩や、陵牙兄さん……それに雅音様やかけがえのない仲間と共に、鵺を封じると約束します!!」 その瞬間だった。 志織さんの目が、パッチリと開いた。 そして優しく微笑んだ。 「蒐牙くん……強く……なったね」 「志織さん!!」 鵺から完全に志織さんが引き剥がされて、蒐牙くんは志織さんを抱きとめた。 鵺は志織さんを引き剥がされて、苦しかったのか悲鳴を上げる。 「志織さん、見ていてください。僕らは、絶対に負けません」 蒐牙くんは御木本くんと視線を合わせて頷いた。 御木本くんは優しく微笑んで頷き返し、自分にまとっていた数珠を手に巻きつけてさらに呪文を唱え始めた。 「陵牙、賀茂、鎌田。いいか、蒐牙が鵺を怯ませたら確実に封じる。螺旋結界は一度破られて再度印を結ぶには時間がない。俺たち四人で四方から封印を施すぞ」 「それくらいなら手伝っても構わないわ」 「あんまり今回は目立ったことしてませんし、お手伝いいたしますわ」 「俺もやれるで」 四人は鵺の四方に回って印を斬り封印の準備を始めた。 蒐牙くんはそれを見て、拳を打ち鳴らした。 カァンという音はまるで、自分に気合を入れているようにも感じた。 あの構え……正拳突……? 違う……発頸……なんだろう、独特の構えすぎて何を繰り出すかわかんない。 「唯一僕に恵まれたものは、体力があることだけだと思ってました。でも、違うんですね」 蒐牙くんはふっと笑った。 そして地面を強く蹴って、拳を振り上げた。 どんな必殺技を繰り出すのかとワクワクドキドキしていたら、繰り出されたのは…… まさかの……右ストレート…… 「僕には仲間がいるんです! 未熟な僕の背中を支えてくれる大切な仲間が!」 鵺の顔が歪んだ。 ひっくり返った鵺の四方がぱぁっと光を放つ。 「天を我が父と為し、地を我が母と為す! 六合中に南斗・北斗・三台・玉女在り、左には青龍、右には白虎、前には朱雀、後には玄武、前後扶翼す!」 鵺は焦ったように体を起こしたけどもう遅い。 四方から光の柱が立って、鵺はそこから放たれた光に包まれた。 「急急如律令!!」 光が引いた瞬間、一枚の符が現れ、そこに血文字で「鵺」と記された。 それは雅音さんの手にふわりと舞い落ち、それを見た雅音さんはふっと満足げに笑った。 「終わった……」 蒐牙くんは脱力したようにその場にへたり込んだ。 それと共に蒐牙くんの手から灰色の光がはじけ、玄武のナックルは消えてしまった。 さらに蒐牙くんの周りを飛んでいた丸い珠が力を失ったように地面に落っこちて、初めてそれが何か分かった。 あれって、さっきまで御木本くんが担いでたでっかい数珠の珠だったんだ。 「蒐牙くん」 「!」 蒐牙くんはハッとしたように顔を上げた。 そこには白い着物を着た美人さん、志織さんが立っていた。 「ありがとう」 「志織さん……」 蒐牙くんの顔が今にも泣きそうだ。 志織さんは、膝を付いて蒐牙くんの頭を撫でた。 「蒐牙くん、強くなったわ。本当の強さは霊力や才能なんかじゃない。自分を大切に思ってくれている人の存在に気がついて、その人たちと共にあること。それに気がつけたあなたは間違いなく一人前よ」 「は……いっ!」 もう堪え切れなかったんだろう。 蒐牙くんはうつむいて涙をぬぐっていた。 「姉さん!」 「……螢一郎」 御木本くんはいつもの優しい表情の御木本くんに戻っていた。 やっぱり、何年も前に亡くなったお姉さんに会えたからか、ちょっと目に涙をためている。 「ごめんね螢一郎……あなたに当主の重荷を背負わせてしまって」 御木本くんはフルフルと首を強く横に振った。 「大丈夫です! 僕にも、すばらしい仲間がいます! 蘆屋家の方々も、影井様も、店長もここにいる全ての皆さんが僕の背中を押してくれました。それに、森太郎さんだって、御木本家にはいます。だから、大丈夫です!」 「あなたも、強くなっていたのね螢一郎」 志織さんは安心したように微笑んだ。 そしてぱぁっと光を体から放った。 「志織さん!!」 「ごめんなさい……もう行かなくては」 「そんな!!」 「本来死者は長くこの世にとどまってはいけないもの……陰陽師であるあなたたちなら分かるはずよ」 「でも!! せっかく会えたのに……」 蒐牙くんの言葉に志織さんは優しく言った。 「大丈夫。私はいつだってあなたのそばにいるじゃない。これからも、うちの弱虫な弟と、大切な式神をよろしくね」 「あ……」 志織さんの言葉と共に、蒐牙くんの右腕に再びいつもの梵字の字が浮かび上がった。 あれって絡新婦さん!? 「まだ、絡新婦の役目は終わってない。気をつけて蒐牙くん」 「え?」 「朱雀、白虎、青龍、玄武が目覚めたということは、彼らが施していた封印が解けたということ」 「なっ!? どういうことですか!?」 「何かが原因で十二天将が施していたの封印が解けて、冥府より彼らがこちら側へやってきた……もうだとすれば奴ら目覚めは始まっている……どうか……を止めて……そうしなければ、この世は……」 「志織さん!!」 最後まで言い終わらずに、志織さんの姿は消えてしまった。 何だろう、最後に言っていた言葉は…… 私は、なんだか志織さんの言葉が不吉なものに思えて仕方なかった。 けれど、曇天の空はいつの間にか青空を取り戻していた。 |