第3話 アッシーの嘘


     私と雅音さんは車を走らせ、大慌てで市内の病院へ急いだ。
     蒐牙くんからの連絡はこうだった。

    『兄上が怪我をして帰ってきました。今は市内の××病院で手当を受けています!』

     アッシーが怪我をした。
     詳しい事情は聞いてないけど、私の胸を嫌な感覚が走り抜けていく。

     アッシーは冥牙さんに会ったんじゃないだろうか?

     だとしたら、心配なのは怪我だけじゃない。
     慕っていたのに、自分を殺そうとしたお兄さんと対面したら、どんな気持ちになるだろうか……
     大切な友だちが想像以上に壮絶なものだったためだろうか。
     考えるだけで私は胸が締め付けられるようだった。

     病院に着いて、私たちはいけないと分かっていても走ってアッシーの病室を目指した。

    「アッシー!!」
    「んあ?」

     そこには、蒐牙くんに付き添われたアッシーがいた。
     頭にぐるぐる包帯を巻かれて、顔やあちこちに絆創膏が貼られている。
     どう見たってひどい怪我だ。

    「ああ、椿ちゃん。来てくれたんか、おおきに。やっぱ椿ちゃんの可愛い顔見ると、ほんま癒されるわ〜」
    「アッシー……」

     いつも通りの人懐っこい笑顔のアッシーなはずなのに。それなのに、私はなにかがいつものアッシーと違う気がして、思わずぎゅっと唇を噛み締めて雅音さんの顔を見てしまった。
     雅音さんは私の気持ちに感づいたのか、頷いて私の頭をぽんっと軽く叩いて一歩前へ出た。

    「陵牙、一体何があった?」
    「え? いやぁ俺もたるんどるんかなぁ? バイクで転んでしもてな。背中と頭強打や強打」
    「………」

     雅音さんはその瞬間、一瞬だけ目を眇めたけどすぐにいつもの表情に戻って怪我をしてるアッシーの頭に躊躇なくチョップを繰り出した。

    「いで!! なにすんねんまっちゃん!!」
    「馬鹿者。気が緩んでおるからそんな事故を起こすのだ。くだらん理由で呼び出されたこっちの身にもなってみろ」
    「あ、まさかお楽しみ中やった?」
    「そのまさかだったらどう責任を取るんだ、お前は?」

     雅音さん、全然お楽しみ中じゃなかったのにどんだけ黒いオーラまとってアッシー睨んでるのよ!?
     あたかもホントにお楽しみを邪魔されたみたいな顔よそれ!?

    「わ、悪かったって! ほらぁ蒐牙!! だから連絡せんでええって言うたやんけ!!」
    「え……? ああ、いや……一応、雅音様も椿先輩も兄上の大切な友人ですから、早めに知らせておいたほうがいいかと思ったんですよ」

     蒐牙くん、顔が青い。
     なんか、いつもの強気な発言もないし……やっぱり冥牙さんのことが気がかりなのかもしれない。

    「ふん、まったくこの大うつけが。帰るぞ椿」
    「え!? も、もう?」
    「邪魔された楽しみの続きをせねばならんからのう」
    「ま、雅音さん!?」

     その雅音さんの言葉にアッシーは手首から上をひらひらさせて笑った。

    「優しくしてやりぃよ〜? まっちゃん意外と外道やからなぁ」

     その瞬間、アッシーの頭にものすごい勢いで病室に置いてあった、中身の入ったペットボトルが飛んでいった。

    「いってぇ!! まっちゃん、俺一応頭に怪我してるんやから加減してぇな!!」
    「知るか。外道なのは認めるがお前に言われると妙に腹が立つ」
    「なんでやねん!!」

     結局雅音さんはそのまま病室を後にしてしまった。
     でも、妙に足早に院内を歩いて玄関を出た瞬間、携帯電話を取り出してどこかへ電話を始めた。

    「俺だ。29代目蘆屋家当主の命を狙うものがおるようだ、すぐに××病院の周辺の警備を固めろ。今夜中には家に帰る可能性があるから蘆屋家と連絡を取って家の周辺の警備も厳重に頼む」

     用件だけ伝えた雅音さんだったけど、その内容はどう捉えてもアッシーの命を狙う人がいるってことだ。
     しかも、雅音さんにさっき聞いた話や、私が冥加さんに会ったのとアッシーが怪我をした日が一緒ってところからも、犯人は容易に推測できる。

    「雅音さん……やっぱりアッシー……バイクで転んだんじゃないのね?」
    「ああ。あいつは嘘が下手だからのう。事実目が泳ぎまくっておったし、笑い方もぎこちなかった。お前は話を聞く前に感づいたようだがの」

     そう言った雅音さんは、背後にチラリと視線を移動して口を開いた。

    「そうだろう、鬼道丸。いや、今はサイキチか?」
    「気がついておられたか」

     ふと柱の影から、小鳩ちゃんサイズの小さい男の子が現れた。
     大きな瞳、きゅっと強気に結ばれた口。

     か、可愛い……!!!!!!

     でも、さっき雅音さん、鬼道丸って……まさか、このちっちゃくて可愛い男の子があのニヒルな鬼道丸さん!?
     そんなことで、一人驚いていた私のカバンの中から、小鳩ちゃんがひょこっと顔を出した。

    「サイキチ。お前の主に一体なにがあったんですの?」
    「父上……許されることならば此度の件、再び父上にお力添えいただけねばならぬやもしれませぬ……」
    「どういうことですの?」

     鬼道丸さん……もといサイキチくんは表情を暗くして言った。

    「主はがしゃどくろに襲われ申した」
    「!!!!!!!!!」

     その瞬間、雅音さんの表情も小鳩ちゃんの表情も驚きと危惧を表すものに変わったのがすぐに分かった。

    「がしゃどくろですって……!?」
    「どういうことだ? あれは特定危険妖怪指定を受けて貴風寺家が封印しているはずだ!」

     サイキチくんは首を左右に振るだけだった。

    「分かりませぬ。ただ、主はがしゃどくろを従えていた男を兄と言っておりました。しかも、殺されてもかまわぬとまで……」
    「なっ……!! じゃあやっぱりアッシーと冥牙さん……会ってたの……?」
    「あの男は危険です。蘆屋家を滅ぼすために戻ってきたと言っておりました。そのためには当主の命をまず奪うが早いと……!」
    「蘆屋家を滅ぼすだと!?」

     サイキチくんの表情はどこか怯えているようだった。
     うつむき、歯を食いしばるようにして、拳を握っている。

    「鬼なる我が人を恐れるなど不覚……しかし、あの男の目は我ら鬼や物の怪の類と同じものでした……とても人と対峙しているとは思えなかった……あれが主の兄であるなど、信じられませぬ」
    「サイキチ、しっかりするですの。お前がそんなことで、どうするんですの?」
    「父上……」
    「自分の力と主との絆を信じなさい」

     小鳩ちゃん、やっぱり父親なんだなぁ。
     厳しいこと言いながらもサイキチくんの頭を撫でて励ましてる。
     そんな中、雅音さんは考え込んだ様子でサイキチくんに尋ねた。

    「サイキチ、お前大嶽丸には会ったか?」
    「大嶽丸……? いえ、会っておりませぬが」

     雅音さんは青い顔をして何かをブツブツ呟いていた。

    「まさかあの馬鹿……大嶽丸を……? いや、式鬼神と主の間にはある程度の信頼関係がなければ契約はありえん……万が一にもそんなことは……」
    「雅音さん……どうしたの?」
    「いや……まだ判断の域を超えぬことだ、気にせんでいい」

     それでも、雅音さんはしばらく黙って考えを巡らせているみたいだった。
     けど、それから程なくしてもう一度携帯を取り出したと思うと、再びどこかへ電話を始めた。

    「俺だ。理事長に繋いでくれ」

     理事長……?
     大学にでも用事があるのかな……。

    「もしもし影井です。ええ、協会の方から事の詳細は届いていらっしゃいますね? はい、いつも通りの手はずでお願いします。明日からさっそく……は……? クラス? なぜそれを私に聞くんですか!? そういうことはきちんと記録しておいてください!! はぁ……ですから、クラスは2−Bです、ではよろしくお願いします」

     なんか、雅音さんの電話の向こうの相手はえらくぼんくららしく、イライラしている様子が手に取るように分かった。
     電話はさっきよりかなり長い時間続いていたけれど、通話を終えた雅音さんはすっかり疲れた表情をして肩を落とした。

    「まったく……どこまでとぼけておるのだ。あれでよう理事長が務まるわ」

     結局雅音さんは、その日疲れた顔をしたまま家に帰るだけで、私にはなにも教えてくれなかった。
     明日になれば全部分かるって言うだけ。
     結局私は雅音さんがなにをしようとしているのか分からないまま、次の日を迎えた。

     雅音さんに車で学校へ送ってもらい教室へ行くと、アッシーはいつも通り登校してた。
     昨日と同じく頭にぐるぐる包帯巻いてるけど、楽しそうにクラスの子たちと会話を楽しんでる。
     でも、やっぱりなにかがおかしい。
     いつものアッシーの笑顔みたいに、澄み切ったものじゃないのが、私にとっては妙に痛々しく感じた。

    「はい、皆さんホームルームをはじめますよ」

     うちのクラスの担任は意外に時間にルーズで、朝のチャイムと同時に教室に来るなんて珍しかった。
     なのに、今日はチャイムと寸分たがわない時間にやってきて、妙に緊張した面持ちで教壇に立っている。
     一体どうしたっていうんだろう?

    「えー今日は皆さんに転校生を紹介します、入ってください」

     は?
     この2年ももうすぐ終わろうって時期に転校生?
     珍しいこともあるもんね……
     そう思いながら、私は頬杖をついてその転校生の姿を確認した。

     え……?
     え………?
     えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

     私はずるっとその頬杖が外れて、自分がこけているのに気がついた。
     多分、そのときの私は相当間抜けな面をしていたに違いない。
     見ればアッシーも口をパクパクさせてる。
     でも、そりゃそうだ。
     だって、その転校生っていうのは……

    「影井雅音です、皆さんどうぞよろしく」

     このシチュエーションどっかで見たことある。
     うん、茨木童子が星弥に盗まれてそれを奪還しに、年齢偽って前の学校に雅音さんが転校してきたときと全く同じじゃない!?

     雅音さんはある程度適当な自己紹介を終えると、先生に空いている席に座るように即されていたけど、何故か私の横の席にいた男子……御木本くんの横にスタスタと歩いていくと、彼に言った。

    「替われ」
    「は?」
    「俺の席と替われ」
    「えぇ!?」

     ちょっと気弱な御木本くんは完全に雅音さんの据わった目に睨まれてプルプル震えている。
     いや、かわいそう! かわいそうだから雅音さん!!
     御木本くん今にも泣きそうだから!!!

    「せ、せんせぇ……」

     プルプル震えたまま、助けを求めるように御木本くんは先生を見た。
     先生は眼鏡をくいっと上げると、御木本くんから目を逸らしてこっちもまたプルプル震えて言った。

    「あ、ああ御木本。変わってあげなさい。影井様……あいや、影井くんは転校して間もないわけだし、その……すごしやすい席を提供してあげるのもこれからクラスで仲良くしていく秘訣なわけで……」

     先生、今明らかに雅音さんのこと影井様って呼んだわよね。
     なんか先生が妙に緊張した面持ちなのは、なんとなく分かった気がする。
     かわいそうに……仕事関係とか陰陽師協会とかその辺の立場的に、雅音さんに逆らえないのね……

     結局御木本くんはプルプル震えたまま、空いた席に移動していった。
     そして、澄ました顔で雅音さんは私の横の席を堂々と確保したのだった。

    (ちょ、ちょっと雅音さん、どういうこと!?)

     もう、緊張のせいでなに言ってるか分からない先生の話をがん無視して私は雅音さんに尋ねた。
     雅音さんは涼しい顔をしてちょっと口元を吊り上げて笑った。

    (なに、お前に悪い虫がつかんように見張りに来たのだ)
    (真顔でなに笑えないこと言ってるのよ!!)

     焦りまくる私をよそに、雅音さんは相変わらず涼しい顔をしたまま続ける。

    (まぁお前の見張り9割に陵牙の監視1割かのう。一応学校周辺の警備は固めてあるが、中まではなかなか手が回らんから俺がこうして直々に見に来てやったのだ)

     ああ、私を理由にしてはくれてるけど、本当は雅音さん、アッシーのこと心配でたまらないのね。
     素直じゃないんだから……
     そう微笑ましく思いつつも、私はある心配事が頭をよぎる。

    (大学大丈夫なの?)
    (いつものことだからのう。それにもう論文も終わっておるし卒業は確定しとるから問題ない)

     私は思わずアッシーの方を見た。
     やっぱりアッシーも気になるのだろう、前方の席からこっちの様子を伺っていたけれど、私の視線に気がついてハッとすると目を逸らしてしまった。

    (まぁ、陵牙が嘘をついてまで俺たちに冥牙のことを話したくないならそれは仕方ないことだ。できることをしてやるしかなかろう)
    (それにしても、前と違って随分堂々としてるね……なにも私の横の席、あんなに強引に確保することないのに……御木本くんかわいそうなほど震えてたっていうか、なんか目をつけられたのと勘違いして今も震えてるんだけど……?)
    (なぁに、お前の横顔を見るのにはこの席が一番いいだろう? 背中は前の学校で堪能したからの)
    (なっ!?)

     雅音さんのその、なんとも甘い言葉に私は顔を真っ赤にしてしまった。
     私は驚いてはいたけれど、ほんのちょっと嬉しくもあった。

     前の学校では、雅音さんが陰陽師だっていうことを隠すためや、目立った行動を控えるために、一緒にいられる時間はお昼休みだけだった。
     でも、今は違う。
     こうして堂々と私の隣に座ってくれたり、きっとお昼どころか登下校も一緒にできるようになる。
     そうだ、雅音さんと高校生ライフを送ることができるんだ。

     そう、期待に胸を躍らせたのも一瞬のこと。
     だって考えてみれば雅音さんがここにいるってことは、アッシーの状況は私が想像している以上に危ないってことになるんだから。
     夢を見てもすぐに自分に現実を突きつける理性ってやつが時々妙に恨めしく思えるときがある。

    (椿、お前も俺の傍をなるべく離れるなよ)
    (え?)

     雅音さんは不意に私の手を握った。

    (お前は冥牙と接触しておる。奴が陵牙を殺すためにお前を利用しないとも限らんからの)
    (雅音さん……)
    (お前になにかあったら、それこそ俺が冥牙を殺しかねん。そうならんように、お前は必ず俺が守る)

     ホームルームの声を潜めた会話の中なのに、私は自分の胸が温かくなるのを感じた。
     こうして年齢偽って高校生もう一回やりに来るくらい雅音さんは私やアッシーのことをすごく心配していてくれる。
     雅音さんはちょっとつかみ難いところがあるけれど、とても優しい人だ。

     私は今日のことでそれを再確認した。
     でも、こんな雅音さんの行動の裏で、もう一人アッシーを心配して気をもんでいる人がいることを、このとき私はまだちゃんと認識していなかった。

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