第7話 影井さんの仕事


    「うっ……うん?」

     ふと目が覚めると、私は見知らぬ場所で寝ていた。
     ふかふかで大きなベッド……
     周囲を見回しても、見覚えのない家。

    「ここ……どこ?」
    「あっ! 椿様―――――!!」
    「えっ? わっ!? こ、小鳩ちゃん!?」
    「心配しましたの! 私お守りできなくて、ごめんなさいですの!!」

     突然私に飛びついたかと思うと、小鳩ちゃんは必死に謝っていた。
     一瞬混乱していて何を謝っているのかすら分からなかったけど、思い返してみれば、私はお嬢様の策略にはまって死にかけてたんだっけ……
     私は小鳩ちゃんの頭を撫でると、首を横に振った。

    「いいんだよ小鳩ちゃん。あれは、仕方なかったじゃない……迂闊にお嬢様についていった私が悪かったのよ」
    「でもっ……でもっ!!」

     小鳩ちゃんは今にも泣きそうな顔をしていた。
     そう言えば、前にも呪詛にかかって倒れたとき、目を覚まして一番に私の目に飛び込んできたのは小鳩ちゃんだったな。
     そして次に私に声をかけてきたのは……

    「目が覚めたようじゃの」
    「影井さん……」

     ドアから入ってきたのはやっぱり影井さん。
     あれ、私服着てる……珍しい。
     っいうか、ホントここどこ?
     確か、お嬢様に崖から落とされて、鬼に襲われて、影井さんが助けに来てくれて……それからは?

     私は再びハッとした。
     パジャマに着替えてる……それに髪が白いまま……

    「あ……」
    「安心せい。きちんと雌の式に世話をさせた」
    「えっ!? あ……いや……」

     私は目を泳がせてしまった。
     人に今の姿をこんなに長時間晒すことになったのは初めてだ。

    「なんだ、落ち着きのないやつじゃのう」
    「あの、ここ何処ですか?」
    「俺の家だ」
    「え!?」

     そ、そうか。
     ここ京都だったっけ。
     影井さん、本当は京都の大学生なんだもんね。

    「ご家族とかは……?」
    「もう俺は自立しとるからな。大学の資金も自腹だ。ここには俺と式神たちしかおらん」
    「そ、そうなんですか……」

     大学生で自立って……ものすごいなぁ。
     私は思わずもう一度部屋を見回してしまった。
     作りが立派、結構お高い高級住宅って感じ。
     とても大学生が住むような部屋じゃないわ。

    「椿様、寒くはありませんか? 一応暖房はつけてありますが」
    「大丈夫だよ」

     私は小鳩ちゃんの気遣いにお礼を言いながら頭を撫でた。
     そして、色んな疑問を口にする。

    「あの……どうして私ここに? 影井さん、修学旅行大丈夫なんですか?」
    「とりあえず、倒れたお前をあの集団の中に放り込むのもどうかと思ったから俺の家に運んだ。俺は未だに修学旅行に参加中だから安心せい。ま、名目上は参加しとる、ってことかの」
    「あ……式神の変化ですか」
    「そういうことになるの」

     影井さんの小さな心配りに感謝せずにはいられなかった。
     髪の染色が落ちてコンタクトもない今、みんなの中に放り込まれたら、私はそれこそもう学校へは行けなくなってしまうだろう。

    「お前のことは学校にきちんと伝えて話を通してある」
    「え……大丈夫なんですか?」
    「ああ。学校側は俺のことを知っておるからな。それにお前の両親も理解がある方々だのう。事の詳細を話したら俺にお前を預けてくれたわ」
    「そう……ですか」

     全部、影井さんがやってくれていたんだ。

    「ありがとうございます。何から何までご迷惑をおかけしてしまって」
    「なぁに、色々事が繋がっておってな。お前は被害者にすぎん。陰陽術の悪用被害から人を守るのも、俺の仕事のうちだからのう」

     そう言えば、どうして影井さんはあそこが分かったんだろう?
     小鳩ちゃんは、お嬢様たちに持ち去られてしまったのに。

    「影井さん、何で大江山に来られたんですか?」
    「ん? 小鳩が血相を変えて知らせにきおったからな」
    「でも、小鳩ちゃんのお札は、賀茂さんに取られちゃいましたよ?」
    「お前の荷物は大江山のゴミ箱に捨ててあったらしい。それを通りすがった陰陽師が拾ってのう。小鳩が事情を話したら、お前との契約を一端解除してくれたそうだ」
    「陰陽師ってそんなに簡単に通りすがるものなんですか?」

     変な偶然に私は思わず間の抜けた声で質問してしまった。

    「いや、その陰陽師が何故そこに居たのかは俺にもわからん。ただ、そいつには助けられたことに間違いないのう」
    「影井さんの知り合いですか?」
    「ん? まぁのう。だがあいつは陰陽師の中でもうつけと名高いやつじゃ。神出鬼没で会おうにもつかまらん。携帯なんぞ持っててもないようなもんだしの」
    「そ、そうなんですか……」

     一体どんな人なんだろう。
     ぜひお礼を言いたいけど、影井さんの話じゃ簡単には捕まりそうもないし、諦めるしかないかしら……

    「まぁ、あまりお前は深く考えるな。ゆっくりすればいい」

     影井さんはそう言ってくれるけど、今のこの状況じゃ私はどうしてもそんな気にはなれなかった。

    「あの、影井さん」
    「ん?」
    「私のバックは?」
    「そう言えばあのあと小鳩に拾いに行かせたんだが、なかったそうだ」
    「ええ!? 最悪……携帯も髪染めも変えのコンタクトまで入ってたのに」

     私ががっくりと肩を落としていると、影井さんが言った。

    「携帯はお前の両親が既に使用を中止しておるから問題なかろう。髪染めやコンタクトはここにおる間は気にすることもあるまい」

     そう言えば、影井さんは全くいつもと様子が変わらない。
     私、今いつもと違うのに……

     そこで私は思い出す。
     少し混乱してたけど、あれは夢じゃない。
     影井さん、私を抱き締めてくれた。
     そして、どんな見た目でも私は私だって言ってくれたんだ。

    「あの……影井さん。私の見た目のこと、変に思ったり聞いたりしないんですか?」
    「なぜ聞く必要がある? それがお前の素の姿というのは見れば分かる。聞く必要もなかろうし、変に思うこともない」

     なんで、そんなに普通に言えるの……?

    「なんだ、何故そんなに驚く」
    「だって……私は人と違うから」
    「何も変わらんではないか」
    「え?」

     影井さんは呆れたように言う。

    「見てくれなんぞ何故気にする。お前は誰よりも人らしい心を持っておるのに」

     人らしい……心。
     何でだろう、すごくその言葉が嬉しかった。
     思わず涙が出そうになるくらい嬉しい。

    「まったく、人並みはずれた精神力を持っておるくせに、変なところでは繊細なんだのう」
    「だって……」
    「とにかく。お前は清村だ。何があっても変わらんさ」
    「ありがとう……ございまっ……」

     その瞬間、影井さんの顔が困った表情になった。
     分かってる、分かってるけど……

    「なぜ泣く? ここは泣くところではないだろう?」
    「すみませっ……でも、そんな風に思ってもらえるなんて思ってなくて……」

     私が顔を思わず両手で覆うと、影井さんは私の傍に来て髪に優しくそっと触れて言った。

    「気にせずともお前は美しいさ。そんなに泣くな」
    「……えっ……えぇ!?」

     私の知る影井さんからは信じられないような甘い言葉。
     影井さんが寄ってきたせいだろうか、いつもの甘いコロンの匂いが私の頭をまた痺れさせる。
     何だか、さっきより影井さんの顔が近くなってきたような気がするのは、気のせい?

    「雅音様〜!! 面白いことがわかりまし……あれ?」

     ガチャっとドアを開けて誰かが入ってきた。
     その青い水干を来た人物は、私と影井さんを見て、ぽかんとしていたけれど、すぐにドアを閉めながら言った。

    「お取り込み中でしたか、申し訳なかったです」
    「この馬鹿者。早く用件を言わんか」
    「え? いいんですか?」

     よく見ればその水干の人物は、以前私を助けてくれた小瑠璃さんだった。
     ニコニコと笑顔で影井さんの前に立って、何か紙切れを手渡していた。

    「やはり、茨木を持ち去ったのは一般人のようです」
    「それは知っておる。そんなことをわざわざ報告しに来たわけではあるまい」
    「ええ。ですがその一般人にはやはり雅音様が睨んだとおり、陰陽師がついているという裏づけが取れました」
    「やはりのう。あの学校で陰陽師といえばあいつしかおるまい……」

     一体何の話をしてるんだろう……?

    「まだその個人が特定できているわけではありませんが、これまた雅音様の睨んだ通りだと思われます。陰陽師のほうをマークすればすぐに尻尾を見せますよ」
    「ふむ。分かった。あとで報告書には目を通しておこう」
    「くれぐれも正体を見破られないようにしてくださいね。それじゃ、僕は向こうへ行ってましょうかね」
    「いや、よい。お前もここにおれ」

     小瑠璃さんはきょとんとした表情で首をかしげた。

    「お前はもう会っておるんじゃったな。一応紹介しておこう」

     影井さんは小瑠璃さんを差して言う。

    「こいつも俺の式鬼神で小瑠璃だ。小鳩と同じく強力な鬼を封じて従属させたものじゃの」
    「椿殿、ご無沙汰しております。ご挨拶が送れて申し訳ありません。小瑠璃と申します」
    「以前は助けてくれてありがとうございました」
    「いやいや、あれは雅音様のご命令だしね。お礼を言われるようなことじゃないよ」

     やっぱり小瑠璃さんは明るい人……いや鬼だなぁ。

    「しかし、小鳩ちゃんと小瑠璃ちゃんじゃ随分サイズが違いますね」
    「それだけ小鳩の力が絶大なのだ。小鳩をこのサイズにしてしまうと、一時ならまだしも、常には制御しきれるか分からんからのう」
    「こ……小鳩ちゃんすごいのね」
    「そんなこと言われたら照れますの」

     照れたように言う小鳩ちゃんだけど、やっぱり本当の姿はすごいんだろうな。
     本当に私食べられたりしないわよね……?

    「そういえば、小鷺は?」
    「今買い出しに行っておる。久方ぶりの帰宅で何もないからの」
    「なるほど。お客様もいますしね」
    「そういうことだ」

     なんか、変な感じ。
     私鬼に囲まれてるのよね。
     影井さんと出会った時は、鬼に取り憑かれて具合がマックスで悪かったけど、この子たちに囲まれてても楽しくはあっても苦しくはない。

    「そう言えば影井さん。私って鬼に取り憑かれやすい体質なんでしょう?」
    「ん? ああ、そのようだ」
    「でも、確かに体調悪いって思う日は頻繁にあったけど、持続はしなかったと思うんですよ。取り憑いた鬼って勝手にいなくなるんですか?」
    「いや。元来鬼は取り憑けば人に災いをもたらす。お前ほど鬼に好まれる体質なら、とっくの昔に冥府に落ちておるじゃろうな」
    「えぇ!? じゃあ何で私今無事なんです?」

     影井さんはうーむと唸った。

    「昔の記述にこんなものがある。鬼斬りの武将、物の怪どもを惑わすかぐわしき匂いを放つ白銀の髪、物の怪を見る赤い目と、それを斬る力を生み出す青き目を持つ、と」
    「え……!?」
    「お前は鬼を寄せる体質であり、また鬼を祓う体質でもあるわけだな」
    「それって……」
    「記述には物の怪の好む匂いを放ち、寄ってきた物の怪どもを滅する武将だったそうだが……お前はその能力を継承しておるのかもしれんのう。無意識に鬼や物の怪を冥府に落としておったのだろう」
    「信じられません……」

     私みたいな人が昔もいたってこと?
     それで、私は鬼を無意識に退治してた、と……?

    「だが、最近お前に憑いていた鬼どもはどうも自然に沸いて出た感じがせんのう……」
    「どういうことですか?」
    「実にきな臭い陰謀が渦巻いておりそうじゃ」

     笑顔で嫌なこと言わないで欲しい……

    「まぁいい。仕事のついでじゃ、お前は俺が守ってやろう」

     え……?
     え………?
     ええええええええええええ!?

     あの……あの影井さんが守ってやるとか言ってる!!!?
     明日はこの世の終わりじゃないかしら……
     ノストラダムスは1999年と今年を勘違いして予言したんだわ。

     だって、ありえないもの。
     あの能面みたいに変わらない無表情で、私を乳臭いって言った影井さんが私を守る!?
     そんな安全牌宣言までされてるだけあって、混乱してしまう。

     いやいやいや……やっぱりありえん。

     でも。
     よく考えてみれば、影井さんはいつも私を悪いようにはしなかった。
     鬼を祓ってくれたり、呪詛を跳ね返してくれたり。
     危ないところを何度も助けてくれた。

     でも、直接口で言われると、すごくあり得ないことのように感じる。

    「なんだ、口を金魚のようにパクパクパクパク……腹でも減ったのか?」
    「ええええ、いいいいいや、あの……守るって、そのえーっと……」
    「言葉の通りだ。今回の俺の仕事にはお前も何の縁か巻き込まれておるようだからのう」
    「さっぱり状況が分かりません」

     影井さんの仕事ってまず何なのよ……

    「お前はあまり状況を知らんでもいいと思ったから話さんでおったが……まあいい。これだけ大規模に巻き込まれておるのなら知る権利もあるだろう」

     影井さんは何かを考えるような素振りをしてから私のほうを向いた。

    「つい数ヶ月前の話だ。陰陽師たちの間でもほとんど伝承のようになってしまっていた鬼がおる」
    「鬼、ですか?」
    「ああ。その鬼の名は茨木と言ってな。小鳩や小瑠璃と並ぶ強い鬼の一匹だと言われておった。そして代々その茨木の封印を管理するのが俺の家の役割だったのだ」

     なるほど。影井さんは陰陽師の中でも特別な役割を持った人だったのね。

    「しかしな、年に一度の封印のかけなおしの際に、茨木を封じた札がないことが発覚した。足取りを色々調べた結果、お前たちの町のどこかに茨木を封印した札があるはずなのだが、未だ場所は特定されていない」
    「どうしてですか?」
    「一番の理由は、持ち去ったのが陰陽師ではないただのド素人だからというのが理由だ。陰陽師ならば逆に何らかのネットワークで怪しい奴を特定できるが、流石に一個人となるとのう」

     影井さん、すごく難しい顔をしてる。
     そえだけその茨木って鬼が何者かに持ち出されたのはヤバイ出来事ってことよね……

    「でも、茨木は封印してあったのに、どうして持ち出せたんです?」
    「茨木の封印は、奴を表に出さないよう札に封じるものであって、持ち出しを禁じるものではないからの」
    「なるほど……」
    「しかも持ち去った奴の裏には陰陽師がついておるらしい。ただ、その陰陽師が何のために茨木を持ち去った奴を庇い立てするのかが謎なのだ。そんなことをしても協会から目を付けられるだけだというに」
    「協会?」
    「日本陰陽師協会。日本中の陰陽師を監視・管理する機関じゃの。何せ陰陽師は証拠もなしに人を殺せる職業じゃ。私利私欲のために陰陽術を使わんように目を光らせておかねばならん。まぁ暗部の組織だから、表に名前は出ん。よってお前も他言はするなよ?」
    「えっ……あ、は、はい……」

     なんつーか物騒なことをほいっと言って私の寿命を縮めないで欲しい。

    「とにかく、俺は茨木を奪還すべくお前たちの学校へ潜入したわけだ。もちろん学校には協会から話が行っておるから俺の年齢などは問題にならんわけだな」

     陰陽師協会、どんだけ権力持ってんのよ……
     まぁでも、その茨木がヤバイ鬼って言うなら、学校だってのんべんだらりとはしてられないってわけね。

    「最終的にはその陰陽師をマークして、確実に証拠を揃えたところで全部吐かせる」
    「あのー……その陰陽師って誰なんです?」
    「それは言えん」
    「え? ここまで話して何でですか!?」
    「お前は分かりやすそうだからの。もし教えてそいつに対する態度が激変されても困る」
    「う……」

     確かに、今まで接してきた人間が陰陽師で、影井さんの仕事に一枚も二枚も噛んでるって分かったら、流石に今までの態度を続けられる自信はない。

    「まぁそやつがお前の呪詛や鬼に絡んでおるのは事実だ。だから、その陰陽術を私利私欲のために使ううつけから、お前を俺が守ろうというのだ」
    「どうしてです?」
    「俺の仕事は茨木の奪還と、協会が禁じているにも関わらず呪詛を使って人を殺めようとしておる大うつけに灸をすえることだからだ」
    「そ、そうですか……」

     あれ、何で私がっかりしてるんだろう。
     守ってもらえるってことは喜ぶべきことなのに、何かちょっと残念な気持ちになってる。
     変なの……

    「影井さん、ありがとうございます」
    「うむ。だが俺を雇うとなると弁当を今の10倍は豪華にせんとならんぞ?」
    「あははっ、じゃあこれからはお弁当にいっぱい御手洗団子つけますね」
    「なるほど、気が利くの。空気の読める女は嫌いではない」

     影井さんが初めて私に柔らかい笑顔を見せてくれた気がした。
     今までの能面みたいな不気味な笑みじゃない、人らしい笑顔を見た私は、顔が急に熱くなって、胸がドキドキして、変な気分になってしまった。
     何で私はこんなにドキドキしているんだろう。
     その時は分からなかったこの気持ち。

     この気持ちの本当の意味に気がつくのはもう少し先の話。

     そして、私が修学旅行先から帰って、次に学校に登校したとき、またまた休む暇もなく、私を巻き込む騒動が起こるなんて思わなかった。

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