第10話 不安の中で気づいた気持ち


     結局お昼休みのお弁当タイムは、濃ゆい濃ゆい面子で過ごすことになった。
     能面みたいな表情でお弁当を食べる影井さんに、ガツガツとご飯をあまり噛まないで飲み込んでいく蘆屋くん、それを口うるさく咎める蘆屋くん弟。
     なんていうか、もう濃ゆいって言葉しか出てこない。

    「そう言えば蘆屋くんの弟ってことは……蒐牙くんも陰陽師なの?」

     その疑問に、蒐牙くんはくいっと眼鏡を上げて答えた。

    「ええ。29代目が手を煩わせることがないように、しっかりと修行しています」
    「確かに蒐牙の陰陽術はたいしたものだからのう」

     へぇ、影井さんが人を褒めるなんて珍しい。
     その言葉に、蒐牙くんは得意げに笑う。

    「だが、堅物故に柔軟さがない。もう少し物事を広い目で見ねばならんのう」
    「うっ……肝に銘じます」
    「まぁ蒐牙が物事を柔軟に考えるなんて、天地がひっくり返ってもありえへんけどなぁ」
    「柔軟すぎて豆腐みたいな考えの兄上に言われたくありません」
    「なっ……何やてぇ!!」

     うん、なんて言うか今の会話だけで、蒐牙くんという人が少し見えてきた。
     蒐牙くんは蘆屋くんには厳しくて強いけど、影井さんにはめっぽう弱いみたいだし、すごく素直。

    「そう言えば私、蘆屋くんの式神って見たことないけど、持ってる?」
    「ん? 俺の式神か? まぁ何ぼかおるけど、鬼は一匹しか連れてへんよ」
    「そうなの?」
    「いくら才能のある陰陽師でも名のある鬼を従属させるには相当な力を必要とします。それだけ鬼は扱いが難しいんですよ」
    「でも、影井さんは鬼を3匹も連れてるんでしょ?」
    「雅音様は特別なんです!」

     ぐいっと、冷静さが取り得っていう印象の蒐牙くんが私に詰め寄る。
     そ、そんなに詰め寄られると息が詰まる……

    「落ち着け蒐牙。椿ちゃんが引いてんで」

     蘆屋くんがぐいっと蒐牙くんを引き戻す。

    「まぁ、まっちゃんの霊力はでたらめやしな。鬼3匹連れてても不思議ではないけど、素直にすごいとは思うわ」
    「褒めても何も出んぞ。団子もやらん」
    「いらんちゅーねん」
    「清村の手作りだぞ?」
    「むっ、それなら欲しい。一個くれ」
    「やらんと言っておろう? 俺がもらったものだからのう」
    「兄上、今日はそれ以上はカロリーオーバーです」
    「おーまーえーらー……」

     私はその会話を聞いて思わず笑ってしまった。

    「ふふ……おっかしい」

     その状況を見て、蘆屋兄弟はきょとんとて顔を見合わせてるし、影井さんも首を傾げてる。
     でも、可笑しい。
     だって、高校の2年生になってからこんな風に馬鹿らしい会話をしたことなんて一度もなかったし。

     何故か、涙が出るほどに楽しかった。

    「椿ちゃん……」
    「一体どうなさったんですか? 泣くほどのやり取りには思えませんでしたが」
    「ううん、何でもない。でもホント、可笑しかったから。それだけ」

     蘆屋兄弟が私をマジマジと見るから、恥ずかしくなっちゃった。
     おっかしいな、別に今の生活は決してよくないけど、辛いとも思ってないはずなのに。

    「ねぇ蘆屋くん」
    「ん?」
    「私とは、話すのお昼休みだけにしよ?」
    「へ? なんでやねん」
    「蘆屋くんに迷惑がかかるから、かな」

     私は蘆屋くんから目を逸らした。
     これ以上、今朝みたいなことは起こしちゃいけない。
     蘆屋くんに申し訳が立たない。
     昼休みっていう時間が楽しく過ごせたら、それで充分じゃない。

    「何でやねん! 別に俺は迷惑なんて思ってへんよ!?」
    「で、でも! あんまり目立っちゃうと、影井さんにも迷惑かかるし」
    「それなら問題ない」
    「え?」

     影井さんからは思った以上に拍子抜けな返答が帰ってきた。
     だって、あんまり蘆屋くんが目立ったら、茨木奪還に支障が出るんじゃ……

    「むしろ陵牙、お前はもっと清村にひっついておれ。獲物を釣るよい餌になりそうじゃ」
    「なっ!? 何言ってるんですか影井さん!!」
    「なんだ、何か問題でもあるのか?」
    「そっ……それは! だって、蘆屋くんが目立って万が一陰陽師だなんてばれたりしたら、大変なことになるんじゃ……」
    「別に陵牙が陰陽師だとバレるあたりは何とも思わん。むしろ俺の隠れ蓑になってくれるからな、ありがたいわ」

     なんつーことを表情も変えずに言うんだこの人……
     でも、影井さんには影井さんの考えがあるんだろうな。

    「まぁまっちゃんもええゆーてるし、今まで通りいこや? いっそ下校も一緒にするか? 俺家まで送るで」
    「え!? 流石にそれはいいよ……」
    「そうしてもらえ。お前はそれでなくとも鬼に襲われたり、呪詛がかかる危険性を持っておるからのう。最悪陵牙に身固めしてもらえるぞ」
    「え……あ……いや、それはちょっと……」

     何でだろう。
     私今、直感的にそれは嫌だと思った。
     別に蘆屋くんが嫌いなわけじゃないのに、何でだろう。

    「どうした? 何をそんなに浮かない顔をしておる?」
    「いえ……なんでも……」

     私が自分のこの良くわからない気持ちに戸惑っていると、蘆屋くんが苦笑いを浮かべて言った。

    「まぁ呪詛の解き方は身固めだけとちゃうやろ。椿ちゃんがもし身固め嫌なら祈祷でも何でもしたるから、安心しとき」
    「兄上……祈祷にはそれなりの設備が必要ですよ。道の真ん中で祭壇準備する気ですか? 一番有効的なのは雅音様の言うとおり、身固めでしょう」
    「お前はほんまに融通のきかん男やなぁ……そんなんだと女の子にモテへんで? ああ、だから年齢イコール彼女いない暦なんやな?」
    「そっ……それとこれとは関係ありません!」

     蘆屋くん、多分気を遣ってくれたんだ。
     私、結構酷いリアクションしたのに……

     そんな時、蘆屋くんのポケットから軽快な着メロが流れ出した。
     なんというかすごく蘆屋くんらしい着メロだなぁと思った。

    「む? クラスの奴からや。 なになに……お前今日理科の準備担当だろ? 早く来い、来ないとクラス全員分のアカムシの頭取る役強制的にお前にするぞ……って……うげ!? あかん、アカムシの頭むしる役とかマジ勘弁やっちゅーねん!!」

     蘆屋くんはあわててお弁当箱を包んで、それを蒐牙くんにぽいっと投げた。

    「蒐牙! お前も来い!」
    「え!? 何でですか、お昼休みはまだあるでしょう? 僕はもう少し雅音様と……」
    「あーもう! 堅物な上に空気の読めないやっちゃな! 椿ちゃん、また放課後な〜!」

     蘆屋くんはのた打ち回る蒐牙くんの襟首をつかんでずるずると引っ張って行ってしまった。
     うーん、蘆屋くんって蒐牙くんに弱いんだか強いんだか良くわからない……

    「にぎやかですね」
    「それを取ったらあいつらの個性が半分以上吹っ飛ぶからのう」
    「あはは……」

     私はお弁当を袋に戻しながら、さっきの自分の気持ちについて考えていた。
     なんで、身固めなんか何度も影井さんにしてもらってるのに、蘆屋くんにしてもらうのは嫌だと思ったんだろう。
     わかんない……蘆屋くんは、影井さんよりずっと話してる量が多いし、なのに、何で……

    「清村」
    「へっ!? あ、は……い……!?」

     ふわりと後ろから抱きしめられた。
     私は心臓が口から飛び出そうなくらいドキリとしてしまった。
     そしてまた、あの影井さんの甘いコロンの匂い……
     頭が真っ白になっていく。

    「ふむ。やはり身固めくらいなんともないようだがのう」
    「え?」

     影井さんはパッと私を放す。
     私は思わず力が抜けてへたり込んでしまった。

    「腑に落ちんな。なぜ俺はよくて陵牙では嫌なのだ?」
    「え? そ、それは……わかんないです」
    「わからんだと?」
    「はい。確かに私は影井さんに身固めしてもらうのは嫌じゃないです。でも、なぜか蘆屋くんでは嫌だって、そう思ったんです」

     その言葉に影井さんは驚いたように目を見開いた。
     また、影井さんの珍しい表情の変化が見られた。

    「ふむ……なるほど……気持ちは変化するもの、あるいは偽りという名の仮面ということか? ううむ……」

     影井さんは考え込んだように横で唸っている。
     自分の素直な気持ちを伝えて、こんなに悩まれると何か悪いことをした気持ちになる。

    「あの、すみません。ホントに自分でも良くわかんなくて……」
    「いや……構わん。しかし推測するにこのままではまずいかもしれんのう」
    「影井さん?」
    「ん? ああ、気にするな。独り言だ」

     影井さんは包んだお弁当と、昨日のお団子のタッパーを私に手渡した。

    「団子、美味かったぞ。お前なかなか甘味の味付けわかっておるな」
    「ふふ、そうですか? 甘すぎず、薄すぎず、結構試行錯誤してるんですよ?」
    「将来菓子職人になれるかもしれんな」
    「じゃあ、将来は京都でお茶屋さんでもやろうかな?」
    「それは困った。お前が茶屋なんて始めたら毎日寄ってしまう」

     影井さん……?
     なに真顔でそんなこと言ってるの?
     何で私その言葉に嬉しいって思ってるんだろ。
     わかんない……

    「じゃ、じゃあ影井さんが本当に毎日来てくれたら沢山サービスします」
    「楽しみだ。期待してるぞ」

     本気に……してないよね?

    「さて、そろそろ昼も終わりだの。行くとするか」
    「あっ……待って……」
    「ん?」

     な、何やってるの私!?
     思わず影井さんの手をつかんで引き止めてしまった。
     か、影井さんめっちゃびっくりした顔してるし!?

    「あ、ご、ごめんなさい!! 何か手が勝手に……」
    「勝手に? 呪詛か?」
    「え!? ち、違います違います!!」

     近い、顔が近いってば!!
     何で私はこんなにドキドキしてるのよ!!
     あーーーーーもう心臓止まれ! いやそれマズイ!!

    「顔が赤いのう。熱でもあるのか?」
    「きゃっ……!」

     影井さんが私のおでこに手を当てる。

    「うむ、少し熱っぽいの。保健室に行ったほうがいいんじゃないのか?」
    「だ、だだだだだ大丈夫です!!」

     私は慌てすぎて、影井さんをすり抜けて屋上を出ようとして思わず何もないところでけ躓いてしまった。

    「清村!?」
    「きゃあ!!」

     どんっと言う激しい音と共に私は倒れる。
     でも、痛みはそんなにない。
     どうして?

    「む……むぅ……お前、何も無いところで転ぶのはいよいよ危ないのではないか?」
    「か、影井さん!? 大丈夫ですか!!」

     私は影井さんの上にのしかかっていた。
     影井さんがクッションになってくれた形だ。

    「大丈夫ではないわ。ケツを打ってしまった、どうしてくれる」
    「す、すみません……」

     私は慌てて影井さんの上から降りる。

    「あの、ごめんなさい本当に」
    「悪いと思うのなら少し休め」
    「え?」

     影井さんは少しイラッとした表情で胸のポケットから札を一枚取り出す。

    「山茶花、この娘に化けろ」
    「ケーン」

     影井さんが投げたお札から、何か獣の鳴き声が聞こえた。
     そしてパーッとそれは光を放って人の形になった。

     光の中から現れたのは……

     え……ええええええ!?
     わ、私がいる!?

    「うむ、完璧だの。この娘の代わりに蓮華と授業を受けて来い。よいな?」
    「はい、雅音様。承りました」

     そういうと、私のそっくりさんは屋上を出て行ってしまった。

    「あ、あの……」
    「さて、これで午後はさぼれるの」
    「え!? で、でも……」
    「問題なかろう、お前の変わりにちゃんと山茶花が授業を受けておる」
    「いや、内容が……」
    「なんだ、授業を受けんと不安か?」
    「流石に……塾とか行ってないんで」
    「ふむ。まぁ確かに俺は高校をもう卒業しておるから問題ないが、お前は現役だしのう。あの教科書で勉強しておるからつい誤解してしまったな」

     まぁ、自分でもこの現状でよく食らい付いてるとは思うけどね……
     影井さんはフェンスに寄りかかって、そのまま私に隣に座るように即す。

    「まぁ最悪、今後に差し支えるなら全部終わった後に教えてやる」
    「え?」
    「今は流石に目立った行動は出来んから無理だが、茨木を奪還したら埋め合わせはしてやると言っておるのだ」

     全部、終わったら……か。
     でも、よく考えたら全部終わったら影井さんは京都に帰っちゃうんじゃない?
     影井さんの式鬼神の、小鳩ちゃんも。
     蘆屋くんだって、影井さんの手伝いに来たんだから例外じゃない。
     そうだ、茨木が取り戻されたら……私はまた一人の生活に戻るんだ。

    「あはは……そんなこと言って取り繕わなくていいですよ……」
    「なに?」
    「影井さん、茨木奪還したら京都に帰っちゃうじゃないですか」
    「まぁそうだな。流石にいつまでも大学に顔を出さんわけにもいかんからのう」

     やっぱり……
     こんなに楽しい毎日も、いつかは終わっちゃう。
     もし影井さんがごく普通の転校生なら、高校を卒業までは一緒にいられたかもしれない。
     でも、そうじゃないんだ……

    「清村……?」
    「あ、あれ……?」

     何で涙が出てくるんだろう。
     いつか来るその日のことを考えて、屋上でまた一人でご飯を食べてる自分を想像したら涙が出てきた。
     影井さんがいない毎日……?
     そんなの、つまんないだけだ。

    「どうしたというんだ、なにを泣いておる」
    「ご、ごめんなさっ……おっかしいな……あはは」

     慌てたようにカバンの中から小鳩ちゃんが顔を出して、私にハンカチを手渡してくれる。
     私はそれを受け取って、目に押し当てた。

    「椿様……そんなに泣かないで欲しいですの……何だか、小鳩まで胸が痛くなります」
    「ごめんね、ごめん……変だよね、急に」

     私は必死に涙を止めようとする。
     でも、影井さんがいつか私の前からいなくなってしまうって考えたら、すごく寂しくて、涙が止まらなかった。

    「まったく、お前は俺の前だとよく泣くのう」
    「え……?」

     ふわりと甘い香りが漂ってくる。
     私は影井さんに肩を抱かれ、ぐっと胸に引寄せられた。

    「あまり泣いてくれるな。妙にそそられて食いたくなるからのう」
    「なっ……!? 何言ってるんですか!?」
    「食われたいなら泣いてもよいがのう」

     意地悪な笑み。
     でも、何でだろう。
     もっと影井さんのそばにいたい。
     前までお昼休みにご飯食べてるだけで満足だったのに、なんで……?
     何で私こんなこと思うようになったの?

    「なるほど。こういうことか……なんとも人とは不可思議なもんだのう」
    「影井さん?」
    「乳臭いと思っておったが、どうにも最近のお前は艶やかでいかん」

     なっ……
     なっ……
     何言ってるんですかあああああああああああ!?

    「ほら、そうやって照れるあたりとかのう」
    「うっ……うう……」

     もう、どうとでも言ってもらっていい。
     私は影井さんの胸の中の心地よさに頭が麻痺してしまった。

     そうか。


     私……


     影井さんのことが……


     気がついてしまった自分の気持ちに私は影井さんの胸の中で真っ赤になってドキドキするしかなかった。
     そんな私を見ながら、影井さんが複雑そうな困惑の表情を浮かべているなんて知りもしないで。

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