第11話 紡がれる思い
めちゃくちゃに破壊された御木本家を後にして、私たちはアッシーの家で蒐牙くんに鵺の事件の一部始終を聞くことになった。 そこには、蘆屋家先代当主のアッシーパパや、蒐牙くんを心配していたアッシーママも立ち会っていた。 「まずは何から話せばいいのか……」 蒐牙くんは戸惑ったように、窓から空を見上げた。 御木本くんは、話のきっかけを作るためか、小さく言った。 「あの日は、僕と蒐牙くんと姉さんで特別危険指定を受けた物の怪について勉強していました。茨木童子やがしゃどくろ、九尾狐などについて学んで、鵺についても話していたんです」 「そうでしたね。もし封印が解けた場合はどう対処したらいいのか、なんて幼心に不安になって志織さんに聞いたんでしたっけ」 蒐牙くんは辛そうにうつむいた。 「志織さんは、特別危険指定の物の怪は、各家が自分たちの全てをかけて封印をしているから安心しなさいって言ってくれました。きっと陰陽師の当主候補としてそれが当たり前だと信じていたんでしょう」 「心配なら見学にいってみようかという話になったんです」 なるほど……だから鵺が封印されていたような場所にわざわざ出向いたんだ。 「でも、不幸はおきました。鵺が封印されていたはずの社がめちゃくちゃに壊れていたんですから流石に驚きましたよ」 「姉さんは慌てて陰陽師協会に連絡を入れました。でも、電話をしている最中に鵺に襲われたんです」 不幸としか言いようが無い。まさかたまたま鵺の封印を身に出向いたときに、鵺の封印が破られていたなんて。 「僕は雷撃を受けてそのまま戦力外になってしまって……今思えば、目覚めたての鵺の雷撃でよかったんだと思います。じゃなきゃ姉さんの前に僕が炭になっていたでしょうから」 「何とも悪運の強いやつだのう」 「とっさに天邪鬼が命令なしに、僕を庇ってくれたのも助かった理由だと思います」 「意外と優しいのね天邪鬼さん」 私の言葉に、御木本くんは照れたように笑った。 「今は本人がいないから素直に言いますけど、天邪鬼は何だかんだで僕を助けてくれるから、大好きですよ」 「実際天邪鬼さんが聞いたら、きっとツンデレな姿が見られたかもね」 くすっと笑ったけれど、御木本くんはすぐに表情を暗くした。 「その後は情けないことに、僕はただ見ていることしかできませんでした。蒐牙くんは姉さんを守ろうと必死になってくれていましたけど、相手は何せ鵺でしたから」 「いいんですよ御木本先輩。僕を庇ってくれなくても」 「蒐牙くん……」 「志織さんが死んだのは僕のせいなんです」 「どうして……?」 蒐牙くんは、心底自分に対して冷ややかな笑みを浮かべた。 痛々しいほどに…… 「志織さんは鵺を相手にしてはいけないと言いました。これは自分たちだけではどうしようもない妖怪だと。逃げて対策を立てなくてはいかないと言ったんです」 そこで蒐牙くんはぎゅっと拳を握った。 「でも僕は愚かでした。陰陽師ならこのまま鵺を放置していいわけないと……そういって」 「愚かにも鵺に立ち向かっていったということじゃな?」 「はい。式神も持たない、陰陽術もろくすっぽ使えない僕がですよ? 笑ってしまうでしょう」 やめて、そんなに自分を責めないで…… 「志織さんは慌てて僕を守ろうとしました。でも相手はやっぱり鵺なんですよ」 「僕もそのあたりで意識を失って、先に何があったのかは分かりません……でも目が覚めたときには病院のベッドの上で、聞かされた事実は鵺が行方不明になり、姉さんは死んだということです」 「それでも御木本先輩は僕になんの事実も聞こうとしなかった。どうしてです?」 御木本くんは苦い笑みを浮かべて言った。 「姉さんなら、きっと鵺を悪いようにはしないと思ったから。それに、蒐牙くんの腕に姉さんの大切な式神が宿っていたから……きっと姉さんの意思を蒐牙くんは何かしら引き継いだんだって思った」 「蒐牙くんを信じてた、ってことね」 御木本くんはこくりと頷いた。 「……ずっと後ろめたかったんです。御木本先輩から大切なお姉さんを奪ってしまったこと」 「知ってた。でも僕から大丈夫だからって言ったら、ますます蒐牙くんは自分を責めてしまいそうだったから……何も言わなかった」 「……すみません」 御木本くんは優しいな。きっと普通なら蒐牙くんを責めて問い詰めてもおかしくないのに、蒐牙くんが自分から口を開くのを待ってたんだ。 「鵺に挑んで殺されそうになっていた僕を志織さんは庇いました。絡新婦の糸が鵺をからめとり、動きを封じている間に彼女は言ったんです。"強くなりなさい"って。そして自分の魂を依代に鵺を封じ、そのときに起きた雷鳴に打たれて彼女の肉体は炭と化しました。でもその前に志織さんは、とっくに死んでいたんです」 悔しそうに、悲しそうに、蒐牙くんは自分の右腕を掴んだ。 「そのときですよ。僕の腕に絡新婦が憑依したのは」 「え?」 「お前、無理矢理絡新婦を腕に憑依させたんとちゃうんか?」 「僕にそんなことできるわけないでしょう。霊力の低い僕が、拒絶反応も受けずに式神を操るなんて至難の業ですよ」 「まぁ確かに」 そうか。御木本くんの言う通りかもしれない。志織さん、蒐牙くんが必ず鵺をきちんと封印してくれるって信じてその思いと共に絡新婦を託したんだ。 でもきっと蒐牙くんは志織さんが言う強さの意味をずっと履き違えていたんだね。 一人で強くならなきゃいけないと思ってたんだ。 だから命削って封印を施すなんて、志織さんが絶対望まないであろう方法を取ってしまったんだ。 「鵺の封印の符は、僕がずっと鵺塚の近くに隠しておいたんです。そして毎年、鵺が完全に力を取り戻す前に何とか魂鎮の術法で鵺を封印してきました」 「ったく。お前何年分の寿命削ったんよ」 「分かりません」 蒐牙くん、今まで何年も自分の命を削って鵺を封じたんだよね…… 大丈夫かな……それで若いうちに死んじゃったりしたら…… 「まぁお前は体も丈夫だしのう。そうそうぽっくり死にはせんだろう。しかしあまり褒められた方法ではないのう」 「すみません……ですが僕のせいで志織さんが死んでしまったんです。僕が全て解決すべきだと思ったんです」 「それが馬鹿だというのだ。相談の一つもされないとは信用されておらんようだの」 蒐牙くんは驚いたように顔を上げて大きく首を横に振る。 「そっそんなことありません!! 僕にとって雅音様は、憧れで……でも、そんなことを相談して嫌われたくなかったんです」 「嫌うわけがなかろう。お前はもっときちんと物事を判断できる奴だと思っておったのだがのう。出来の悪い弟は陵牙だけで充分だ」 「なっ!? 出来が悪いってどういうこっちゃ!!」 「読んで字のごとく、そのままの意味じゃ」 「だーーー!! 馬鹿にすんじゃこんにゃろー!!」 詰め寄るアッシーをうざったそうに押さえながら、雅音さんは蒐牙くんを見た。 「お前はこれからまた何か起きたら一人で解決して俺を敵に回すのか?」 真剣にそういわれ、蒐牙くんは目を見開いていた。 でも、静かに首を横に振った。 「いいえ。雅音様を敵に回すなんてこと、二度としません。それに、黙って何かをするのも、もうやめにしようと思います」 その言葉に雅音さんは満足そうに口元を吊り上げた。 「そうか」 蒐牙くんは、ふぅっとため息をついた。 「これが鵺の事件の全ての詳細です。皆さん、ご心配とご迷惑をおかして申し訳ありませんでした」 蒐牙くんは深々と頭をさげたけど、結果的に彼がみんなに心を開いてくれたのは喜ばしいことだと思う。 今までずっと一人で悩んできたなら尚更、ね。 みんなが話しに納得し始めているときに、星弥がふとつぶやいた。 「でも、蒐牙くんが隠してた鵺の符を森太郎さんが持ってたんしかね」 そうだ、すっかり忘れてた。 どうして森太郎さんは鵺の符を手に入れたんだろう。 「それについては調べさせておるが……特定は難しいだろうな」 「どうして?」 雅音さんは難しい顔をして言った。 「森太郎は何者かに強い式神をくれてやると言われて鵺を渡されたにすぎんらしい。しかもそれが誰かは分からんそうだ」 「一体何のためにそんなこと……」 「さぁのう。これだけ調べさせて尻尾をつかめぬとなると厄介じゃの」 一気に場の空気が暗くなった。 でも、しばらくの間の沈黙を破る声が発せられた。 「蒐牙ちゃん」 ふと、アッシーママが蒐牙くんの前に座って静かに彼を見つめた。 なんだか、いつもと様子が違うような…… 「母上……母上にも心配を……!?」 蒐牙くんの言葉がさえぎられた。 流石に、私まで変な声を上げて驚きそうになってしまった。 アッシーママが…… あのいつも元気印でお気楽そうなアッシーママが…… 蒐牙くんをぶった!? 「母……上?」 「馬鹿!!」 見ればアッシーママは唇を噛み締めて、目から涙を流していた。 しばらく蒐牙くんを見つめていたアッシーママは、我慢の限界を超えたように蒐牙くんをぎゅーっと抱きしめた。 「どれだけ心配したと思ってるの!!」 その言葉を発端に、堰を切ったようにアッシーママは話し始めた。 「寿命を削って鵺の封印なんて、何馬鹿なことしてるのよ!! 志織ちゃんを死なせてしまったことはあなたの罪かもしれないけれど、それを一人で背負って私たちに心配をかけないで! 私たちは家族でしょう!? どうして何も言ってくれなかったのよ!!」 「……そんなに心配を?」 「当たり前でしょう!! あなたは私の大切な息子なのよ!?」 「だって……僕は蘆屋家の当主候補でもないし、陰陽師の才能も力量も……」 「家族にそんなもの関係ないでしょう!? 私にとっては冥牙ちゃんも陵牙ちゃんも蒐牙ちゃんもみんな大事な息子なの!!」 蒐牙くんは心底後悔した顔をして目を閉じた。 そしてボロボロと涙をこぼして、十六夜さんの背中に手を回した。 「ごめんなさい、母さん!」 ああ、もう。どうしてこう蘆屋家は私の涙を誘う機会が多いのかしら。 私が鼻をすすってぐすぐす啜っていると、深散がさりげなくティッシュをくれたもんだから思わず大音量で鼻をかんでしまった。 「まったく、椿は本当に泣き虫ですわね」 「そういう深散だって目赤いじゃない」 「あれはしょうがないですわ。だって、いつもあんな姿見せない蒐牙くんがお母様に甘えてる姿みちゃうと……」 うん。よかったね蒐牙くん。 きっとこれからもますます家族仲良くやっていけるよ。 蒐牙くん、あなたは今回のことできっと大きく変わったはずだから…… ********************************* 話が終わって、私が御手洗いを借りて廊下を歩いていると、ふと私は声をかけられた。 振り返れば蒐牙くんが立っていた。 「どうしたの、蒐牙くん?」 「あ……あの」 「ん?」 蒐牙くんは、ちょっとだけ頬を赤く染めてるような気がする。 どうしたのかな、気を張った後だから熱でも出したかしら…… 「先日は心配をおかけして申し訳ありませんでした」 「え?」 「雅音様から聞きました。僕がいなくなって泣くほど心配していたって」 雅音さん……どうしてそういう恥ずかしいことを本人に言っちゃうのよ!? 私が真っ赤になってわたわたしていると、蒐牙くんは照れたように、でもなんだか嬉しそうに笑った。 「その……そこまで心配してもらえて、僕はすごく幸せです」 「蒐牙くん……」 「ありがとうございます」 頭を深々と下げる蒐牙くんに私は頭を上げるように即した。 「やめてやめて。そういうの、なしだよ」 「でも……」 「私たちは友だちでしょ? 心配するのは当たり前だよ。だって、大切だもの」 友だち、その言葉を聞いた瞬間の蒐牙くんの表情がものすごい寂しそうになったのは気のせいだろうか。 アッシーも前に似たような表情してたっけなぁ…… ん……待てよ…… 『気がつかんのか? 蒐牙もお前を好いておるのだ』 あ……あああああああああああああああ!!!!!!? ど、どどどどどどうしよう!! すっかり忘れてた!! こういう場合はどうすればいいの!? 衛生兵!! お願い私のこういうことに対応できない脳みそに応急処置を!! って何言ってるの私はあああ!!! 一人でてんぱってる私を見て、蒐牙くんはくすっと笑った。 「雅音様は余計なことまで椿先輩に吹き込んだみたいですね」 「蒐牙くん……?」 え……? え………? ええええええええええええ!!? 私は変な声を上げそうになってしまった。 そりゃそうだ、蒐牙くんが私を思い切り抱きしめてるんだから。 ど、どどどどどうしよう! 何とかして引き剥がさないと!! 「しっ。静かに」 「え?」 「どうせ、雅音様から僕がぶん殴られることは確定しているんです。少しだけこうさせてください」 「なっ……何言ってるのよ蒐牙くん!!」 「これで……あなたへの思いは断ち切りますから……」 「蒐牙くん……」 少しだけ、声が震えてる? 「ごめんね」 「謝らないでください。僕の勝手な思いです」 蒐牙くんの腕にぎゅっと力がこもった。 私は本御少しの間だけ蒐牙くんの背中に手を回して、彼の背中をさすった。 蘆屋家の広い廊下に二人並んで座り込んだ私たちは、何となく言葉を交わし始めた。 「ありがとうございました」 「ん……ちょっとびっくりした」 「すみません。でもどうしてもこの思いを引きずるわけにはいきませんから」 「蒐牙くん、変なところアッシーと似てるわよね」 「え?」 蒐牙くんの顔がみるみる青くなっていく。 「まっまさか兄上も何か先輩にしたんですか!?」 「え? あ、あー……まぁあんなこと弟に話すわけもないか」 「あんなこと!?」 「ま、気にしないで。未遂で何もなかったから」 「未遂って言葉がすごく気になりますが……ここは兄さんより一歩リードしておかないといけませんね」 蒐牙くんは私の手の上に自分の手を乗せて言った。 「もし、雅音様にひどいことをされて嫌になったら僕のところに来てもいいですよ。椿先輩なら大歓迎です」 私はその真剣なはずの言葉に思わず吹きだしてしまった。 「……ぷっ!」 「なっ!? 僕の真剣な言葉になんで噴出すんですか!?」 「あんたたちやっぱ兄弟だわ」 「へ?」 蒐牙くんはぽかんとした表情をしていた。 でも、私は蒐牙くんの手にもう片方の私の手を重ねて笑った。 「万が一にも、そんなことはないと思うけど……ありがとう、蒐牙くん」 蒐牙くんは一瞬だけ頬を赤らめたけど、すぐに私の手から自分の手をはずして立ち上がった。 「まったく、惚気ならよそでやってください」 「くすくす。そうね、そうするわ」 「さ、戻りましょう」 「うん」 私は前を歩く蒐牙くんの背中を追った。 蒐牙くんの背中はほんのちょっとだけ、大人になったような気がした。 |