第17話 全てが繋がるとき


     影井さんから真実を聞かされた次の日、私はめずらしく学校を休んだ。
     もう、体を起こすことすら億劫だった。

    「椿、入るわよ」
    「うん……」

     お母さんが心配そうにベッドに横たわる私を見る。
     そして私の額に手を当ててくれた。

    「熱はないみたいね。あなたが学校休みたいなんて、珍しいこともあるわね」
    「ごめんなさい……」
    「いいのよ。あなたは普段少し頑張りすぎるところがあるから。たまには甘えてもいいと思うわ」

     その言葉に、私は涙が出そうになる。
     思わず起き上がって、お母さんに抱きついてしまった。

    「あらあら、どうしたの椿? 今日は随分甘えん坊さんね」
    「私には、お母さんとお父さんがいるもんね?」
    「うん?」
    「私のことお父さんとお母さんは好きでいてくれるよね?」

     お母さんは不思議そうに首を傾げたけど、私の頭を撫でてくれた。
     そして笑って、私の欲しい言葉をくれた。

    「当たり前じゃない。椿はお父さんとお母さんの宝物なんだから」
    「うん……」

     そうだ、私には大好きな両親がいる。
     どんなときだって私を愛してくれる、これ以上にない存在……

    「あとで、美味しいものでも食べに行きましょう? 閉じこもるのはよくないわ」
    「ありがとう、お母さん」
    「お父さんも心配して下でおろおろしっぱなしなんだから、落ち着いたら降りてらっしゃいね」
    「うん」

     私は両親の存在に少しだけ元気をもらった。
     両親がいれば、きっとこの悲しみも癒すことができる。
     そんな気がした。

     その日は、両親と一緒に買い物に出かけたり、動物園に行ったりした。
     もう親公認で学校サボってるんだし、私も開き直ってた。
     動物園とか、小さい頃に行ったきりだったからすごく楽しかった。

    「お父さん見て見て!! キリンだよ、こうしてしみじみ眺めるとホントにめっちゃ首長いんだねぇ!」
    「そりゃキリンだからなぁ。首が短かったらあいつの個性なくなるだろう」
    「あははっ、そうだよね。あっ! あっちはカバ!! でっかい口!」

     私は無理矢理はしゃいでいたんだと思う。
     それでも、両親と一緒にいく動物園が楽しめたのは本当のことで。

    「ホント、椿とこうして家族で出かけるなんて久しぶりね」
    「寂しい思いをさせてたんだな。すまない」
    「何言ってるの? 今こうして一緒に出かけられてるんだもん、全部チャラだよ!」

     私の笑顔に、両親は安心したように顔を見合わせていた。
     私がこうして落ち込んでるときに手を差し伸べてくれる優しい両親が私は大好き。
     そう、私は決して不幸なんかじゃない。

     家に帰り着いたのはもう、夜の8時だった。
     すっかり遊びつかれて、お腹も膨れて、嫌なことはほとんど頭の中から消えていた。

     そんな時、家のインターホンが鳴った。

    「はーい、どちら様ですか? あら、星弥くん?」

     背中がゾクリとした。
     星弥が……うちを訪ねてきた……?

     どうしよう、今の星弥は茨木を持ってる。
     逃げ出したい、怖い……

    「うん、うん、今開けるから待っててね」

     お母さんは暢気に玄関のドアを開けてしまった。
     そして、星弥は何のためらいもなく私の顔を見て笑った。

    「よう椿。元気そうじゃん」
    「……うん。元気だよ」
    「学校休んだって聞いたから心配してきてみりゃ、サボりかよ」

     いつも通りの星弥だ。
     むしろ、いつもどおり過ぎて気持ちが悪い。

    「何か……用事?」
    「んだよ、遊びに来るのに用がなくちゃいけないのか?」
    「……別に」

     星弥は私の横においてあった大きなキリンの人形を見てくすっと笑う。

    「何お前、そういうのまだ好きなの?」
    「い……いいでしょ別に! お父さんが買ってくれたんだから!」
    「ははは、星弥―! お前のカン当たってるぞ、椿は何か1つ買ってやるって言ったらそれに飛びついていったからな」
    「やっぱり、いつまでも子供だなぁ」

     お父さんと笑いあっている星弥はとても茨木を持っているとは思えない。
     キリンの頭を撫でながら、ふとこんなことを言う。

    「両親帰ってきてお前、幸せそうじゃん」

     その言葉に、私は素直に答える。

    「うん。私にはお父さんとお母さんがいるから……何も辛くないし、頑張れる」
    「そっか」

     星弥は私と目を合わせずにそう言った。
     そしてすくっと立ち上がると玄関のほうへ向かっていく。

    「あら、星弥くん。もう帰るの?」
    「はい。椿の元気な顔見られただけでも充分なんで」
    「そう? またゆっくり遊びに来てね」
    「はい、ぜひ」
    「ほら椿! 玄関まで送ってあげなさい」

     私はせかされて、星弥を玄関まで見送る。

    「明日は学校来いよ」
    「……それは」
    「嫌なのか?」
    「うん」
    「なぁ椿」

     星弥は私を真っ直ぐに見つめて頬に手を置く。
     ひんやりと冷たい手に、私はびくりと体を跳ね上げた。

    「まだ、考え直してくれねぇの?」
    「……ごめん」
    「そっか。これだけ言ってもダメなら、しょうがねぇな」
    「え……?」

     星弥は苦笑いを浮かべて玄関のドアに手をかけた。

    「じゃ、またな」

     どうして、学校へは行かないって言ってるのにまたあんな笑顔でいられるの? 今日の星弥は怖いくらいにいつも通りで……
     でも、前に学校で話した星弥は明らかにいつもと違ったし……

     私はますます分からなくなってしまった。

     それから数日、私はずっと学校へはいかなかった。
     両親は、気の済むまで考えなさいって言ってくれた。だから私はそれにめいいっぱい甘えることにした。
     私は期待してたのかもしれない。
     こんな風に閉じこもって、ある日学校へ行ったらもう影井さんたちはいなくなってて。
     星弥は茨木を奪還されていつも通りになってるんじゃないかって。
     そうしたら、これ以上傷が深くならなくて済むから。

     でも、本当にこれでいいのか、すごく迷っていた。
     そんなある日、私は驚きの目覚めを迎えることになる。
     学校へ行くつもりもなかったから、目覚ましは止めていた。
     でも、代わりに人の声で起こされたのだ。

    「清村さん、清村さん!」
    「う……うん?」

     寝ぼけ眼で声のほうを見ると、うっすらと見える茶色の巻き毛。
     パッチリとした人形のような目……
     何処かで見たこと、あるような?

     え……?
     え………?
     えええええええええええええええ!?

    「か、かかかかかかか賀茂さん!?」

     私は驚きのあまり、寝癖でぐっちゃぐっちゃかもしれない髪も、パジャマのままなのも気にせずにガバッとベッドから飛び起きた。

    「まったく、今日も学校を休むつもりですの?」
    「え……?」
    「ここ数日、ずっと病欠だと聞いてはいたんですけれど。あなた、教室で影井くんに酷いことを言われてから休み始めて……心配していたんですのよ」
    「……なんで、賀茂さんが私を心配するの?」
    「私に何をされても泣かなかったあなたが泣くなんて、よほど重症だと思ったんですのよ」

     お嬢様の言ってることは間違ってはいない。
     お弁当箱を踏み潰された瞬間を思い出せば、私の胸はかき乱されるように苦しい。
     とてもじゃないけど影井さんの顔も、蘆屋くんの顔もまともには見られない。
     だから、私はいけないことだとと分かっていても学校を休んだ。

    「藤原くんも、心配してましたのよ?」
    「そう……」

     お嬢様は小さく咳き込んでいた。
     やっぱり、具合は悪いままなんだろう。

    「賀茂さん、人の心配してる場合じゃないんじゃない? すごく具合悪そうよ?」
    「え、ええ……あまり体調は良くないですわね」

     何か、お嬢様はずっと様子がおかしい気がした。
     変な胸騒ぎがする。

    「ねぇ……賀茂さん、何か困ってるんじゃないの?」
    「え……?」
    「修学旅行が終わって休んでたあと、学校に来るようになってからずっと様子が変だよ?」

     その言葉にお嬢様は落ち着かない様子で、そわそわと私から目を逸らした。

    「あなたには……関係のない話ですわ」
    「そう? でも、今あなた相談できる相手いないんじゃない?」

     真っ直ぐな瞳で見つめれば、お嬢様はぺたんと床に座って俯いた。

    「もう、私もどうしていいのか分かりませんの」
    「どういうこと? 話して」

     何でだろう。
     この人は一度は私を殺そうとした相手なのに。
     私は放っておいたらいけない気がした。

    「最初は藤原くんに見てもらいたい一心だった。あなた、私が相性占いなんかを得意としているの知ってます?」
    「ん、そういえばよく他のクラスの子とかに頼まれてたっけ」

     お嬢様は何か本格的な占い道具みたいなのを持ってきて、よくクラスの子たちの恋愛相談みたいなことをしていたのを思い出した。
     まぁうそ臭いから私は興味を持たなかったわけだけど。

    「ある日ね、藤原くんが私のところに相談に来たの」
    「え? 星弥が?」
    「ええ、あなたとの相性を占って欲しいって」

     お嬢様は力のない声で続ける。

    「最初は、嫌でしたわ。藤原くんのこと好きだったし……でも、私の占いは嘘を導き出すものではない……真実を占ってみれば、あなたとの相性は正直言って恋愛の面では最悪でしたわ」
    「なんとなく、理解できるわねその結果」

     それは私の心に理由があるのかもしれない。
     その辺の詳しいことは分からないし、お嬢様の占いが本当かどうかも分かったもんじゃないけど、そういう結果を導き出せたって言うなら、意外と当たるのかもしれない。

    「私はそれを正直に伝えたわ。そうしたら、何とかならないか、相談に乗ってくれって言われて……藤原くんとすごせる時間が増えるのは嬉しかったけれど、悔しかった。諦める気がさらさらないって分かってすごく悔しくて、あなたに酷いことをたくさんしてしまった……ごめんなさい、許してもらえるとは思っていないけれど謝るわ」

     もちろん、そうそう許してやろうなんて思ったりしない。
     それだけのことをこの子は私にしてきたんだから。
     でも、何だか全てを懺悔しているこのお嬢様を責める気にもなれない。
     ああ、私はまた甘い一面を出してしまうのかもしれない。

    「あなたにいじわるをしているのが藤原くんにバレて、私はとうとうあなたへの逆恨みが頂点に達して……それで大江山であんなことを……」
    「なるほど、ね……」

     だんだん、話は繋がってきた。
     やっぱり、賀茂のお嬢様の星弥への気持ちは本物だ。
     憎たらしい相手を殺してでも、っていうのはちょっとやりすぎだけどね。

    「でも、どうしてその後ずっと学校を休んでたの?」
    「それは……」

     その先を、どうしてもお嬢様は言いたくないみたいだった。
     でも、私はその理由をどうしても聞かなきゃいけない、本能がそう言っる。
     あんまりいい提案でないのは分かってる。でも……

    「いいわ。話してくれたら、今まであなたがしてきたこと、忘れてあげる」
    「え……?」
    「あなたが私にしてきた嫌がらせのことは綺麗さっぱり水に流すわ。その代わり、私と賀茂さんは、今から友だち。だから相談してよ、友だちの私に」
    「清村さん……あなた、今まであんな仕打ちをした私を許すって言うの?」
    「うん、許す。どうせ、終わったことをうだうだ言ってもしょうがないもの」

     本当は許したくないし、友だちって存在が今は怖い。
     でも、お嬢様の……ううん、賀茂さんの真剣な声と辛そうな表情を見ていたら、見てみぬふりも、突き放すこともできなかった。
     私が少なからず影響しているのも事実だし。

    「清村さん……」

     賀茂さんは私の前でわんわんと泣き出してしまった。
     多分私なんかの前で泣くんだから、よほど辛かったんだろう。

    「私……ずっとあなたに鬼を送りつけたり呪詛をかけたりしていたんですのよ!? それなのに、私を許せるの!?」
    「は……?」

     鬼を送りつけたり……呪詛をかけたりしていた?
     じゃあ、私が異様に鬼に憑かれたり、呪詛で大変な思いをしていたのは賀茂さんのせいってこと?

    「あなたは何処から仕入れてきたのか、あんな強い式鬼神を連れているし。呪詛をかけるしかなかった。でも、誰の入知恵か、呪詛を全部跳ね返してしまうから……」
    「ねぇ、それって、賀茂さん……あなたまさか」
    「もう察しがついているのでしょう? 私は陰陽師ですわ。昔、安部晴明の師とも呼ばれた陰陽師、賀茂保憲の直系の子孫ですわ」

     流石に口があんぐりと開いたまま閉じなかったんじゃないだろうか。
     賀茂さんが、陰陽師……?

     えーっと、整理してみよう。

     京都でまず、誰かに茨木が盗まれた。
     影井さんはそれを追ってこの町にやってきて、その補佐のために蘆屋兄弟もこっちへやってきた。
     確か、茨木を盗んだ人……まぁ星弥には、後ろ盾の陰陽師がいるって言ってた。
     そしてその陰陽師は賀茂さん……
     影井さんは、茨木を盗んだ人に何故陰陽師が手を貸すのか分からないって言ってた。
     でもその陰陽師は賀茂さんで、賀茂さんは星弥が好き……

     全部、繋がった。
     そうか、賀茂さんがやたら当たる占いをするのは陰陽師の力だったわけで。
     私に鬼を憑けたり呪詛をかけたり、鬼の巣窟である大江山に連れて行ったのも陰陽師としての知識から。

    「賀茂さん……陰陽師協会から目を付けられるって分かってても、茨木を盗んだ星弥のために手を貸したの?」
    「あなた……どうして茨木や陰陽師協会のことを!?」
    「もう察しがついてるんじゃない? 茨木を奪還するために、京都から陰陽師が来てること」
    「……そう言えばあなたは蘆屋くんと仲がよかったのでしたわね。じゃあ、あの式鬼神や呪詛返しも蘆屋くんが? 茨木のことも、全部知っているの?」

     私は影井さんのことを言ってしまおうか悩んだ。
     でも、私はそこで頷いた。
     影井さんが陰陽師だって言うことは、言わない約束だ。
     どんなに酷いことをされても、約束は約束。

    「そう……蘆屋家の人間を送り込むなんて、やはり協会は私を許さないつもりなのでしょうね」

     賀茂さんは力なく肩を落としていた。

    「ねぇ、賀茂さん。最近異常なほど生気を感じないのはどうしてなの?」
    「それは……茨木を操るための霊力を藤原くんに大半与えてしまったせいですわ。あなたを殺そうとして失望されるのが嫌で……ついそんなことを……」
    「え!? れ、霊力って人にあげられるものなの?」
    「本来はそんなことできませんわ。でも、茨木に私の霊力を食わせて機嫌のいい間なら一般人でも操ることは可能……何より藤原くんのあなたへの歪んだ愛情を食らって茨木は随分強くなっている……あんな都合のいい宿主を茨木はきっと手放さない。このまま放っておけば、彼は茨木と一体化してしまうかもしれない……」

     だから賀茂さんは今にも消え入りそうなほど憔悴していたんだ。
     星弥……あんた、人の思いを踏みにじって、他人を踏みつけにしてまで私が欲しかったの?

    「私がもっと陰陽師としてしっかりした自覚を持っていれば……こんなことには……ゲホッゲホッ!!」

     再び泣き出す賀茂さんの肩を掴んで、私ははっきり言った。

    「賀茂さん、学校へ行こう」
    「え?」
    「星弥に、茨木を手放すように言ってみる」
    「そんな……危険すぎますわ!!」
    「ううん。もしかしたら声がまだ届くかもしれない」

     私は着替えようと思って、制服に手をかけた。
     でも、それを一度だけやめた。

    「賀茂さん。ちょっと待ってて。星弥と話すなら、この姿のままじゃ……ダメだと思うから」

     私は素早くお風呂でお湯をかぶった。
     カラーリングが落ちて、真っ白な髪があらわになる。
     コンタクトも外した。
     大嫌いな自分自身の姿。
     でも、これが私の本当の姿。

     この姿で話さなかったら、意味がない。

    「お待たせ」
    「きっ……清村さん!? その姿は……」
    「驚くのも、無理ないわね」

     目を見開く賀茂さんに、私は少しだけ胸がチクリと痛んだ。

    「でも、これが私の本当の姿。見るに耐えないかもしれないけれど、もう少し我慢していててくれるかな」
    「清村さん……」

     私は制服に着替えると、ずっと部屋の片隅で使われることのなくなってしまった竹刀を入れたケースを肩にかけた。
     もう、後には引けない。

    「あら、椿? 今日は学校へ……椿!? あなたその格好!!」
    「うん。友だちが困ってるから、学校へ行ってくるね」

     お母さんの驚く声を聞いて、お父さんも私の前に顔を出した。

    「その姿で行かなきゃならないほど、大事なことなんだな?」
    「うん」
    「なら、後悔しないように行って来い」

     お父さんはそう言って私の頭を撫でてくれた。
     お母さんも私を一度ぎゅっと抱き締めて、しっかり私を見つめて言った。

    「でも、怪我をしないように気をつけてね?」
    「ありがとう。夕飯までには帰るね」
    「ええ。腕によりをかけてご飯を作って待ってるわ」

     私は玄関に立って、見送る二人に笑顔で言った。

    「お父さん、お母さん、行ってきます」

     私の、人生を変える戦いが今、幕を開けた。
     眩しいくらいの青空が、後に暗雲に包まれることになる。
     でも、私は負けるわけにはいかなかった。

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