第1話 新学期はドタバタ三昧


     季節はめぐり、春が来た。
     新学期になり私たちは新しい学年に進級した。
     私、アッシー、深散は謎の権力が働いたおかげで、再び同じクラスに三人集合。
     あぁ、ついでに御木本くんも一緒になった。
     かなり濃いメンバーが勢ぞろいしたけど、仲のいい友だちと高校生活最後の1年を同じクラスで過ごせるのは嬉しい。

     ちなみに2年生になった星弥と蒐牙くんも同じクラスになったみたい。
     まぁあの二人が仲いいかどうかは別としても、星弥も新しい環境で全く知らない人に囲まれているよりはいいかもしれない。

     で、一番問題なのは……

     教室のドアがガラリと音を立てて開いた。
     今日から私たちの担任になる先生が颯爽と入ってきたわけだけど……

     ざわざわと先生が入ってきたのをがん無視で騒ぐクラスメイト。
     私は青くなる。
     やばい、やばいよ。

     バンッ。

     無言で出席簿が教卓に叩きつけられる。
     びくっとした表情でそちらを見たクラスメイトたちは、私が青ざめたよりもっとひどい表情でダッシュで着席をした。
     そりゃそうだ。普通の反応だよ。
     だって教卓の前に立ってたのは……

    「今日からお前たちの担任を勤める影井だ。担当教科は専門科目の陰陽術。お前たちはどこかしらの陰陽師の家系の人間じゃからのう。泣くほどしごかねばなるまい」

     みんな、青い顔がもう絶望に変わってますよ雅音さん……
     っていうか……ひそひそと耳打ちしてる声が私の耳にも届くんだけど。

    (ていうかあの人去年までうちのクラスメイトじゃなかったか?)
    (何で先生になってんだよ……)

     ごもっともな突っ込みね……
     っていうか雅音さん教員免許持ってたのね。まずそっから突っ込みたいわ。

     私は正直若干呆れた表情でホームルームを聞いていた。
     まさか去年までクラスメイトとして年齢詐称して学校に通っていた雅音さんが、今度は教師としてここに来ることになるとは思いもしなかった。
     まぁ、確かに生徒として忍び込むより全然いいけど。

     まず、陰陽師としての才能認められてる雅音さんだ。
     教員免許がなかろうが、陰陽術の指導者として招かれてもおかしくないだろう。

     あ、ちなみにこの高校は陰陽師協会の傘下ってこともあって専門科目に陰陽術が入ってる。
     なので、この高校に通ってる子たちは陰陽師の家系の子か、あるいは新たに陰陽師になりたい子か、とにかくまぁ普通の学校じゃまず学べない陰陽術を真剣に学ぼうとしてる子が大半だ。
     まぁ中には私や星弥みたいに鬼や物の怪に取り憑かれやすいから保護されてる、あるいは自衛できる力を身につけるってのを目的にしてる子もいるけど。
     とにかく、この学校で陰陽術っていっても決して誰も胡散臭がったりはしない。

     まぁその陰陽師の中でも、御三家なんて呼ばれてるうちの2つの家系、蘆屋家と賀茂家の人間が私の親友なわけで。
     その二人がなぜか教卓の目の前、私を挟んで両脇に座ってる。
     すごく恵まれた環境ではあるけど、ここまで固まることもないような気がする……

     結局、有無を言わせぬ雅音さん……というか学校では影井先生のスムーズなホームルームと授業を聞いて午前中の授業は終了し、お昼休みになった。

    「はぁー……やっとお昼だ……まさか雅音さん、教師になってまで屋上で一緒にご飯食べる気かな……?」
    「清村さん」

     私がそんなことを考えていると、不意に肩を叩かれた。
     振り返れば、そこにはクラスメイトの土井くんが立っていた。土井くんは去年から一緒のクラスだから、何度か話したことはあるけど……

    「なぁに?」
    「ちょっと話があるんだけどさ」
    「うん」

     私は土井くんに階段の踊り場に呼ばれた。
     この階段の踊り場は屋上に続く場所だから、今はあんまり人が通らない。

    「あのさ、えーっとその」
    「?」

     土井くんはずっと何かを言いたげだけど言えないって感じだ。
     時間もったいないな、昼休み雅音さんがどうするかも気になるし、早くしてほしい。

    「清村さん!」
    「は、はい!?」

     不意に考えが雅音さんのほうに飛んでたせいで、勢いよく名前を呼ばれ驚いてしまう。

    「あ、蘆屋と仲いいけど、付き合ってるの?」
    「はい!? アッシーは私の大事な親友ですが何か!?」
    「え? 親友? じゃあ彼氏じゃないの?」
    「違うけど……」
    「はぁ……よかった」

     まぁ、一度押し倒された仲ですが。
     それ言ったら大変なことになるので一応心の中にとどめておく。

    「じゃ、じゃあさ! 俺と付き合わない?」
    「は……?」
    「だから、彼氏いないなら俺と付き合ってよ」

     あー……
     ちょっと待ってくださいよ?
     土井くんは、何をどうして、どうなったら私にそんな言葉を投げかけるのかしら?
     それこそ数えるほどしかしゃべったことないのに……

    「な、いいだろ?」
    「え? いや、確かに彼氏はいないけど……!!」
    「じゃあいいよな?」

     しかも、彼氏がいないと分かった途端めちゃくちゃ積極的だし。
     なんでじりじり詰め寄ってくるのよ!? 思わず後ずさっちゃうじゃない!!
     残念だけど彼氏はいない、でもね……

    「人の話を最後まで―――――!!!」
    「それは無茶な頼みだのう土井」

     私は思わず拳を握ってそれを思い切り土井くんに向かって放ってしまった。
     でも、にじり寄ってくる土井くんの歩みが不意に止まった上に、私が拳を放った先には誰もいなくなっていた。
     それはそうだ。
     土井くんの背後に黒い影……そう、私の愛しい婚約者様の雅音さんが、片手で土井くんの首根っこを掴んで持ち上げてる。
     土井くん、そこまで小柄でもないのになぁ……

    「げっ!? か、影井先生!?」
    「清村はあいにくお前には触れられん」
    「なっなんでだよ!? おろせー!!」

     おろせと言われて、雅音さんはパッと土井くんの襟首を離してしまった。
     もちろん、土井くんは地面に勢いよく落下する。

    「ってぇ……! 何すんだよ!!」
    「おろせというからおろしたんだろうに」
    「ぐぐぐ! こんなことしていいのかよ、暴力だぞ!!」
    「ほぅ? ならどうする?」

     土井くんは強気な目で言う。

    「俺は現土井家の当主だ、痛い目みせてやる!」
    「くくく、知っておるよ。現土井家当主、土井嵩国」

     雅音さんはすーっと目を細めて笑ってる。

    「だが相手が誰であろうと椿は渡せんのう」
    「なっ!? お、お前がまさか清村さんの!?」
    「くくく、そうだ。椿は俺のものなのでな。指一本触れてくれるなよ」
    「きょ、教師が生徒と恋愛していいと思ってるのかよ!?」
    「ふん、こいつと婚約したのは俺が教師になる前だ」
    「そんな理屈通じると思うなよ! 絶対後悔させてやる!!」
    「あ、土井くん!?」

     土井くんはそのまま走り去ってしまった。

    「雅音さん……」
    「安心せい」

     不安な顔で雅音さんを見たら、雅音さんは優しく私の頭を撫でてくれた。
     でも、先生と生徒が婚約してるとかバレたら大問題なんじゃ……

     それでも、私は嬉しかった。
     だって、雅音さんが私を助けてくれた。
     あのままじゃ私、土井くんぶっ飛ばしてそれこそ違う意味で大問題になってたかもしれないし……
     ホント、あのタイミングじゃなかったら私の拳は土井くんの顔にクリティカルヒットしてた。

    「ありがとう」
    「よい。お前があの男に触れられるほうがよほど嫌じゃからのう」
    「もう、雅音さんったら」

     まぁ、もし学校で私たちの関係が問題になったら、別に私は学校やめてもいいと思ってる。
     だって私は元々雅音さんに救われてここにいるんだから……

     そんな事件があっても、時間はきちんと進んでいく。
     午後の授業も円滑に終わって、新学期最初の授業は終了した。

    「はぁ……なんか疲れた」
    「まぁそら驚くわなぁ。俺かてまっちゃんが赴任してくるとか聞いてへんかったからびっくりしたわ」
    「まさか影井様が教師としてうちの学校に君臨する日がこようとはね」

     三人で並んで歩いていると後ろから声がかかった。

    「あ、あああの!」
    「うん?」

     振り返れば小動物みたいにぷるぷる震えた、くりくりの髪が可愛い同級生の御木本くんが立っていた。

    「御木本くんじゃん。どうしたの?」
    「あ、あの道満さ……あいや、蘆屋くん……」
    「んえ?」
    「きょ、今日……蒐牙くんは……バイトに来る?」
    「ん? あいつがバイト休むとかありえへんから、ちゃんと行くと思うで」
    「そっか、よかったぁ」

     ぷるぷるしながらも、御木本くんは安堵したように胸をなでおろしていた。

    「しかし、御木本。お前ようあいつと顔突き合わせてバイトできんなぁ」
    「え?」
    「あいつ、相変わらずなんやろ?」
    「……別に、大丈夫だよ」
    「ほんまに?」
    「うん」

     アッシーは何かちょっと、一瞬だけいつものアッシーじゃない、そう、蘆屋家の当主っぽい顔を覗かせていた。

    「確かに、蒐牙くんはバイト中厳しいけど……それだけ真剣に仕事してるってことだよ」
    「そういうこととちゃうやろ」

     御木本くんはアッシーのその言葉に目を逸らしてしまう。
     アッシー、一体どうしたんだろう。

    (深散、なんかわかる?)

     私の耳打ちに、深散は肩をすくめたけどささやき返してくれた。

    (御木本家と蘆屋家って昔から結構深い親睦があるんですのよ。特に御木本家はそこまで大きな家系ではないのでよく他の家から嫌がらせを受けたり、内紛が絶えなかったりで……ですが蘆屋家がそれを守ることによって御木本家は何とか安泰を保ってきた、って感じなんですのよ)
    (ああ、なるほど……だからアッシーの顔、当主の顔なんだ)
    (え?)
    (うん、いつものチャラ男の顔じゃないからさ)
    (ああ……)

     深散はなるほど、って表情でアッシーを見ていた。

    「御木本、蒐牙はまだ……」
    「深散〜〜〜〜〜!!」

     アッシーが何かを言いかけたとき、元気のいい声が響き渡った。
     見れば神経質そうな顔をしたアッシーの弟、蒐牙くんと私の幼馴染であり深散の彼氏である星弥が向こうから歩いてくる。

    「星弥くん、今帰りですの?」
    「おう。蒐牙くんと同じクラスだから助かってるよ、色々よくしてくれるし」
    「ふふ、蒐くん面倒見がいいですものね」
    「別に、当たり前のことをしているだけですから」

     あれあれ、蒐牙くんちょっと照れてる? 恥ずかしそうにふいっと顔を背けちゃったよ……
     まぁ、蒐牙くんは元々優しい子だなぁって私は思ってる。
     態度がツンケンだからそう感じないだけで、私を守ってくれたこともあったし、アッシーのことを心から思いやってる面もあるし、今回だって星弥をよく見てくれてるし。
     なんだかんだですごくいい子なんだよね。

    「あの、蒐牙くん……」
    「!」

     御木本くんがおどおどした声で蒐牙くんに声をかけた。
     そう言えばさっきの話の流れだと、御木本くんは蒐牙くんに用事があったみたいだもんね。

    「………」
    「あ、あのさ!」
    「仕込みがあるので僕は先に失礼させていただきますよ」
    「あ……うん……ごめん」

     え……?
     なんか、御木本くんを見たときの蒐牙くん、いつもと全然違う感じだった。
     すごく冷ややかで、なんかまるで触れてほしくないって感じの顔だ。
     一方の御木本くんは慣れたような感じで、苦い表情をして軽く蒐牙くんに手を振っていた。
     もちろん、蒐牙くんがそれに応えることはなくて、一度も振り返ることはなかった。

    「あ、僕も……バイトいくね。騒がせちゃってごめん」
    「え? どうせいくなら蒐牙くんと一緒に……もがっ!」

     私が思った疑問を口にしようとした瞬間、私はそれを阻まれた。
     見れば日焼けした大きな手が私の口を塞いでる。

    「んー! んーんーんんー!!!」
    「おう、いって来いいって来い。俺はきょうバイトない日やし、店長の暴走ちゃんと止めたってや?」
    「えー……僕には無理だよー」

     御木本くんは涙目でそういって私たちの前から去っていった。
     その瞬間、私の口を押さえていた手がぱっと離された。

    「ぷはっ……もう! なんなのよアッシー!」
    「おー悪い悪い。でも余計なこと言いそな口は塞いでしまわなな?」
    「余計なこと?」

     まただ。アッシーの表情、曇ってる。
     この表情は、ただ曇ってるだけじゃなくて、何か大きな問題を抱えてるって顔だ。

    「蒐牙の奴、まだ吹っ切れておらんのか?」
    「え? あ! 雅音さん!」

     見ればスーツ姿に身を包んだ雅音さんが呆れたような顔をして立っていた。
     神妙な表情のアッシーは少しだけ不機嫌そうに雅音さんに言う。

    「吹っ切れるわけないやん。まっちゃん、ずっと言おうと思ってたんやけど……なんで俺の代役に御木本つけた?」
    「ふん、結果的に適任だったろうに」
    「せやけど、蒐牙にとってはぜんっぜんよくない結末に終わってんで」

     アッシーの言葉に雅音さんは表情一つ変えずに返す。

    「陵牙。お前、蒐牙があのままでもよいと思っておるのか?」
    「!!」
    「だとしたら、お前は当主としてはまだまだだのう。身内にだけは甘い、未熟者よのう」
    「……俺かて、あのままでええとは思ってへん。けど」
    「なんじゃ」
    「あんなん、どうしたらええねん」

     なんだか、アッシーの表情はすごく悲しいことを思い出すような顔だ。
     まるで、一昔前冥牙さんを思い出していたときみたいな顔になってて、痛々しかった。

    「腫れ物に触るような態度だからいかんのだ。あんなもの荒療治に限るじゃろう」
    「だからバイトに御木本を抜粋したんか」
    「そういうことじゃ」

     この二人が何を話してるのかさっぱりわからない。
     でも、蒐牙くんと御木本くんの間に何かがあった、それだけは分かる気がする。

    「それに、そろそろ蒐牙にも立ち直ってもらわんと困るようなことが起きておる、お前も分かっておるじゃろ」
    「御木本家の当主選抜か?」
    「ああ。内紛の絶えない御木本家だけあって、今回の当主候補二人おるだろう」
    「本家の螢一郎と、分家の森太郎やな。正直俺は今のところ森太郎が有利やと思ってる」
    「だろうな」

     あれ? ケイイチロウってもしかして……

    「ねぇ雅音さん、その候補の一人って……」
    「ああ、あの御木本だ」
    「ええええ!? あの御木本くんが御木本家の当主候補なの!?」
    「そんなに驚くほどのことでもあるまい。この学校に通う生徒の多くが、将来家の跡継ぎ候補になっておる。御木本とて例外ではないとうことだ」
    「でも意外かも……御木本くん、あんまり当主向きってイメージじゃないもん」
    「お前もまだまだだのう。人を見た目で判断してはいかんぞ」

     雅音さんは何か意味ありげな笑いをしていたけど、アッシーはかなり複雑そうだった。

    「俺かて御木本が当主になってくれたほうがやりやすいわ。せやけど、今回の当主選抜に俺ら蘆屋家はあんまり口うるさく意見は出来んやろ」
    「蒐牙はそれだけのことをしたからのう」

     アッシーの表情は暗いまま終始回復することはなかった。
     私の知らない、何かがまた動き出そうとしてる。

     私はそのときの雅音さんとアッシーの会話に気を取られていて気がつかなかった。
     あれだけ晴れていた空が、いつの間にか厚い雲に覆われて、曇天になっていることに……

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