第7話 アッシーの本音


     私は蘆屋家の応接間を出て、入り口にいたお手伝いさんにアッシーの部屋の場所を尋ねた。
     しかしこの家、想像以上に広い。
     アッシーの部屋になかなかたどり着かない……

     どれだけ歩いただろう。
     普通の家とは思えないほどの距離を歩いて、ようやく一つの扉の前にたどり着いた。

    「こちらが当主様のお部屋になります」
    「ありがとうございます」

     お手伝いさんはペコリと頭を下げてその場を去っていった。
     私は小さく息を吐いて、アッシーの部屋のドアをノックした。

    ―――コンコン。

     程なくして、返事が返ってくる。

    「誰?」
    「私、椿だよ」
    「ああ、ちょいまってぇな」

     すぐにこちらに近づいてくる足音が聞こえたと思うと、ガチャッ鍵が開く音が聞こえた。

    「どうぞ、入ってええよ」
    「うん、ありがと」

     一歩アッシーの部屋に入って私は驚いた。
     純和風の家に、あまり似つかわしくない洋風の部屋。
     そこには所狭しとモデルガンが並べられていた。

    「うわぁ、すっごい数のモデルガン!」
    「あーそれモデルガンちゃうよ」
    「え!? まさか本物!?」

     私がビビッて顔を青くすると、アッシーはゲラゲラ笑いながらビービー弾がたくさん詰まった袋を指差した。

    「エアーガンやエアーガン。モデルガンは撃てへんけど、エアーガンは実際に撃てるからなぁ。そら本物にも興味はあるけど、日本は銃刀法違反で捕まってしまうからな」
    「へぇ……アッシーが銃に興味があるなんて意外」

     私の言葉にアッシーは、エアーガンの一つを手にとって窓に向かって構えて見せた。
     すごい様になってるなぁ。

    「俺な、ガキんころは警察官になりたかってん」
    「え? お巡りさんに? なんでまた?」
    「警察官になって、家族やダチを悪い奴から守ったる〜って思ってたんよ」

     アッシーはくるくると銃を回すと、また元あった場所にエアーガンを戻した。
     ふとエアガーンの棚のところに、大切そうに写真立てに入れられた写真があるのが目に入った。
     私はそれを手にとって見た。
     一人の男の人と、二人の子供……?

     若いけど、これ冥牙さん……?
     全体的な雰囲気と目元の泣きボクロが、彼が冥牙さんであるのを物語ってた。ただ、私が知ってる冥牙さんとは違って、すごく優しい顔をしてる。
     まるで、穏やかな日差しのような笑顔、そんな言葉がぴったりだ。

    「あーそれな、兄ちゃんと俺、蒐牙で撮った写真やねん」

     アッシーは私の横に並んでどれが誰か指差して教えてくれた。
     蒐牙くんは今より少し弱気っぽい感じで、眉がハの字になっている。
     その横で、今と変わらない笑顔を見せているのがアッシー。でも、今と違って髪が黒くて、肌の色も白め。服装も控えめな格好をしていた。

    「これ、俺が中1やねん。兄ちゃんと撮った最後の写真になってしもたけど」

     アッシーは寂しそうに言った。
     心底悲しみを湛えた目に、私は胸がまた痛くなってしまった。

    「アッシー……冥牙さんのこと、好きなんだね」
    「ああ。兄ちゃんのこと、俺は大好きや。優しくて、かっこよくて、強くて尊敬できる最高の兄ちゃんやもん」

     そう語るアッシーの表情はキラキラしていて、本当に冥牙さんが好きなんだってことが伝わってくる。
     でも、さっきの事を思い出したのか、すぐに表情が暗くなってしまった。

    「俺は、兄ちゃんの悲しみが消えるなら、なんでもしてやりたいん」
    「命をあげてもいい、そう思ってるのね?」
    「ああ」

     私は深いため息をついた。
     アッシーは私のほうを見ない。
     ただじっと優しい笑顔を浮かべた冥牙さんの写真を見つめている。

    「ばっかじゃないの?」

     私は腰に手を当てた状態でアッシーの鼻先に指を突きつけた。

    「たかが兄弟喧嘩で死ぬ死なないなんて話、アホらしくて聞いてらんないわよ」
    「きょ……兄弟喧嘩!? あんなぁ椿ちゃん……これはそんな単純な話とちゃうねん」
    「なにが違うのよ?」

     私がそんな風に言ったのは本当はわざとだ。
     少し卑怯な気はしたけど、アッシーの心の中をどうしても私は聞きたかった。

    「兄ちゃんは俺の存在にめっちゃ苦しんでたん……俺に陰陽師の才能なんかなきゃよかったんよ……そうしたら親戚も俺に期待なんかせんかったん」
    「それって、冥牙さんとアッシーのどっちが当主になるかって話?」
    「まっちゃんから、色々聞いてんねんな」

     アッシーは諦めたようにベッドに腰掛けてはぁっと大きなため息をつく。

    「せや。蒐牙の奴は霊力がめっちゃ低かったから、最初から当主候補から除外されてしもたけどなぁ。ぶっちゃけ俺なんかに比べたらよほど蒐牙のほうが当主向きやねん。でも、俺がそれ以上に当主になるべきや思っとんのは兄ちゃんやねん」
    「どうして、アッシーは自分じゃ駄目だと思うの?」
    「え……?」
    「アッシーだってすごい陰陽師じゃない。なのに、どうして?」
    「それは……俺には当主になる"気"がないからや……俺は当主になった兄ちゃんと、それを支える蒐牙を"守る"存在になりたかったんよ」

     アッシーはぎゅっと握った自分の拳を見つめていた。

    「鬼や物の怪から家族を守るのは当主である兄ちゃんの役目。当主としての役目の大変さから兄ちゃんを守るのは蒐牙の役目。そしてそんな俺の大事な人たちを守るんが俺の役目だと思ってたん。ガキやったから、悪い奴から人を守る職業は警察官、って直感的に思ってたんやろなぁ」

     そっか……アッシーは家族を嫌ってるんじゃない。家族をむしろ大事に思ってるんだ。
     じゃあ、どうして今は家に寄り付かないの?
     そんなに大切に思ってるはずなのに……

    「なんでみんな気づかんねん……この家の当主は俺じゃあかんねん……俺みたいなうつけやのうて……兄ちゃんみたいに、しっかり家を引っ張っていける人間がいるのに……!!」

     バンッとアッシーは自分の膝を叩く。
     私は思わず駆け寄って、アッシーの手を握った。
     アッシーの手が、いや全身が小刻みに震えてるのがよく分かった。

    「こんな馬鹿見て、"立派な当主になられまして"なんていってる奴らの目は腐っとる……!! 何で分からんねん!! なんで……!!」

     ああ……分かってしまった。
     アッシーがどうしてこんなチャラ男やりながら、家にも帰らないでフラフラしてるのか。
     別に蘆屋陵牙を満喫しようとして日々をすごしてるわけじゃないんだ。
     みんなに、もっと相応しい当主が……冥牙さんがいるって分かってほしかったのね。
     ううん、それだけじゃない。きっと冥牙さんが帰ってきたときに、みんなが彼を歓迎するように、わざと馬鹿やってるんだわ……

     そんなアッシーの思いを知ってしまったら、私の目から自ずと涙がこぼれてしまった。

    「うっ……うう」
    「つ、椿ちゃん!?」
    「馬鹿……そんなの一人で抱えて……馬鹿じゃないの……?」

     涙声になるのを聞かれたくなくて、わざと強がるけど、大事な友だちが……アッシーがそんな苦しみを抱えているんだって分かってしまうと、もう涙が止まらない。

    「馬鹿……アッシーの大馬鹿……っ」

     アッシーは私の手に、握っていないほうの手を重ねた。

    「ごめんな……椿ちゃん」
    「知らない……アッシーなんか知らない……!」
    「俺のために、泣いてくれてるんやなぁ」
    「そんなのお互い様でしょ……!」

     そう、アッシーは以前私が悪鬼に取り込まれて冥府に堕ちそうになったとき、泣いてくれた。
     こんな心優しい奴が、こんなに苦しんでいいはずない!

    「ほんまに……あかんよ、椿ちゃん」
    「え?」
    「まっちゃんから奪いたくなるやろ?」

     アッシーは私の手をぐっと引いて、ベッドに押し倒した。

    「ちょっ……アッシーやめて!」
    「知らんかった? 俺かて……最初会うた頃から椿ちゃんのこと、好やったんよ?」

     アッシーの顔が近づいてくる。
     やだ……! やだやだやだ!! 私だってアッシーのことは好きだけど、それは友だちとしてであって!
     アッシーとそういう関係になりたいわけじゃない!!

     私は必死にアッシーの体を押し返そうとするけど、力負けしてる。
     嘘でしょ……力には自信あるのに……

    「無駄や。俺も一応男やしな」

     本気なのアッシー……? 嫌だよ、私アッシーとはいい友だちでいたいのに……!
     私はアッシーから顔を背けてぎゅっと目を閉じた。
     驚きのあまり止まった涙が、また溢れ出してくる。

    「雅音さん……! 雅音さん!」

     思わず呼んだ、愛しい人の名前を聞いてアッシーはハッとして顔を近づけるのをやめた。
     それでもこの距離ではアッシーの顔を直視できない。

    「……ごめんな」

     ふと手にかかっていた強い力が緩んだ。
     そして私の上からどいたアッシーは、私の目元の涙を指でぬぐってくれた。

    「ちょっと悪ふざけが過ぎたわ。堪忍してや」

     そう言って背を向けてしまったアッシーだけど、後姿がやけに寂しげで。
     これ、本当に悪ふざけ? って聞きたかったけど、アッシーの本音を聞くのが怖くて私は押し黙ってしまった。
     でも、程なくしてアッシーは振り返って、いつものあどけない笑顔を見せた。

    「もし、まっちゃんにひどいことされて嫌になったら俺のとこきぃや。椿ちゃんなら、いつでも大歓迎や」
    「そんなこと、万に一つもないと思うけど?」

     なんとか、強がってみせる。
     そうじゃないと、震えてるのがバレそうで、冗談を真に受けたなんて思われたくなくて、私は必死に強気な顔をし続けた。

    「おーおー惚気ならよそでやってやぁ?」

     私はアッシーとはいい友だちでいたい。それはアッシーにとって、こんな寂しい笑顔を浮かべさせてしまうほどに残酷なことなの?
     そう考えて思わずうつむく私に、アッシーはくしゃっと頭を撫でて笑った。

    「ほんまごめんな。こんな震えてしもて……俺のために泣いてくれるなんて、あんまりにも嬉しくてつい、な……許してくれるか?」

     バツが悪そうに謝るアッシーは本当に悪戯をして叱られた子供そのものだ。
     まったく……そんな顔するなら、最初からしなきゃいいんのに。
     でも、もしアッシーのさっきの行動が本気だったとしたら……
     ホントにごめん、アッシー……
     私は雅音さんのことしか、考えられないんだ。

     アッシーとはいい友だちでいたいから、だから……

    「許さないわけ、ないじゃん」

     私は顔を上げて笑って言った。

    「あんたみたいな馬鹿で大事な親友、許さないわけないわ」

     アッシーは驚いたように目を見開いてたけど、その瞬間柔らかい笑顔と一緒に目から涙をこぼしていた。
     驚いてしまったけれど、アッシーの感情がそこから流れ出ているようで、私は目を逸らすことができなかった。

    「ほんまに……ありがとう……」
    「どういたしまして」

     私はアッシーの手を握って、泣く子をあやすように髪を撫でた。
     獣みたいにゴワゴワした髪なのかと思ったら、ワックスで作ってるだけで意外とアッシーの髪はふわふわだ。

    「俺……昔みたいに戻りたいねん」
    「ん?」

     アッシーはぽつりと独り言のように呟いた。

    「兄ちゃんとまた、昔みたいに笑って一緒にいたい……それが駄目ならせめて兄ちゃんに笑っててほしいん」
    「駄目なんかじゃないよ」
    「え……?」

     私はアッシーの部屋の写真の中で笑う冥牙さんの顔を見て思った。
     きっと、大丈夫。

    「こんな優しい笑顔を浮かべる人が、アッシーの気持ち分かってくれないはずない。時間はかかるかもしれないけど、アッシーがちゃんと向き合えばいつかは気持ちが通じると思う。今のアッシーは逃げてるだけだよ?」
    「逃げてる……だけ」

     アッシーは何かを考えるように目を伏せた。
     そうだよアッシー、今のアッシーは逃げてるだけ。
     アッシーが死んで、一番後悔するのはきっと冥牙さんだよ。
     だって、弟思いの優しいお兄さんが自分の手で弟を殺すなんて、きっと一生後悔してもしきれないはず。

    「あとはアッシーがどうやって冥牙さんと向き合うか。冥牙さんのためになにができるか、それを考えないと。もちろん、私たちも協力するから、ね?」

     私の言葉にアッシーは答えなかった。
     でも、しばらく考えて顔を上げると私に笑顔をで言ってくれた。

    「ありがとう、椿ちゃん。せやな、ちょっとでも可能性があるんなら、兄ちゃんと話しおうてみる……よう考えたら俺、兄ちゃんとちゃんとちゃんと話すことから逃げとったのかもしれん。なんや、今まで自分の命粗末にしてたことが馬鹿らしくなってきたな」
    「うん。私たちはアッシーがいなきゃ寂しいんだよ?」

     その言葉にアッシーは照れたように顔を赤くしてボリボリと頭を掻く。

    「しゃあないなぁもう! みんな俺がおらへんと駄目なんやなぁ」
    「そうだよアッシー。だから勝手にいなくなったりしないでね?」

     そう、真っ直ぐに私はアッシーを見ていった。
     そうだよアッシー……私たちは、アッシーがいなきゃ駄目なんだよ。
     だって、大事な友だもん。

     アッシーは頷いて立ち上がると、私に手を差し伸べてくれた。

    「いこか、椿ちゃん。みんなんとこへ」
    「うん」

     この日、アッシーとの心の距離がほんの少しだけ縮まった気がした。
     今まで、ずっと傍にあったようなアッシーの気持ちだけど、私は全然分かってなかった。
     きっとまだまだアッシーは抱えているものたくさんあるんだと思う。
     でも、いつかほんの少しずつでいいから私たちに打ち明けてくれる日が、来たらいいな。

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