第8話 太古に姿を消した一族


    「逃げられはせんだろう」
    「雅音様!?」
    「奴らに最も有効なのは"逃避"ではなく"撃退"だ」
    「しかし……!!」

     俺は椿を抱き上げた。
     そして蒐牙に託した。

    「特別に触れさせてやるから絶対に椿を守れ」
    「雅音さん!!」
    「大丈夫だ椿、そんな顔をするな……」

     泣きそうな椿の頬に軽く触れ、掠める程度の口付けをする。

    「お前は、俺が守る。約束は違えぬ」
    「雅音さん! 雅音さん!!」
    「ああ、ダメですよ椿先輩!!」

     俺は騒ぎの聞こえたほうに走った。
     見れば2人の男と陵牙や、先ほど手紙を届けにやってきた賀茂たちがにらみ合っていた。

    「まっちゃん! なんで来たんよ!? 椿ちゃん連れてはよ逃げや!!」
    「それはできん」
    「まっちゃん!!」

     俺は陵牙たちの前に出て、こちらを見てニヤニヤと笑っている男たちに言った。

    「復讐の準備は整っておるのか、土蜘蛛一族よ」
    「土蜘蛛!? あの大昔に滅んだって言われた一族か……?」
    「あ? てめぇなんで俺たちのことを知ってる?」

     髪を逆立てた、いけ好かない男が俺に噛み付いてくる。

    「さてのう。教えてやる義理はない」
    「はん、まぁいい。てめぇが何者であろうと、ぶっ殺すまでだ」
    「打猿〜こんな奴らに構っててもしょうがないよ? 早く鬼斬の娘を探そうよ」
    「どうせこいつらぶっ殺さなきゃ通しちゃくれねぇさ」
    「はぁ……もう面倒くさいなぁ」

     髪を逆立てた男は勢いよく地面を蹴り俺に向かってきた。

    「ああもう!! お前ら人んちで暴れんなや!!」

    「陵牙、お前も下がっておれ、殺されたいか!!」
    「せやけどまっちゃん!!」

     俺は陵牙を無視するように打猿に符を飛ばした。
     鬼と呼ばれた種族の始祖……土蜘蛛一族。
     奴らは鬼に対して絶対的な力を持っている。決して式鬼神たちを奴に使うことはできない。

    「おいおい、そんな紙っぺらで俺が倒せると思うなよ?」

     打猿はいとも簡単に俺の飛ばした符を焼き払ってしまった。
     くそっ! やはり奴に対抗する術は式鬼神だけか!!

    「きゃあ!!」
    「賀茂!?」

     見れば横では賀茂がもう一人の小柄な土蜘蛛に押されていた。

    「君、確かこの間屋上で僕見てビビってた子だよね? あは、よく僕に向かってくる気になれたね〜?」
    「くっ……うっ!!」

     賀茂は完全に奴の鎖に締め上げられて身動きが取れない状態だ。しかし、目の前の男をどうにかしないことには助けに入ることもできない。
     そんな時、さらに後ろの方向から爆音と悲鳴が聞こえた。

    「!?」

     そこには大男と、女が立っていた。

    「よぉ遅かったな。青、白」
    「来てやったんだけでもありがたいと思え。それよりネズミが逃げようとしていたぞ」

     そう言う女の足元には、血だらけになった蒐牙と、怯える椿がいた。

    「椿!! 蒐牙!!」

     大男が椿の髪を引っ張りあげて持ち上げる。

    「青、コイツ、殺してイイか?」
    「いいよ。思う存分やりな、白。私らはそいつを殺すのが目的で来たんだからね」
    「やめろ!!」

     白と呼ばれた大男が椿に手を伸ばした瞬間、俺は勝てる保障もないのに地面を蹴っていた。

    「邪魔すんじゃないよ」
    「!?」

     馬鹿な……あんな細い腕のどこにこんな力が……!!

     そう思った瞬間に、俺は青と呼ばれた女の拳に叩きのめされていた。
     まさか、1日に二度も女に顔を殴られるとはな……

     よろよろと立ち上がり見ると、椿は白と呼ばれた大男に持ち上げられた状態で苦しそうにしている。

    「ああ、いいことを思いついた。白、そいつを殺すのはしばらくなしだ」
    「ナンデだ?」
    「余興だよ。私たちと同じ苦しみを味わわせてやるんだ」

     青は打猿ともう一人の小柄な土蜘蛛に笑って言った。

    「打猿、国摩侶。そこにいる鬼斬の娘のお友だち、全員ぶっ殺しちまいな。なるべくいたぶってね」
    「青〜どういうこと?」
    「あっさりことが運んでもつまんないだろ? ならできるだけ苦しい死を与えてやるんだ。自分から舌噛み切りたくなるようなね」
    「相変わらず趣味悪ぃ女だな」
    「はん。積年の恨み、この程度で晴らそうってんだ。安いもんだろ」
    「ま、面白そうってのは否定しねぇよ」

     そういうと打猿は俺と陵牙を交互に見た。

    「さぁかかってきな。二匹まとめて相手にしてやるよ」
    「まっちゃん……悪い、俺はやるで」
    「馬鹿者! かなう相手ではないと言っておろう!!」
    「敵う敵わんとちゃうねん!!」

     俺は陵牙の叫びに目を見開いた。

    「俺は、椿ちゃんを助けたいねん」
    「陵牙……聞き分けてくれ!!」
    「できん。最初から諦めてしもたら、何も変わらんのとちゃうんか!?」

     そういうと陵牙は符を投げて鬼道丸を呼び出した。
     鬼道丸は、打猿に刀を振り下ろしたがいともたやすくそれは避けられてしまう。
     違うのだ、陵牙……思いの力でもどうにもならん絶対的な力の差というものが存在するのだ……!!

    「はん……また鬼か? 忌々しい!! 俺たちの血を受け継いだ種族が、人間なんかに媚びへつらってるんじゃねぇよ!!」
    「まずい! 陵牙!! 鬼道丸をしまえ!!」
    「なっ!?」

     打猿は素早く跳ね上がると、鬼道丸の顔面を掴んだ。

    「鬼道丸!!」

     一瞬にして鬼道丸は、真名を封じられた姿に戻り、小鳩同様石にされてしまった。

    「へ、いっちょあがりぃ」
    「そんな……鬼道丸!! 鬼道丸!!」

     いくら呼んでも返事などあるわけがない。
     小鳩がそうであるように、あの打猿自身が呪いを解かなければ呪縛は解けない。

    「くっ……うっ!!」
    「あれあれー? もう虫の息? これじゃ、いたぶってるうちに入らないじゃない」

     一方の賀茂も、完全に動きを封じられ紅葉を呼ぶことすらできないようだった。

    「深散を離せこの野郎!!」
    「え? わゎっ!?」

     国摩侶と呼ばれた土蜘蛛が短い悲鳴を上げたときには、賀茂の呪縛は解かれていた。
     それはそうだ、星弥が置いてあった花瓶で国摩侶を殴りつけたんだから無理もない。

    「痛っ……何すんだよお前!」
    「あれで……気絶しないのかよ!?」
    「ふん、普通の人間と一緒にしないでくださーい。これでも丈夫なほうなんだ」
    「丈夫なだけで言い表せる石頭かよ!?」
    「危ない星弥くん!!」

     賀茂はとっさに星弥を引っ張った。
     そのおかげで星弥は頭蓋骨を砕かれずにすんだのだろうな……
     星弥がいた場所には大きなくぼみができていた。

    「ああ、もう! ちょこまかと鬱陶しいんだよ!!」
    「紅葉!! お願い力を貸して!!」

     何とか間一髪で紅葉を呼び出した賀茂だったが、それは逆効果だ。
     奴らに式鬼神を使ってはならないと、小鳩や鬼道丸を見てなぜ分からない!!

    「やめろ賀茂!! 紅葉を使ってはならん!!」
    「へへーん、もう遅いよーだ」

     国摩侶は、一瞬の動きで紅葉の懐まで入り込んだ。

    「可愛い鬼だねぇ。さっすが僕らの末裔。でも人間に味方するのは馬鹿のすることだよ?」
    「紅葉!!」

     紅葉は賀茂が叫ぶよりも早く、全身を石に変えられてしまった。

    「さぁてと。後は丸腰の人間だけか? あぁ?」

     ダメだ……
     このままでは……全員殺される。
     撃退など不可能だというのか……

    「まずはお前から」
    「逃げろ陵牙!!」
    「!!」

     打猿は陵牙の首を掴んで持ち上げる。
     陵牙より細身の体のどこにそんな力があるのか不思議なほど、陵牙は軽々と持ち上げられてしまう。

    「じゃあ僕はこっちの子から」

     一方の国摩侶は賀茂に馬乗りになって首を絞める。

    「あー、俺もっといいこと思いついちゃった」
    「なんだい打猿、さっさと殺しちまいな」
    「裏切りの姫君にふさわしい末路をくれてやるよ」

     打猿は口元を歪めて言った。

    「おいそこのチャラ男。命乞いしろ」
    「なん……やて……?」
    「命乞いしたら助けてやるよ。俺は鬼斬の娘より自分の命が大事です、だから助けてくださいって言えば今日のところは見逃してやるよ」
    「あはは、いいねいいね〜! 君も、命乞いしたら助けてあげよっか? いってごらんよ」

     二人の土蜘蛛は楽しそうにそう言って陵牙と賀茂を見る。

    「お前たち! 早く言え!! ここで死んでは話にならんぞ!!」

     俺の言葉に、陵牙と賀茂はまるで睨むように俺のほうを見た。
     そして苦しみながらも、各々を殺そうとする土蜘蛛たちに搾り出すように言った。

    「馬鹿……か、お前……」
    「なに?」
    「命乞いなんて……ごめんですわ!!」
    「君、頭おかしいの?」

     土蜘蛛二人は眉を潜めて陵牙たちの言動を聞いていた。

    「仲間見捨てて命助かるくらいなら……俺は死んだほうがマシや……あほんだら!!」
    「そうですわ……甘く見ないでくださいまし!! 私たちは椿を……見殺しになんか絶対しない!!」

     二人の体から白い光と青い光がほぼ同時に放たれる。

    「ぐあっ!?」
    「熱っ!?」

     その光に触れて二人は陵牙たちから飛びのいた。
     そして忌々しそうに陵牙たちの触れた手をみていた。そこは、まるで火傷でもしたかのように爛れていた。

    「この力……忌々しい!!」
    「うざったいなぁもう! さっさと死んじゃえ!!」

     二人が陵牙と賀茂に攻撃しようとしたときだった。

    「騰蛇! 眼前の敵を焼き尽くせ!!」
    「!?」

     突然、屋敷を灼熱の炎が多い尽くした。
     しかし、不思議とそこで苦しんでいるのは土蜘蛛たちだけで、俺や陵牙たちには一切ダメージがないように見えた。

    「くそっ!? この炎……神の力か!!」
    「忌々しい!!」
    「打猿ダメだよ! こんなところで死ぬわけにいかない!! 一旦引き上げよう!!」
    「ぐぅぅ!!」

     4人の土蜘蛛たちは分が悪いと思ったのか、そのままどこへともなく消えていった。
     屋敷の炎はいつの間にか消え失せ、しかも屋敷自体は土蜘蛛たちが暴れて壊したもの以外は焼けてはいなかった。

    「椿!!」

     俺はぐったりと倒れる椿を抱き起こした。

    「雅音さん……」
    「椿! しっかりしろ椿!!」
    「もう……私、いや……私のせいでみんなが傷つくの……」

     それを最後に椿は気を失ってしまった。
     椿の目からは一筋の涙が零れ落ちた。

    「まったく、情けないものだな。まだ十二天将の力を使いこなせていないのか?」
    「え……そ、その……声は……」

     陵牙は驚いたように立ち上がった。
     それはそうだろう。そこにいたのは驚くべき人物だった。

    「冥牙兄ちゃん!!」

     蘆屋家のお家騒動をおさめるため、さらには陵牙を蘆屋家当主として成長させるために、命がけでことを起こし死んだと思われていた冥牙。
     さらにその横には十六夜様が立っていた。

    「何とか、間に合ったみたいね」
    「おかん、どういうことや!?」
    「屋敷の人たちを避難させたついでに助けを呼びに、ね」
    「助けって……おかんが冥牙兄ちゃんを?」
    「ええ、だって冥牙ちゃんは私のメル友だもの。メール一本で助けに来てくれたわ」
    「メ……メル友!?」

     十六夜様はまるであたかも普通といった風に言うが、陵牙は驚きの中に嬉しさが隠せずにいるようだった。

    「雅音」
    「……なんだ」
    「ボーっとしている暇があったら彼女の手当てをするんだ。その体では少しの傷も大事になりかねない」
    「ああ……」

     椿を抱き上げる俺に対して、冥牙は蒐牙を担ぎ上げた。

    「話は後だ。怪我人は皆奥の座敷に来い」

     冥牙の登場は俺たちにとっては大きな転機だった。
     しかし、式鬼神が使えない今、土蜘蛛に勝つ手立てを、俺は見出せずにいたのだった。

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