第24話 君をただ、守りたい


    【冥牙よ、随分と疲れてるが大丈夫か?】
    「流石に少しきつくなってはきました……」

     土蜘蛛に取り憑かれた人々は、やたらと身体能力が上がっていた。
     まさに平和ボケした平成の世の人間では想像もできないくらいの俊敏さ、そして力強さ。
     これぞ太古の人々の力なのかもしれない。

    【霊力の枯れ方が酷いな。無理をすれば砕けるぞ】
    「大丈夫です……これくらいでヘタレていては、ここに来た意味がない」
    【………】

     騰蛇は俺一人ではもう長くは持たないことに気がついている。
     だが、ここで食い止められるだけの土蜘蛛を食い止めなければ、京都の町を今いる陰陽師たちで守るのは難しい。

     しかし、人間にはやはり限界というものがある。
     俺は体力と霊力の使いすぎで、一瞬眩暈を覚えた。

    【冥牙!】
    「!?」

     ハッとしたときには、俺に対して土蜘蛛に取り憑かれた女性が手に持った包丁を振り下ろしているところだった。
     ぐっと目をつぶるが痛みはない。
     代わりに女性の「ぐっ!」という短い叫び声が聞こえた。

     俺がゆっくり目を開けると、俺の周囲には先ほどまでいなかったはずの数人の男たちが立っていた。

    「大丈夫か、冥牙」
    「あっ……あなたは……重蔵おじさん……」
    「いつもいつも一人で無茶しておってからに、この馬鹿者」
    「逸昌おじさんまで……何故ここに!? あなたたちは陰陽師の力を剥奪されたんだ、こんなところにいたら危険すぎる!」

     俺の言葉に、つい1年前までは険悪でどうしようもなかった2人が顔を見合わせて笑ったのを見て、妙な感覚に陥った。

    「蘆屋家現当主より許可はいただいとる」
    「え?」
    「今なら印は切れる。お前の援護くらいはできるってことだ」
    「陵牙……」

     そうか、陵牙は立派に蘆屋家の当主としての仕事を全うしているのだな……
     この危機的状況においては、この2人が率いる蘆屋家の分家の人間でも大いに心強い戦力となる。
     霊力の封印を解除して、俺のところにいくように命じたのか……

    「いいのですか? お2人はいわば敵同士でしょう? 特に逸昌おじさんは、俺が嫌いなのでは?」
    「いんや、今はお前に感謝してるくらいだ」
    「え?」

     逸昌おじさんは、ふぅっとため息をついて言った。

    「陰陽師の力を失って気がついたことが多くてな……今じゃ重蔵と仲良く盆栽やら釣りやらを趣味に、普通のサラリーマンやっとるよ」
    「こいつときたら、陰陽術に関してはなかなかのもんなのに、それ以外はからっきしだからなぁ」
    「うっさいわ! ま、まぁ……なんだ……冥牙」
    「………?」
    「御月さんのこと、すまなかった」
    「!」

     信じられないことだな……
     まさか、断固保守派だった逸昌おじさんが、俺に頭を下げる日が来るなんて……

     陵牙、これもお前の力量か?
     ならば、お前が蘆屋家の当主になったことを俺は誇りに思う。
     お前が当主で、本当に良かった。

    「さぁ冥牙、行くぞ。ここを食い止めんと、下手したら京都が落ちる」
    「分かっています!」
    「うっしゃぁ重蔵、どっちがより多くの土蜘蛛を祓えるか競争といこうではないか! おっし元保守派、いくぞーーー!!」
    「こら、逸昌! 勝手に決めるな!!」

     そんな叫びを上げて、親戚2人は自分の家の者を率いてすごい勢いで土蜘蛛の集団の中に突っ込んでいった。
     元来あの2人もまた蘆屋家の血が流れているということか……
     テンションこそ上がったが、だいぶ丸くなったものだ。

     だが、陵牙。
     お前のおかげで俺も頑張る気力がわいてきた。
     ありがとう……

     早くお前も自分の中にある大きな存在に気がつけ。
     そして、必ず彼女……清村椿を救うんだ。
     お前たちには彼女が必要なのだから。


    **********************************


     俺は朱雀の背から即座に飛び降りた。
     そして椿を囲み、手を上げよとしていた大男の腹に一発蹴りを見舞った。

    「白!?」
    「てめぇは……」
    「ま……雅音さん……?」

     吹っ飛ばされた大男を見て、忌々しそうに打猿は俺を睨んだ。
     一方の椿は、半分死を覚悟していたような力のない声で俺の背中に呼びかけてきた。

    「お前たちの最大のミスは、椿に手を出したことだのう」
    「!?」

     俺に少し遅れて、賀茂や陵牙たちも到着した。
     俺より先に出た賀茂たちを追い抜くのには骨が折れたが、蒐牙の挑発には乗ってやることにしたのだった。
     椿を助けるのは俺が一番最初でなくては格好がつかない。

    「椿!!」

     青龍から、いの一番に降りてきてた賀茂が泣きそうな顔で椿を抱きしめる。

    「馬鹿!! 馬鹿馬鹿馬鹿!! どうして一人で戦ったりするんですの!!」
    「深散……」

     白虎から降りた陵牙が俺の横に立って小さく言った。

    「アレに俺も便乗してきてええ?」
    「駄目だ」
    「ちぇー……」

     土蜘蛛たちも、想像しえなかった応援に、警戒をしてこちらを見据えている。
     それはそうだ。俺たちが今使っている力は、奴らが絶対的な力を発揮しえる鬼ではなく、十二天将という名の神なのだから。

    「椿先輩をいたぶってくれたお礼はしっかりしないといけませんね」
    「そうだね。可哀相に椿ちゃん傷だらけだ」

     御木本が数珠を腕に巻きつけ、小さく印を切ると蒐牙の背後にいた巨大な玄武が、ナックルとなって蒐牙の手に納まる。

    「せやなぁ。俺らの大事なダチに怪我させたんや。それなりの報いは受けてもらわんとな」

     今度は白虎が光を放ち、陵牙の手の中で2丁の拳銃となる。
     どうやらこいつらは椿への思いで、完全に十二天将を操れる状態になっているようだ。
     ただし、十二天将を操るためには、霊力不足が否めないのかやはり武器の形に変えなくてはならないようだが。

    「椿、そこで休んでいて。その傷じゃ体に障りますわ」
    「で、でも!」
    「大丈夫。私たちには十二天将が"憑いて"ますわ」
    「深散……みんな……」

     俺たちは全員で椿のほうを振り返って言った。

    「椿、全員生きて帰るぞ。皆で学校の屋上で、飯を食うのだろう?」

     椿は一瞬目を潤ませたが、すぐに頷いた。

    「うん……!」
    「星弥くん、椿をお願いね」
    「オッケー、お願いされた!」

     星弥は私の横に立って笑った。

    「大丈夫、あの4人は強いの椿だって知ってるだろ?」
    「……そうだね」

     俺たちと対峙した土蜘蛛たちは忌々しそうな表情を変えないままに言った。

    「はん、4対4でやろうってか。面白いじゃねーか」
    「どうせ、付け焼刃の力だろうしね。悪いけど負けないよ」
    「余計な邪魔をしてくれるな……後悔させてやる」
    「俺、負けない」

     俺は周囲に目配せをして言った。

    「お前たち、フォローには回れんからしっかり相手を見定めろよ?」
    「大体戦う相手の検討はついてますわ、大丈夫ですのよ」

     皆自分が戦うべき相手はわかっているようだった。

    「さぁ、行くぞ土蜘蛛ども。どんなに恨みつらみを募らせようと、死者が現世に影響を及ぼすことを俺たち陰陽師は決して許さぬ」
    「はっ! でけぇ口たたいてんじゃねーよおかっぱ! いくぜ!!」

     打猿は俺に素早い動きで殴りかかってきた。
     さすがは狩猟をして生きていた者たちだけあって、その攻撃一発一発は現代の人間にはないほどに重みを帯びている。
     チラリと周囲を見回すと、どうやら鉄球を振り回す国摩侶と戦っているのは陵牙のようだった。
     確かに、近距離タイプの賀茂や蒐牙ではあの鎖の相手は厳しい。
     一方、拳をぶつけ合っているのはあの青とかいう女と蒐牙だ。
     これはこれで、確かに最もよい選択だろう。賀茂があの拳を相手にしたのでは、体力が持つかが心配だ。
     そして最後に残った賀茂は、大男の土蜘蛛白と戦っていた。
     賀茂とて、令嬢とはいえそれなりに体術の心得はあるようだ。それに今の賀茂には青龍が宿っている。非力だとなめてかかるわけにはいかないだろう。

     椿を守りたいという気持ちがあれば俺たちは十二天将を使いこなすことができる。
     だから椿、お前は安心して待っていろ。
     必ず一緒に帰って、お前にもっとたくさんの思い出を作ってやる。

     もうお前が二度と泣かなくていいように……
     その笑顔で俺たちを照らし続けていられるように。
    【冥牙よ、随分と疲れてるが大丈夫か?】
    「流石に少しきつくなってはきました……」

     土蜘蛛に取り憑かれた人々は、やたらと身体能力が上がっていた。
     まさに平和ボケした平成の世の人間では想像もできないくらいの俊敏さ、そして力強さ。
     これぞ太古の人々の力なのかもしれない。

    【霊力の枯れ方が酷いな。無理をすれば砕けるぞ】
    「大丈夫です……これくらいでヘタレていては、ここに来た意味がない」
    【………】

     騰蛇は俺一人ではもう長くは持たないことに気がついている。
     だが、ここで食い止められるだけの土蜘蛛を食い止めなければ、京都の町を今いる陰陽師たちで守るのは難しい。

     しかし、人間にはやはり限界というものがある。
     俺は体力と霊力の使いすぎで、一瞬眩暈を覚えた。

    【冥牙!】
    「!?」

     ハッとしたときには、俺に対して土蜘蛛に取り憑かれた女性が手に持った包丁を振り下ろしているところだった。
     ぐっと目をつぶるが痛みはない。
     代わりに女性の「ぐっ!」という短い叫び声が聞こえた。

     俺がゆっくり目を開けると、俺の周囲には先ほどまでいなかったはずの数人の男たちが立っていた。

    「大丈夫か、冥牙」
    「あっ……あなたは……重蔵おじさん……」
    「いつもいつも一人で無茶しておってからに、この馬鹿者」
    「逸昌おじさんまで……何故ここに!? あなたたちは陰陽師の力を剥奪されたんだ、こんなところにいたら危険すぎる!」

     俺の言葉に、つい1年前までは険悪でどうしようもなかった2人が顔を見合わせて笑ったのを見て、妙な感覚に陥った。

    「蘆屋家現当主より許可はいただいとる」
    「え?」
    「今なら印は切れる。お前の援護くらいはできるってことだ」
    「陵牙……」

     そうか、陵牙は立派に蘆屋家の当主としての仕事を全うしているのだな……
     この危機的状況においては、この2人が率いる蘆屋家の分家の人間でも大いに心強い戦力となる。
     霊力の封印を解除して、俺のところにいくように命じたのか……

    「いいのですか? お2人はいわば敵同士でしょう? 特に逸昌おじさんは、俺が嫌いなのでは?」
    「いんや、今はお前に感謝してるくらいだ」
    「え?」

     逸昌おじさんは、ふぅっとため息をついて言った。

    「陰陽師の力を失って気がついたことが多くてな……今じゃ重蔵と仲良く盆栽やら釣りやらを趣味に、普通のサラリーマンやっとるよ」
    「こいつときたら、陰陽術に関してはなかなかのもんなのに、それ以外はからっきしだからなぁ」
    「うっさいわ! ま、まぁ……なんだ……冥牙」
    「………?」
    「御月さんのこと、すまなかった」
    「!」

     信じられないことだな……
     まさか、断固保守派だった逸昌おじさんが、俺に頭を下げる日が来るなんて……

     陵牙、これもお前の力量か?
     ならば、お前が蘆屋家の当主になったことを俺は誇りに思う。
     お前が当主で、本当に良かった。

    「さぁ冥牙、行くぞ。ここを食い止めんと、下手したら京都が落ちる」
    「分かっています!」
    「うっしゃぁ重蔵、どっちがより多くの土蜘蛛を祓えるか競争といこうではないか! おっし元保守派、いくぞーーー!!」
    「こら、逸昌! 勝手に決めるな!!」

     そんな叫びを上げて、親戚2人は自分の家の者を率いてすごい勢いで土蜘蛛の集団の中に突っ込んでいった。
     元来あの2人もまた蘆屋家の血が流れているということか……
     テンションこそ上がったが、だいぶ丸くなったものだ。

     だが、陵牙。
     お前のおかげで俺も頑張る気力がわいてきた。
     ありがとう……

     早くお前も自分の中にある大きな存在に気がつけ。
     そして、必ず彼女……清村椿を救うんだ。
     お前たちには彼女が必要なのだから。


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     俺は朱雀の背から即座に飛び降りた。
     そして椿を囲み、手を上げよとしていた大男の腹に一発蹴りを見舞った。

    「白!?」
    「てめぇは……」
    「ま……雅音さん……?」

     吹っ飛ばされた大男を見て、忌々しそうに打猿は俺を睨んだ。
     一方の椿は、半分死を覚悟していたような力のない声で俺の背中に呼びかけてきた。

    「お前たちの最大のミスは、椿に手を出したことだのう」
    「!?」

     俺に少し遅れて、賀茂や陵牙たちも到着した。
     俺より先に出た賀茂たちを追い抜くのには骨が折れたが、蒐牙の挑発には乗ってやることにしたのだった。
     椿を助けるのは俺が一番最初でなくては格好がつかない。

    「椿!!」

     青龍から、いの一番に降りてきてた賀茂が泣きそうな顔で椿を抱きしめる。

    「馬鹿!! 馬鹿馬鹿馬鹿!! どうして一人で戦ったりするんですの!!」
    「深散……」

     白虎から降りた陵牙が俺の横に立って小さく言った。

    「アレに俺も便乗してきてええ?」
    「駄目だ」
    「ちぇー……」

     土蜘蛛たちも、想像しえなかった応援に、警戒をしてこちらを見据えている。
     それはそうだ。俺たちが今使っている力は、奴らが絶対的な力を発揮しえる鬼ではなく、十二天将という名の神なのだから。

    「椿先輩をいたぶってくれたお礼はしっかりしないといけませんね」
    「そうだね。可哀相に椿ちゃん傷だらけだ」

     御木本が数珠を腕に巻きつけ、小さく印を切ると蒐牙の背後にいた巨大な玄武が、ナックルとなって蒐牙の手に納まる。

    「せやなぁ。俺らの大事なダチに怪我させたんや。それなりの報いは受けてもらわんとな」

     今度は白虎が光を放ち、陵牙の手の中で2丁の拳銃となる。
     どうやらこいつらは椿への思いで、完全に十二天将を操れる状態になっているようだ。
     ただし、十二天将を操るためには、霊力不足が否めないのかやはり武器の形に変えなくてはならないようだが。

    「椿、そこで休んでいて。その傷じゃ体に障りますわ」
    「で、でも!」
    「大丈夫。私たちには十二天将が"憑いて"ますわ」
    「深散……みんな……」

     俺たちは全員で椿のほうを振り返って言った。

    「椿、全員生きて帰るぞ。皆で学校の屋上で、飯を食うのだろう?」

     椿は一瞬目を潤ませたが、すぐに頷いた。

    「うん……!」
    「星弥くん、椿をお願いね」
    「オッケー、お願いされた!」

     星弥は私の横に立って笑った。

    「大丈夫、あの4人は強いの椿だって知ってるだろ?」
    「……そうだね」

     俺たちと対峙した土蜘蛛たちは忌々しそうな表情を変えないままに言った。

    「はん、4対4でやろうってか。面白いじゃねーか」
    「どうせ、付け焼刃の力だろうしね。悪いけど負けないよ」
    「余計な邪魔をしてくれるな……後悔させてやる」
    「俺、負けない」

     俺は周囲に目配せをして言った。

    「お前たち、フォローには回れんからしっかり相手を見定めろよ?」
    「大体戦う相手の検討はついてますわ、大丈夫ですのよ」

     皆自分が戦うべき相手はわかっているようだった。

    「さぁ、行くぞ土蜘蛛ども。どんなに恨みつらみを募らせようと、死者が現世に影響を及ぼすことを俺たち陰陽師は決して許さぬ」
    「はっ! でけぇ口たたいてんじゃねーよおかっぱ! いくぜ!!」

     打猿は俺に素早い動きで殴りかかってきた。
     さすがは狩猟をして生きていた者たちだけあって、その攻撃一発一発は現代の人間にはないほどに重みを帯びている。
     チラリと周囲を見回すと、どうやら鉄球を振り回す国摩侶と戦っているのは陵牙のようだった。
     確かに、近距離タイプの賀茂や蒐牙ではあの鎖の相手は厳しい。
     一方、拳をぶつけ合っているのはあの青とかいう女と蒐牙だ。
     これはこれで、確かに最もよい選択だろう。賀茂があの拳を相手にしたのでは、体力が持つかが心配だ。
     そして最後に残った賀茂は、大男の土蜘蛛白と戦っていた。
     賀茂とて、令嬢とはいえそれなりに体術の心得はあるようだ。それに今の賀茂には青龍が宿っている。非力だとなめてかかるわけにはいかないだろう。

     椿を守りたいという気持ちがあれば俺たちは十二天将を使いこなすことができる。
     だから椿、お前は安心して待っていろ。
     必ず一緒に帰って、お前にもっとたくさんの思い出を作ってやる。

     もうお前が二度と泣かなくていいように……
     その笑顔で俺たちを照らし続けていられるように。

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