第12話 覚醒、十二天将「白虎」
アッシーは閉じていた目を静かにあけた。 その目には強い決意の色が現れていて、私は一瞬だけど吸い込まれそうになった。 「なら……俺はどっちも取る」 「なに……!?」 「俺は蘆屋家の当主や。この家を守る義務がある。でも、兄ちゃん……俺は家族として、弟として、一人の人間として、兄ちゃんを見捨てたりできひん!」 アッシーの口調が戻っていた。 それは多分29代目蘆屋道満として語りかけているんじゃなくて、蘆屋陵牙として、冥牙さんの弟として語りかけているからだろう。 「どこまでも愚かな……ならば俺の敵とみなして貴様の命を奪うまで!!」 がしゃどくろが腕を振り上げる。 アッシーはそれを避けたけど、余波がひどくて体勢を崩してしまう。 畳み掛けるようにがしゃどくろは、白骨兵士を巻き込んでアッシーを攻撃してくる。 アッシーは体勢を崩しつつも、必死に冥牙さんに語りかけ続けた。 「兄ちゃん! 俺が今度は守るから!! 絶対に、もう兄ちゃんを傷つけさせたりせぇへんから……!! だから!!」 「うるさい! お前に何がわかる!! 才能にも母親にも恵まれたお前に、一体俺の何がわかるというのだ!!」 「せや……俺は兄ちゃんの何も分かってへん! でも、兄ちゃんだって俺に何も教えてくれへんかったやんか!!」 「黙れ!!」 がしゃどくろの力が増してる……! それに、白骨兵士の数もどんどん増えて処理しきれない数になってきてる…… いい加減、まずいかもしれない。 「小鳩ちゃん、いる?」 「はいですの」 小鳩ちゃんは私の鞄の中から飛び出すと、私の肩にちょこんと乗っかった。 「お願い、このままじゃきっと蘆屋家の人たち殺されちゃう。戦えない人たちもいるみたいだから……」 「俺にあの腐れた人間を守れってか?」 小鳩ちゃんは威圧するように口調を変える。 かわいい声なのに、妙に重みがあった。 「腐ってても人間は更生できるものだって信じたいの。可能性がちょっとでもあるなら生きてほしい。お願い」 「ちっ……しょうがねぇなぁ……俺の主はお前だ、仰せのままに」 小鳩ちゃんは勢いよくジャンプした。 はらりと上着が宙を舞い、次の瞬間すごい地響きと共に蒐牙くんに守られていた蘆屋家の親戚の人たちの前に大きな鬼が立ちふさがった。 「ひっ!! こんなときに鬼が!!」 「なんてことだ……もう終わりだ!!」 口々に弱音を吐く蘆屋家の人々。 中には観念したのかお経唱え始める人まで出てきちゃったし…… 「てめぇら、馬鹿にしてた一般人に感謝するんだな」 「え……」 ドーンとすごい音がしたかと思うと、親戚一同を囲んでいた白骨兵士が一瞬で吹き飛んだ。 正直酒呑童子として覚醒した小鳩ちゃんに、あの白骨たちが勝てるとは思えない。 「きゃぁ!」 「深散!?」 安心したのも束の間、あまりに数の多い白骨兵士に式鬼神なしで立ち向かっている深散は苦戦を強いられていた。 明らかに消耗が激しい。 「鬼斬の刃、我が元へいでよ!!」 私は深散の前に立って白骨兵士を倒していく。 深散は息を切らせながら言った。 「椿、申し訳ありませんわ」 「後ろは任せたわよ」 「ええ、援護します!」 深散は私の背中に指を当てて小さくつぶやいた。 「ノウマク……サンマンダ……バザラダンカン」 そう深散が唱えると、私の体にわずかだけど、すごく心地よい感覚が走って、力がわいてきた。 陰陽術ってこういうこともできるのね…… 私は勢い付いて、一気に白骨兵士たちを切り刻んでいく。 一人一人の戦闘能力はたいしたことない。 でも、この数だけはどうにもならない…… 斬っても斬っても、まったくもってきりがない。いたちごっこっていうのはこういうことを言うんだろう。 「逃げ回っているだけでは、俺は倒せんぞ。迷っているのか?」 「くっ……!」 「そうしている間に、衰弱した一族たちは死んでいく。まぁそれでも俺は構わんがな」 「鬼道丸!!」 「はっ!!」 アッシーはその言葉に対して、鬼道丸さんを呼び出して、がしゃどくろの拳を受け止めさせた。 でも、鬼道丸さんはとても苦しそうで、やっとその拳を抑えているみたいだった。 「兄ちゃん……俺は兄ちゃんを守りたいんや! せやから頼む……話を聞いてくれ!!」 「貴様の話など聞く必要はない。選択を迫られて、当主としてあるまじき選択をした貴様に、蘆屋家を守れると思うな!!」 「がぁ!!」 「鬼道丸!!!」 そんな……鬼道丸さんが押し負けた!? 私が悪鬼に取り憑かれたときにあれだけの力を発揮していたのに…… 今は気持ちの上では、冥牙さんのほうが上ってこと……? 「見てみろ、陵牙」 冥牙さんは小さく言った。 「お前が判断をしかねている間に、どんどん周囲は追い詰められていく。そんなことで当主が務まるのか?」 見れば、必死に戦っている私たちはどんどん数の暴力とも言わんばかりの白骨兵士たちに追い詰められていた。 向こうは疲れ知らずかもしれないけど、私たちにだって限界はある。 もう刀を握る手が擦り切れてきてる…… 雅音さんや深散だって、霊力の消費が激しいのか汗だくだ。 蒐牙くんも絡新婦を召喚して小鳩ちゃんをサポートしてるけど、あそこは一人白骨兵士を通してしまえばほぼ終わり。 後がない…… アッシー……どうするの!? 「さぁ陵牙。はっきりと決断しろ。俺を殺すと」 アッシーはぐっと奥歯をかんで震えている。 今にも泣きそうな顔で、見ていられないほどに痛々しい。 アッシーはそれほどまでに冥牙さんが好きなんだ。 「できん……俺にはできん……兄ちゃんを殺すなんて俺にはできん!!」 「……失望したぞ、陵牙」 「!!!!!!!」 アッシーをがしゃどくろの腕が弾き飛ばした。 アッシーは畳に倒れこんで、それでもずっと「できん、できん」って呟いてる。 「アッシー!!」 「俺は……兄ちゃんも家族も守りたいんに……」 ボロボロとこぼれる涙を見て、私は思わず叫んでいた。 こんな無責任なことをよく言えたものだと思うほど、それはひどい言葉だ。 「じゃあ守ればいいじゃない!!!!!」 「……椿ちゃん?」 「アッシー、私わかったんだよ。私が死んだときのことで」 「何……言ってるん?」 「思いの強さはどんな奇跡だって起こすんだよ。もしアッシーが冥牙さんも家族も守りたいって思うなら、アッシーは全部救えるはずだよ!?」 「思いの……強さ」 「アッシー! お願い、負けないで!!」 「せや……せやな……俺はずっと家族を守りたいって思ってたんや……この程度でへこたれていられるか!!」 その瞬間、アッシーの体から真っ白な純白の光が放たれた。 私は思わず目を瞑ったけれど、もう一度目をあけたとき驚きの声を上げた。 「な、何あれ!?」 「あれって……白虎ですの?」 「白虎……?」 「十二天将が一人。方位の西を司る白虎……朱雀に続いて白虎までとは……どういうことだ」 雅音さんも深散も驚くように声を上げた。 目の前にいたのは白い獣。白虎って言うくらいだからずっと虎なのかと思ってたけど、その姿は虎とは似て異なるものだった。 【なんじゃ。ワシを呼び出したのはお前か小童】 「え……あ……ようわからん」 【はっきりしない奴じゃのう。お前はワシに何を望んで呼び出したんじゃ】 雅音さん以上にじじいくさい口調の白虎は、ずいずいとアッシーに詰め寄っていく。 アッシーはわけが分かっていないみたいだけど、何を望むって聞かれた瞬間に強く言った。 「俺……兄ちゃんと家族を守る力が欲しい!」 【何? 兄と家族?】 「せや……でも今のままじゃ守れん。せやからみんなを守れるだけの力を俺にくれ!!」 アッシーは白虎に土下座をした。 白虎はその姿をじっと見据えていたけれど、ぽんっと大きな手をアッシーの頭に乗せた。 【なんかよう分からんが、ガンバレ】 えええええええええええ!!!? なんかめっちゃ適当なんだけどその回答!! アッシーめっちゃ真剣に頭下げてるのに!!! 白虎はその適当な答えの後すぐに白い光を放って消えてしまった。 も、もしかして見放された……? 私がそう思った瞬間、アッシーの両手に白い光がぱあっとはじけ、そこから2丁の拳銃が出てきた。 け、拳銃……? 【それぶっ放してさっさと解決せぃ。うるさくて寝てられんわい】 いやいやいや、なんで拳銃!? なんかこういう時ってもっと古風な武器出てこない!? 刀とか槍とか、弓とかさ。 【この武器はお前の心に反応して具現化したものじゃ。使い方はお前次第じゃぞ】 「……ありがとう」 アッシーの心に反応して…… そうか、アッシーは昔警察官になりたくて、しかも部屋にはいっぱいエアーガンが置いてあった。 お巡りさんになって家族を守る、その強い思いに白虎が反応したんだ…… 「うおおおおおおおおお!!!」 アッシーが地面を蹴ってくるりと回転した。 両手を広げてぐるぐる回る姿はまるで独楽だ。 でも、そうだとしてもずいぶん凶悪な独楽ね。なんていってもアッシー、銃を乱射しながらぐるぐる回ってるもの。 銃弾の雨が降り注いで、アッシーが着地したときにはほとんど全ての白骨兵士が灰と化していた。 「十二天将の力だと……馬鹿な……!」 冥牙さんは驚いたように目を見開いている。 アッシーは銃を構えて、冥牙さんに言った。 「これが俺の思いの強さや。兄ちゃん、絶対俺は兄ちゃんを連れ戻す!」 「くっ……やれ、がしゃどくろ!!」 アッシーはさっとがしゃどくろの腕を避けると、今度はその上に着地して一気に駆け上がっていく。 「すごい、さっきまでと動きが全然違う!」 「まるで獣ですわね」 確かに深散の言うとおりだわ…… がしゃどくろの動きをひらりとかわしたアッシーの動きは人間離れしてた。 それにあの腕を駆け上るのだって、普通の人間じゃできないことだわ。 「宿っておるのう」 「え?」 「白虎が、陵牙に宿っておる。あのタヌキ、適当なこと言っておいてちゃんと力を貸しておるわ」 白虎にタヌキって表現はおかしい気もするけど…… でも、白虎はちゃんとアッシーに力を貸してくれてるってことだよね? アッシー……がんばって。 絶対に、アッシーなら冥牙さんを連れ戻せる。 家族を守れるよ! 「くっ!!」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 アッシーは勢いよくジャンプして冥牙さんに銃を向けた。 え……アッシー!? 私はアッシーが冥牙さんに銃を向けるとは思わなくて慌てた。 だって、守りたい対象を撃ってしまったら意味がない! でも、アッシーが打ち抜いたのは冥牙さんじゃなかった。 その向こうにあるがしゃどくろの頭…… 「し、しまった!!」 打ち抜かれたがしゃどくろの頭からものすごい光が放たれた。 そして、その光に包まれた私たちは驚くべきものを目にすることになる。 それを見て、私はまた涙が止まらなくなってしまった。 |