第3話 蒐牙くんの秘められた過去


    「ねぇアッシー」
    「んえ?」

     用事があるって別に帰っていた雅音さんと別れて、私とアッシーそして深散と星弥は、近くのファーストフード店で寄り道をしていた。
     正面に座るアッシーに私は頬杖をついた状態で聞いた。

    「蒐牙くんと御木本くんって、何かあったの?」
    「……!」

     アッシーはその話題に目を見開いた。
     触れちゃいけない話題だったのかもしれないけど、やっぱり気になってしまった。
     だから、あえて私は聞いた。

    「様子、おかしかったからさ。確かに蒐牙くんってちょっとツンケンなところあるけど、あんな風にあからさまに人避けるような子じゃないよね?」
    「鋭いなぁ」
    「っていうかあからさますぎますわ、よあれは」

     深散にもそういわれ、アッシーは苦い笑みを浮かべていた。

    「まぁ……いい加減このままじゃあかんのかもしれんな」
    「どういうこと?」
    「椿ちゃんたちに話すことで、あいつは今以上に傷つくかもしれへん。でも、もしかしたら何かが変わるかも……そんな気もするんよな」

     アッシーは注文したコーラを飲み干すと、紙コップをトレイに置いて真剣な表情で顔をあげた。

    「あいつはな、御木本のねーちゃん……御木本志織、御木本家の本当の跡取りを死なせとるんよ」
    「え!?」
    「もちろん直接殺したとか、そういうんやない。けど、守り損ねて死なせてしもたんよ」
    「そんな……じゃあ、それをずっと引きずって?」
    「せや。でも御木本はあいつを責めへんから余計に辛いんやろ。むしろ仕方のないことやったから誰も蒐牙を責めへんかった」

     仕方のないこと……?
     一体蒐牙くんと御木本くんのお姉さん、何があったの……?

    「しゃーないわなぁ。あいつはまだ中学生のなりたて、しかも霊力が低いってことで式神すら持ってへんかってんから」
    「そうなの?」
    「陰陽師が式神を持つにはそれなりに霊力が必要ですからね。霊力が低い者は、それなりに陰陽術を極めたら、式神をもてる可能性も出てきますわ。でも、大半は式神を持たずに一生を終える人が多いんですの」

     そう言えば蒐牙くんは、蘆屋家の人間でも結構珍しく霊力が低いんだっけ。アッシーや冥牙さん、アッシーママがすごい人って印象が強くて、ついつい蘆屋家ならみんな霊力高いって思いがちだけど……

    「あいつもあの頃は丁度年頃でなぁ。自分の霊力低いんがえらいコンプレックスやったんよ」
    「まぁ……兄弟の中でも、自分だけ霊力が低いって、悩みどころよね」
    「せや。でもあいつは丁度冥牙兄ちゃんが出てってしもて、俺が死にかけた後やろ? やたら気合入ってたのも確かやねん」

     そうか、そう言えば蒐牙くんは冥牙さんがアッシーの首を絞めてるときに何もできなかった自分を相当悔やんでた。
     だから変わったって言ってた。

    「あいつはそれから血のにじむような努力して陰陽術の勉強始めたんよ。でもなぁ、世の中ってのは無情なもんや。蒐牙の努力じゃどうにもならんことが起きたんよ」
    「え?」
    「まぁ椿ちゃんも何度かものごっつぅ強い妖怪に会ったやろ? せやから分かると思うねんけど、陰陽術どんだけぶつけたかて、勝てんやつもおんねん」

     私は過去に出会った、強い妖怪たちのことを思い出した。
     茨木童子、がしゃどくろ、そして清姫……
     どの妖怪もみんな必死に戦ったけど、それぞれが持ってる強力な式鬼神をもってしても倒せないやつらばっかりだった。
     そう、才能に恵まれていても倒せないようなやつはいるんだ。

    「才能があろうとなかろうと、勝てない相手はいるってことよね?」
    「せや。どんなに頑張ってもどうにもならないことはある……それを周りの大人も御木本も理解してたから、あいつを責めへんかった」

     そこで深散はずっと考え込んだ表情をしていたけど、不意に顔を上げて言った。

    「私もその頃は向こうの中学に通ってましたから、噂でしか聞いたことはありませんけれど……確か御木本家の跡取り候補……志織さんが死んだ理由って……」
    「ミッチーの予想通り……鵺や……」
    「まさかあの事件に蒐くんが関わっていたなんて……」
    「あのさ……」

     二人の話に水を差すようで本当に申し訳ない。
     そんな気持ちはあったけど、私はつい聞いてしまう。

    「鵺って……なに?」

     私が真剣な二人にそういうと、二人の顔は超がつくほど間抜けな顔になった。
     むしろ"知らないの!?"って表情だ。
     うう……この表情だけで済むのは二人が優しいからだよなぁ……
     雅音さんならきっとこの時点でお説教だ……

    「椿……一応陰陽師の学校に通ってるんですから、そろそろ鬼や物の怪、妖怪の種類はもうちょっと覚えてくださいまし……」
    「この調子やと天狗や河童の名前だしても疑問形で返ってきそうやな」
    「うう……これでも一生懸命勉強してるんだよぅ」

     流石に私ももっと勉強しようと思った瞬間だ。
     でも、これでも一生懸命覚えてるほうなのよ……ただ数が多すぎるのよ!!

    「ま、まぁとりあえず鵺についてですわよね」
    「サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビの外見をした妖怪。"ヒョーヒョー"って、鳥のトラツグミの声に似た気味の悪い声で鳴く。雷獣であるとも言われる。この鳥の寂しげな鳴き声は、平安時代頃の奴らには不吉なものに聞こえたことから凶鳥とされた……って感じじゃないっすか?」
    「せいやん……お前めっちゃ詳しいな」
    「一応、陰陽師の学校通うって聞いたんで、京都の有名どころの妖怪の名前は覚えてきたんすよ」

     星弥……ごめん、ちょっと感心した。
     そしてなんかすごく悔しい。なんかこれじゃ私が全然妖怪について勉強してないみたいじゃない!!

    「でもさ、鳴き声が不吉なだけの妖怪でしょ? 何がそんなにやばいの?」
    「うーん……まぁ実際、伝承の鵺はトラツグミのことを指すからなぁ。でも俺らが鵺って呼んでるんは、せいやんが言った雷獣のほうやねん」
    「え?」
    「陰陽師の間で鵺といえば伝承のものではなくて、かつて京都を荒らしまわった最強の雷獣を指すんですのよ」
    「……不幸にも蒐牙と志織はその最強の雷獣に遭遇してしもた……ってことや」
    「それじゃあ志織さんは……鵺に?」
    「ああ。ひどいもんやった。死体は完全に炭と化してて、葬儀のときは参列者に顔も見せられんような状態やってん」

     私も深散も思わず顔を見合わせてうつむいてしまった。

    「蒐牙が何をしても、鵺には勝てんやろな。それは今も昔も変わらんと思うわ」
    「そんなに強いの?」
    「茨木やがしゃどくろと同じや。あいつは特別危険妖怪に指定されとって、厳重に封印されてたはずやねん」
    「それがどうして……」
    「鵺の封印がずさんだったんよ」
    「え?」
    「本来特別危険妖怪に指定された物の怪は、1年に1度封印が劣化しないよう封印のかけなおしをほどこすんですの。でも鵺の管理をしていた家系がそれを怠った」
    「そんな……」
    「ま、そうなってしもたんやからしゃーないわな。まぁその家はもう鵺の管理を任されてへんし、そのせいでずいぶん肩身も狭くなった。充分な償いや」

     アッシーははぁっと大きなため息をついた。

    「運が悪かったとしか言いようがないわ。外に出かけて、傘も持たずに雨に降られたみたいな……な」
    「アッシー……」
    「絡新婦はな、本来志織の式神やったんよ」
    「え!?」
    「形見、になってしもたけどな」

     アッシーはふとトレイに目を落とした。

    「蒐牙はな、御木本家に本来返却されるはずだった絡新婦を断りもなく自分に憑依させおった。一応詫び入れて、向こうも持ち主のいない式神やから気にせんでええって言うてくれたけど、そういう背景があって蘆屋家は御木本家にあんまりでかい顔でけへんねん」
    「どうしてそんなことを……」
    「分からん。でも、あいつにはあいつの考えがあるんやろ」

     私には蒐牙くんがどれほどの苦しみを抱えてるのか理解はできない。
     でも、あの冷静な蒐牙くんが蘆屋家を不利にするような行動に出たって事は、それなりの理由があるんだろうな。

    「でも蒐牙くんらしくはないね……」
    「ま、蒐牙は志織に憧れてたからなぁ。その憧れの女性を自分の無力で死なせたと思ってるんよ。でも、そこが頭固くて融通利かんって言うねん。鵺なんかに会ったら、俺かてちょっと逃げ出したくなるわ」
    「そんなに強いんだ……?」
    「椿ちゃん、何で陰陽師の家柄が当主の交代早いか知ってるか?」
    「え? ううん」

     私が首を横に振ると、アッシーは肩を竦めて言った。

    「まぁ無理もないけどな。陰陽師は経験がものをいう職業や。才能だけじゃどうしようもないことがあんねん。だから、なるべく多くの経験を若いうちからさせるために、早々に当主につかせる。先代はピンピンしてるわけやから、しっかり補佐もできるしな」
    「なるほど……」
    「俺らは御三家の人間ていうても、まだ高校生やねん。経験も足りんし、俺は正直自分の力不足を痛感しとる」

     アッシーは多分、あの冥牙さんのがしゃどくろの一件のことを思い出してるんだろう。
     アッシーも深散も、雅音さんだって優秀な陰陽師に違いないのに……この世の中には、そんなすごいみんなが恐れるほどの妖怪がたくさん眠っているんだ。

    「ご先祖様たちが命懸けで封じた妖怪たちと自分らが戦うなんて考えたら正直おっかないわ。でも、本当はそれが普通やねん」
    「そうですわね……いくら陰陽師の使命が人々を物の怪から守ることであっても、やっぱり時々怖くなることはありますわ。特に今封じられている妖怪たちは、ご先祖様でも滅することができなかった強力な物の怪ですもの」
    「それでも、俺らはやらんといかん。もし封印が破られたら俺らは戦うことが役目やからな。でも蒐牙の奴は、過去の経験からちょっと無茶する一面があるからな。心配やねん」

     そういえば蒐牙くん、前にもそんな一面を覗かせたことがあったような気がする。
     そうだ、茨木から私を護衛するために、影に襲われた日。
     蒐牙くんは自分の身の危険も顧みずに私を助けてくれた。右手を失ってでも守るって……

     蒐牙くんが自分の身を犠牲にしてでも誰かを守ろうとするのは、きっと目の前で死にかけていたアッシーを守れなかったこと、それに志織さんを死なせてしまったことに起因するのかもしれない。

    「椿様〜お腹空きましたのー……」
    「あ、ごめん小鳩ちゃん! えっと……ポテト食べる?」
    「いいんですの?」
    「うん、私バーガーでお腹いっぱいだし。はい、どうぞ」
    「ありがとうですの〜」

     小鳩ちゃんは今までの話を聞いていたわりに、無駄に可愛らしい素振りで暢気にポテトを食べている。
     こんな可愛い小鳩ちゃんですら、昔は恐れられた鬼なんだよねぇ……

    「今救いなのは、こうして丸くなってくれた妖怪も多いっちゅーことや」
    「え?」
    「な、サイキチ。お前らが協力してくれへんかったら、俺らとっくの昔にお陀仏やで」
    「我々はその分霊力をいただいているわけですから。礼には及びませぬ」
    「そうですわよー、三食昼寝つきなんて今のご時勢贅沢ですわ」
    「ははは、小鳩ちゃん……」

     妙にリアルなこと言うけど、確かに小鳩ちゃんたちが私たちの味方っていうのは心強い。
     いざとなったらとても頼りになる存在だものね。

    「そう言えば深散って、紅葉さんのこと普段どうしてるの?」
    「え?」
    「真名を封じてこうして一緒にいたりしないの?」
    「ああ」

     深散は笑って紅葉さんの符を取り出した。

    「あまり真名を封じて無理矢理縮めてしまうのはかわいそうで……別に真名を封じなくても、この子は暴れたりしませんしね。符の中で大人しくしていてくれたり、学外で待っていてくれたりしていますわ」
    「紅葉は別に真名封じんでも、サイズ的に問題ないしなぁ」
    「確かに、小鳩ちゃんやサイキチくんが真名封じない状態で歩いてたら、ちょっと大きすぎるものね」

    そんな話題のときも、ふっとアッシーの表情が暗くなったのが私には分かった。

    「蒐牙のやつも、こないな風に式神を持てたらさぞ楽なんやろなぁ」
    「そういえば、蒐牙くんの式神を操る方法はかなりの苦痛を伴うんだっけ?」
    「ああ。式神扱うのにも相当霊力も体力も消耗するし、式神のダメージをもろに体にもらうから、命の危険も伴うねん。正直あいつにはあんま式神使って欲しくないわ」
    「アッシー……」
    「ま、大丈夫ですのよ」
    「え?」

     ポテトを頬張りながら、小鳩ちゃんは何か遠くを見るように言った。

    「蒐牙様が唯一救われているのは、絡新婦があの方の味方ということですわ」
    「どういうことや?」
    「陵牙様なら分かるはずですわよ? 本来式神は主と式となる妖怪の間にはそれなりの信頼関係があるか、式神をも凌駕する圧倒的な霊力が必要ってことくらい。でも、蒐牙様は他人のものだった絡新婦を無理矢理自分に憑依させた……本来そんなことしたら、拒絶反応で死にますわ。それがなかったってことは、何らかの理由で絡新婦が蒐牙様の味方をしてる、ってことですもの」

     小鳩ちゃんの言葉にアッシーは深く考え込むような表情をしていた。
     続けて小鳩ちゃんは遠くを見たまま言う。

    「まぁ……後は蒐牙様次第ですわ。主のお心次第で私たちはいくらでも強くなれる。存在すらも超越し、変えることができるほどに……」
    「小鳩ちゃん?」
    「あ、何でもありませんわ」
    「……?」
    「少なくとも今の蒐牙様じゃ、どんな意味でも駄目ですわね」

     私はこの小鳩ちゃんの言葉の意味を後に知ることになる。
     でも、今はどうしてそんなことを言うのか全く理解できずに、アッシーたちと顔を見合わせて首をひねることしかできなかった。

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