第1話 曇天の下、再び
なんだか、嫌な感じのする空だ。 まるで、私と雅音さんが出会ったあの日のような曇天の灰色の空。 こういう雲行きの日は、なんとなく胸がざわつく。 「椿、どうしましたの?」 私の横を歩いていた深散は、小首を傾げた。 「うーん、なんていうかさ。こういう雲行きのときって嫌な予感がするのよねぇ」 「嫌な予感?」 「うん、何か起こりそうですごくそわそわするっていうか」 「ふぅん、なにかしら。野生のカンってやつですの?」 「そこは冗談でも女のカンって言って……」 人を獣みたいに言う深散に、大きくため息をついていると、背後からものすごい騒音が聞こえてきた。 派手で大きいバイクに乗った、いかついお兄さんたちの集団。 まぁ俗に言う暴走族なんだろうけど…… 「うっさいなぁ……」 私は明らかにスピード違反であろう速度で真昼間から道路を走りぬけていく暴走族たちに対して、思わずつぶやいた。 もちろん、でっかいマフラー装備したバイクの轟音にかき消されて、お兄さんたちの耳に届くわけもなかったけど。 そんな中だった。 「おらぁあああああああああ!! どかんかい、ボケナス共、何チンタラ走ってんねん!!」 え……? え………? えええぇぇぇぇぇえぇぇ!? 轟音に負けないような大声で、暴走族の後ろから走ってくる一台のバイク。 あれ、明らかにピザ屋さんとかファミレスとかが配達用に使ってるバイクよね!? だって、バイクにあの独特の荷台があって、そこに"ミスターレディ釜飯"って書いてあるし…… っていうか、釜飯宅配バイクがなんで明らかにスピード違反のバイクと並走してんのよ!? 「あれ、アッシーですわね……」 すごい速度で走り去っていったバイクたちを見ながら、深散は呆れたように言った。 「え!? マジで!?」 「ええ、すごいスピードだからわかりにくかったですけれど、あれ、間違いなくアッシーがバイトしてる釜飯屋さんのバイクでしたわよ? 配達員はアッシーしかいないから、間違いありませんわ」 いやいや、確かに恐れを知らないアッシーならありえるけど、少し落ち着け…… っていうか、安全運転でお届けしますがモットーのデリバリーサービスであの暴走の仕方はいいのか!? 明らかに高速道路とか走る速度だったわよ……あれ。 お客さんのところに届くころには釜飯ひっくり返ってるんじゃないかしら……? 「まったく、どうせ道でも間違えたんでしょうね」 「ははは……アッシーらしい。でもバレたら蒐牙くんにお説教されるだろうなぁ」 「もういっそ5時間くらいお説教されればいいんですのよ!」 今アッシーは弟の蒐牙くんと同じ釜飯屋さんでバイト中だ。 基本はお店に食べに行くスタイルだけど、結構美味しいと評判で配達もやるようになったとか。 で、人手が足りないってことで、調理場は蒐牙くんが、配達はアッシーが担当してるってわけ。 「あ、椿」 「ん?」 深散はふと申し訳なさそうな顔で言った。 「今日はここでお別れですわ」 「あれ、用事?」 「ええ、今日は久々にお父様がこちらへ来ているので会って帰ろうかと」 「あ、そうなんだ。じゃあ早く行かなきゃだね」 「ごめんなさいね」 「いいっていいって、んじゃまた明日」 「ええ、また明日」 深散の顔はどこか嬉しげだった。 それはそうかもしれない。深散は茨木童子の事件以来、親元を離れてずっとこっちでがんばり続けてる。 たまにお父さんに会うのがすごく楽しみみたいだ。 お父さん……か。 私はふと、曇った空を見上げて、家とは少し道の逸れたところへ向かった。 途中花屋さんへ寄って、小さな花束を二つ買った。 家の近くにある、大規模な霊園。 その中に私の両親のお墓があった。 なんだか両親の死に、時々実感がわかないときがある。 両親はまた長期の海外出張へ行ってて、忙しくて連絡もできないだけなんじゃないかって…… だから、不覚にも私は携帯電話を片時も手放せないでいる。 両親の番号も、もう解約されてつながらないのに、登録したままだ。 まだ、あれから3ヶ月しか経っていないんだから当然か…… 「お父さん、お母さん。今日ね、友だちのアッシーが釜飯屋さんのバイクで暴走族と並走しててさ……おっかしいでしょ、私の友だち濃い人多くてさ」 返事なんかないのはわかってる。 でも、時々こうしてやり場のない寂しさを埋めなければならないときがある。 今の私はこの上ない幸せ者だ。 でも、両親が突然鬼によって奪われた悲しみが消えるわけじゃない。 一頻りお墓の前で話を終えると、私は家に帰るために霊園を歩いていた。 ふとそこで、私はあるお墓が目に留まった。 周囲のお墓を圧倒する豪華さ……正直申し訳ないけど、周りのお墓が背景に見えてしまう。 『蘆屋家之墓』 蘆屋家……? アッシーと同じ苗字のお墓だ。 そういえば、ここは陰陽師協会が管理する霊園だ。 しかも蘆屋なんて結構変わった苗字だし、もしかしてアッシーの家のお墓かな、なんて思っていたときだった。 「うちの墓に、何か御用かな?」 「え……?」 私は思わず振り向いて驚いてしまった。 いつの間に立っていたんだろう、そこには目元に泣きボクロがある、背の高いひょろっとしたイメージの強い男の人が立っていた。 年齢は20代半ば……雅音さんくらいだろうか。 それにしても、背後に人が立てばそれなりに気がつくはずなのに、全然気配を感じなかった。 「あ、いえ……友人に同じ苗字の人がいるので、もしかしたらその子の家のお墓かな、なんて思っていただけです」 「ほう……その友人の名は?」 「え……? えっと蘆屋……陵牙ですけど」 陵牙、その名を聞いた瞬間その人の口元がにやりと歪んだように見えた。 「陵牙のご友人の方か。なるほど……」 「え? 知り合いなんですか?」 「まぁ、そんなところかな」 その人は、そういうと私の横をすり抜けてお墓に花を供え始めた。 でも、ふと手を止めて私のほうへ振り返り、言った。 「申し訳ないが、一人で祈りたい。いいかな?」 「あ、はい」 私はその人に不気味な気配を感じていたから、向こうから開放してもらえて少し安心した。 いそいそとその人の前から立ち去り、家路に着いた。 「はぁ……なんかすっごい疲れた」 「遅かったな」 「あれ、雅音さん」 家についてみると、私より先に学校が終わったんだろうか、雅音さんが来ていた。 私と雅音さんは、目と鼻の先に住んでいて、ほとんど毎日一緒にいる。 ただ、一応私はまだ高校生だし、結婚しているわけじゃない方住まいは別になっている感じだ。 「来てみれば小鳩しかおらんから、心配したのだぞ?」 あ、そうか。小鳩ちゃんには、雨が降りそうだから先に帰ってもらって、洗濯物を取り込んで、片付けてもらってたんだ。 「ごめんなさい。ちょっと急にお父さんとお母さんに会いたくなって」 「……そうか。寂しくなったか?」 「うん……」 雅音さんはそんな私をぎゅっと抱きしめてくれた。 あったかい、外の寒さと打って変わって人肌の温かさは心地よかった。 「ありがとう、雅音さん」 雅音さんは、私の言葉に優しく微笑んでくれる。 私だけに見せる、雅音さんのこの甘い表情に私はすごく弱い。 しばらく雅音さんは私を抱きしめていてくれた。 私はその優しさに甘えて、ただただ雅音さんの胸の中を堪能していた。 夕飯を一緒に食べて、雅音さんの横で一息ついているとき、ふと私は今日の霊園でのことを思い出した。 「そういえば、あの霊園にある蘆屋家のお墓って、アッシーの家のお墓?」 「ああ。あの霊園で蘆屋という苗字の墓は陵牙の家系のものしかないからのう。あの周辺はほとんど蘆屋家の墓だ。その中の一際でかいものが蘆屋家本家の墓だのう」 「え……あの周辺全部アッシーの親戚ゾーンなんだ……でもまぁ、確かに一番大きいのが目に飛び込んできたし……じゃあ、あの人やっぱりアッシーの親戚の人かな?」 「誰かに会ったのか?」 雅音さんの疑問に私は軽く答えた。 「ん、今日ちょっとアッシーの家のお墓に圧倒されてぼんやりしてたら、声かけられて……雅音さんくらいの男の人だったかな」 「……!?」 なんか突然、雅音さんの顔がこわばった。 なに、私何か悪いこと言った!? 「椿、その男の特徴は?」 突然鬼気迫った表情で尋ねてくる雅音さんに、私はどぎまぎしながらも、記憶を辿って答える。 「え? と、特徴? えーっと、背が高くてひょろっこくて……そうそう、目元に泣きボクロがあったかな」 「!!!!!」 雅音さんは突然立ち上がって、携帯電話でどこかへ電話をし始めた。 一体何なの……? 「くそっ、あいつの携帯はなぜこういつも繋がらんのだ!!」 誰に電話してるんだろう? 電話に出ない相手に痺れを切らせた雅音さん、別の番号へ電話をかける。 『はいもしもし、どうかなさいましたか雅音様』 携帯からもれてくる声の感じからして、相手は蒐牙くんみたいだ。 「どうもこうもない! 陵牙はどこにいる!?」 『兄上ですか……? まだ配達からもどっていませんけど』 「くっ……とにかく、戻ったら俺のところへ来るように伝えろ!」 『雅音様……一体どうなさったんです?』 「冥牙(みょうが)が帰ってきた……」 『!!!!!!!!!!!!!!!!』 電話の向こうの蒐牙くんは、"ミョウガ"とう名前を聞いて言葉をとめてしまった。全然返事をしてくる様子がない。 「とにかく、戻ったらすぐに連絡して来い、そしてあいつを絶対に一人にするな、いいな!」 『わ、わかりました……』 電話の向こうの蒐牙くんはやけにおびえた様子の声だった。 あんな声の蒐牙くん、一度だって聞いたことない。 「雅音さん……一体どうしたの?」 雅音さんは、青い顔をして携帯をぎゅっと握っていた。 「お前が霊園で見たのは、蘆屋冥牙(あしやみょうが)……陵牙と蒐牙の兄だ」 私は、このアッシーたちのお兄さんについて雅音さんに聞いて、血の気が引くことになる。 そして、あの曇天の下の嫌な予感は外れていなかったのだと、自分のよすぎるカンを呪うことになる。 新しい波乱が、知らない間にヒタヒタと気配を潜めて近づいていた。 |