第8話 新しい転校生


     修学旅行が終わりを告げ、私は影井さんと二人で帰ることになった。
     ヘアカラーもカラーコンタクトも影井さんが全部そろえてくれたお陰で、気持ちも楽に帰宅はできたわけなんだけど……
     何か、守るなんてストレートに言われちゃったせいなのか、影井さんが横に座ってるだけで変にドキドキしてしまう。
     まぁ、当の本人は新幹線の中で終始積み上げたおまんじゅう食べてたんだけどね……

     影井さんは、話のいきさつを知っている両親のところにきちんと私を送り届けるつもりでいてくれたらしい。
     家のインターホンを鳴らすと、すぐに家の鍵が開いた。

    「椿! お帰りなさい!!」

     お母さんが私を見るや否やぎゅーっと抱き締めてくれた。
     心配をかけてしまった……やっぱり自分の行動にはもう少し責任を持とう。
     だってお母さん、今にも泣きそうだ。

    「影井くん、だね?」
    「はい」
    「娘を助けてくれてありがとう。なんとお礼を言っていいか……」
    「お礼なんてとんでもない。清村さんは転校したばかりで、右も左も分からない僕によくしてくれた大切な友だちですから。困ったときはお互い様ですよ」

     ……………誰?

     何なのその気持ち悪い笑顔。
     背景になんか花背負ってキラキラしてるんだけど……?
     ってか普通にしゃべれるんじゃないのよ!?

    「いや本当、君のような優しい青年が椿の友だちでよかったよ」
    「影井くん、本当にありがとう」
    「いえ。それでは清村さんも無事におうちに送り届けましたし、僕はこれで失礼します」

     無駄に丁寧なお辞儀をして背を向けた影井さんは、振り向くとすーっと目を細めて言った。

    「またね、清村さん」
    「あ、はい……また学校で」

     不気味すぎてろくすっぽ返事もできなかったわ……
     あんな影井さんを見ることになるとは思わなかった。

     家に戻ってから、起きたことを報告する際にお母さんやお父さんに、事実を話すか正直迷った。
     でも、余計な心配をかけたくないことと、影井さんの仕事に支障をきたさないために私は誤魔化してしまった。
     嘘はつきたくない。
     でも、心配はかけたくないし、全部解決したら話そう。
     そう思った。

     結局私は大江山の崖で足を滑らせて、班の子たちが助けを呼んでくれたということにした。
     あのお嬢様たちをいい人扱いしてるみたいで嫌だけど、今はしょうがない。

    「椿様……ご両親に本当のことを話さなくてよかったんですの?」

     部屋に戻った私に、心配そうに小鳩ちゃんは言った。
     小鳩ちゃんとはあの後また、再度式鬼神の仮契約をしてまた守ってもらえることになった。

    「うん。今は余計な心配かけたくないし、影井さんの仕事に支障が出たら困るからさ」
    「雅音様のことを気遣ってくださるのですね」
    「そりゃ……ね。何度も助けてもらってるし、邪魔したくないかな」

     小鳩ちゃんはくすくすと笑って私に言った。

    「雅音様は椿様を気に入っていらっしゃいますわ」
    「は!? な、何言ってるのよ」
    「私が大江山の崖に落ちた椿様のことを伝えに言ったら、雅音様珍しく取り乱してましたもの」
    「影井さんが取り乱す? あはは、小鳩ちゃんったら冗談上手だね」

     信じられるわけないじゃない。
     影井さんとか、私が死んでもしょうがないって顔してそうだもの。

    「冗談じゃありませんわよ? だって、私珍しく雅音様に怒られてしまいましたもの」
    「なんて?」
    「主を守れなくて何が式鬼神だ、お前も茨木のように暗い社に封じてやろうか!? って……うう、思い出しただけでも寒気がしますの」
    「それが事実なら、やっぱり明日この世が存続してる可能性は低いわ」

     どう考えてもあの人が能面の表情意外を浮かべるところなんて……
     でも、影井さんの家で一度だけ見せてくれた笑顔は人間らしかったな。

    「雅音様は茨木を封じるための役目を持ってお生まれになったから、とても厳しく育てられましたのよ。ご両親の愛情の形は全て厳しさで注がれて、人に優しくしていただいたことなどそんなにありませんの」
    「そう……なんだ」
    「それが嫌で、人一倍努力なさって陰陽師としての実力をつけて、さっさと自立なされたんでしょうね」

     影井さんは影井さんで、あんなんなる理由があったわけか。

    「だからこそ、椿様が雅音様の体を気遣ってお弁当を作ってくださったことが嬉しかったのかもしれませんわね」
    「え?」
    「あの日から、何だか雅音様は椿様の前でだけは雰囲気がお変わりになられた気がしますもの」

     そ、そうなんだろうか?
     私には、相変わらず終始無表情で何考えてるか分からない影井さんのままに見えるけど。

     まぁ本人の口から聞かなきゃ真実なんて闇の中だわ。
     それに、あの影井さんが今後私に自分の身の上の話や真意を聞かせるとも思えないし。
     やめやめ。

     結局私は旅行の疲れと、色々考えた疲れからか、その日はさっさと眠りについてしまった。


    *************************************


     修学旅行明けの登校日、私は下駄箱のシューズを見て朝一で嫌な気分にさせられた。
     菊の花がシューズの中に押し込めてあった。
     ああ、クラスじゃ私は死んだことになってるのか?

     私はくじいた足をちょっと引きずり気味で教室に行った。
     入った瞬間、視線が痛かったけど気にしないようにして席につく。

     まだ、お嬢様たちは来てないみたいね。
     それか星弥を追いかけてるかどちらか、まぁどっちにしてもいないことは私にとって都合がいい。
     いれば迷惑極まりない存在だし。

     私が席についてカバンを机にかけ終わった瞬間、突然何か重いものが私にのしかかってきた。

     なっ、何!?
     もちろんクラスのざわめきが耳に入る。
     中には悲鳴に近い声を上げる女子までいる。

    「だっ誰!?」
    「やっぱりおったわ〜可愛い子ちゃん!」

     この関西弁、可愛い子ちゃんとかいう古臭い言い回し……
     どっかで聞いたような……?

     私はのしかかってきた謎の人物を振り払い、その面を睨む。
     が、見た瞬間私は驚きすぎて声にならなかった。

     なっ……
     なっ………
     なぁあああああああああああああああああ!!?

    「あ、ああああああああんたは大江山のチャラ男!!!!!」
    「チョリーッス! また会ったな可愛い子ちゃん!」

     なんで!? どうして!?
     京都にいたチャラ男が何でこの学校にいるのよ!?
     しかもうちの制服着てるし! 2年のネクタイつけてるし!!!

    「君、清村椿ちゃんやろ?」
    「そ……そうですけど……なんであなたが私の名前を……?」
    「これやこれ」
    「あ……」

     チャラ男が差し出したのはお嬢様に捨てられた私のカバンだった。

    「何であなたがそれを……?」
    「いやぁ大江山のゴミ箱の中にあったんで届けにきたんよ」
    「京都から、わざわざ?」
    「そう、わざわざ」
    「なんで?」
    「椿ちゃんが俺の好みやから」

     いやいやいや。
     ありえない、ありえない。
     だって、相手は京都の人よ?
     いくら落し物を届けるったって、はるばる私を追いかけて京都からこんなところまで来る?

    「っていうかその制服……まさか誰かから奪って進入してきたわけじゃないでしょうね?」
    「そんなわけないや〜ん。椿ちゃんに会いとうてわざわざ転校してきたんよ」

     いやいやいやいやいやいや。
     ありえない、ホントありえないから!!
     何でそんなに行動が斜め上にかっとんでんのよ!?

    「ってわけで、椿ちゃんとは同じクラスになれんかったけど隣の6組やからよろしゅうな」
    「いやよろしく言われても……」
    「んじゃまたなぁ〜!」

     勝手に来て勝手に騒いで勝手に帰っていったよあのチャラ男……
     つーか、あんたホント誰よ……
     名前すら名乗っていかなかったじゃないの!!

     私は予期もしない新たな転校生の登場に大きなため息をついた。
     チャラ男が去って5分もしないうちに、影井さんが登校してきたけど、ここで私と影井さんが挨拶をすることはない。
     唯一影井さんと会話するのは、お昼休みの屋上か、放課後人目につかない場所だけ。
     影井さんは気にしないだろうけど、やっぱり迷惑はかけたくない。

     その日不思議だったのは、お嬢様が学校を休んだことだった。
     腰巾着の取り巻きたちは普通に登校してたけど、お嬢様だけが来ていない。
     先生の話によると病欠らしいけど……
     私が生きてるって分かって気まずくなった?
     いやいや、そんなタマじゃないし。

     そんな疑問を抱きながらも、午前中はあっという間に終わりを告げ、お昼休みになった。
     私はお弁当を広げて、影井さんを待つことなく食べ始める。
     影井さんがここにくる時間はまばらだから、待っていても手持ち無沙汰になるだけだし。

     結局今日影井さんが屋上に来たのは私がお弁当を食べ始めてすぐだった。

    「あ、影井さんお疲れ様」
    「ああ」

     影井さんは私の隣に座って空を見上げている。

    「はい、お弁当と御手洗団子」
    「ん? 本当に団子作ってきたのか?」
    「当たり前じゃないですか。それ、手作りなんですよ?」

     タッパーに大量に入ったお団子を見て、影井さんは可笑しそうに笑った。

    「こんなに大量に……昼のうちには食いきれんのう」
    「なら持って帰ってくれてもいいですよ。明日タッパー返してくれればそれでいいんで」
    「ならそうしよう」

     影井さんはそう言いながら、いつものようにお弁当を食べ始めた。
     学校生活の中で唯一安心できる時間。
     何でだろう、あんまり会話はないのに二人で食べるご飯は際美味しく感じる。

     でも、ふと屋上のドアが開く音に私も影井さんも目を見開いた。
     しまった、こんなところ誰かに見られたら……

    「おっ、椿ちゃんはっけ〜ん!」
    「え……えええええええええええ!?」

     私は思わず持っていたお箸を落として声を上げてしまった。
     それは転校生のチャラ男だった。
     唖然とする私を無視して、手を振ってチャラ男はこっちに近づいてくる。

    「なっ、なななななんであんたがここに!!」
    「いやぁ昼飯一緒に食おうかと思ったら、教室に椿ちゃんおらへんから、探してしもたわ」
    「なんでお昼一緒に食べるって発想になるのよ!!」
    「それは椿ちゃんが俺の好みだから」

     何なんだこいつはああああああああああああ!!!!!

    「陵牙。あまり清村をからかってくれるな」
    「え……?」
    「ん? 誰や……って、あぁ!? お前……まっちゃんやん!」

     ま……まままままままま……まっちゃん!!!!?
     影井さんをまっちゃん呼ばわりしてるわよこのチャラ男!?
     なに? 知り合い!?

    「えーっと……? チャラ男さんは影井さんと知り合い?」
    「おー知り合いも知り合い! 昔っからの腐れ縁やねん!」
    「その腐れ縁を断ち切ってフラフラ放浪しとるのはどこのどいつだ。連絡もろくにつかんから、面も忘れかけておったわ」
    「うーわー懐かしなぁ! 相変わらずじじくさいしゃべりかたやなぁ」

     うん。どうやら古馴染みって言うところまでは理解できた。

    「で、清村がお前をチャラ男と呼んでいるところから推測するに、自己紹介すらまだしておらんだろう」
    「え? 何言ってんねんちゃんと……なぁ……?」

     チャラ男さんは何かを期待して私のほうを見たけど、私は思わず渋い顔をして首を左右に振ってしまった。

    「あちゃ〜……またそそっかしいことしてしもたかなぁ? えっとな、俺は蘆屋陵牙(あしやりょうが)言います。よろしゅうな?」
    「は、はぁ……」

     どうやらチャラ男さんは蘆屋くんと言うらしい。

    「いきなり本名を名乗る奴があるか、この大うつけ。29代目蘆屋道満という自覚がちゃんとあるのか?」
    「まだ28代目がピンピンしてんねんから、俺はまだその名は継がんてゆーてるやろ」
    「名目上、蘆屋家の当主はもうお前だろうが」

     29代目アシヤドーマン?
     うーんと、蘆屋道満ってどっかで聞いたことあるなぁ……
     映画とかで見たことあるかも。

    「あ! 思い出した!! 蘆屋道満って安部晴明のライバルの極悪陰陽師!」

     私がそう言った瞬間、影井さんはお箸を持ったまま呆れたような表情してるし、蘆屋くんはずっこけるし。
     もしかして私はとてつもなく空気の読めないことを言ってしまったのだろうか。

    「あのなぁ〜……それは誤解やねん」
    「誤解?」
    「蘆屋道満は別に伝承にあるような極悪陰陽師ではない」
    「でも確か藤原道長とかを呪い殺そうとしたとかなんとかって……」
    「あれは蘆屋道満ではない。名は円能と言ってな、奴をその事件の犯人として取り調べた記録も残っておる」
    「えぇ!? そうなんですか?」

     蘆屋くんは苦笑いを浮かべて地べたにどかっと座ると言った。

    「人の噂っちゅーんは怖いよなぁ? 事件を面白おかしゅうするために、まーったく関係ない人間を悪役にしたてあげるんやから」
    「蘆屋道満は道長の政敵である藤原伊周に仕えておったとか言われておるが、実際は伊周の叔母である高階光子が頻繁に召し使っておっただけだ」
    「まぁ、呪詛事件を起こしたんは伊周やのうて光子やけどな……」
    「だが伊周に権力を握らせたくて呪詛事件を起こした張本人の光子がそれを依頼したのは円能。陰陽師として名高かった道満は、光子が召し使っていたばっかりにいいとばっちりを受けたわけじゃのう」

     何か歴史の裏側でも覗いちゃったみたいな気分。
     それにしても、それが本当なら気の毒だな。
     やってもいないことで責められて、後世まで悪名名高い陰陽師として不名誉な名を残されてしまうなんて。
     実際は、なんにもしてなかったわけだし。

    「蘆屋くん、ごめん。私何も知らないのに……」
    「ええねんええねん。事実はちゃーんとその時代からあった協会が把握しとるから、陰陽師仲間の間じゃ理解もあるし何の問題もあらへんよ。ただ、極力道満の名は、一般人の前では出したくないわ」

     そう言う蘆屋くんの表情は少し寂しそうだった。

    「ここに、一人道満の無実を信じる一般人が増えましたよ」
    「へ?」
    「実際は誤解だったんでしょう? じゃあ凄腕陰陽師の子孫として、蘆屋くんは胸を張っていいんじゃない?」
    「椿ちゃん……」

     蘆屋くんは、にこっと笑って気恥ずかしそうに笑った。

    「なんや照れるなぁ。ほんまええ子やわ椿ちゃんは」
    「ちなみに清村。こいつが小鳩の契約を解除した陰陽師だぞ」
    「え? ええええ!?」

     そ、そうか。
     29代目蘆屋道満ってことは、蘆屋くんも陰陽師……しかもあの日、蘆屋くんは大江山にいた。

    「あの、ありがとう。蘆屋くんがいなきゃ私鬼に食われてたわ」
    「いやいや、俺が助けに行ってやれればよかったんやけどなぁ。何せあの後、バイトがあってな。あそこからダッシュで行ってもギリギリやってん」

     カラカラ笑う一見チャラ男の蘆屋くんが陰陽師とはとても信じられない。
     でも、助けてくれたのは事実なのよね。

    「しかしお前がここに引っ越してくると協会から連絡を受けたときは驚いたわ。まぁ一度も協会に顔を出さん蘆屋家のうつけ当主として名高いお前だ。陰陽師たちの間でも顔を知らん奴らが大半、俺の仕事に差し支える心配はしとらんがの」
    「茨木のことやろ? 俺も実際はお前の様子見にこっちに来たんよ。せやから状況は把握しとるし、邪魔はせぇへん」
    「なるほど。思った以上に奪還に時間がかかっておるからのう。協会が気を揉むのも無理はない」

     何か、仕事の話になると空気が一瞬にして張り詰める。
     一見チャラ男の蘆屋くんですら、真剣そのものだ。

    「ま、そう言うことやから改めてよろしゅうな、椿ちゃん」
    「うん、よろしくね蘆屋くん」

     何か、にぎやかな人が増えて最初は戸惑ったけど。
     影井さんの知り合いなら信用できるんだろうと思う。

     私の息の詰まりそうな毎日が少しずつ変わり始めてる。
     久しぶりに人とこんなに話して笑った。

     そしてもう一人、私の人生に大きく関わる人物が現れることになるのだった。

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