第12話 安珍・清姫伝説の終焉


    「う……うう! その歌は……その歌は!!」

     清姫は椿の歌に頭を抱えていた。
     苦しそうに地面に突っ伏して、左右に頭を振り続けてる。

    「ああ……ああああ、安珍様! 安珍様!!」
    「トントンお寺の道成寺 安珍逃げ延び 文の遺し 清姫想いて 往生し天に昇りて 一人待つ一人待つ」
    「安珍……様……!」
    「清姫……」
    「!!」

     俺は驚いた。
     椿の体からすーっと、何かが抜け出してきた。
     見れば透けてるけど男だ。
     坊さんだよな……あれ?

    「ああ、清姫。そんなになってしまって……苦しかったろう」
    「安珍様? 安珍様なの?」
    「ああ、そうだよ清姫。私はお前がずっと探していた安珍だよ」
    「安珍様!!」

     安珍が倒れたまま上半身を起こした清姫に視線を合わせるように膝をついた。
     清姫はそれにすがりつくように抱きつき、わんわんと泣いてる。

    「清姫……さぞお辛かったろう……私をお許しくだされ」
    「いいえ、いいえ……こうして安珍様が私をお迎えに来てくださったのだから、よいのです」
    「清姫……こんな私を許してくれるのか?」
    「もちろ……ああああ!!」

     案珍の胸の中で"もちろん"と言いたかったのだろう。でも、清姫は頭を抱えて首を左右に振っていた。

    「おのれ安珍……今更何を言っておる……!! 許さぬ! 許さぬぞ!!」
    「清姫……!!」
    「安珍様……お逃げください! 私は……私はもう……うああああああ!! 安珍! 今度こそその魂を焼き尽くしてくれる!!」
    「清姫……私はもう、逃げはせぬ」
    「何!?」

     安珍は静かに清姫を抱き寄せて言った。

    「焼き尽くすなら焼き尽くせばいい。貴女をそのような姿に変えてしまったのは他でもない私。私の魂を焼き尽くし、貴女が元の美しい姫に戻るのならば、私はこの魂、喜んで捧げましょうぞ」
    「なん……だと……うあああああああ!!!!!」

     清姫は苦しそうにのた打ち回り、安珍は必死にそれを抱きとめていた。
     清姫……あんた、安珍を愛する気持ちと、憎む気持ちの間でずっとこうして千年も苦しんできたってのかよ。
     あんまりにも救われねぇよこんなの……

     俺がそう思っていると、清姫は泣きながら叫んだ。

    「もう、もう嫌でございます!! あなた様を憎んで焼き殺す物の怪に成り下がるくらいならいっそ滅してください!!」
    「清姫何をいう!!」
    「私は安珍様を愛しております!! だから……だから!!」

     胸が、張り裂けそうだった。
     好きだから、傷つけたくない。好きだから、いっそ自分を犠牲にしてでも守りたい。
     俺には、できなかったことだ。

    「椿!!」
    「!?」

     俺は、茨木に取り憑かれていたときに、椿が俺の中の茨木を斬ったことを思い出した。
     あの力を使えば、清姫のあの憎しみの部分を斬ることができるかもしれない。

    「お前の刀で、清姫を助けられないか!?」
    「え……?」
    「俺の中の茨木を斬ったときみたいに、清姫の中の物の怪を斬れないか!?」
    「星弥……あんた記憶……」

     椿は驚いたように目を見開いた。
     でも、俺は構わず続ける。

    「ああ、俺記憶戻ったよ。影井さんのお陰で。俺の自分勝手で、お前を追い詰めて傷つけて……茨木がおじさんとおばさんを殺すのも止められなかった」

     俺の喉がごくりと音を立てた。
     でも、言わなきゃ……

    「ごめん椿!! 俺ガキだったからひどいこと言って……おじさんとおばさん守れなくてごめん!!」
    「星弥……」

     椿の目から一筋、涙がこぼれた。
     その涙が持っていた赤い刃の刀に落ちた瞬間、椿の刀が青い光を放った。

    「なっ!? なんだ!?」
    「なに……?」

     椿の前に、青い光の人影が現れた。
     でも、その人影は人の形を光が模ってるだけで、その容姿とかはわからなかった。
     ただ、人外の神々しいものを感じるだけだ。

    『本当にいいの?』
    「え?」

     驚いた。
     その青い光の声は椿の声。
     その椿の声が椿に対して話しかけてる。

    『貴女は、あの男を許すの?』
    「疑ったり、憎んだりしたけど……やっぱり」

     椿はほんのちょっとだけ間をおいたけど、顔を上げてしっかりとした表情で言った。

    「やっぱり星弥は悪くない」
    『………』
    「悪かったとしても、星弥は自分の罪を自覚してる。やり直せるわ」
    『……そう』

     青い光はぱーっとはじけた。

    『我が名は月詠。汝の刀に宿る意思の一つ。そなたに浄化の力を与えよう。好きに使うがいい』
    「ツク……ヨミ……!」

     椿は刀身の青くなった刀を天に捧げた。
     椿は安珍の横に立った。

    「あんた」
    「……?」
    「二度と裏切るんじゃないわよ」

     安珍は椿の言葉に目を見開いた。
     でも、決意を帯びた表情で力強くうなづく。

    「清姫……あんたはよく頑張ったわ……もう、大丈夫だから」

     椿は苦しむ清姫に刃を構えた。
     そして深く深くその胸に青い刀を突き刺した。

    「おのれ!! おのれええええええええええ!!!」

     蛇のときの地面を揺らすような恐ろしい声の清姫は青い炎を上げて消滅した。
     後に残ったのは、安珍の胸で安らかな顔をしている、可愛い顔の女の子。
     これが本当の清姫なのだろう。
     すすけていた着物は赤く綺麗な鮮やかさを取り戻し、振り乱れていた髪も、綺麗に整えられていた。

    「安珍様……清姫は長いこと、悪い夢を見ていたようです」
    「ああ……千年も悪夢を見ていたのだ。疲れただろう」
    「はい……けれど、目覚めたら安珍様がいてくださいました……」
    「清姫……!!」

     安珍は力なく笑う清姫を強く抱きしめた。
     その光景を見たら、ちょっとだけ目頭が熱くなってしまった。

    「共に参ろう。もう貴女を離すようなことはしますまい」
    「安珍様……うれしゅうございます」

     清姫と安珍の体がすーっと白い光に包まれて、薄くなっていく。

    「清姫。最後に彼らに言わねばならぬことがあるのではないですか?」
    「……!」

     清姫は俺の顔を見て申し訳なさそうに頭をたれた。

    「そこの方。名前も存じ上げませんが、ご迷惑をおかけいたしました」
    「え?」
    「ごめんなさい」
    「!」

     清姫と安珍は最後に二人笑って俺たちに言った。

    「皆様方、迷惑をおかけしましたが、これでやっと千年の呪縛から開放されます。ありがとうございました」

     それを最後に、二人の姿は光に包まれ消えてしまった。

    「星弥くん!」
    「おわっ!?」

     ぼふっという音と一緒に俺の鼻に甘い臭いが広がった。
     それはそうだ、深散先輩が俺の胸に飛び込んできたんだから無理もない。

    「み、みみみ深散先輩!?」
    「よかった、よかった無事で!!」
    「せ、先輩……泣いてるんすか?」
    「泣いてなんかいませんわ! 泣いてないんだから!!」

     小さく震えてる先輩が、俺はどうしようもなく愛おしく感じた。
     俺は思わず彼女を抱きしめた。

    「大丈夫っす。俺、ちゃんとここにいるっすよ」
    「星弥くん! 星弥くん!!」

     縋り付いてくる深散先輩の頭を撫でて、俺はしばらくそうしていたかった。
     でも、俺は深散先輩の体をちょっとだけ離して椿に向き合った。

     椿も俺のほうをじっと見据えてる。

    「椿」
    「なに?」

     椿は赤と青の瞳をこちらに向けて、まっすぐに俺を見てる。
     そのまっすぐ過ぎる視線に、ほんのちょっとだけ怖気づきそうだったけど俺は頭を下げた。

    「ごめんなさい」
    「え?」
    「さっきも謝ったけどもう一回。俺、昔から椿がその見てくれなの知ってたんだ」
    「嘘……」
    「それで、お前を傷つけたことずっと後悔してて……その罪からどうしても逃れたかった」
    「………」

     椿は黙って俺の話に耳を傾けてくれてる。

    「その気持ちがだんだん歪んでお前を手に入れさえすればこの気持ち楽になるんじゃないかって思うようになって……茨木に付け込まれた……そのせいでおじさんとおばさんを……」
    「ねぇ」

     椿の問いかけに俺はびくりとした。
     何を聞かれるか怖かった。

    「お父さんとお母さんを殺したのは、あんたの意思?」
    「違う!!」

     俺はそれを全力で否定した。

    「最後のほうはもう俺の意志じゃ言葉もしゃべれなかったんだ……茨木は俺の憎しみだけじゃ足りずに恐怖や絶望まで食いはじめて……おじさんとおばさんを救えなかったのは事実だけど、俺の意思じゃない!!」
    「そう……」

     椿は節目がちに言ったけど、頭に乗っけてた小さい子供に問いかけた。

    「子鳩ちゃん? 鬼って、恐怖や絶望まで餌にするの?」
    「本来の好物はそっちですのよ。だから人に悪さをしてそれらをあおるんですの。茨木のしたことは鬼としては至極当然ですわね」
    「そっか。じゃあ星弥は嘘は言ってないんだ?」
    「嘘を言ってる可能性は低いですわ」
    「ありがと」

     椿は手に持った刃をまた赤い色に変えて、社のほうを振り返った。
     そこには一部始終を見ていた鎖に繋がれた茨木童子。

    「ひっ!!」
    「あんた」
    「な、なななななんだ!! またてめぇかこの化け物!!」
    「あんたに言われたくないわよ」

     椿の声は妙に低くて、怖いくらいだった。

    「よくもお父さんとお母さんを……」

     俺はその続きの言葉に、自分でも意図しないままに涙をこぼしていた。

    「よくも私の大事な幼馴染を傷つけたわね!!」

     そう言って勢いよく茨木を社の中に蹴り飛ばした。
     まるで待ってましたとばかりに影井さんが符を社の扉に投げた。
     あたりはしんと静まり返っていた。

    「椿……」

     俺はおそるおそる背中を向けた幼馴染に声をかける。

    「なぁに、星弥」

     振り返った椿の顔はとても穏やかで、優しい昔のままの笑顔だった。

    「ごめん、ごめんな!」

     ぐすぐすと鼻を鳴らす俺に椿ははぁっと大きなため息をついた。

    「もういいよ。それより、あんたの本当の気持ち、聞かせなさい」
    「え?」
    「さっきからずーっと胸に抱いてる彼女のこと、どう思ってるの?」
    「へ?」

     俺は椿に言われて、自分がずっと深散先輩を胸に抱いたままだったことに気がついた。
     流石の深散先輩もこれだけ長時間だと照れくさそうだ。

    「お……俺は……」

     改めて言うとなると胸の行動が変に早い。
     でも、言わなきゃだ。
     全部記憶が戻った今だからこそ。

    「俺は深散先輩が好きだ! 誰よりも!!」
    「せ……星弥くん!?」
    「それは記憶が戻った今でも変わりない?」
    「ああ。むしろ記憶が戻ってますます強く思ったよ。親友の親殺したかもしれないような俺を、変わらずずっと思い続けくれるような優しい人、他のどこさがしたっていない」
    「星弥くん……」
    「私よりも、好き?」
    「ああ、俺は深散先輩が一番好きだ」
    「うん、よく言った。星弥えらいぞ」

     椿は自分よりも背の高い俺の頭を撫でた。
     そして自分は多分、世界一大好きなんであろう影井さんのところに戻って笑った。

    「雅音さん、ありがとう」
    「なんのことだ?」
    「星弥の記憶、戻してくれて」
    「ふん……あのままでは埒があかんかったからのう。始めこそ記憶なんぞ封じてしまったほうが互いのためと思うたが……そうではなかったようじゃの」

     影井さんはそう言って椿からふいっと顔を背けたけど、多分照れてるんだろうな。
     二人きりになったら大いにラブラブしてんだろうな、あの二人。

    「深散先輩」
    「はい?」

     深散先輩は顔を上げて小さく首をかしげた。
     うん、めっちゃ可愛いな。

    「こんな俺だけど、ずっと支えてくれてありがとう。その……俺先輩が好きっす! だから、付き合ってください!!」

     先輩の大きな人形みたいな瞳が潤んで見開かれた。
     そしてうっすら涙を浮かべて、彼女は微笑んだ。

    「今なら心の底から言えます、私も星弥くんが好きですわ。その御申し出、謹んでお受けいたします」

     俺は喜びのあまり変な声を上げて深散先輩を抱きしめていた。
     その光景を周囲はただ優しく見守ってくれてて、俺は邪魔されないのをいいことにいつまでも先輩をギューギュー抱きしめていた。

     そんな時、空から突然光の雨が降り注いできた。
     俺たちはその光の雨に包まれて、とんでもないものを見ることになる。
     それを見終わったあと、なんともいえない複雑な気持ちになったのだった。

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