第7話 当主の資質


     御木本家当主選抜の当日。
     私たちは御木本家に招かれていた。御木本くんの家は、もちろん御三家であるアッシーの家や深散の家みたいな豪邸じゃないけれど、なかなか古風で趣のあるたたずまいをしていた。

    「皆様、本日は御木本家当主選抜式へのご参列ありがとうございます。お芳名をたまわります」

     まずはアッシーがさらさらと台帳に名前を書いていく。

    「これはこれは蘆屋家の……わざわざ足を運んでいただき、申し訳なく存じます」
    「はん、心にもないことを」

     不機嫌そうにアッシーは筆ペンを投げ捨てた。
     その後に名前を書いたのは深散だ。

    「まぁ! 賀茂家のお嬢様までいらしてくださったのですか?」
    「ええ、賀茂家の代表として本日は御木本家の新たな当主の誕生をお祝い申し上げます」
    「これはご丁寧にありがとうございます。どうぞお父上や和葉様にもよろしくお伝えくださいませ」
    「分かりました」

     すっごい。やっぱ陰陽師の世界では、アッシーも深散もかなりのVIP待遇なのね。
     まぁ御三家なんだし当然か……
     それに引き換え私や星弥への対応。名前を書いても"ありがとうございます"の一言もない。

    「一般人って意外と扱いひどいのね」
    「あれは分家の人間だからのう。森太郎の思考が強いんじゃろ」
    「そうなんだ……」
    「まぁお前に不遜な態度を取ったことを後悔させてやろう。くくく……」

     雅音さんは不気味な笑みを浮かべて、台帳の前に立った。
     受付の人は雅音さんに名前を書くように即す。

    「ではこちらにお名前を……」

     さらさらと雅音さんが名前を書くと、それを見た受付の人の顔が突然青くなった。
     そしてがたがた震えだすと、携帯電話で何処かへ電話をし始めた。
     すると、まもなく黒いスーツにサングラスをかけた人たちが現れた。

     え、ちょ!? や、ややややばいんじゃないのこれ!?

    「影井様、わざわざのお越し心より感謝申し上げます」
    「うむ。新しい当主の選抜楽しみにしておるぞ?」
    「もちろんでございます。ささ、特別席にご案内いたします故」
    「俺だけでなく連れも構わんかのう?」
    「お連れ様でございますか?」
    「ここにいる者は俺の"大事な"連れなのだがのう……どうも受付の者の態度がなっておらんな」
    「なっ!? それは大変失礼しました!!!」

     あー……受付の人がめっちゃ青い顔してる。
     かわいそうなくらい震えてるよ。
     何なのかしらホント、雅音さんってどこへ行っても強気よねぇ……

     結局私と雅音さん、それに星弥も、アッシーや深散と同じように参列席のど真ん中、しかも一番前の席に座らされて、しかも何かお茶とかお菓子とか山のように出されてる。
     どう考えても超VIPだ。
     参列席にテーブルがあるの、ここだけだもの。

    「相変わらず雅音さんの謎の権力すごいね」
    「くくく。顔を見て分からん奴も、名前を聞けば大体の奴はこうなるだろうよ」
    (どんだけよ……)

     私がそんなことを思っていると、ドーンドーンと大きな太鼓の音が鳴り響いた。

    「皆様、本日は御木本家当主選抜の儀にご参加いただきまことにありがとうございます」

     どうやら選抜式が始まったみたいだ。
     でも、よく考えたら二人の当主候補のうち一人をどうやって決めるんだろう?

    「皆様、このたびの当主選抜の方法は式神の対決となります故、お怪我のないようご注意ください」
    「し……式神の対決!?」
    「森太郎め。確実に勝ちに来るつもりじゃの」
    「え?」
    「当主選抜の方法は分家が決めることになっておる決まりだからのう。わかってはおったが……これでは御木本の奴、分が悪いの」
    「御木本の式神は強さこそなかなかなんよ。でも、扱いにくさも天下一品やねん。ちゅーか御木本と相性悪すぎや」
    「ど、どんな式神よ……」
    「見ておれば分かる」
    「それでは本家を代表しまして、御木本螢一郎の入場です」

     そういわれて入ってきた御木本くんは、アッシーが当主の姿で出てきたときと同じお坊さんみたいな姿だった。
     黒い着物に少し地味めな袈裟を着けてる。

    「へぇ。御木本くんちも法師陰陽師の家系なんだ」
    「うむ。蘆屋家と仲がよいのも、元はお互い法師陰陽師の家系であることが大きい」
    「へぇ」
    「続いて分家を代表しまして、御木本森太郎の入場です」

     会場がざわめいた。
     やっぱり、今回当主候補として有力なのが分かるわね。ひっどい格好。
     相手の森太郎さんのほうは、同じお坊さんの格好ではあるけれど、白地の仕立てのいい着物に、豪華絢爛金ぴかの袈裟を身に着けていた。

    「なんかあそこまで行くと逆に滑稽ね」
    「ホントよねぇ。あれなら商店街のウサギの着ぐるみのほうが愛嬌があってまだマシだわ」
    「あー違いないわぁ……ってどわぁ!?」

     私もその声にうんうんとうなづいていたけれど、アッシーの叫び声に我に返った。
     誰よ今の声!?

    「て、てててて店長!? なしてこないな場所におんねん!!」
    「えー? 螢一郎ちゃんに招待されたのよ。ま、一応鎌田家の代表としても、ってところかしらね」
    「鎌田家?」
    「代々天狗と仲ようしてきた陰陽師の家系じゃ。あまり表には出んが、なかなか貴重な家柄じゃよ」

     へぇ……このめっちゃマッチョなおじさんも陰陽師なんだ。
     って、そう言えば店長って……

    「もしかして、ミスターレディ釜飯の……?」
    「そうよー! 私は店長の鎌田。よろしくね」
    「あ、はい。よろしくお願いします。今度ぜひお食事させてください」
    「もっちろん、大歓迎よ!」

     店長さんは私たちの後ろの席に通されていたらしくて、私とアッシーの間からにゅっと顔を出していた。

    「それにしたってあの分家の代表、頭おかしいんじゃないの?」
    「まぁ、センスは壊滅的ですね……」
    「身の丈に会わない袈裟なんて滑稽極まりないわ。身を滅ぼすだけよ」

     滑稽だけならまだしも、身を滅ぼすは怖いな。
     くわばらくわばら……私も気をつけよう。

    「螢一郎、お前よく逃げずにきおったなぁ」
    「僕には負けられない理由があるんです……!」
    「ふん、謝るなら今のうちやで? 今回の俺はいつもと違うからなぁ」
    「……逃げませんどんなことがあっても」
    「そないか。じゃあまぁ本家の血筋もこれで終わりやなぁ。志織が死んで、お前もここで死ぬんやさかい!!」

     そう叫んだ森太郎さんの符から出てきたのは、猫みたいな……何ともいえない大きな獣。
     私はそれを見た瞬間具合が悪くなってきた。この感覚前にもあった。

    「うっ……気持ち悪い……」
    「馬鹿な……何故あやつがあれを連れておる!?」

     雅音さんが珍しく声を荒らげている。

    「なに……あれ」
    「鵺や」
    「なっ!?」

     私は戻しそうになるのを必死に堪えていた。
     そうしたら深散が優しく私を抱きしめて小さくつぶやいた。

    「オンコロコロセンダリ、マトウギソワカ」

     すーっと体が軽くなって吐き気もおさまった。
     正直深散に抱きついてお礼を言いたいくらいの気持ちだ。

    「鵺の瘴気に当てられましたわね」
    「あぁ……何か前にもあったと思ったら……がしゃどくろのときの」
    「特別危険妖怪に指定されてる物の怪は、一般の人にはちょっと害が強すぎますの……あ」

     深散は自分の肩に重くのしかかる何かを見て顔を青くした。
     それはそうだ、星弥が顔面蒼白の状態で、白目むいてよだれたらして気を失ってるんだもの。

    「いやあああ星弥くん!!」
    「椿の前に星弥に術を施してやるべきだったのう」
    「う、迂闊でしたわ」

     いやいや、むしろ星弥には悪いけどそういう問題じゃない。
     今はなんで分家の森太郎さんが鵺を自分の式神として扱っているか、そっちのほうが重要だ。

    「ねぇ雅音さん」
    「む?」
    「特別危険妖怪になってる物の怪って、式神にしていいの?」
    「駄目に決まっておろう」
    「だよね」
    「というか、使役できるわけがない」
    「え……」
    「あれこそ、身の丈にあわぬ袈裟だ」

     雅音さんの言葉に私は御木本くんたちのほうを見た。
     御木本くんは、自分の身の丈ほどもある数珠を前にかざした。

    「天邪鬼!!」

     投げた符から、大きな鬼みたいな奴がでてきた。
     天邪鬼、って呼ばれた妖怪はけだるそうに御木本くんを見ている。

    「よう螢一郎。今日はなんの用だよ」
    「お……お前みたいな奴に用なんかない! どうせお前じゃ、目の前にいる奴を倒すことなんてできっこないんだから!!」

     なっ、何言ってるの御木本くん!!
     なんでそんな喧嘩売るようなこと、ぷるぷる震えながら言ってんのよ!!

     でも、その言葉に天邪鬼は目を細めて、小さく肩を竦めて言った。

    「へぇ? 俺に対してその手の命令ができるたぁ……お前今回ばかりは本気だな?」
    「ぼ、僕はお前なんか頼りにしてないんだからな! お前みたいな弱小妖怪が式神でうんざりだよ!!」
    「へへ、そうこなくっちゃな」

     なんであんなこと言われて嬉しそうに笑ってるのよあの妖怪!?

    「あれは天邪鬼だからのう。素直に何かお願いしても聞いてくれんのだ」
    「ええ!?」
    「せやから御木本と相性悪いゆーたやろ? あいつはあんな言葉嘘でも言えん性格や。相当しんどいで?」

     なるほど……ずいぶん癖のある妖怪が式神なのね……

    「ふん、天邪鬼か。お前にはもったいない、お前を殺した後で俺がもらうとしよう」
    「おいおい、お前みたいなのが主じゃおもしろくねぇんだよ」

     その瞬間鵺と天邪鬼がぶつかり合った。
     すごい雷撃を身に受けながらも、天邪鬼は鵺を投げ飛ばした。

    「あ!」
    「どうした?」
    「あれ……!!」

     鵺の丁度胸のあたりだ。
     そこに、人の体が埋まってた。
     ちょっと控えめな美人さんが、眠るように目を閉じてる。

    「志織……!!」
    「え!? あれが!!」

     アッシーの声に私は身を乗り出した。
     御木本くんももちろん、その姿を確認して目を見開いてる。

    「姉さん……!?」

     雅音さんは腕を組んだ状態で眉をぴくりと吊り上げた。

    「やはりのう。魂を依代に鵺を封じおったのか……志織らしいのう」
    「魂を依代にするってどういうこと?」
    「鵺と一体化することによって、その力を封じたんじゃよ。そして多分蒐牙は、志織と一体化して弱った鵺に毎年封印を施しておったのだろう」
    「で、でも! その鵺をどうして森太郎さんが持ってるの!?」
    「何か、妙な力が働いたようだの」

     雅音さんは不機嫌そうに携帯電話で何処かに電話をかけた。

    「俺だ。すぐに最近御木本家の当主候補森太郎の周辺を洗え。ああ、特にここ数日でコネクションを持った奴だ、ああ、ああ、頼んだぞ」
    「雅音さん、早く御木本くんを助けないと!!」
    「いや……まだだ」
    「え!?」
    「御木本……お前はどうする? ここでお前の当主としての資質が試されるぞ」

     雅音さんがそう言ったときだった。

    「皆さん!!」
    「!?」

     御木本くんは声を張り上げていった。

    「予期せぬ事態が発生してしまいました。皆様の身の安全が確保できる保証がございません。どうぞ本日は、係員の指示に従って避難をしてください!! 後ほど日を改めて当主選抜の儀を行います。ですから、本日はご退席ください」
    「そうはさせるか! お前のへたれた姿を来賓に見せねばならんやろ!」
    「森太郎さん! あなた何をしているか分かってるんですか!?」
    「なにぃ?」
    「鵺は特別危険指定の妖怪……そんなものを勝手に持ち出して、協会もお許しにならないはずですよ!!」
    「俺が鵺を使役しとれば協会も怖くて俺に手出しなんぞできんやろ」
    「なんて愚かな……」

     確かに、森太郎さんの考えはひどいものだ。
     とても身勝手で、人の上に立つ人として言ってはほしくない言葉。

    「おい」
    「はっ! 何でございましょうか影井様」

     雅音さんはそばに控えていた黒いスーツのサングラスのおじさんに不機嫌そうに声をかけた。

    「お前のところの当主候補はずいぶんとなめた口を利くのう」
    「も、申し訳ございません!」
    「ならばすぐに来賓も客も外に出せ」
    「は、はい!!」

     雅音さんの言葉に、サングラスのおじさんは周囲に慌てて命令を出してお客さんを避難させ始めた。

    「おい! 何勝手なことしてんねん!!」
    「そんなことより森太郎」
    「あん?」
    「自分の心配をせい」

     私は思わず口を手で覆ってしまった。
     天邪鬼にひっくり返された鵺が起き上がって、森太郎さんの後ろに不気味にたたずんでいた。
     明らかにさっきと空気が違う。

    「身の丈にあわぬ袈裟は身を滅ぼす。鎌田、ずいぶんと上手い事を言ったものじゃ」
    「完全に志織の封印が効力を失ったんか……!!」

     鵺は不気味な雰囲気を纏ったまま、森太郎さんに向かって思い切りその鋭い爪がついた腕を振り上げた。
     目の前で血しぶきが舞うんではないかと思った瞬間、鵺は叫び声をあえげて動きを止めたのだった。
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