第5話 対峙


     帰り道、私たちはアッシーの後をつけた。
     一緒に帰ろうと誘ったのに、珍しくアッシーがそれを断ったからだ。

    「アッシー、一緒に帰ろー?」
    「あー? でも椿ちゃん、まっちゃんがおるやん。どうせまっちゃん車で来てるんやろ?」
    「車で登校する高校2年生がおるわけなかろう。なにを言っておるのだ」
    「……はいはい。あくまでそういう設定なんやな」

     アッシーは、カバンを肩に担いで手をヒラヒラ振って私たちに背を向けた。

    「悪いけど今日はバイトやから先に帰るわ」
    「バイトならしばらく休みの連絡を入れておいたぞ」
    「は!? なに言うてんねん!?」
    「その怪我でバイトなど、させられるわけがなかろう」

     うわ……なんか雅音さんとアッシーの睨み合いが始まっちゃったよ……
     雅音さんに対してこんな強気な目をしたアッシー、見たことないよ。

    「なに勝手なことしてくれてんねん」

     ちょ!? アッシー!! 雅音さんの胸倉つかんで詰め寄ってるし!!
     危ないよこの雰囲気……

    「アッシー! やめて! 怪我してるんだから無理してほしくないっていう雅音さんの気持ちも分かってあげて」
    「……椿ちゃん」
    「私も雅音さんも、蒐牙くんも深散も、みんなアッシーが怪我して気が気じゃないんだよ。心配してるの」

     私の言葉に、アッシーは雅音さんの襟を放すと、髪をボリボリ掻いて大きなため息をついた。
     なんか、ほんのちょっとだけばつが悪そうな表情だ。

    「そういう言葉には俺弱いねん。あんま困らせんといてや……」
    「アッシー……」
    「まぁそないなこと言うても、あの釜飯屋俺がバイトせぇへんかったら配達できひんやん?」
    「それなら安心せい。代わりを雇っておいた」
    「は……?」

     雅音さんは、にやっと笑うとアッシーの後ろの席に無理矢理移動させられてしまった御木本くんを見た。
     え……? どういうこと?

    「のう、御木本。陵牙の代わりに、配達のバイトに行ってくれるのだろう?」
    「ひっ!? ははははははは、はい!! 心をこめて配達させていただきます!!」

     ……御木本くん、気の毒なほどに萎縮してプルプル震えてるし。
     まぁ確かに威圧オーラ出してる雅音さんに逆らえる人なんてそうそういないとは思うけどね……それにしたって気の毒だ。

     そう思いつつも、完全に雅音さんに従いますモードの御木本くんは、何故か敬礼をして教室を走り去っていってしまった。

    「雅音さん……御木本くんをどうやって説得したの……? 放課後の予定もあるだろうに」
    「御木本家の本家に電話して息子を貸してくれと頼んだまでよ。ククク、なぁに、俺の名前を出したらすぐに了承してくれたわ」

     どんな裏の力使ってんのよ!?
     てかずっと気になってたんだけど、雅音さんって陰陽師協会でどれだけ強い立場にあるのかしら……先生も妙にビビってたし、御木本くんも雅音さんの正体知った途端あんな感じだし……
     その辺の話は雅音さん、全然してくれないから分からないのよね。

    「……まっちゃん。どこまで察しがついてるか知らんけど、今回のことは俺の問題や。あんまり首突っ込まんといてや」

     アッシーのその言葉に雅音さんは肩をすくめた。

    「別に首を突っ込むつもりなどないわ。だが、今回のこと、お前個人の感情でどうこうできることではないぞ。本家に帰ってしっかり解決の方法を考えるんだのう、29代目蘆屋道満殿」
    「………」

     雅音さんの言葉にアッシーは、ぐっと奥歯を噛んでそのまま教室を出てしまった。アッシーの表情は複雑そうで、何かを不覚考え込んでいるようだった。

     そして、あまりにも心配だった私たちは、せめてきちんとアッシーが本家に帰るかを見届けるために後をつけている、というわけだ。

    (こっちの道であってるの?)
    (ええ、こっちは間違いなく本家の道です)

     一緒に着いてきた蒐牙くんは声を潜めて私の問いに答えた。

    (妙なところで奴はうつけだからのう……このまま真っ直ぐ家に帰ってくれれば安心なのだが)
    (アッシーったら……あくまで自分だけで全て背負うつもりなんですの?)

     深散はアッシーの背中を見て不満そうに呟いた。
     一見アッシーとは仲がよさそうに見えない深散だけど、心配してるんだ。
     そのひそめられた眉が、それを物語ってる。
     大変な現状にあるのに、相談してもらえないのが許せないのかもしれない。

    (椿様、なにか大きなものが近づいてきますわよ)
    (え……?)
    (強い妖気じゃのう)

     雅音さんはポケットから符を取り出しながら言った。
     蒐牙くんも手に巻いた包帯に手をかけている。
     今は物の怪の存在を見ることができない私ですら、ざわざわとなにか嫌な予感に胸が騒いでいる。

     空を厚い雲がいつの間にか覆っていた。

    「んっ……っく……」
    「椿!?」
    「気持ち悪……」

     思わず私が胃からこみ上げるものを我慢して地面に膝をつくと、雅音さんは私の肩を抱いて体を支えてくれた。
     深散が私の顔を覗き込む。

    「椿、顔色すごく悪いですわよ? 吐きそうですの?」
    「うん……」
    「まさか……影井様!? まずいですわよ卒業前に妊娠なんて!!」
    「ば、馬鹿者!! 俺だってそれくらいわきまえておるわ!!」
    「なにわけの分からないことを言ってるんですか二人とも……多分強い妖気にあてられたんですよ。椿先輩、少し背中を貸してください」

     蒐牙くんは私の背中に縦横の線を指でなぞって小さく呟いた。

    「オンコロコロ、センダリマトウギソワカ」

     すーっと気持ちが悪い感覚が抜けていく。
     私は蒐牙くんに向き直ってお礼を言った。

    「ありがと、楽になったわ」
    「いえ、それよりも見てください。椿先輩はできればコンタクトを外してください」

     蒐牙くんに言われて私はコンタクトを外した。
     蒐牙くんが指差したほうを見て私は声が出そうになるのを必死に抑えた。

    「なっ……なにあれ……」
    「がしゃどくろ……やはり冥牙の奴、封印を解いておったのか」

     雅音さんは忌々しそうに目を眇めていた。
     私はあまりに大きながしゃどくろという妖怪に目を奪われてすぐに気がつけなかったけれど、よく見ればアッシーの正面に誰かいた。
     それは霊園にあった蘆屋家のお墓の前で会った泣きボクロの男の人。

    「冥牙兄さん……!」

     駆け寄ろうとする蒐牙くんを雅音さんが止めた。

    「待て蒐牙!」
    「どうしてですか!」
    「様子を見るぞ……」
    「え……?」
    「大体あのがしゃどくろにお前、どう立ち向かうのだ?」
    「そ、それは……」
    「分かっておろう、お前の絡新婦ではあれには敵わん」
    「………」

     雅音さんの言葉に蒐牙くんは悔しそうに拳を握った。

    「陵牙……お前は冥牙とどの顔で向かい合う……弟としてか? それとも蘆屋家の当主としてか……」

     雅音さんは、アッシーをじっと見据えている。
     その目は心底アッシーを心配している感じで、でもどこかで彼を信じているようにも見えた。

    「兄ちゃん……」
    「陵牙、なぜ逃げた? 俺に命を差し出すと言っていたはずだが?」
    「それは……」
    「周囲に姑息な見張りまでつけて……言っていることとやっていることがまったく違うではないか」
    「え……?」

     冥牙さんは失笑したように肩をすくめた。

    「まぁ、皆始末した。これで邪魔者はいなくなったぞ」
    「!」

     始末した、という言葉に雅音さんは目を見開いた。
     予想外、そんな顔をしてる。

    「冥牙……そこまでして陵牙を……」

     ぐっと唇を噛む雅音さんの顔が痛々しかったけれど、その横にいた蒐牙くんの表情はそれ以上だった。
     もう見ていられないほどに辛そうで、私は思わず蒐牙くんの手を握る。

    「蒐牙くん、アッシーを信じよう」
    「椿先輩……」

     蒐牙くんは頷いてしっかりとアッシーの方を見た。

    「陵牙。今度こそその命を俺に捧げろ」

     冥牙さんの後ろのがしゃどくをがずいっと前に乗り出してきた。
     でも、アッシーは全然動こうとしない。
     ただじっと冥牙さんを見ている。まるでがしゃどくろなんか目に入ってないみたいだ。

    「主! 早く真名を!!」
    「………」

     サイキチくんが飛び出してアッシーの前に立つけれど、アッシーは拳を握ったまま依然動こうとしない。
     サイキチくんは何度もアッシーを呼ぶけれど、とうとうアッシーは握った拳を解いて、力なく肩を落とした。

    「ええよ。好きにしてくれ……俺の存在が兄ちゃんを苦しめてるんなら……俺が死んで兄ちゃんの心が軽くなるなら、俺はそれで構わん。蘆屋家のことは蒐牙がなんとかするやろ」
    「蒐牙では蘆屋家は守れんさ」

     がしゃどくろの手が、アッシーをつかもうとした。

    「アッシー!!!!!!!」
    「!!?」

     もう、見てなんかいられなかった。
     気がついたとき、私はもう駆け出していた。

    「鬼斬の刃! 我が元へいでよ!!」

     私の赤黒い刀の刃ががしゃどくろの巨大な腕を止めた。そして力いっぱいその腕を押し返してやった。
     その光景に冥牙さんは目を丸くしていた。

    「君は……霊園で会った……」
    「つ……椿ちゃん……ついてきとったんか?」

     私はアッシーの言葉を無視して、我慢の限界を超えて声を張り上げた。

    「この馬鹿!!!!!!」

     アッシーはびくっ体を震わせて、私を見た。
     もう、私は思った言葉をとめることができなかった。

    「なに考えてんのよ!! 死んだ私を呼び戻したあんたが、なんで命簡単に投げ出そうとしてんのよ、ふざけんじゃないわよ!!」
    「せ……せやかて……」
    「だってもさってもない!!」
    「まったくじゃ。少々がっかりしたぞ、陵牙」

     私の言葉に合わせるように雅音さんが電柱の影から姿を現した。

    「まっちゃん……」
    「兄弟そろって水臭いんですのね。私たちってあなたたちにとって、相談するに足らない存在ってことかしら?」
    「……面目ないですね」
    「ミッチー……蒐牙」

     勢ぞろいした私たちを見て、驚いていたアッシーを尻目に、冥牙さんのほうは冷笑して私たちを見ていた。
     霊園のときに見せた顔とは、全然違う。

    「雅音……それに賀茂家の令嬢ではないか。蒐牙まで……ぞろぞろと、一体どういうつもりだ?」
    「アッシーを守りにきただけですわ」
    「そういうことだ」

     冥牙さんは明らかに不快そうに私たちをにらむ。
     その纏った空気の冷たさに、私は鳥肌が立つのが分かった。

    「なぜそこまで陵牙を庇う? 蒐牙はまだしも、お前たちには関係ない話だろう?」
    「関係なくなどない」

     雅音さんのきっぱりした言葉に冥牙さんは眉をひそめる。

    「陵牙がいないと、日頃の暇つぶしがなくなってしまうからの。退屈しのぎを奪われては困るのだ」
    「そうですわね、アッシーがいないと影井様や蒐くんの嫌味が私に向いてきそうで、たまったもんじゃありませんわ」

     そういった瞬間、雅音さんは前鬼さんと後鬼さんを、蒐牙くんは絡新婦を呼び出した。
     双方いつ戦いを仕掛けてもおかしくない睨み合いだ。

    「小鳩ちゃん……」
    「分かってますの。いざとなったら私も出ますわ」
    「お願いね」

     でも、睨み合った直後に冥牙さんは「ふんっ」と私たちを鼻で笑うと、がしゃどくろを符の中にしまってしまった。
     さすがに私たちは肩透かしを食らって、呆気に取られて冥牙さんを見るしかできなかった。

    「興ざめだな」

     くるりと背を向ける冥牙さんを呼び止めたの他でもない、アッシーだった。

    「兄ちゃん!!」
    「陵牙……俺は必ずお前を仕留める。首を洗って待っていろ」
    「待ってや兄ちゃん!!」

     今度こそ冥牙さんは私たちの前から去っていってしまった。
     その背中を見送るアッシーの表情は、まるで飼い主に捨てられた子犬みたいで、胸が詰まってしまった。

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