第15話 一歩を踏み出す決意


     皆は、鬼斬の娘の歴史を聞いてただ黙ってうつむいていた。
     速来津姫が同胞を斬ったこともそうだが、源紅雪が自らの末裔に鬼門を封じる役目を託していたことを知らず、椿を死なせてしまったことがやはり衝撃的だったようだ。

     子を成す前に椿が死んだということは、鬼門の封印が解けてしまったということ。
     眠りに就いていたはずの朱雀が目覚めたのは、封印が鬼門の封印が解けたためだった。
     そしてその後次々と十二天将が目覚めたのも同じ理由。

     俺は御木本の一件で志織が残した"奴らは目覚めている"という言葉が気になりずっと調べていた。
     そうして浮き彫りになってきたのが、鬼斬の娘と土蜘蛛たちの歴史だ。

    「この戦いは太古の昔から鬼斬の娘が背負ってきた宿命だ。どうする、お前たちはこの話を聞いても椿のために戦うか?」

     俺の問いに一番最初に答えたのは陵牙だった。

    「まっちゃん、なんでそんなこと俺らに聞くん?」
    「なに?」
    「俺はその話聞いたとしても、椿ちゃん狙う奴らと戦う気持ちはかわらへんよ」

     あまりに真っ直ぐな目だった。
     ゆるぎない、確固たる意思の宿った瞳……陵牙の目はそんな強いものだった。

    「なぜ、お前はそんなに真っ直ぐに言える? 鬼斬の娘の始まりは同胞殺しから始まっている。決して綺麗なものではないぞ?」
    「口を挟むようですけど、それは椿先輩が直接やったことではないですよね? しかも、速来津姫だって守るものがあっての行動。決して行いが許されるとは思いませんが、真っ向否定はできませんよ」

     俺の言葉にいち早く反応した蒐牙の意見に、横に座っていた和葉も頷いて言った。

    「何かを守るために手を汚さなきゃならない。そんなの誰の身にだって降りかかる可能性のあることだよ。親が子を守るために……なんてよくある話だろう?」

     しかし、和葉の言葉をさえぎるように賀茂がぴしゃりと言い放った。

    「正直、鬼斬の娘の歴史なんか、どうでもいいですわ」
    「深散……?」
    「椿のために戦うなんておこがましいんじゃなくって? よく考えて御覧なさいよ、特にそこの影井様・アッシー・蒐くんの三馬鹿+アルファの星弥くん!」

     賀茂は俺を含め、陵牙、蒐牙、星弥を指差した。

    「元々、椿を死に追いやったのは誰ですの? 今回のことは、私を含めて茨木の一件で椿を突き放して傷つけた全員に責任があると思いますわよ」
    「……ミッチーの言うとおりやな。今更あの行動を否定したところで、それに乗ったのは俺や」
    「返す言葉もありません」

     こういうときの賀茂の意見は、正直頭痛がするほどに適格だ。
     あの時、もっと懸命な行動を取っていれば椿は死ぬこともなければ、鬼門が開くこともなかったろう。

    「鬼斬の娘の歴史は確かに椿を守る上で知っていて損のない話ではあると思いますわ。でも、椿を守る守らないの選択肢を決める理由にはこれっぽちもなりませんわ」

     賀茂は俺の奥にいる椿をじっと見つめて言った。

    「力不足は否めませんけれど、私は椿を守りますわ。どんな理由があろうとも、椿は私の大事な親友ですもの。それに、私自身で起こした不手際が椿を傷つけているなら、ますますを持って土蜘蛛たちのことから目は逸らせません」

     その言葉に、陵牙は参ったといった表情をした。

    「言おうとしてたこと全部ミッチーに言われてしもたなぁ。俺も同じ考えや。椿ちゃんは大事なダチやねん。何があっても、な」
    「陵牙兄さんと意見が被るのは正直どうかと思いますけど……僕も椿先輩を守りますよ。彼女は何一つ悪いことをしていないのに、ただ鬼斬として生まれただけでこんな目にあっている……理不尽です」
    「お前たち……」

     横で話を聞いていた星弥は正座した膝の上でぐっと拳を握った。
     うつむいて、悔しそうに唇を噛んでいたが、顔を上げて言葉を搾り出したようだった。

    「俺も……できることは少ないけど、やるっす。俺の甘ったれた考えの末の行動が今、椿をこんな形で苦しめてるなんて……耐えられねぇっすよ」
    「星弥くん……」

     そこで、話を聞いていた御木本も、ノートパソコンの画面から目を離して顔を上げた。

    「僕も、協力します。僕は茨木の事件のことは知りません。でも、椿ちゃんが友だちであることは同じですから」
    「御木本……すまぬな。お前の情報力は貴重な戦力になる」
    「やめてくださいよ影井様。あなたは僕に無理矢理仕事をさせるくらいが丁度いいんですから」

     最近の御木本からは、以前のような弱々しさは感じられなくなった。
     俺の目を見て、真っ直ぐにそんな皮肉を言えるようになっただけでも、御木本は充分に1年前よりも成長していた。

    「うーん、うちの店のメンバーが全員戦うって言うなら私も協力しちゃおうかしらね。店員の安全を管理するのも店長の仕事だしね!」
    「て、店長!? でも今回ばっかりは危ないで? 無理せんでも……」
    「やだぁ陵牙ちゃん、心配してくれてるの?」
    「そら……俺たちの問題で店長まで危険に晒すわけにはいかんがな」

     鎌田はその言葉に嬉しそうに笑った。

    「くすくす、陵牙ちゃんに心配されるようじゃ私もまだまだねぇ」
    「なっ!? なんでやねん!!」
    「まだ、あなたより実力あると思ってるからよ。まぁ、とりあえず釜飯屋メンバーの保護者としては、今回の厄介な事件を子供だけに任せるのは反対なの。なんだかんだいって、影井くん以外は所詮あなたたち高校生のガキンチョなのよ?」
    「う……そらそうやけど……」

     確かに、俺たちは陰陽師としての経験も、人生の経験も浅い若造にすぎない。
     こればかりはどうしようもない事実だ。

    「ま、そういうことで私は無理矢理にでも今回のことには便乗するわ。椿ちゃんはうちの大事なお客様であり、うちのメンバーが憧れながらも永遠に手の届かないマドンナだものね。いなくなっちゃったらうちの売り上げに大ダメージよ」
    「なっ!? う……もうええわ、好きにせぇ!!」
    「ていうか店長……いまどきマドンナは古いです」
    「なっ!? なんですってぇ!?」
    「蒐牙くん、しょうがないよ。ジェネレーションギャップってやつだよ」
    「まぁ螢一郎ちゃんまで酷い!!」

     痛いことを突かれたのか、陵牙は頬を赤くして鎌田から顔を逸らしてしまった。
     マドンナとはよく言ったものだ。確かに、あの釜飯屋メンバーは皆椿に対して、友人以上の感情を抱いている。
     それを、鎌田の持ち合わせた女心が敏感に察知したのか、どちらにしろ的確な意見だ。

    「ていうか、十六夜様さ。ここにいる全員が彼の話を聞けば協力すること、知ってて呼んだでしょ?」

     ふと和葉が、ずっと黙って笑顔で話を聞いていた十六夜様に向かって言った。それに対して、変わらぬ笑顔で十六夜様は返す。

    「あらぁ、そんなことないわよぉ? ただ、なんとなーく呼んだだけ。お友達は多いにこしたことないしね」
    「あなたは本当に……自分のすごさを表に出さないから怖いんですよ」
    「あ、ちなみに私も協力するわよぉ? 鎌ちゃんの言うとおり、今回のことはちょっと子供だけで花火するのとはわけが違うからね」

     十六夜様に続くように、冥牙も頷いて言った。

    「俺も協力させてもらう。弟たちや母さんが戦うといっているのに俺が座敷で茶を飲んでいるわけにもいくまい。それに、彼女には陵牙や蒐牙のことで仮もあるしな」
    「兄ちゃん……」
    「お前や蒐牙が随分大人びて見えるのは、彼女の影響なんだろう?」

     冥牙のその言葉に、陵牙も蒐牙も顔を赤くしてうつむいた。
     そんな様子を見て、和葉は小さく肩をすくめて俺のほうを見た。

    「そういうことで今回の件は俺も参加させてもらおうかな。話を聞く限り、事はうちの妹の親友の身の危険だけじゃ済まされないだろうし。もしまた土蜘蛛たちの人魂が冥府からあふれ出したら、京都は平安時代の二の舞。土蜘蛛に憑依された人々で溢れかえるんでしょう?」
    「……そうなるだろうな」
    「正直、ここにいるメンバーだけじゃ足りないんじゃないの?」

     和葉は俺をじっと見据えた。

    「何が言いたい?」
    「陰陽師協会。ここに属する全ての陰陽師を動かしてもいいくらいじゃないの? 現陰陽師協会会長、影井雅音殿?」
    「!!」

     和葉の言葉に、周囲の者は皆納得したように俺を見ていた。
     一人だけ、俺が陰陽師協会の会長であることを知らない星弥だけは目を白黒させていたが、空気に飲まれてか言葉を出せずにいるようだった。

    「そうですわね……いつも椿のために陰陽師協会会長としての権力、嫌ってほど使ってるんですから、今回はそれをフル活用すればいいんじゃありませんこと?」
    「せやせや。今更戸惑う必要もないやろ」

     陰陽師協会会長としての権力は俺が血のにじむような苦労の末に手に入れたものだ。
     土御門の権力に対抗するために身につけた権力……
     しかし、椿の身の危険だけでなく、京都……いや、放っておけば日本の危機にすらつながりかねないこの事態。
     だとすれば、この立場を利用させてもらうのは悪い話ではないだろう。

    「わかった。全国の陰陽師たちに呼びかけ召集しよう」
    「それでこそ、平成の暴君影井雅音だね」
    「そんな二つ名は初めて聞いたぞ……」

     和葉の皮肉を軽く流しながら、俺は椿のほうをむいた。
     すまない椿……
     お前に俺の立場をずっと話さずにいたのは、それを知ることによってお前に余計な負担をかけたくなかったからなのだ。
     陰陽師協会の会長の仕事は色々と面倒ごとが多い。
     俺が会長だと知れば、お前が心配しなくてはならないことも増える……
     そんな思いだけはさせたくなかった。
     だが、話さないことがお前にとっては苦痛だったのかもしれないな……

     今度、ゆっくり話す機会ができたらお前には俺の全てを話そうと思う。
     お前は、受け入れてくれるか?
     俺の全てを……

    「俺は……ずるいのう」
    「影井様?」

     俺の言葉に賀茂が首を傾げた。
     俺は立ち上がって椿の横に座り、手を握った。

    「何も話さず、俺の全てを受け入れて欲しいなど都合のいい考えをしておった。権力や立場、地位に縛られずとも椿は俺を愛してくれた。その心地よさに甘んじて、俺は本当の自分を知られることに恐怖していたのかもしれん……椿が俺の全てを知って変わってしまうかもしれないのが、どうしようもなく怖かった」

     一同は何も返さなかった。
     いや、返せなかったのかもしれない。
     ここにいるのはそれなりの立場の者ばかりだ。だからこそ、この胸のうちを理解してくれていたのだろうか。

    「俺は椿が目を覚ましたら全てを話そうと思う……恐ろしくもあるが、椿なら分かってくれると信じて」

     ぎゅっと握った椿の手は温かく、まだ椿がきちんとそこにいてくれるということを示している。
     この温もりを俺は手放したくなかった。
     ずっと縛りつけ出ても傍においておきたかった。守りたかった……
     なのに、不器用な俺にはそれがどうしてもできなかった。

    「兄さん」

     ふと声をかけられ、俺は顔を上げた。
     この中で唯一異質の存在であろう、天音の声だった。

    「なんだ」
    「話の一部始終を聞いて少しだけ考えさせていただきました」
    「それで?」

     天音は少し戸惑ったようにうつむいたがすぐに顔を上げた。
     その顔はいつもの天音ならば絶対に見せないような表情だ。

    「私にも協力させてください」
    「なに……?」

     天音は俺の横に来て、椿を見て笑った。

    「この方は、兄さんをこれほどまでに変えたのですね」
    「……これほどまでに?」
    「以前の兄さんなら、一人の女性のためにこんな多くの方々と団結しようなんて思わなかったでしょう? それに……少し表情が柔らかくなりましたね」
    「表情……?」

     天音は少しはにかんだように言った。

    「昔の兄さんは、能面という言葉がぴったりでした。それこそ母上と瓜二つ。でも今の兄上の表情はとても柔らかくて温かくて……本当に彼女を愛しているのですね」
    「ああ」
    「ふふ、迷いのないところは彼女と同じだ。私は、兄さんに自由に生きて欲しい。あのときの償いをさせてください」
    「天音……」

     立ち上がった天音は皆の中に入り、そうそうたるメンバーが椿の、そして日本の先を背負って立ち上がることとなった。
     そして、俺の中で小さな決意が芽生えていた。

    「天音、夜が明けたら土御門の家へ行くぞ」
    「え? 一体何故!?」
    「あの分からず屋の当主を屈服させるのだ」
    「屈服……?」

     そうだ、俺は変わった。
     他人のために、こんな面倒を起こすようなことはきっと今までならしなかったろう。
     だが、もう逃げ回るのはやめだ。
     椿のために、俺は面倒だろうと無茶であろうと、何だってしてやろう。
     俺らしくない、それでいて実に俺らしい行動をあの母親に見せ付けてやらねばならん。

    「昔からあの当主が口癖のように言っておったろう、"私の意見を無視するのであれば、私に実力で勝手からにしなさい"……と」
    「ま、まさか!? 兄さん、母上に陰陽術で挑む気ですか!?」

     天音の言葉に、土御門の当主の実力を知るものは皆目を見開いた。

    「阿呆、なに考えてんねん!!」
    「そうですよ!! いくら雅音様でも無茶だ!!」

     陵牙と蒐牙は顔を青くして俺を止める。
     その中で唯一、賀茂だけが俺を真っ直ぐに見て言った。

    「勝てる自信がおありなんですの?」
    「式神の強さは思いの強さ。ならば、椿への思いを試される機会にもなりうるのう。ここで土御門の当主に俺が負けるようなら、俺の椿への気持ちはその程度ということだ」
    「……なるほど」

     ずっと思っていた。賀茂は椿のことになると、男の俺たち以上に冷静に行動する。
     だからこそ、俺の言い出したことが勢いや口から出任せでないか、観察しているのだろう。

    「分かりましたわ。私も、明日一緒に同行します」
    「み、深散!?」
    「星弥くん、あなたも来てくださいまし。それからアッシーと蒐くんも。私たちには、見守る権利くらいありますわよね?」
    「……ああ」

     俺はもう一度眠る椿の手を握った。
     明日、必ずあの分からず屋を屈服させて俺たちの仲を認めさせる。
     だから、もう少し待っていてくれ……

     俺は、椿との未来を勝ち取る道をそのとき強く決意した。

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