第9話 解決のために……


     冥牙さんの家を出てすぐに雅音さんに電話をした。
     授業中かとも思ったけど、思いのほかすぐに電話に出てくれた。

    『椿か!? 今どこにいる!』

     すごく焦った声をした雅音さん。
     ああ、時間を見ればもうお昼近いじゃない……
     きっと心配をかけてしまったのね。

    「うん、学校の近くの公園」
    『わかった、今迎えに行く』

     その後すぐに雅音さんは私を迎えに来てくれた。
     雅音さんは連絡なしに学校を休んだ私を心配してずっと探してくれていたらしい。
     私を見つけた雅音さんは、有無を言わさず私をぎゅーっと抱きしめてくれた。

    「心配かけてごめんなさい」
    「まったく……一体何があってどこにおったのだ」

     頬を何度も撫でながら、切ない顔をしてる雅音さんを見ていたら、すごく申し訳ない気持ちになってきた。
     こんな顔をさせてしまうほどに心配させてしまったなんて……

    「うん……それがね」

     私は事の一部始終を雅音さんに話した。
     朝から具合が悪かったけれど、アッシーが気になって無理をして倒れたこと。
     倒れたところを冥牙さんに助けられたこと。
     冥牙さんに、蘆屋家の問題には関わるなと言われたこと……

    「ふむ……冥牙がのう。決して意外ではないが……」

     雅音さんはすごく難しい顔をしてる。
     考え込むような、どこか機嫌が悪いような。
     私は不安になって、雅音さんの手を取った。

    「雅音さん……怒ってる?」
    「何をだ?」
    「無理して倒れて……冥牙さんに助けられたこと」

     雅音さんは一瞬だけ驚いた顔をしたけど、ふっと笑うと私の手を握り返してぽんぽんっと頭を軽くたたきながら言った。

    「俺はお前をそんな不安な表情にさせる顔をしてしておったか? なら済まんのう……怒るものか。無事でよかった」
    「雅音さん……」
    「やはり俺は詰めが甘いのう。お前の性格をわかっていて一人置いて行ってしまうとは……」
    「ううん、無理をした私が悪いの。本当にごめんなさい」

     雅音さんはもう一度私をぎゅっと抱きしめてくれた。
     あったかい……

    『ならば、雅音との婚約は考え直すべきだな』

     ふと、安心しきった私の脳裏に、冥牙さんが放った一言が浮かんだ。
     私は思わず雅音さんから体を離して、じっと雅音さんを見つめていた。

    「どうした?」
    「雅音さん……」

     私は不安になって俯いた。
     そしてぎゅっと唇を噛み締めて雅音さんの手を握る力を強めた。

    「私……雅音さんの傍にいて……いいんだよね?」
    「当たり前だろう? 一体どうしたのだ?」

     迷いなく放たれた"当たり前"という言葉。
     その言葉は私を安心させるのに十分な力を持っていた。

    「ううん……安心した。よかった」

     雅音さんは首を傾げたけれど、それ以上は聞かなかった。
     大丈夫……きっと雅音さんはずっと傍にいてくれる。
     だって、約束したもの。傍にいてくれるって、もう約束は破らないって。

     私は雅音さんを信じてるから……大丈夫だよね。

     結局私はその日学校を休み、雅音さんの家で療養することになった。
     でも、放課後になると、どやどやといつもの面子が手に色々持って部屋に押しかけてきた。

    「椿! 聞きましたわよ、倒れたんですって!? あまり無理したらいけませんわよ……」
    「心配かけてごめんね、でも今は体調だいぶいいから」
    「油断大敵ですよ。ぶり返さないように椿先輩は暖かくして横になってるべきです」
    「せやせや、学校で椿ちゃんがおらんとみーんな辛気臭い顔になってかなわんわぁ」
    「そういうアッシーが一番辛気臭い顔してたじゃありませんこと?」
    「うっ……ミッチー、その突っ込みはなしやわ」

     よかった。アッシー、いつもと変わらない。
     少しは元気出してくれたってことかな……

    「暢気な奴らじゃのう。ここに来るまで動揺されても困るから伏せておいたが、倒れた椿を助けたのは冥牙だぞ?」
    「!?」

     その雅音さんの一言に、みんなの空気が凍りついた。

    「そんな……つ、椿大丈夫だったんですの!?」
    「……多分、心配するほど冥牙さんは悪い人じゃないわ」
    「え?」
    「そうでしょう? アッシー、蒐牙くん」
    「………」

     私の言葉に、俯いていたアッシーと蒐牙くんはいっせいに顔を上げて、ほぼ同じタイミングで首を縦に振った。
     それだけ迷いなく私の言葉を肯定したってことになる。

    「兄ちゃんは倒れてる奴を放っておくような薄情とちゃう。せやから、それは納得できることやねん」
    「で、でも……冥牙様はアッシーを殺そうとしてるんですのよ? アッシーの友だちである椿を利用しようとは思わなかったのかしら?」
    「冥牙兄さんはそんなことするような人じゃありません。きっと今回の件だって、何か理由があるに決まってます」
    「蒐くんが、根拠もないのにそこまで強気に出るのも、珍しいですわね」

     確かに、今回の件は冥牙さんが何か理由があって動いているっていう確固たる証拠がない。
     だから、多分蒐牙くんの言葉は予測の範囲を超えないんだと思う。
     それでもそう強く言うのは深散の言うとおり、蒐牙くんにとってはかなり珍しいことかもしれない。
     根拠がなければ突っ込まれても言い返せない、そういうことを蒐牙くんは一番嫌うタイプなのに、冥牙さんのことになると冷静じゃいられないのな……

    「確かに……根拠はありません……でも……」
    「冥牙さん、私が帰るときに言ってたわ。"蘆屋家の問題にこれ以上口を出すな"って……これも予想の範囲を超えないけど、もしかして蘆屋家の中に何かあるんじゃ……」
    「それは間違ってへんと思うわ」

     自信なく言った私の言葉に被せるように放たれた言葉はアッシーのものだった。
     その発言に、蒐牙くんは眉をひそめた。

    「兄上? 一体何を言っているんですか?」
    「蒐牙。この期におよんっで、みんなに隠し事してもしゃーないやろ」
    「しかし……!」
    「蒐牙」

     何か言おうとした蒐牙くんが思わず言葉を飲んでしまった。
     でも、わかる気がする。
     蒐牙くんの名前を呼んだアッシーの声は、なんかいつもと違って……
     妙な存在感と説得力、そう、まさにカリスマ性ってものを感じた。
     たった一声、蒐牙くんの名前を呼んだだけなのに……

    「蘆屋家は今正直中身が真っ二つなんよ」
    「真っ二つ?」
    「せや、蘆屋家をもっと強く、陰陽師の血筋だけで強化していこうって言う保守派と、新しい風を取り入れようっていう改革派って感じやな」

     保守派。
     そういえば雅音さんの話にもそんな言葉が出てきたような気がする。
     確か冥牙さんのお母さんに呪詛を送り続けた人たち……

    「アッシーたちはどっちなの?」
    「僕たちは本家の人間です。どちらの味方でもありませんよ」
    「基本的に本家は家の中で争いが起こった場合、それをたしなめるのが役目だからのう」

     なるほど。じゃあ、冥牙さんの一連の行動は、この蘆屋家の中の争いが原因ってことかしら……
     そういえば……

    「冥牙さん……内側から腐っていく蘆屋家を必ず滅ぼすって……」
    「!?」
    「ほぼ決まりじゃのう……冥牙はどうやら蘆屋家内部の争いに何らかの思いを抱いたということで間違いなかろう」

     その言葉を聞いてアッシーは深く考え込んだ様子になっていた。
     でもそれはただ考えているんじゃない。
     解決するにはどうしたらいいか、必死に考えている顔だ。

    「兄上……?」

     蒐牙くんの呼びかけにも、アッシーは答えなかった。
     私は思わず雅音さんの顔を見た。
     雅音さんはまるで、アッシーを信じろと言わんばかりに頷いた。

     それから程なくして、アッシーはゆっくり目を開いた。

    「会合を開く。蒐牙、すぐに本家と分家に連絡してや」
    「え……? か、会合ですか!?」
    「せや、さすがに平日はまずいから今週の日曜にでも蘆屋家の代表全員呼び出してくれ」
    「あ、はい……わかりました。ちょっと本家に行って来ます」
    「手はずは全部お前に任せる。頼むで、俺はお前を優秀な右腕と思っとるからな」
    「はい。僕の役目は当主をお守りすること……期待は裏切りません」

     そういうと蒐牙くんはいそいそと携帯でどこかに電話をしながら外へ出て行った。

    「それからまっちゃん、ミッチーにも顔出して欲しいんやけど、ええかな?」
    「蘆屋家の会合にですの? 部外者がそうそう立ち入るものでもないと思いますわよ?」
    「悪いが俺も今のお前の条件では参加できん」
    「何やねん二人ともつれへんなぁ?」

     二人の返事は想像以上に冷たいものだった。
     アッシーが眉をひそめると、雅音さんは遠い目をして言った。

    「俺は本家とは縁を切った人間だ。お前のことだ、俺をあの家の代表として呼び出すつもりなんだろうが、それはできん相談だ」
    「私も、正直今は賀茂家の看板を背負えるような立場じゃないことくらい、アッシーだって分かってるんじゃありませんこと?」
    「せやけど……」

     そこで深散はふっと笑った。

    「私も椿と同じ立場としてなら会合に顔を出してもいいですけれどね」
    「え……?」

     私は深散の言うことが分からなくて思わず間抜けな顔で首を傾げてしまった。

    「どうせアッシーは椿も会合に呼ぶ気でいるんでしょう?」
    「かなわんなぁ……ミッチーも変なところ鋭いねんな」
    「甘く見ないでくださいまし。じゃあ、私や影井様も友人として参加させていただきますわよ?」
    「だー……もう分かったわ。まっちゃんとミッチーそれに椿ちゃん、三人には俺の友人として、客観的に場を見てもらう役として来てもらいたいんやけどええかな?」
    「多分、その会合の場が決戦の場にもなるかもしれんな」
    「蒐牙もその辺はわかっとると思う」

     アッシーの顔は、どこかきりっとしていて、いつもと違う感じがした。
     まるで……そう、本当に大きな家を背負う当主の顔だ。

    「俺にはまだ兄ちゃんが何を考えてるか分かれへん。でも、きちんと場を見極めて、兄ちゃん一人で全部背負わすようなことさせへんようにせんとな……」
    「冥牙の思惑がいまいち分からん今、お前がやるしかないからのう」
    「ああ、だけど、ちょっとだけみんな力貸してくれな」

     アッシーは素直に私たちに頭を下げた。
     なんかちょっと嬉しいな……
     頼られてるってことは、それだけアッシーが私たちを信頼してくれてるってことだもん。

    「言われるまでもありませんわね。と言っても……私はどうしたらいいでしょうねぇ。いざ戦いとなっても、紅葉がいませんし……」
    「紅葉なしでもお前の陰陽術ならいい戦いができるじゃろ」
    「せやせや。賀茂家は霊力の高さや陰陽術の扱いに長けた家系やしなぁ」
    「まぁ、そこまで絶賛されたら頑張らないわけにはいきませんわね」

     深散は私のほうに歩み寄って笑った。

    「もし椿が危ない目にあったら、影井様より先に私がすっごい陰陽術で守ってあげるから、安心していなさいな」
    「深散ったら……ありがとう」

     こうして私たちは蘆屋家の会合に望むことになった。
     でも、そこで目の当たりにしたのは、想像を絶するほど荒れた蘆屋家の内情だった。
     冥牙さんがああなってしまうのも納得するほどに……

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