第17話 覚醒、十二天将「朱雀」


    「前鬼! 後鬼!!」
    「……?」
    「………」

     覚醒したヤマタノオロチ相手にまだ戦意喪失していない二匹の鬼は、俺のほうを向いた。

    「頼む、俺を信じて力を貸してくれぬか?」

     俺の言葉に、二匹はじっとこちらを見ていた。
     しかし、こくりと頷いて言った。

    「僕たちが雅音様を信じなかったことなんて、一度としてなかったはずですよ」
    「私たちの主。信じております」

     俺は二匹を符に戻した。

    「どういうつもりです?」
    「俺はもう、逃げはせん」

     そうだ、椿の強さはいつだってくじけない、自分を信じて進むその心にあった。
     俺も、見習わねばならんな……

    「臨める兵、闘う者、皆、陣をはり列を作って、前に在り……前鬼・後鬼を依代とし、我に従属せよ……」

     二枚の符が赤い光を放った。
     そうだ、俺はこの光を知っている。
     あの時は、頭を垂れて願いを聞いてもらうばかりだった。
     だが今は違う……

     俺は椿を守る。椿との未来を勝ち取る!!
     そのために俺に従属しろ!!

    「十二天将、朱雀!!」
    「なっ!?」

     けたたましい鳥の鳴き声と共に、以前椿が死んだときに姿を現した紅い翼を持った十二天将、朱雀が現れた。

    「久しいな」
    【随分と態度が変わったな。以前は我に頭を垂れ、必死に助けを乞うていた小僧が】
    「くくく、そうじゃったのう。だがもう俺はお前に頭を垂れることはせん。悪いが俺に従属してもらうぞ」
    【致し方あるまい。今回はおまえ自身の力で我を呼び出したのだ、契約は成立した】

     十二天将朱雀。なるほど、たった一匹でも恐ろしい力を感じる。
     こんなものを十二体全て扱っていた安部晴明や曇暗は恐ろしい力を持っていたというのが、それだけでも分かる。
     そして俺に匹敵する力を持った目の前の敵もまた、強大な相手だということを改めて思い知る。

    「ゆくぞ、現土御門当主、霙殿……俺はもう負けない」
    「ふん、十二天将を1匹引き連れただけで、いい気にならないでもらいたいものです」

     確かに、土御門の当主の言うことは確かかもしれない。しかしなぜか、俺の心が妙に落ち着いている。
     それでいて、どこか焦ってもいた。
     それは悪い意味の焦りではなく、そうだ、子供が遠足に行く前日に味わうような感覚だ。
     早く帰りたい、椿のところへ……
     何より、早く目覚めた椿を抱きしめたい、言葉を交わしたい。

     俺の心は妙に弾んで、童心に返ったようになっていた。

    「何を笑っているのですか、気持ち悪い!」

     ヤマタノオロチは朱雀の体に全力で噛み付いてきた。
     八匹の牙が朱雀の羽に食い込んでいく。

    「お、おいミッチー……!! 大丈夫なんかあれ!?」
    「大丈夫ですわよ。焦りすぎですわアッシー」
    「でも、雅音様の朱雀は僕たちが呼んだ十二天将のように、武器に変化していませんよ?」

     そうだ、俺の朱雀は武器に変化していない。
     だが、そんなことをする必要などない。

    「蒐牙くん、あのさ……影井さんって確か、他の陰陽師たちよりずば抜けて霊力高いんだよね?」
    「え? ええ、僕は比較対象にならないけど、陵牙兄さんや深散先輩のように高い霊力を持っている優秀な陰陽師以上だよ……」
    「なら、武器にする必要、ないんじゃないか?」
    「え?」

     そうだ、星弥。お前の言うとおりだ。
     どうやら陰陽師たちが忘れている基本を、お前はしっかり学んでいるようだな。

    「確か式神を本来の姿で保つのって相当の霊力を消費するって聞いたからさ。りょーさんや深散が普段式鬼神をちっこくしたり符にしまっておくのだって、無駄な霊力消費しないためだろ?」
    「せやけど、それがまっちゃんの朱雀と……あ!」
    「そうですわ、影井様は、朱雀を武器に変える必要がないんですのよ」

     そう、俺の唯一の自慢というのも情けないものだが、本当なのだから仕方ない。
     俺の唯一の自慢は"有り余る霊力"なのだ。
     要するに、陵牙たちの十二天将が武器に姿を変えたのは、扱うものが未熟故のこと。
     十二天将は自らの姿を武器に変えることで、術者の霊力の消費を最低限まで抑えたのだ。

    「朱雀、もうよいぞ、全ての頭がお前に食いついた」

     ヤマタノオロチに噛み付かれても、微動だにせず、ただされるがままだった朱雀の目が、俺の言葉にカッと見開かれた。
     すると、その全身が炎に包まれ燃え上がった。

    「なっ!? こ、この炎は!!」

     ヤマタノオロチも流石に、全身炎と化した朱雀にいつまでも噛み付いてはいられない様子で、慌てて口を放した。
     しかしもう遅い、朱雀の炎にひとたび触れれば、結末は変わらない。

    「残念だったな。もう勝負はついた」
    「何ですって!?」

     俺はヤマタノオロチに引導を渡す。

    「さぁ燃え盛る神の炎よ、眼前の敵を焼き払え!!」

     炎はどんなにヤマタノオロチがも足掻いても消えることはない。
     当然だ、この炎は椿を一度生き返らせたほどの力を持つ。
     そしてこの朱雀は、椿との絆をもう一度俺に築かせてくれた式神。
     朱雀を俺が呼んだ時点で、全ては終わっていたのだ。

    「ギャアアアアアアアアアアアア!!」

     ヤマタノオロチは、雄たけびを上げると、そのまま一枚の煤けた符に戻ってしまった。

    「馬鹿な……私のオロチが負けたですって……?」

     土御門の当主は、唖然として膝をついた。

    「朱雀、ご苦労だった」
    【ふん……あのような小さき蛇、苦にもならん】

     朱雀はそういうと俺の中に帰ってきた。
     符を解さず、まさか俺の中に直接入ってくるとは思わなかったが、蒐牙の式神と原理はほぼ一緒だろう。
     流石に蒐牙と同じ方法で朱雀を呼び出すのは俺への苦痛が多大だろう。だからこそ、前鬼と後鬼を依代に、朱雀を呼び出したわけだ。

    「さぁ土御門家当主よ、勝負はついた。俺はこれで失礼させてもらうぞ」
    「認めません……」
    「………!」

     膝を突いてうつむいた土御門の当主は小さく言った。
     しかしその小さな言葉に反応するように黒服のスーツの男たちが大勢現れたのだった。

    「雅音さんを拘束しなさい! これ以上の我儘は許しません」
    「……随分だな。土御門の当主は約束すら守れんと見える」
    「まっちゃん、助太刀すんで」
    「僭越ながら、僕もこれは少々やりすぎだと思います」
    「くくく、蒐牙ならともかく、陵牙、お前は怪我しない程度に賀茂と星弥を守っておれ」
    「なっ!? 俺雑魚扱いかい!?」
    「事実なんだからしょうがないですよ」

     黒服の男たちは多分プロのSPか、あるいは元傭兵か……あるいはもっと厄介な元殺し屋なんかだろう。
     まったく、陰陽師が裏家業だからといって、この手の人間を雇うとは落ちたものよのう……

    「雅音様、ご容赦を」
    「当主のご意思とあれば手加減はいたしませんぞ」

     そういって男たちは一斉に俺たちに向かってくる。

    「いくぞ蒐牙」
    「はい」

     蒐牙も随分涼しい顔よのう……
     体術では俺と互角を張れるのだから、当然といえば当然か。

     そう思いながら俺は一番最初に立ち向かってきた男の頭に蹴りを入れた。頭を揺らすようなハイキックだ、男は弧を描いて吹っ飛んでいく。
     その軸足を回転させて、さらに後ろにいた男に蹴りを見舞ってやる。

     一方の蒐牙は敵の攻撃を避けて、その腕を掴みそのまま軽く……
     ん? 顔には出しておらんが、蒐牙の奴相当怒っているようだ。
     相手の腕を軽くへし折っていた。まぁ確かにああすれば何度も立ち上がって来る心配はないが……いささか気の毒でもあるな、相手が。
     蒐牙もまた、椿を好いている人間の一人だ。椿を苦しめる者は許せないのだろう。
     だとすれば顔に出していないだけで、俺に対しても相当な怒りを抱いていそうだ……くわばらくわばら。

     結局、プロのSPだろうと殺し屋だろうと、肉弾戦では蒐牙に敵う奴などいない。
     陵牙のほうも苦戦は強いられているものの、ちゃっかり後ろから賀茂が石を投げたり星弥がタックルしたりで上手いこと退けているようだった。

    「さて、悪あがきはこれで終わりですかな、土御門当主」
    「なぜです……何故あのような娘のためにここまでのことを!!」
    「愛しているからですよ」
    「!?」

     なぜ、そんな当然のことを聞くのか俺には理解ができなかった。
     しかし、よく考えればあの人も親の決めた相手との政略結婚でここまで来てしまったのだ。
     愛だの恋だのを知っているはずもない……
     そう考えれば哀れなものだな。

    「あなたにしろ天音にしろ、愛などというものにうつつを抜かして……嘆かわしい!!」
    「ですが、その気持ちによって俺はあなたに勝った。その事実は変わりますまい」
    「……くっ!」
    「俺は、あなたに勝ってやっと自信がつきましたよ。これ以上椿に何かするのであれば、俺は自分の身内であろうと許さない。約束を守らないのであれば……この家を潰す」
    「!?」

     そうだ、それくらいの覚悟がなければこの先椿を守ることは不可能だ。
     今なら、守るべきもののために同胞を斬った速来津姫の気持ちも、少しは分かるような気がする。

    「なぁんだ、おばさま。もっと使えると思ってたのに、残念だわ」
    「!!!!!」

     気がつかなかった。全く気配を感じなかった。
     しかし、奴は確実にそこにいた。

    「かはっ!!」

     見れば、土御門の当主の体を無数の綱が貫いていた。
     何故綱のようなものが、彼女の体を貫いているかは分からない。
     だが、その背後に目を移せばそこには杏子が立っていた。

    「杏子……!!」
    「ふん、この女も我らが眷属らしく、もっと使えるかと思っていたが……人の血が濃くなるとこうも使えなくなるものか」
    「貴様……何者だ!!」
    「千年前にもお前に似た男に名を名乗れと言われたな。くくく、我が名は海松橿姫(みるかしひめ)、誇り高き土蜘蛛一族の長だ」
    「海松橿姫だと!?」

     馬鹿な……こんなにも傍にいて、俺は海松橿姫の存在に気がつかなかったというのか……
     いや、気がつけなかった。
     杏子が、どこかで牡丹なのではないかと探っていた。
     それにばかり俺は気を取られていたということか……!!

    「ふん、お前と鬼斬の娘の絆を裂く作戦であったが、どうやら失敗だったようだ。つくづく理解できんよ、愛とか言う感情は」

     そういうと、海松橿姫は土御門当主の体から縄を抜いて呆れたように言った。

    「まぁよい。復活の準備は整った。直にこの現世は我らの世界となろう」
    「待て! 貴様……何をするつもりだ!」
    「ふん、鬼門はもうすぐ完全に開くだろう。そしてそこから我らの同胞と、我らの恨みより生まれし神が舞い降りる」
    「神……!?」

     海松橿姫は目を細めて、不気味に笑った。

    「そうだ、我らに力をお与えになった尊い方だ」

     寒気がした。確かに人の心からも物の怪は生まれる。しかし、奴らのような色濃い恨みを何千年以上も蓄積し続けた物の怪は既に物の怪にあらず……
     奴のいうように神と等しい力を持ち合わせている可能性がある。

    「ふふ、楽しみにしておるのだな。この世の終わりを」
    「待て!!」

     去ろうとする海松橿姫を俺が引き止めると、奴は動きを止めてこちらを振り向いた。

    「そうだ、よいことを教えてやろう。この娘はまごう事なきお前の許婚の牡丹だ。何の縁か知らんが、冥府と現世の狭間に迷い込んでおったぞ」
    「!!」

     その海松橿姫の表情は、面白いものでも見るような顔だった。

    「お前に私は殺せまい。この体は何せ、お前が過去に愛した女の体なのだからな」

     そう高らかに笑うと、海松橿姫はその場から去っていった。
     追ったところで、今は何もできんだろう……

    「まっ……雅音さん……」
    「………」

     俺はその場に倒れた土御門当主を抱き起こした。
     どうやら急所は外れている……いや、咄嗟に受身を取って急所を自ら外したな。
     あの状態からよくやりおる……

    「どうやら私は騙されていたのですね……」
    「ああ」
    「ふふ……牡丹さんを行方不明にさせてしまったことを……ずっと後悔していたわ。だから、彼女にそっくりな杏子さんをあてがえば、あなたたちに許してもらえると思っていた」
    「だとすればあなたは大馬鹿だ」
    「……そうかもしれませんね。私は自分が許されたいがために躍起になっていた」

     土御門当主はそういって目を閉じた。
     いくら急所をはずしているとしても、このままではまずい。

    「賀茂、家の者にこの事態を伝えてくれ。この家には駐留医師がおる。すぐに手当てしてもらえるはずだ」
    「は、はい!」

     俺は土御門の当主である母を抱きかかえてその場を後にした。
     俺は牡丹の体を奪った海松橿姫のことが気がかりではあったが、何よりも早く椿のところに帰りたいと思っていた。

     どこまでも甘えている。

     やはり、俺には椿しかいないのだ。牡丹が海松橿姫に奪われたこと以上に今は、椿の体と心を案じている俺がそこにはいた。

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