第21話 支える側の思い


     まったく、酷い状況ね。
     空からは黒い人魂がまるで雪崩のような勢いで降りてくる。
     町の人たちの悲鳴が響き渡る声に、一瞬耳をふさぎたくなった。

     あの降り注いでくる人魂の落下地点に、蒐牙ちゃんたちのお兄さんが突っ込んでいったように見えたけど、大丈夫かしら……?
     途中で別れてきてしまった私には、知る由もない。

    「鎌田さん!! 一体どうなってるのこれ!!」
    「ああ、山田さんところのおばあちゃん! 無事だったのね」
    「嫁が黒いもやから逃がしてくれて、鎌田さんのところへ行けって……他に宛てもないし、どうして良いやら」
    「ふふ、みぃんな言うことはうちに行け、なのね。嬉しいことだわ」

     私は店の戸をあけた。
     近所のお年寄りや子供はみんなうちに避難してきた。
     鎌田さんならきっと何とかしてくれるって、そう言われてきたそうだ。

    「さ、山田さん、みんなと中に入ってて。出ちゃ駄目よ?」
    「ありがとう、ありがとう……すまないね、頼ってしまって」
    「あら、近所は助け合いがモットーじゃないの? うちが経営難になったら、支援してくれればオッケーよ」
    「まったくあんたって人は。この町が存在する限り、あんたのところ店は大丈夫だよ」

     そういうと山田さんのところのおばあちゃんは中に入っていった。
     私は戸を閉めて一呼吸置いた。

     一枚の符を取り出して、私の式神、天狗を呼び出す。
     天狗といえば皆あの、鼻の長い恐ろしい顔をを想像するようだけれど、実際の天狗はなかなかに可愛らしい。
     あどけない少女の姿の天狗は私のほうをじっと見上げていた。

    「ねぇ天狗。私、この戦いが終わったらやりたいことがあるのよ」
    「どうしたのです、突然?」
    「うちのお店のチェーン店を出さないかって話が来ててね。近所だけで精一杯だからって断ってきたのよ。でも、やってみようと思うの」
    「へぇ、なるほど。でもそれってー螢一郎っちっが頑張ったからじゃないんですかぁ?」
    「うふふ、そうね。あの子が企業顔負けのホームページ作ってくれたり、マーケティング関連も蒐牙ちゃんと協力して頑張ってくれたから、評判もだいぶよくなったし。まったく、私の店長の威厳が完全になくなっちゃったわ」

     天狗はふと私から視線を逸らして言った。

    「でもさぁ鎌ちゃん、知ってます? この戦いが終わったら〜……って言う人は大抵戦いで命を落とすらしいですよ。死亡フラグってやつ? この戦いが終わったら、彼女と結婚するんだ……!! アベシ!! って」
    「ちょっとぉ! 変なこと言わないでよ天狗〜……」
    「ヒヒヒ、天狗様は意地悪なのを一番知ってるのは鎌ちゃんじゃないですかっ! 天狗様の仕業で、気がついたら店ごとなくなってるとかこの辺じゃよくある話ですよぅ」
    「あら、それは怖いわね。でもまぁ、とりあえず……」

     私はゆらりと店を取り囲んだ黒い影を見てため息をついた。
     見知った顔も、知らない顔も、皆土蜘蛛に憑依されてこのお店を狙ってるみたいね。
     周囲にいる黒い影の器を探してるってことかしら?

    「こいつらの祓いが先ね……」
    「はいはい。ちょっと数が多い気がしますけど〜……」
    「しょうがないわよ、人手不足なんだから。悪いけど、頑張って頂戴」

     私は符にめいいっぱい霊力を送り込んだ。
     天狗はくるりとその場で回転すると、くすくすと笑った。

    「こりゃあ私の技量が問われますねぇ〜、天狗様をなめると怖いことになりますよぉ!」

     天狗はそういって憑依された人々の群れに突っ込んでいった。
     このお店は、人を笑顔にするお店。
     バイトにも恵まれたおかげか、こうして頼ってきてくれる人も多い。
     ここで誰かが涙を流したり、苦しんだりすることは私が許さない。

     若い子たちが頑張っているんだもの、それを裏でサポートするくらいしなきゃね。
     みんなで作り上げてきたこの場所は、必ず私が守る!!


    ************************


     俺は自宅周辺に急いで戻った。
     見れば、近所の見知った顔が黒い人魂を纏ってゆらゆらと歩いている。

    「和葉様、お呼びですか?」
    「鴇庭、賀茂家の人間で、会長の意にそぐわない行動をしているような馬鹿はいないだろうね?」
    「当然でございます。旦那様も向こうの支部から、賀茂家の人間として恥じない行動をするようにと厳しく通達されていらっしゃいます。奥様もたまたま旦那様の支部にお仕事でおいでになっているので、そちらで戦うとのことです」
    「うん、ならいいんだ。賀茂家に避難してきた人たちには、指一本触れさせないようにね」
    「かしこまりました。この鴇庭、命に代えても」
    「はは、命に代えてか。それはちょっと物騒。でも、それくらいの気持ちでお願いするよ」
    「はい、和葉様」

     俺は安心して符を取り出す。

    「今回ばかりは少し大変かもしれないね、鈴鹿」
    「ええ。でも今のあなた様なら、できる気がしております」
    「今の俺なら? どうして?」
    「深散様ときちんとお心を通じ合わせたあなた様は、前にもまして強くなられたと思います。技量はこれ以上にないくらいですが、そこに強いお心が加われば、人は自分の限界を超えられると思います」
    「はは、なるほど……」

     俺は、ずっと大切に思いながらも優しさを向けてやれなかった可愛い妹の顔を思い出して苦笑いを浮かべた。
     まったく、最近じゃ彼氏に夢中で、俺のほうをなかなか見てくれないんだから。

    「頑張らなきゃいけないね。ここで負けたら、あの笑顔が悲しみに曇ってしまう」

     小さくため息をついて俺は苦笑いしてしまった。

    「まぁ、17年間、あの笑顔を曇らせていたのは俺だったわけだけどね」
    「和葉様……」

     本当は、子供の頃から、深散のことはたくさん褒めてあげたかった。
     色々報告してきたときは、たくさん抱きしめて頭を撫でて「偉いね」って言ってあげたかった。
     向こうに深散が行ってしまったときは寂しくて仕方なかった。
     手紙をもらうのが楽しみで、毎日ポストを見に行っていたほどだ。
     それでも、返事を出せなくて、随分苦しんだけれど……

    「でも、後悔はしてないよ。だって、俺は自分のしてきたことは間違ってないって思ってる。深散は自分で自分の居場所……努力を生かす場所を、自分の力を生かす場所を見つけたんだから」
    「そうでございますね。今の深散様は、とても幸せそうです」
    「恋人、親友、仲間、家族。今まで欠けていたものに恵まれて、その大切さを実感してるんだ、当然だよ」

     僕は空を見上げた。
     そこに映し出されたのは深散の親友の清村椿。
     彼女は土蜘蛛たちと何かを話して、眉間に皺を寄せて怒っているようだった。

    「まったく。何故彼女は一人でいったりしたんだ」
    「和葉様?」
    「大切な妹を泣かせたりしたら、俺は君を許せそうにないよ? だから、頼むから勝手に死んだりしないでくれ……」

     そう、君は深散が初めて連れてきた大親友。
     君の事は深散から全部聞いている。深散がしてきた、人として最低と思われる行動を全部許して今では親友になってくれた。
     それは、深散の家族である俺ですら感謝したいくらいのことだ。

     なのに、君は両親を失い、土御門に目をつけられ、土蜘蛛に命を狙われ……何より鬼斬の娘としての運命を背負い、一人戦おうとしている。

     君は誰よりも何もかもを一人で背負っている。
     もっときちんと周囲を見なよ。

     君を心配してくれている人がどれだけいるか、分かってるの?
     深散や雅音くんは、君にとって頼るに足りない人間なのかい?

    「深散たちが、早いところ向こうに行く方法を見つけてくれると信じて戦うしかないね」
    「そうでございますね」

     俺は家の周囲を囲んだ、土蜘蛛に取り憑かれたた人々と対峙した。
     狙いはおよそ、この家にいる人間の肉体。
     でも、この家に逃げてきた人々にはそうそう手は出させない。

    「いくよ、鈴鹿。賀茂家の底力を見せてやろう」
    「はっ!」

     深散、必ず大切に思う人を守るんだよ。
     絶対に後悔しないように、ね。


    ****************************


    「冥牙様、よかったのですか?」
    「何がだ、大嶽丸」

     俺の横に佇む大嶽丸は不安そうに言った。

    「ここは鬼門からの人魂が落ちる真下ではありませんか」
    「あえてこの場所を選んだのだ」
    「まったく、あなたという方はいつもそうだ。自らを犠牲にし、誰かを守る。自分のことなど省みずに」
    「そんな俺にずっとついてきたのは誰だ?」

     大嶽丸は大きくため息をついた。

    「そうですね。俺は、そういうあなたを放って置けなくてずっと傍にいたのだから」
    「まったく、母さんはどこまでもすごい人だよ。冥府に落ちたお前まで連れ戻してくれるんだからな」
    「閻魔様相手にキレ出したときにはどうしようかと思いましたが」
    「というか、あの閻魔の怯えようは……母さん昔冥府で何をしたんだろうな……」
    「流石に存じ上げません」

     俺は笑って肩をすくめた。
     周囲には、各々に武器を持った土蜘蛛に憑依された人々が俺を取り囲んでいる。
     ただ、下手に手を出せないかのように、武器を構えて暢気に話す俺たちを睨んでいた。

    「まぁ冥府に落ちたことは決して悪い経験ではなかったようですからな」
    「そうだな……きっとこちらにいただけでは、彼を預かることもなかっただろうからな」

     俺は持っているだけで激しく霊力を消費する符を見て苦笑いを浮かべることしかできなかった。
     この符に宿っているのは騰蛇。
     鬼門の封印が解けた後、唯一こっちの世界に来ることをしていなかった十二天将。
     閻魔にこれを託されたときにはぞっとした。

    『冥牙よ。お前を現世に帰す代わりに、こやつを引き受けてくれぬか?』
    『?』
    『十二天将、騰蛇。唯一鬼門の封印が解けても、主を探しに行かなかった変わり者じゃ。先ほど話したように、この世とあの世をつなぐ鬼門が土蜘蛛たちに占拠されて使えない状況ではこちらも困るのだ。死者であるお前を、特例で現世へ帰すのだ、色々おまけをつけてやるからあの鬼門をなんとかしてくれ』
    『おまけって……流石の俺でも十二天将は扱える気がしないのですが』
    『分かっている。だからこやつも返す。十六夜に冥府を破壊されたら、わしも困るからのう……』

     俺の手元には二枚の符が渡された。
     一枚は十二天将の騰蛇、そしてもう一枚が……

    『大嶽丸!!』
    『そうだ。お前と大嶽丸の絆を持ってすれば、大嶽丸を媒介に騰蛇を呼び出すことも可能だろう』
    『大嶽丸を媒介に?』
    『力の強すぎる式神を呼ぶときは、扱いやすい式神の力を借りる、これ常識じゃ』
    『………』

     俺は冥府で多くの話を聞いた。
     陵牙と蒐牙の思い人であり、雅音の婚約者である清村椿が一度死んだことによって鬼門の封印が解けてしまったこと。
     それにより、冥府で息を潜めていた土蜘蛛一族が旗揚げし、それを止めようとした冥府の番人の多くがやられたらしい。
     手を焼いてほとほと困り果てていた閻魔は、俺を迎えに来た母さんと何かを話して、納得したように俺に二枚の符を託したのだった。

     俺と母さんは土蜘蛛一族の動きを内密に探っていた。
     しかし、その消息はつかめず、時間だけが流れていった。

     やっと動きを確認できたのは、御木本家の当主選抜の日だ。
     奴らは封印された鵺を盗み出し、森太郎に渡した。
     狙いこそ謎だが、多分鵺を京都の町に放てば鬼斬の娘が現れると思っていたのかもしれない。
     千年前のまま、彼らの記憶はとまったままだ。
     まだ鬼斬の娘は天皇に付き従って戦っているとでも思ったのだろう。

     しかし、その後の消息もまたすぐに絶たれ、お手上げ状態になって今に至るわけだ。

    「結局、冥府に落ちて色々聞いたというのにこんな事態を招いてしまった。何もできないままに……」
    「どうせ、こうならなきゃ解決できないじゃないですか?」
    「どういう意味だ?」
    「結局、一度は正面からぶつからなきゃ解決しないこともあるってことです。前にあなたがしたようにね」
    「……そうかもしれないな」

     俺は大嶽丸を見て言った。

    「ならば、大切な家族のために俺も必死になるとしよう」
    「はい、冥牙様」

     俺は大嶽丸の背に騰蛇の符を押し付けて印を斬った。

    「青龍・百虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如!! さぁ、いくぞ騰蛇!!」

     大嶽丸の体が炎に包まれたと思うと、そこに現れたのは蛇の姿をした式神、騰蛇。
     炎を纏い、こちらをじっと見るその姿は神々しくも猛々しく、相変わらず鳥肌が立つ。

    「またてめぇか小僧」
    「まぁそう嫌な顔をなさるな。今回はかなり手ごたえがありますぞ」
    「ふん、この間のより雑魚に感じるがなぁ」
    「実力的にはこの間の土蜘蛛よりかなり劣りますが……数の暴力という奴です」
    「なぁるほど」

     騰蛇は周囲をぐるりと見回し、また上から降りてくる人魂を見て目を細めた。

    「面白い。小僧、俺を使ってここにいる奴らを全員屈服させてみな」
    「そのつもりです。足柄の、み坂給はり、返り見ず、我れは越え行く、荒し夫も、立しやはばかる、不破の関、越えて我は行く、馬の爪、筑紫の崎に、留まり居て、我れは斎はむ、諸々は、幸くと申す、帰り来までに……」
    「あぁ?」
    「防人の歌です。足柄の坂を通り、振り向かず、私は越えていく。荒々しい男でさえたじろぐ不破の関を越えて、私は行く。筑紫の崎に留まって、私は慎み守ろう。みんなが幸せであるように祈ります、私が帰って来るまで」
    「意味が分からん」
    「ふふ、なに……なんとなく、皆の幸せを祈りながら自分はそこにいることができず、遠くへ行かなくてはいけない者の気持ちが分かった気がするので、詠んだのですよ。私もこの戦いで死んだら、また皆にあえなくなりますから」

     騰蛇は呆れたようにいった。

    「本当に意味分からん。何でお前みたいにひょろくて女々しい文学青年みたいなのが俺の主なんだよ閻魔の野郎」
    「他の十二天将のように、率先して主を探さなかったあなたがいけないんですよ? 私のような余り者を引いてしまって残念ですね」
    「ふん、食えねぇ野郎だ。まぁ安心しな」
    「?」

     騰蛇は、纏った炎をさらに激しく燃やして言った。

    「死ぬ死ぬって言ってる奴は、意外と死なねぇもんだ! 何よりこの俺が憑いてるんだ、死んだりするわけがねぇ!」
    「これは心強い……」

     そうだ、俺は皆を守りたい。
     こんな俺を家族の一人として大事にしてくれている父母、兄弟……
     そしてその家族が大切に思うものを俺も守ろう。

     そのためには、この身など投げ出しても構わない。
     ここで少しでも町にあふれる人魂の数を減らすのが、俺の役目。

     陵牙、蒐牙……そして雅音、彼女を救ってやってくれ。
     頼んだぞ。

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