第11話 覚醒、十二天将「青龍」


     蛇女が俺に手を伸ばした瞬間だった。
     俺の周囲にお札が舞い、蛇女の手をはじいた。

    「ああ!!」

     蛇女はよろめいたけど、倒れることなく俺をじっと見据えている。

    「星弥! 大丈夫か!!」
    「影井さん!」

     どうやら俺は影井さんに助けられたらしい。
     でも、まだあの女は俺を狙ったままだ。

    「影井さん俺……!」
    「じっとしておれ……なんとか巻いて逃げることくらいは……!!?」

     そう話した瞬間、影井さんがはじけとんだ。
     俺は何があったのか見えずに、倒れた影井さんを見た。
     影井さんの体から煙が立ち上ってる。

    「陰陽師……忌々しい陰陽師!! 邪魔をするなあああああ!!」
    「影井さん!!」

     蛇女が影井さんに飛び掛っていく。
     俺は何も出来ずに影井さんの名前を叫んだ。

    「雅音さんに触らないで」
    「え……?」

     赤い軌道がひゅっと走ったように見えた。
     暗闇の中でひときわ目立つその赤い刃は見覚えがある。

    「椿……」
    「………」

     椿は俺を一瞬だけ見たけど、すぐに目を逸らして影井さんのほうへ走っていった。

    「雅音さん! 大丈夫!?」
    「油断したわ……しかしなぜお前がここに……?」
    「胸騒ぎがして急いで深散たちに連れてきてもらったの!」
    「胸騒ぎ……なるほど。強い霊力を感じ取ったのか」

     影井さんは感心したように椿の頭を撫でた。

    「よう来てくれた。助かった」
    「ううん、無事でよかった」

     椿は影井さんにぎゅっと抱きついてその無事をただ喜んでいた。
     それを見た俺の心境はちょっと複雑だ。

    「星弥くん!!」
    「深散先輩!!」

     向こうから走ってきたのは深散先輩と……お兄さんの和葉さんだ。

    「なるほどね。本当に清姫に憑かれていたとは驚いた」
    「嘘や冗談で清姫の名前なんか出しませんわよ!」
    「まぁそうだね。ふむ」

     和葉さんは落ち着いた様子で言った。

    「こりゃあ、やっぱり伝承の通り。ガチで戦っても勝てるような相手じゃないね」
    「どうしてですの?」
    「多分その場で傷を負わせて追い払うことは出来ると思う。でも、彼女はすぐに再生する。その"思いの力"でね」
    「思いの力?」
    「安珍に対する深い愛、裏切られた悲しみ。今の彼女を形作っているのは千年もの間抱き続けた強い思いだ。それを何とかしない限り、清姫は倒せない。今まで清姫に挑んで負けた者たちの敗因はそこだよ」
    「そんな……」

     和葉さんの説明に、深散先輩は絶望したような表情を浮かべていた。

    「どうにかして清姫の思いを断ち切らなきゃいけませんわ!」
    「とはいえどうしたものか……」
    「とにかく、星弥くん、無事でよかったですわ」

     そう深散先輩が言って俺に触れた瞬間、心臓が止まりそうな声が周囲に響いた。

    「おのれ……陰陽師!! 安珍に触るなああああああああああああああああああああ」

     周囲が灼熱の炎に囲まれる。
     熱い!! 体が焼ける……!!

    「椿!! 大丈夫か!?」

     影井さんは椿さんをしっかり抱き寄せ符を周囲に撒き散らし、自分と椿さんの周囲に結界みたいのを張っていた。

    「う、うん……でも他のみんなは!!」
    「すまん。あの炎、強い怨念を帯びておる。もっと広範囲に結界を張ったつもりがほとんど焼きつくされてしもうた。一番力の働く術者のそばの符すら半分すすけておる」
    「そんな!」

     ああ、影井さんが俺たちを守ろうとしてくれたのは何となくわかるよ。
     だって、倒れた俺のそばには焼け焦げた符の欠片が落ちてる。
     それもすぐに火を上げて燃え尽きちゃったけどな。

    「せ……星弥くん……!」
    「深散先輩!?」

     見れば、倒れた深散先輩が少しずつ、俺に体を地面に這わせて近づいてきてる。
     苦しそうに息を切らせて、動くのもしんどいだろうに、必死に俺に手を伸ばしてる。

     そうか、深散先輩……清姫の炎をもろに体に受けたんだ!!
     服が焼け焦げて、あちこち怪我してるじゃないか……

    「深散やめろ! 清姫の炎を体に受けて大丈夫なはずがないんだ!! じっとしていろ!! 死にたいのか!!」

     かろうじて結界を張れたのだろうが、影井さんと同じように、きっと俺や深散先輩をかばおうとしたんだろう。
     少し怪我をした状態の和葉さんが深散先輩に叫んでる。

    「星弥くん……大丈夫、大丈夫ですわよ……」

     か細い声で、倒れこむ俺に必死に先輩は声をかける。
     まるで俺が死への不安を抱いているのを、何とかして和らげようとしてるみたいだ。

    「星弥くんは……私が守りますわ……ね?」
    「深散先輩……」

     俺は涙が出た。
     体、火傷だらけになりながら、苦しいのに必死に俺を守ろうとしてくれる姿が痛々しい。
     でも、何でだろう。
     こんなにもこの人に思われてるってことが俺には何よりも嬉しかった。
     俺は心の底から深散先輩に触れたいって思った。

    「先輩……! 先輩!!」
    「星弥……くん!!」

     伸ばした二人の手が、やっと重なったそのときだった。
     その合わさった手から青い光がはじけた。

    「なっ……何だ!?」

     影井さんたちも驚いて空を見上げた。
     光は長い長い螺旋を描き、最後に巨大な頭になった。
     それは……架空の生き物、そう龍の姿になった。

     おいおい、嘘だろ? イラストとかではよく見るけど、実在する生き物だなんて聞いてないぞ。
     でも鬼や蛇女がいるんだから、龍くらいいても不思議じゃないか。
     もう何が出ても俺は驚きそうにない。

     その青い鱗を持った龍は、深散先輩をじっと見据えてた。

    【そなたか、力を欲したのは?】
    「え……?」
    【我が名は青龍。そなたから戦う力を強く望む思いを感じ眠りから目覚めた。我を起こしたのはそなたか?】
    「……」

     龍の問いに深散先輩は神妙な表情で黙っていたけど、すぐに起き上がれない状態のままではあったけど言った。

    「はい。私は彼を守る力がほしいですわ」
    【嘘はないようだ。面白い。そのか細い女の腕で、どれほどやれるか見せてみよ】

     青い龍は光の塊になって、深散先輩の中に吸い込まれていった。
     変わりに、先輩の手には薄青い光を放った槍が握られていた。

    「あ……あれは!?」
    「青龍偃月刀か……」
    「青龍偃月刀? なにそれ?」
    「三国志の伝承では蜀の武将関羽が愛用したとか言われてる槍じゃ。だが実際は関羽は使っておらんじゃろうな、時代的に」
    「え? そ、そうなの?」
    「伝承とは?」
    「得てして……そんなもの?」
    「そういうことじゃ」

     こんな状況なのに、影井さんの表情に少しだけ余裕が見えた気がした。
     一体どういうことだ……
     先輩の手にある槍、一体何なんだ。

    「これ……すごいですわね。霊力がまるで泉のようにあふれてくる」

     見れば深散先輩の体の傷はほとんどふさがっていた。
     深散先輩は槍をくるくる回すと、一枚の符を投げた。

    「紅葉!!」
    「はい!」

     先輩に呼び出された式鬼神っていう紅葉さんを、深散先輩はじっと見つめている。
     そして彼女は手に持った青龍偃月刀を紅葉さんに投げた。
     先輩は符を持って、余裕に満ちた表情で言った。

    「私がそれを振り回すより、貴女に使ってもらうほうがよさそうですわ。私と貴女は霊力で繋がっている……私の力、全部貴女に託しますわ。お願い、みんなを守って!」
    「はい、深散様!!」

     青龍偃月刀を持った紅葉さんは、蛇女に飛び掛っていく。
     蛇女は目を見開いて炎を飛ばすけど、くるくると回された紅葉さんの槍はその全てを跳ね返してしまう。

    「馬鹿な!!」
    「清姫……あなたの安珍への一途な思い、私分からないわけではありませんわ」
    「!!」

     その言葉に一瞬だけ、蛇女の表情が変わったような気がした。

    「好きで好きで、こっちを見て欲しくて一生懸命になって……私も昔は貴女と同じだったもの」
    「ならば何故邪魔をする!!」
    「それでは、駄目だからですわ」

     深散先輩はじっと俺を見据えた。

    「思いは一方通行ではいけませんのよ清姫。相手の気持ちを尊重して、思いやることが本当の愛ではありませんこと?」
    「……うるさい!! うるさい!!」
    「もう、おやすみなさい……」

     そういった瞬間、蛇女……いや、清姫の体を紅葉さんの青龍偃月刀が切り裂いた。

    「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

     清姫はその場に力なく倒れた。

    「やったか!?」
    「いやまだだ!」

     和葉さんの言葉に、影井さんは目を眇めた。
     見れば清姫は、ふらふらと起き上がってゆっくりとこっちへ歩み寄ってくる。

    「安珍様……安珍様……」
    「そんな……」
    「安珍様……どうして清姫に会いに来てくださらなかったのです……」
    「!?」

     清姫の目から、ほろほろと涙がこぼれていた。
     その顔は相変わらず蛇女なのに、目だけは、愛する人を思う一人の女性の目をしているように見えた。

    「清姫はずっと……ずっと待っておりましたのに……」
    「………」
    「どうしてお逃げになったのですか……どうして清姫といつぞやのようにお話してくださらないのですか……」

     ああ、ただ、この人はまた安珍に会いたかったんだ。
     どんな形でも、もう一度会いたかったんだ……

    「安珍様……お慕いしております……いつまでも、いつまでも……ああ!!」

     そういった次の瞬間、清姫が頭を抱えて激しく苦しみだした。

    「ど、どうしたんだ!?」
    「星弥くん! 近づいては駄目!!」
    「え!?」

     俺が駆け寄ろうとした瞬間、顔を上げた清姫の顔はまたあの邪悪で殺意に満ちた表情の蛇女に戻っていた。

    「おのれ……おのれ安珍!! 許さん!! 私を裏切った貴様を私は許しはしない!!」

     この人は……かわいそうな人だ。
     愛する気持ちと、憎む気持ちの間で苦しみ苛まれながら、ずっとずっと死ぬこともできずに安珍を追いかけていたんだ。
     こんなに深く傷つけて……安珍、てめぇどう責任取るんだよ。

     深く……傷つけて……か。
     それは俺も一緒だな。
     安珍、案外お前償いたくても償えなくて苦しんでんじゃねーの?
     何となく俺、あんたの気持ちわかんなくもないわ。

     でもさ。
     おかしな話だよな。
     喧嘩がこじれて命を奪う奪わないなんてことになって。

     でも、謝りたいなら言うことは一つなのに、なんで言えないんだろうな、俺もあんたも。
     つっても、あんたの場合千年も前に死んじまったんたじゃ、どうしようもないか。

     俺は、なぜか襲い来る清姫を見て落ち着いた気持ちだった。
     後ろで深散先輩が泣きそうな顔で叫んでる。
     ああ、俺このまま殺されるのかな。

     そう、思った瞬間だった。

    「トントンお寺の道成寺 釣鐘下ろいて 身を隠し 安珍清姫 蛇に化けて七重に巻かれて 一廻り一廻り」
    「!!」

     歌が聞こえた。
     声のほうを向けば、ぼんやりとした表情で、椿が歌を歌ってる。
     こんなときに一体なんだって歌ってるんだあいつ……
     その白い髪が風になびいて、何か神秘的な印象をかもし出してる。

    「トントンお寺の 道成寺 六十二段の階を 上がり詰めたら仁王さん 左は唐銅手水鉢 手水鉢……」

     その歌声に清姫は動きを止めていた。
     何か、震えいるようにすら見える。

     そして、椿がこの後この歌を歌い終えた後、俺は奇跡を目の当たりにする。
     まさかこれが本当の安珍清姫伝説の終幕になろうなんて、俺は想像もしていなかった。

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