第8話 和葉の真意


     深散と私たちは、和葉さんに連れられ賀茂家の広い庭に出た。
     庭だけは純和風って感じで、池があったり立派な松があったり。
     きっと池を悠々と泳いでる錦鯉とかめっちゃ高いんだろうなぁ、とか私は的外れなことを考えていた。

    「さて、テストは簡単だよ。俺の攻撃からただ生き延びればいい」
    「生き延びるって……殺し合いでも始める気ですか?」

     和葉さんの物騒な言葉に私は思わず突っ込んでしまった。

    「君は鋭いね。そうだよ」
    「は!?」

     私が動揺するのとは逆に、深散は落ち着いた表情で立っていた。
     なんでそんなに落ち着いてられるのよ!?

    「テストに合格できないようでは、清姫には勝てないということですわね?」
    「合格できても勝てるかはお前次第だよ」

     和葉さんは着物の懐から符を取り出した。

    「さぁ、行くよ。俺の式鬼神の攻撃から逃げ切れるか見せてみなよ」

     そういい和葉さんは符を投げた。
     そこからは、深散の式鬼神の紅葉さんとはまた違った美しさを持つ女性が現れた。

    「鈴鹿御前ですわね……」

     深散は身構えた。
     私は思わず表情をゆがめてしまった。私でも分かる、あの式鬼神強い……
     少なくとも、雅音さんが使役する前鬼さんや後鬼さんとはタメはれるくらいに強いって思う。

    「深散大丈夫かな……」
    「和葉は陰陽師の中でも才覚あふれておるからのう。賀茂の奴、油断すれば本当に怪我で済むか分からんぞ」
    「そんな……」

     私はぎゅっと手を握って深散の後姿を見つめた。
     何か、決意を帯びたようなその背中に、私はそれ以上言葉を発することはできなかった。

    「さぁゆけ鈴鹿!」
    「はっ!」

     鈴鹿さんは手に持った扇で攻撃を仕掛けてきた。
     扇でどうやって攻撃するのかと思ったけど、それを避けた深散の髪がぱらっと空を舞う。

    「あの扇には刃が仕込んであるんじゃよ。避け損ねたら首がとぶかもしれんの」
    「なっ!? じゃあ、やっぱり和葉さんは本気で……?」
    「奴の目は冗談を言ってるようには見えんぞ。それに元々冗談を言うような男でもない」
    「……深散!!」

     深散は必死に鈴鹿さんの攻撃を避けてるけど、あれじゃ避けるので手一杯。
     元々人間と式鬼神が戦うなんて無茶な話なのよ!!
     私だって小鳩ちゃんと戦うようなことになったら勝てる気がしないもの……

    「絶対に負けない……ここで負けるわけにはいきませんのよ!! 清姫から星弥くんを守れる可能性が1つでもあるなら、私は命だって懸けてみせますわ!!」
    「よく言った賀茂」
    「え?」

     ふと、鈴鹿さんの攻撃を赤と青、2匹の鬼が止めていた。
     それは雅音さんの式鬼神の前鬼さんと後鬼さんだった。

    「どういうつもりだい?」
    「この戦い、フェアではあるまい」
    「……何がおっしゃりたいのかな?」
    「なに、簡単なことよ。賀茂、受け取れ」
    「え? なっ!?」

     雅音さんはポケットから1枚の符を取り出しそれを深散に向かって飛ばした。
     それを受け取った深散は目を見開いた。

    「も……紅葉!?」
    「それで状況は公平。あとをどうするかはお前次第だぞ」
    「影井様……」

     何で雅音さんが、陰陽師協会に取りあげられたはずの紅葉さんの符を持ってるのかしら……?
     で、でも!
     これで状況は公平になった。深散だって、紅葉さんさえいれば決して弱くない!

    「紅葉……」

     深散の手から、淡い光が放たれて、符はいつか見たあの綺麗な女の人の姿になった。
     狩衣を羽織ったその姿は、久しぶりに見るせいか一層綺麗に見える。

    「深散様、お久しゅうございます」
    「ああ……紅葉! 会いたかった……」
    「私もです」
    「また、力を貸してくださいます?」
    「もちろんですわ。私の主は深散様、貴女様だけでございます」

     紅葉さんは薙刀を構えると、目の前にいた鈴鹿さんと対峙した。
     綺麗な女性がこうしてにらみ合ってる姿って言うのもなんか変なものを感じるけど……
     どうか深散……負けないで!

    「はぁ!!」
    「いやぁ!!」

     そこからは紅葉さんと鈴鹿さんの一進一退の攻防。
     すごい、茨木のときは霊力が枯れてたせいで紅葉さんも実力を出し切れずにいたみたいだけど。今の動きは鈴鹿さんに引けをとってない!!

    「ふん、なるほど。式鬼神の扱いは俺並に達者になったようだね。だけど……」

     ふと、和葉さんは懐から大量の符を取り出した。
     そして……

    「!!!?」

     鈴鹿さんの背後から深散に向かって突然符が飛んできた。

    「きゃあああ!!」

     その符は電撃を放ち、深散を打ち付けた。

    「深散!!!!!!」
    「……!」

     和葉さんが深散に対して符を投げたのだ。
     深散が倒れてしまうと、紅葉さんも淡い光を放ち符に戻ってしまった。

    「深散。それが今のお前の実力だ。式鬼神を操るのが手一杯……だが術者が丸腰でどうする? 式鬼神は術者が力を失えば消えうせるのだぞ?」

     こんなことしておいて、和葉さん本人は涼しい顔で立って深散を見下ろしていた。

    「くっ……う……」
    「み……!」
    「深散先輩!! 無茶は駄目っす!! もうやめてください!!」

     深散に駆け寄ろうとするより前に、深散を強く抱きしめたのは星弥だった。
     私はそれ以上踏み込むことが出来ずにその場にとどまった。

    「星弥くん……危ないですわ……下がってくださいまし」
    「嫌っす!! 傷ついてる深散先輩なんて、俺は見たくないっすよ!!」
    「星弥くん……」

     深散の表情はそこで何か、とても力強いものに変わったように見えた。

    「それは私も一緒ですわ」
    「え?」
    「清姫に取り憑かれて苦しむ星弥くんを見ているのは辛いんですの……」
    「先輩……でも!」
    「星弥くんは私が守りますわ……!」
    「なんでそこまで……!!」
    「星弥くんが好きだからですわ」
    「え!? せ……先輩!?」

     深散は、くすっと笑って星弥の腕をすり抜けて力強く立ち上がった。

    「この程度の攻撃で、私はくたばりませんわよ!!」
    「ほう……」
    「臨・兵・闘・皆・陣・烈・在・前!!!」

     深散の描いた五芒星を再び紅葉さんの符がくぐった。
     紅葉さんはもう一度姿を現したけど、深散を心配しているようだった。

    「深散様……ご無理をなさらないでください!」
    「大丈夫よ紅葉……お願い力を貸して!」

     その強い願いに、困った顔をしていた紅葉さんも頷いた。

    「分かりました」

     紅葉さんと鈴鹿さんは再び激しい戦いを繰り広げ始めた。
     本当に御互いの刃がぶつかり合う音が響きあい続けていて、決着はつきそうにない。

    「ふん。同じことを繰り返すような無駄は大嫌いだよ」

     和葉さんは再び大量の符を手に取った。

    「させるかあああああああああ!!」

     そこで私は驚きの光景を見ることになる。
     星弥が和葉さんに飛び掛っていったのだ。

    「なっ!? 貴様!!」
    「別にあんたは1対1なんて言ってねぇっす!! ならこれだって反則じゃないはずだ!!」
    「ふん……無駄なことを」

     ばらばらと空に舞った符が、軌道修正して深散に向かっていく。
     でも、それは一枚たりとも深散のところへは届かなかった。

     符は全て地面に落ちてしまった。

    「貴様ら……」

     それはそうだ。
     そこにいたアッシーや蒐牙くん、それに雅音さんまで和葉さんの投げた符を式鬼神を使って叩ききったり糸でからめ取って使い物にならないようにしていた。
     そして私も鬼斬の刃を使って、符を切り落とした。

    「どういうつもり?」
    「星弥の言ったとおりじゃよ。お前は別にタイマンで試験を受けねばならんとは一言も言っておらんじゃろ?」
    「せやせや。正直今のミッチーに式鬼神操りながらあんたの攻撃避けるほどの実力はないやろ」
    「でも、そんなものは僕たちがサポートすればいい話です」

     その言葉に和葉さんは怪訝な顔をする。

    「なぜそんなことをする? お前たちに深散を助ける義理があるのかい?」
    「義理とかそんなもんじゃないわよ」
    「なに?」

     私は深散を助けることに疑問を抱いている和葉さんがむしろ哀れに思えるくらいだった。
     助けるのなんて当たり前じゃない。
     だって……

    「だって私たちは友だちだもの」
    「せやせや! ダチであり仲間やねん! 守るのも助けるんも当然や!!」

     そこで雅音さんはふんっと不適な笑みを浮かべて言った。

    「ということだ。観念するんじゃな、和葉」
    「なっ!?」

     符を叩き落して手持ち無沙汰になっていた雅音さんたち3人の式鬼神はいっせいに地面を蹴って和葉さんを囲んだ。

    「余裕のない術者に余裕のある術者が攻撃を仕掛ける。これは確かにようあることじゃが、その術者に仲間がいればこうなるじゃろうな」
    「………」

     その言葉に和葉さんはしばらく黙っていたけれど、ふぅっとため息をついて印を切ると鈴鹿さんを符に戻した。

    「俺の負けだよ。まさか深散をこんなにも思ってくれる友だちができてるなんて驚きだよ」
    「お……お兄様……?」

     和葉さんは深散の前まで歩み寄ると、深散の頭に軽くぽんっと手を置いて言った。

    「お前が頑張った成果かな? いい友だちができたね」

     その瞬間だった。深散の目からポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
     私もみんなも驚きのあまり唖然としていたけれど、深散は泣きながら嬉しそうに笑っていた。

    「お兄様に初めて褒められましたわ……」
    「それじゃあまるで俺が全然お前を褒めないみたいだろう?」
    「だって今まで褒められたことありませんもの」
    「そうだな。お前が頑張ってるのは知っていたけど、お前は大事なものを見失ってる気がしたから、あえて褒めなかった」
    「大事なもの?」

     和葉さんは先ほどまでとは人が変わったように柔らかく微笑んだ。

    「自分を磨くのはいいことだよ。でもその磨いたものを何に生かすか、お前は決めずにいたからね」
    「あ……」
    「俺は、いつかお前がその努力をして身に着けたものを、何かに生かせるようになったときにお前を褒めようと思ってた」
    「じゃあ……」
    「必死に頑張って磨いた陰陽師の力を、大切な人を守るために使いたい。立派になったね、深散」
    「お兄様!!」

     深散は和葉さんに飛びついてわんわん泣いていた。
     まるで子供のように、ただひたすらずっと心の中に溜め込んでいたものを吐き出すように泣いている深散。
     私はその姿がほんの少しうらやましく思えた。

     和葉さんは深散を大切に思っていたんだ。
     最初はすごく嫌な人かと思っていたけど、誰よりも深散がきちんとした意味で、人間的に成長してくれることを願ってたんだ。
     いいな……
     優しい家族がいて。

     私はぎゅっとやるせない思いで胸に手を置いた。
     時々、ああして素敵な家族を見ると、お父さんとお母さんを思い出す。
     今でも会いたいって思ってしまう。

    「椿さん?」
    「え!?」

     そんな私を星弥が覗き込んでいた。

    「どうしたんすか?」
    「う……ううん、なんでもない。深散、あんな姿見られなくないだろうから私ちょっと席はずすね」

     私は星弥の顔を見て思わず複雑な気持ちになってその場から逃げ出してしまった。
     星弥は悪くない、星弥は悪くない、星弥は悪くない!!
     全部、忘れてしまったんだもん……しょうがない。

    『本当に、しょうがないと思ってるの?』

     頭の中で私の声が響く。

    『全部忘れて、罪の意識すら持たずに生きている星弥を、許していいの?』
    「許すも許さないも……! 星弥は悪くないもの……!!」
    『そう、思いたいだけでしょう?』
    「!!!!!」
    『本当は分かってるくせに。茨木は星弥の気持ちを実行したに過ぎない。だとしたら……』
    「うるさい!!!」

     私は頭の中の声に思わず怒鳴り散らしていた。

    「星弥は何も悪くない!! 悪くないのよ!!」
    『……。きっと後悔するわ。だって、貴女は分かっているんだもの、全部……ね』

     それ以降、頭の声はぴたりと聞こえなくなってしまった。
     でも、私はその言葉が不快で、怖くてその場にうずくまってしまった。

    「椿!」
    「……いや……私はそんなの知らない……分かってない……いや! いやぁあああああ!!」

     私はその後すぐに雅音さんに強く強く抱きしめられたような気がしたけれど、あの頭の中の声が耳に張り付いてはがれなかったせいでしばらく我を忘れて叫んでいた。
     私は自分の身に何が起こったのかわからなくて、ただただ頭を抱えていることしか出来なかった。

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