第19話 普通であることの違和感


     あれから、俺たちは十六夜様の待つ応接間に向かった。
     そこでは一同が、それぞれに話をしているようだった。
     しかし、俺と椿の……むしろ、椿の顔を見ると、泣きそうだったり複雑そうだったり、とにかくそういった顔になった。

    「椿!」
    「わっ! み、深散!!」

     その中でも、いの一番に椿に飛びついたのは賀茂だった。
     賀茂は椿を抱きしめて、泣いているようだった。確かに、今回は賀茂に救われた部分が多かった。
     女の友情というものは、ある意味から回りした男の愛情なんかより、冷静に人を救えるものなのかもしれない。

    「ごめんなさい、椿……ごめんなさい」
    「な、なんで深散が謝ってるのよ! 落ち着いて?」
    「またそうやって何も気にしてないふりする!」

     賀茂は泣き顔で怒ったように顔を上げた。

    「星弥くん!」
    「え!? あ、はいはい、あれね」

     星弥は座敷の片隅に置いてある、大きな包みを持ってきた。

    「これ、俺と深散から」
    「え?」
    「誕生日、先週だったのに忘れててごめんな」
    「!」

     椿の目がにわかに見開かれた。
     誕生日……
     誕生日!?

    「影井様、なんて顔してるんですの? 間抜けですわ……」
    「そうね、まっちゃんすごく間抜けね」
    「てか、俺まっちゃんのあんな顔初めて見たわ……」

     何とでも言え……
     お前ら今なんと言った……

    「椿、お前の誕生日……先週だったのか?」
    「うん。雅音さんと丁度7日違いだよ」
    「………」

     俺は額に手を当てた。
     なんてことだ……土御門当主の説得や杏子の正体を探ることに夢中で、椿の誕生日を忘れていた。

    「すまん……」
    「え!? ううん、いいのいいの! 小鳩ちゃんが……プレゼントくれたんだ」

     椿は自分の左手につけた、貝殻のブレスレットを俺に見せた。

    「それに深散たちも、こんな大きなプレゼントくれたし! 包みから顔出てる、おっきくて可愛いうさぎさん」
    「椿……」
    「ありがと、深散、星弥」

     賀茂と星弥は顔を見合わせたが、それは笑顔というものではなく、複雑な表情と言った感じだった。

     俺は、椿がいつも通りなのに少しだけ違和感を感じていた。
     いつも通りすぎるのだ。
     何か、それが不自然な気がして、俺は賀茂たちと話す椿から目が離せなかった。

    「さて、それじゃ僕はそろそろお暇させてもらいますね」
    「お? ミキモン、もう帰ってしまうんか?」
    「今日はもう夜遅いですしね。話すなら日を改めたほうがいいと思います」
    「そうだね。ここ数日バタバタしていてみんなろくに休んでいないだろ? 疲れがたまっていちゃ、まともな考えが浮かばないからね」

     結局その日、皆が遅い時間まで残っていたのは、椿の様子が気になっていたためだったようだ。

    「お兄様、私明日は学校を休もうと思うのですけれど……」
    「うーん、僕としてはあまり推奨したくないけど……学校行ってる場合でもない、か」

     賀茂が学校を休むことを渋る和葉に対し、十六夜様はなんとも明るい調子で言った。

    「いいわねいいわね、みんなでサボっちゃいなさいよ」
    「おかん……いいんか、それ……人の親として」
    「えー、人生で1度や2度サボりくらい経験しておかなきゃね! みんなで何かを成し遂げるって言うことは、それだけで意味があることよぉ?」
    「んまぁ、ぼやぼやしてて鬼門が完全に開いてしもても困るな」

     それに対して蒐牙が頷いて言った。

    「そうですね。多分、今日はゆっくりと休める少ない機会になると思います。明日から土蜘蛛一族を討つ作戦を立てないと」
    「それじゃあ、また明日の朝に来ますわ」
    「うふふ、いいわねー。うちが作戦本部って感じでわくわくしちゃう!」
    「おかん……もうちょっと深刻に物事捉えてや……」

     陵牙、十六夜様は多分一番物事を深刻に捉えているぞ。
     十六夜様が道化に振舞うことで、お前が冷静にいられることを彼女はよく知っておられる。

    「椿、また明日ね」
    「うん、また明日」

     椿は賀茂に手を振ったが、すぐにそれをやめて賀茂の手を取った。

    「……椿?」
    「深散、ありがと」
    「え?」

     椿は賀茂をぎゅっと抱きしめて言った。

    「深散が親友で、本当によかった」
    「どうしたんですの、突然」
    「ううん、人形、嬉しくてつい」
    「……なら、星弥くんにもお礼を言わないといけませんわね。選んだのは星弥くんですもの」

     その言葉に椿は星弥に向き直って言った。

    「星弥」
    「うん?」
    「深散をお願いね」
    「………」

     星弥はその言葉に眉を潜めた。
     星弥も、椿の不自然さに気がついていたのかもしれない。

    「和葉さん」
    「なんだい?」
    「頼りない幼馴染が、大切な妹の彼氏でちょっと心許ないかもしれないけど、二人をよろしくおねがいします」
    「うん、任されたよ。無理矢理別れさせて、妹に嫌われるのは困るしね」

     その言葉に椿は笑ってた。

    「螢ちゃん」
    「うん?」
    「いざってときは螢ちゃんが頼りだからさ」
    「……?」
    「みんなを、お願いね」
    「椿ちゃん?」

     椿は不自然なほど笑って御木本の背中を叩く。

    「あははっ、ね? お願い」
    「……うん」

     そんな会話を終えて、賀茂たちや御木本は蘆屋家から帰っていった。
     俺たちも、明日の朝また来ることを約束し、帰ることにした。

    「十六夜さん、たくさんお世話になりました」
    「何言ってるの。椿ちゃん、またいつだってお世話してあげるわよ」
    「……ありがとうございます」

     椿の表情が寂しげになる。
     だが、その思いを切り替えるように椿は冥牙のほうをむく。

    「遅くなったけど、冥牙さん、お帰り」
    「……!」

     突然お帰りといわれて、冥牙は驚いているようだった。
     椿はまるで、冥牙が生きていたことを当たり前のように言った。

    「忘るなよ、ほどは雲ゐになりぬとも、空ゆく月のめぐり逢ふまで……帰ってくるつもりだったんじゃないですか?」
    「……よく勉強しているようだ」

     冥牙はふっと笑って俺のほうを見る。

    「うちの弟たちから思い人を奪ったんだ、しっかり守るんだな」
    「に、兄ちゃん!?」
    「冥牙兄さん!!」

     後ろにいた陵牙と蒐牙は、冥牙の言葉に顔を真っ赤にしている。

    「奪ったとは心外だのう」
    「……そうだな。彼女が、選んだのだな」

     冥牙はその言葉に、顔色を変えずにいる。
     その表情すら、なぜか俺には不自然に感じる。
     いつもの椿なら、照れるなりなんなりしそうなものなのに。

    「冥牙さん」
    「うん?」
    「これからも、アッシーや蒐牙くんをお願いします」
    「……?」
    「あは、せっかく帰ってきたんだからお願いしておこうと思って。二人とも、冥牙さんのこと、大好きだから」

     おかしい。椿……お前一体……

    「アッシー、蒐牙くん」
    「……?」
    「はい?」

     二人はもちろん、突然名前を呼ばれて首を傾げる。

    「えへへ、いつもありがとう」
    「なんやねんいきなり」
    「………」
    「色々、考えたら御礼いいたくなっちゃって。今楽しくいられるのは全部みんなのおかげだしね」
    「なら、これからも楽しくいられるために頑張ろや。な?」
    「うん」

     陵牙はいつも通り椿と接していたが、蒐牙はどうやら椿の違和感に気がついたようだった。
     俺の予測では、皆が皆、椿の違和感に気がついている。
     ただ、椿の前では何も言わないだけ。

     その予測は大いに的中しているようだった。

     丁度車を走らせているとき、俺のズボンのポケットがしつこく何度も震えた。
     どうやら携帯にメールが届いているようだったが、この数は何だと思うほど、数分おきにメールが届く。

    「雅音さん、なんかすごい携帯鳴ってない?」
    「ああ、メールのようだのう」
    「忙しい?」
    「いや、返信の必要はなかろう」
    「そっか」

     俺はなんとなくメールを送っている人間が誰だか分かった。
     とりあえず、運転中にメールをチェックするわけにもいかんので、椿を俺の部屋に連れて帰ることにした。

    「雅音さんの部屋、久しぶり」
    「ああ、寝室をリフォームしたからのう。生活に支障はないだろう?」
    「うん」

     椿は寝室を一目見て笑った。
     しかし、すぐ手荷物から石と貸した小鳩を取り出してリビングのテーブルに置いて、その頭を撫で始めた。

     俺はその間に、携帯のメールをチェックする。

     From:賀茂 深散
     件名:無題
     影井様、椿の行動に注意してくださいまし。
     何か、嫌な予感がします。
     具体的に何とは言えませんけれど、でも……
     少し心配です。

     From:藤原 星弥
     件名:Re2:
     ちわ、影井さん。
     ちょっと深散に余計な心配かけたくなくて内緒でメールしてます。
     椿、なんか変じゃなかったっすか?
     幼馴染のカン、ってやつなんすけど、ああいうときの椿は絶対何か隠してる。
     危ないことしないように、見張っててやってください。

     From:御木本 螢一郎
     件名:Re23:
     影井様、ちょっと気になることがあってメールを失礼します。
     椿ちゃん、今どうしていますか?
     少し、あの様子は違和感を感じます。
     自然なようで不自然……どうか、彼女から目を離さないでください。

     From:蘆屋 蒐牙
     件名:無題
     雅音様、絶対に椿先輩から目を離さないでください。
     何か様子がおかしい……
     今は雅音様だけが頼りです、どうか椿先輩をお願いします。

     Form:蘆屋 陵牙
     件名:ちぃと気になる
     さっきの椿ちゃんの様子尋常じゃないで。
     まっちゃんが傍にいれば心配ないとは思うけど、ちゃんと気ぃつけてやってや。

     やはり、皆感じていることは同じ。
     椿の様子が尋常でないこと。
     俺は携帯を閉じて椿のほうを見た。
     小鳩の頭を撫でていた椿は、俺の視線に気がつき笑みを浮かべた。

     不自然な笑みが、やはり皆に不安を与えたのだろう。
     俺はその日椿から目を離さないと心に誓った。

     しかし、どんなに見張っていても、椿は普通でしかなかった。
     普通に食事を取り、普通に会話をして。
     何もかもが普通に過ぎてゆき、おかしいほどに普通に1日の終わりを迎えた。

    「椿、全部終わったら東京にでもいかんか?」
    「え? 東京?」

     椿は小さく首を傾げた。

    「誕生日、何も祝ってやれんかったしのう。何でも好きなものを買ってやろう」
    「ホント!?」
    「ああ、欲しいものを考えておけ。今回ばかりは大盤振る舞いしてやる」
    「わぁ、雅音さんありがとう!」

     椿は俺に抱きついて、嬉しそうに笑っている。
     無邪気に、いつものようにキラキラと輝く笑顔。

    「じゃあ、もう一つお願いがあるんだ」
    「うん?」
    「私、春休みに入る前に、みんなでまた屋上でお弁当食べたいな」
    「屋上で?」
    「うん、卒業する前にみんなで」
    「どうしてまた」

     椿は懐かしむような表情を浮かべて言った。

    「雅音さんやみんなと一番たくさん過ごした場所は、あそこだと思うから」
    「椿……」
    「高校卒業しちゃったら、みんなで屋上でご飯食べる機会なくなっちゃうでしょ?」
    「そうだな、お前が望むなら屋上で皆で昼飯を食うのもいいだろう」
    「やったー!」

     椿は心の底から、その話を喜んでいるようだった。
     あの場所で過ごした日々を、椿は大切に思ってくれている。
     俺にはそれが嬉しく思えた。

    「雅音さん」
    「うん?」
    「私、幸せだよ」
    「椿……?」

     椿は俺に抱きついて、ただじっと甘えるように寄り添っていた。

    「雅音さんがいなかったら、私、ずっと一人ぼっちだった」
    「………」

     椿は俺の頬に手を触れて柔らかく笑う。

    「頑張らないとね。みんなや雅音さんが私は大好きだから……」

     俺は何故もっと警戒していなかったのだろうか。
     心底腑抜けている。
     皆が警戒を仰いだのに、俺は椿が何を考えているか分からないままに、椿に流されていた。

    「雅音さん、愛してる」

     椿は俺に口付けてきた。
     俺もそれを受け入れる。
     だが……

    「!?」

     突然、ぐらりと眩暈がした。
     椿は俺の背中に何か指で描いたようだった。
     これは……呪術……!?

    「ごめん、雅音さん……」

     遠のく意識、暗くゆがむ視界の中、椿が寂しげな表情をしていた。

    「私が、必ず守るから」

     それを最後に俺の意識は遠のいてしまった。
     何故椿が呪術を……?

     一体何が起きた……
     椿……

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