第5話 友だち


     雅音さんの実家の一件があった次の日、私はアッシーたちと下校した。

    「なぁ椿ちゃん」
    「……ん?」
    「最近どうしたん? 様子おかしいで?」
    「そうですね。敵に命を狙われているからですか?」
    「う、うん」
    「まぁ仕方ありませんわよ……いつ襲われるかも分からない状況で、普通でいろって言うほうが酷な話ですわ」

     私を囲んでいるのはそうそうたるメンバーだ。
     蘆屋兄弟に、深散、星弥。そこに御木本くんと鎌田店長までいる。
     そう、ここはアッシーたちのバイト先、ミスターレディ釜飯。
     最近食が細くなった私を心配してみんなが連れてきてくれたのだ。

    「どぉ椿ちゃん? おいしい?」
    「はい、すごく。やっぱり鎌田店長の作る釜飯、美味しいですね」
    「ふふ、嬉しいこと言ってくれちゃって。今日はサービスだから、たくさん食べていきなさい」
    「……はい」

     そうは言われても、やっぱり食は進まなかった。
     釜飯の半分も食べたら、すぐに箸が止まってしまった。

    「もう……食べないのか?」
    「ごめん……」

     星弥が眉をハの字にして、困ったような表情をしている。

     私はお茶碗を静かにお盆の上に戻した。
     そして周囲にいるみんな……ううん、陰陽師であるみんなを見た。

    「ねぇみんな」
    「どした?」
    「そんな真剣な顔をして……なんです? 椿先輩」

     みんな私の空気がいつもと違うのには気がついてる。
     でも、確認せずにはいられない。

    「みんなは……雅音さんが土御門の人間だって知ってたの?」

     その言葉にみんな……星弥以外は目を見開いた。

    「どうして……黙ってたの?」
    「まっちゃんは、土御門を捨てた人間やねん」

     アッシーは少し声を低くしてたけど、あっさりと答えてくれた。

    「子供の頃からまっちゃんは土御門の跡取りとして偉い厳しく育てられとった。見てるこっちが辛くなるくらいにな」
    「そんな辛さからか、子供の頃の雅音様はよく土御門の家を抜け出してうちに遊びに来ていたんですよ」

     アッシーと蒐牙くんはばつが悪そうに言った。

    「正直、雅音様からは口止めされていました。椿先輩には土御門家のことは一切口にするなと」
    「どうして……?」
    「私は……土御門の人間としてではなく、影井雅音としての自分を椿に見て欲しかったからではないかと思いますわ」
    「影井雅音としての……自分?」

     深散の言葉に、アッシーは珍しく同意した。

    「正直、土御門の人間だって知れて、椿ちゃんが離れていくのが怖かったんちゃうかな」
    「なんで土御門の人間だと、どうして私が離れるのよ」

     そこでアッシーと蒐牙くんが顔を見合わせた。

    「椿ちゃん、冥牙兄ちゃんのおかんのこと、覚えとるよな?」
    「え……うん……」

     冥牙さんのお母さん……確か蘆屋家の保守派に呪詛で追い詰められて自殺した……
     呪詛をかけられて……?

    「まさか……」

     そこで口を開いたのは、今までずっと黙ってた螢ちゃんだった。

    「あまり大きな声じゃ言えないけど……僕は椿ちゃんに呪詛をかけたの、土御門絡みの人間じゃないかと思う」
    「俺も、ちょっとそれは思ってたわ」

     私は変な変な動悸がして、胸を押さえた。
     ああ、なんか思い出した。
     前に冥牙さんに言われたことがあったっけ……

    『あまり、雅音とは深く関わらんほうが得策だと思うがな』
    『雅音との婚約は考え直すべきだな……母上と同じ思いをして欲しくないからだ』

     ――わが門の片山椿まこと汝わが手触れなな土に落ちもかも

     私が地に落ちる……不幸になるってこういこと……?
     そうか……冥牙さんも蘆屋家の人間だから、全部知ってたんだ。

    「私……何も教えてもらえなかったんだね」
    「椿……」
    「何も教えてもらえないほど信用されてなかったのかな」

     悲しかった。
     気がつけば私は、卑下た笑いを浮かべていた。

    「こんなんだから捨てられちゃうのかな……あはは」
    「捨て……!? どういうことや!?」
    「雅音さん、許婚がいたんでしょう? それもみんな知ってたの?」
    「許婚……まさか……」

     蒐牙くんは何か信じられないことを耳にしたかのような声だった。

    「椿ちゃん、その婚約者におうたんか?」
    「うん……昨日、雅音さんの実家に行って……雅音さんのお母様にきっぱり言われたわ。汚らわしい鬼斬の娘なんかと雅音さんは結婚させられない。彼には許婚がいる、って」
    「流石は現土御門の当主霙様。人を見下し、自らの意にそぐわないものを、始末してでも思い通りにことを進めようとしてるってわけですわね」
    「それにしたって……雅音様の許婚は……」
    「ああ……」

     アッシーと蒐牙くんの様子がおかしい。
     顔を見あせて、ありえないっていった感じの顔をしてる。

    「二人ともどうしたの?」
    「椿ちゃん、落ち着いて聞いてな? まっちゃんには確かに親の決めた許婚はおったよ。でもな……?」
    「彼女は10年前に失踪してるんですよ」
    「え!?」

     失踪……? どういうこと……?

    「三善牡丹(みよしぼたん)……陰陽師の名家の娘や」
    「牡丹……? 杏子さんじゃなくて?」
    「杏子? 誰やそれ」

     どういうこと……?
     雅音さんの許婚は三善牡丹という名前で、10年前に失踪してる?
     じゃあ、あの私が見た杏子さんは何者なの?

    「はは……分かるわけ……ないか」
    「椿……」
    「何も……話してくれないんだもの……わかんないわよ。雅音さん……昨日は帰ってすらこなかった」

     私は俯いて、悲しいのも通り越してなんだか空っぽな気持ちだった。

    「なんや……軽くまっちゃんのことぶっ飛ばしたくなってきたな。まぁ……考えがあってのことだとは思うけど、ちょーっとまっちゃんはずるいかもしれんな」
    「アッシー? どういうことですの?」

     アッシーは深いため息をついて言った。

    「ほんまに椿ちゃんを思うんなら、自分ひとりで行動するのはようないっちゅーことや」
    「……そうかもしれませんわね」

     私は、雅音さんの気持ちが分からなくなり始めていたのかもしれない。
     どうして何も言ってくれないの?
     許婚のことも、今の私の立場も、雅音さんは何も教えてくれない。

    「いけませんねぇ」
    「え? だっ誰ですか!? 今は準備中ですよ!!」

     音もなく現れたのは……雅音さんと軽くメンチ切りあったあとどこかへ行ってしまったスイさんだった。

    「いえいえ、客じゃありませんから」
    「スイさん……今までどこ行ってたんだよ」
    「ちょっとその辺をフラフラ〜っと」
    「フラフラって……」

     緩い会話をするスイさんを、アッシーと蒐牙くんは怪訝そうに見ていた。

    「なんやあいつ……変な感じのするやっちゃな」
    「そうですね……見た目の奇抜さもさることながら……人外の何かを感じます」
    「そんなこと言ったら失礼だよ」

     私は二人を制するように言った。

    「この人は私を敵から守ってくれたもの」
    「気まぐれですよ。なんとなく、そうしたかっただけです」

     スイさんは懐からキセルを取り出すとすーっとそれを深く吸い始めた。

    「今時キセルて……おっさん何者やねん」
    「藤原星弥の式神ですよ」
    「しっ式神!? しかもせいやんの!?」

     無理もない。見た目はほとんど人間なんだから。
     とは言っても、やっぱりアッシーも蒐牙くんも、この人の異質さには気がついてるみたいね。

    「貴女は……少し彼女に似ていますからね」
    「え?」
    「強く、気高く……なのに泣き虫で。放っておくと傷だらけになって、気がつけば手から零れ落ちてしまうように脆い存在」

     なんだろう、少しだけスイさんの目は寂しさを宿している。

    「ふむ、いけないですね。さっそくホームシックとは」
    「スイさん……悪い」
    「いえいえ。さっさとすることを終えればいい話です」

     スイさんは私の頭をポンポンと叩くと笑った。

    「放っておけないんですよねぇ。貴女のような人は誰よりも幸せにならなくてはいけません」
    「スイさん……」

     スイさんはちょっとだけ黒い笑顔を浮かべて小さく言った。

    「そのためにはあのいけ好かないおかっぱ頭の根性を叩きなおさないといけませんねぇ……くすくすくす」

     怖い、怖いよこの人……
     むしろ雅音さんの根性を叩きなおすってどんだけ!?

    「まぁ、一つだけ言えることは……馬鹿な男のために貴女は苦しんではいけないということです」

     スイさんは、またどこか皮肉のこもった笑みを浮かべて店の入り口に立った。

    「では、私はこれで。また気が向いたら顔を出しますよ」
    「あっ!? おいスイさん!!」

     星弥が呼び止めてもスイさんは足を止めなかった。
     そしてそのまま店を出て行ってしまった。

    「ホント、フリーダムな方ですわねぇ」
    「まぁ、いいんじゃないの? 害はなさそうだったし」
    「店長……どっから判断してるんですか」
    「いい男だったから?」
    「判断基準ずれすぎですよ!!」

     蒐牙くんの突っ込みを右から左に華麗にかわして、鎌田店長は私の肩に手を置いた。

    「まぁ、実際はあの子が言ってた"あなたのような人は誰よりも幸せにならなければいけません"って言葉に共感したから……かな」
    「鎌田店長……」
    「まずは椿ちゃんがしたいようになさい」

     私が……したいこと。

     私はどうしたいの?
     雅音さんと話したい?
     でも、話すのが怖い?

     違う。
     私は雅音さんに、話して欲しい。
     雅音さんを信じたい。

    「私は……雅音さんが真実を語ってくれるのを……信じたいです」
    「そう。なら、影井くんを信じなさい」
    「店長……」
    「でも、無理をしたらダメよ。辛くなったら、ここにいっぱい駆け込み寺がいるんだから」

     鎌田店長は、店に勢ぞろいしたみんなを見てウィンクをした。

    「椿ちゃん、いつか俺言ったよな? 椿ちゃんなら大歓迎やて。そういう意味やのうてな、友だちとして頼ってくれるんも、大歓迎なんやで?」
    「そういう意味ってどういう意味ですか? でもまぁ、兄さんと意見が一致するのも悔しい話ですが僕も同じ気持ちです。何かあったらすぐに言ってください。連絡のつかない兄さんよりは頼りになると思います」
    「なんやてぇ!? 椿ちゃんから連絡来るかもしれんなら、携帯首からさげてでもすぐに出たるわ!!」
    「どうせ三日坊主ならぬ半日坊主でしょうに」
    「蒐牙ぁぁああああああ!!」

     アッシーと蒐牙くんのやり取りを見て、深散は大きくため息をついた。
     でも私の手を握って優しく微笑んで言った。

    「まったく、あの兄弟は椿が大変なときに緊張感がありませんわね。でも、私も、椿が辛いなら何でも助けになるつもり。だから、あまり思いつめないで」
    「そうそう、お前に思いつめた顔は似合わねーって」

     私は、胸が熱くなって泣きそうになってしまった。

    「みんな、ありがとう」

     もう少し……
     もう少しだけ雅音さんを信じてみよう。
     みんながこうして背中を押して、支えてくれるから、私は頑張れる。

     そう自分を振るい立たせたけれど……
     結局私は、絶望のどん底に叩き落されるような思いをすることになる。
     こんなことなら、最初から信じなければよかったと思うような、そんな体験を……

     
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