第11話 蘆屋くんの式鬼神


     放課後、何事もなかったかのように影井さんは下校していった。
     自分の気持ちに気が付いてしまったからだろうか。
     変に意識をしてしまう。

    「チョリーッス、椿ちゃん。帰ろうやー」
    「蘆屋くん……ホントに一緒に帰るの?」
    「あったり前やん。ダチと一緒に帰るのに、問題でもあるん?」
    「いや……ない。ないけど……」

     実際は不安だった。
     もし蘆屋くんと下校途中に呪詛にかかってしまったら、多分あんな風に気を遣ってくれた蘆屋くんだって身固めしないわけにはいかないだろう。
     失礼ながら、自分が影井さんに好意を寄せているって分かってしまうと、どうにもその状況が好ましくない。

    「まぁ、歩きながら話そや」
    「う、うん……」

     歩いてしばらくは、蘆屋くんは無言だった。
     でも、ふと人の少なくなったあたりで口を開いた。

    「椿ちゃん、まっちゃんのこと好きやろ?」
    「え!?」

     蘆屋くんの言葉は図星を突いてる。
     だからこそ、過剰に反応してしまう。

    「なっ……何言ってんのよ!?」
    「ちゃうの?」

     おふざけで言ってるんじゃないみたいだ。
     真っ直ぐ、真剣な瞳をしているときの蘆屋くんはすぐに分かる。
     いつもニコニコ笑ってるから、余計に真面目なときは際立つんだろうな……

    「違わない……私、影井さんが好き……今日、確信した」
    「やっぱりなぁ。なんとなく、身固めの話のときに分かってしもたんよねぇ」
    「そうなの?」
    「ああ、なんとなく、な」

     だとしたら、蘆屋くんは相当鋭い。
     だって、本人すらよく分からなかった気持ちを見抜いてしまったんだから。

    「でも、ほんまにええの?」
    「え?」
    「まっちゃん、実際は5つも年上やで?」
    「なんとなく、最初から年上って言うのは気が付いてたから」
    「そか。他にも心配なことはあんねんけどな……」
    「え?」
    「でもまぁ、好きって気持ちを俺の言葉でどうにかできるとは思ってへん」

     遠くを見ながら、蘆屋くんはうーんと唸る。

    「でも、椿ちゃん。もし、まっちゃんをこの先も好きでい続けるなら、一個だけ知っといてや?」
    「え?」
    「あいつは仕事柄、気持ちを偽りながら行動せなあかんときもあんねん。だから、そのな……? うーん……難しなぁ」

     蘆屋くんは一生懸命言葉を探してるみたいだった。
     それだけ、心配してくれてるんだと思う。

    「とにかく、少なくともまっちゃんは椿ちゃんのこと気入っとるから。だから、最終的に椿ちゃんが悪いようにはせん。それだけは分かっててな?」
    「うん、ありがとう蘆屋くん」

     私が笑って頷くと、蘆屋くんはうんうん満足したように笑って言った。

    「いやぁ……しかしあのまっちゃんを好きになる子が現れるとはなぁ。何か変な気分やなぁ」
    「どうして?」
    「まっちゃんは女の子に声をかけられても嘘っぽい当たり障りのない笑顔とかでかわしてくタイプやし、今まで女の子との浮いた話も聞かんしなぁ……まず第一に女の子の前であのじじい口調でしゃべってるの初めて聞いたわ」

     そうなんだ……
     私の前では一発目からあのじじい口調だったから、最初からそんなもんだと思ってた。

    「ってかまっちゃん、あのおかっぱやめたら結構モテそうやけどな」
    「あ、それ言えてる。なんであえておかっぱなんだろう」
    「それは陰陽師界の七不思議の一つやなぁ……」

     私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
     女の子と浮いた話がないか。
     じゃあ、私も相手にはされないのかな……
     まさか、影井さんに恋してしまうなんてこれっぽっちも思ってなかった。
     そして、こんなに悩むことになるなんて。

    「ねぇ、蘆屋くん」
    「うん?」
    「影井さんは、茨木を奪還したら京都へ帰っちゃうんだよね?」
    「ん……まぁ……そうなるやろうな」
    「そっか……」

     影井さんからも直接聞いた。
     でも、その日はそう遠くない……

    「そうしたら……小鳩ちゃんも、蘆屋くんも帰っちゃうんだよね?」
    「椿ちゃん……」

     ダメ。
     それ以上は言っちゃダメ。

    「考えたら、何か寂しくて……せっかくお昼休みが毎日楽しみになってたのに……こんなことなら、最初から一人のほうが……」
    「椿様!!」

     そう言いかけた瞬間、小鳩ちゃんがカバンから飛び出してきた。
     見ると、目の前にはモヤモヤとした何かが確かに、いる。

    「小鳩ちゃん……鬼?」
    「ええ……しかも大量に……」
    「ちっ……大事な話してるときに水を差してくれるなぁ」

     蘆屋くんはボキボキと指を鳴らした。

    「おい、まっちゃんとこの鬼。半分は任せんで」
    「はいですの!」

     小鳩ちゃんはもやの中に飛び込んでいった。
     私は目を細めて何が起きているか確認しようとするけど、やっぱりこの前の大江山のときみたいにはっきりは見えない。

    「青龍・百虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如!!」

     蘆屋くんは、縦と横に指を振って何かを唱えていた。
     すると、その指が描いた場所から、すーっと光が伸び、モヤを払っていく。

     すごい、やっぱり蘆屋くんも陰陽師なんだ……
     話には聞いてたけど、実際陰陽術を使ってるのを見ると実感する。

    「すごっ……きゃっ!!」

     感心していて自分の身に注意を払っていなかった。
     私はモヤに腕をつかまれている。

    「はっ……放して!!」

     私はぐっと踏ん張るけど、モヤの力は思った以上に強くて振りほどけない。
     嘘でしょ……これでも結構力に自信あるのに!!

    「椿様――――――!!」

     バッと小鳩ちゃんが私の腕を掴んだモヤに飛び蹴りをする。
     すると「ぎゃっ!」っと短い声が響き、私の手の痛みが消えた。

    「大丈夫ですの!?」
    「う、うん……ありがとう小鳩ちゃん」
    「いいえ。でも次から次へときりがないですの!」

     小鳩ちゃんはそう言い、またモヤの中に入っていく。

    「しゃーない……鬼道丸! お前も行きや!」

     蘆屋くんは後ろのポケットから取り出した札を投げる。
     そこには、何か文字が書いてあったけど、それがパリンとガラスが割れるように消えて、新しくくっきりこう書かれた。

    『鬼道丸』

     するとその札が光を放ち、ガタイのいい大きな鬼が現れた。

    「しまいや」

     その鬼は、携えた刀を横薙ぎににして一気にモヤを打ち払った。
     一気に目の前にぼんやりしていたモヤは消えてしまった。

    「蘆屋くんすご……それ、蘆屋くんの式鬼神?」
    「ああ、鬼道丸。これが俺の最強の式鬼神や」

     蘆屋くんの所持する式神の中でも一番強いっていうのを納得してしまうくらい、鬼道丸さんは大きな身なりをしていた。
     でも、大江山の鬼みたいに不潔じゃなくて、しっかり着物を身に着けて、角も綺麗に生えている。

    「あ、あの……鬼道丸さん……ありがとう」
    「……主の命令だ。礼には及ばん」
    「は、はい……」

     えらいニヒルだなぁ……

    「それにしても父上、おいたわしや。そのようなわっぱの姿にされてしまって窮屈でしょうに」

     ち、父上?
     ここにこんな大きな鬼のお父さんらしき人、いないけど……

    「いたわられる筋合いなどないですの。お前だって鬼道丸という真名を呼ばれなければチンチクリンじゃないですか。見てくれで判断するなんて、お前もまだまだですのよ!」
    「……返す言葉もございません」

     え……?
     今の会話の流れからするに……
     この大きな鬼のお父さんは……小鳩ちゃん!?

    「えっ!? ええええ!? 小鳩ちゃんが、鬼道丸さんのお父さんなの!?」
    「そうですわよ? こいつは私の息子の一人で、なかなかの凄腕ですの」
    「う、うん。凄腕なのは分かる。さっきの見ればね……」

     驚いた。
     私はいつも小鳩ちゃんの可愛い見てくれに騙されてしまうけど、こういう見てくれにしなきゃいけないほどに小鳩ちゃんはすごい鬼なんだよね……

    「ふぅん、鬼道丸の親父ってことはお前は……なるほどなぁ、やっぱりまっちゃんはそれだけ椿ちゃんを気にかけてるってことやね」

     蘆屋くんは鬼道丸を札に戻しながら言った。

    「どういう意味?」
    「そいつは多分、まっちゃんが持ってる鬼ん中でも飛びぬけて強いやっちゃ。そんなん、ほいっと貸すってことは、それだけ椿ちゃんを心配してるんやろ」

     そう言われてもイマイチ実感がない。
     影井さんが小鳩ちゃんを貸してくれたのは、出会ったその日のうち。
     初日から気に入ってもらえたなんて到底思えないし、変に期待してしまいそうな自分を抑えるのがこんなに大変なんて思いもしなかった。

    「乙女な顔しとるなぁ。俺の立場ないやん」
    「あ、ご、ごめん。助けてくれてありがとう」
    「ははっ、冗談やって。ダチ助けるのは当然のこっちゃ、気にすんな」

     私はぼんやりと小鳩ちゃんを見つめた。
     小鳩ちゃんは、影井さんにとって大切な式鬼神。
     それを貸してくれた、そのことには大きな意味があるのかな……

     そうであってほしいって思う自分が、私の中にはしっかりと存在していた。

    「さて、鬼どもは片付いたし、家まで送るで」
    「ありがとう、蘆屋くん」
    「ん、ええてええて」

     そう言って歩き出そうとした矢先だった。
     私はすごい殺気を感じて思わず後ろを振り向いた。
     武術をやってたから、この手の相手を傷つけようとする気配には敏感だ。

    「蘆屋くん!!! 危ない!!」
    「へ……ぐぁっ!」

     蘆屋くんの腕を何か強烈な、大きなものが引き裂いたのが分かった。
     私の声で蘆屋くんはほんの少し身を引いたから、腕を持っていかれなかったのかもしれない。
     もし、気が付かないままだったらと思うとぞっとするような傷だ。

    「蘆屋くん!!」
    「うぐっ……な、なんやこのものすごい霊力……全身がピリピリするわ」
    「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? 傷、早く何とかしないと!!」

     私は小鳩ちゃんに以前傷を治してもらったことを思い出した。

    「小鳩ちゃん」
    「なんですの?」
    「蘆屋くんの傷を治して」
    「え!? で、でもまだ敵がいるんですのよ!?」
    「分かってるよ……でも、このままじゃ蘆屋くん、危ない」
    「は、はいですの」

     私は小さくため息を付いた。
     一か八かの賭けだった。
     でも、以前私は大江山で鬼を見ることができた。
     傷つけることも。
     なら、今だってできないわけがない。

     私はコンタクトを取ると、嫌な気配がするほうを見た。
     腕だけだ。
     右腕だけが空から生えてる。

    「気持ち悪いわね……腕だけの妖怪っているわけ?」
    「椿ちゃん……その目……」
    「武器になるものがあればいいけど……」

     私は近くのゴミ捨て場にあった角材を手にした。
     せめて鉄パイプとか鉄筋とかあればよかったんだけど……そんなもの普通に転がってるわけないしね。
     むしろ角材があっただけましか……

    「怖いわね……腕だけなのに勝てる気がしない……でも……!」

     私は地面を蹴る。
     腕は何故か私じゃなくて、また手負いの蘆屋くんに伸びた。

    「蘆屋くんをこれ以上傷つけたら、生爪全部剥がして煎じて飲むわよ!!」

     私は力いっぱい角材を振るった。
     角材じゃきっと与えられるダメージも高が知れてる。
     だけど諦めるなんて私の性分じゃない!!

    「がっ!」

     大きな手は一瞬だけひるんだけど、それだけだった。
     私をすり抜けてなおも蘆屋くんに伸びようとしてる。

    「椿ちゃんもうええ! 逃げや!!」
    「絶対いや!!」

     私は伸びてくる腕に角材を叩きつけて何度も怯ませる。
     でも、こんな武器じゃ到底太刀打ちできるわけもなく、どんどん蘆屋くんと大きな手の距離は縮まっていく。
     だからといって諦めたら、蘆屋くんが殺されてしまう。
     そんなの絶対にいや!!

     私の耳に、聞きなれた凛とした声が響いたのは、そのすぐ後のことだった。

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