第18話 決戦、茨木童子


     私は学校へ向かう途中、星弥の携帯に電話をかけた。
     でも、星弥は出なかった。

    「ダメ、出ないや」
    「どうしたんでしょう……」
    「気がついてないだけかもしれないし、折り返し少しだけ待ってみるよ」
    「そうですわね」

     ふと、賀茂さんは私の携帯を見て、カバンから自分の携帯を出した。
     ピンク色の、可愛いデコレーションとストラップが印象的な、いかにも女の子らしい携帯だ。
     一方の私の携帯といえば、ブルーのちょっとごつめの携帯で、ストラップすらついていない。

    「ねぇ清村さん。番号とメアド、教えてくれない?」
    「え?」
    「気軽に、連絡してもいいかしら?」

     何か、分からない感覚だった。
     そう言えば2年になってから誰かと携帯の番号交換するなんてなかったな。
     影井さんはもちろん、友だちだったはずの蘆屋くんとも番号の交換はしなかった。
     その時点で、もう少し違和感とか、感じておくべきだった。

    「いいに決まってるじゃん。ほい、赤外線」

     私の携帯電話に、お父さんとお母さん以外の番号が久々に登録された。
     昔友だちだった子の番号は全て消してしまった。
     連絡しないアドレスを登録しておくほど、無駄なことはないと思ったからだ。

    「そういえば、賀茂さんは深散って名前だったわね。やっぱ外見の通り、可愛い名前よね」
    「褒めても何も出てきませんわよ? 清村さんだって、椿なんて綺麗なお名前じゃないの」
    「綺麗かどうかはわからないけど、椿ってさ、日陰でも咲く強い花なんだよ」
    「そうなんですの?」

     賀茂さんは小さく首をかしげた。

    「うん、日陰でも綺麗に花を咲かせるの。私は、そんな椿の花でありたいな」
    「どういうことですの?」
    「日に当たらなくても、気高く強く咲いていていて欲しい。日が当たらないからって、諦めて芽すら出せないような人生は歩んでほしくない。そんな願いを込めて、お父さんとお母さんがつけてくれたの」

     賀茂さんはその話を聞いて、少し柔らかめに微笑んだ。

    「いい名前を、ご両親につけていただいたのね」
    「うん。だから、私はその名前に恥じないような生き方をしたい……今までは色んな理由つけて、逃げたくないって言いながら結果的に逃げてたから」
    「清村さん……」

     そんな話をしてるときだった。
     私の携帯のバイブが震えだした。
     サブディスプレイに浮かび上がった文字は「星弥」……折り返しの電話がきたみたいだ。

    「もしもし」
    『おー椿か? なに?』
    「今、どこ?」
    『ん、お前んちの前』
    「学校着いたら、屋上に来て」
    『え? 今からダッシュで学校は行くけど、多分授業ギリだぜ?』
    「今日はサボって。大事な話がある」

     私の声に、星弥は黙っていた。
     でも、程なくして返事は返ってきた。

    『分かった。すぐに行くよ』

     私と賀茂さんは、教室へは寄らずに、すぐに屋上へ向かった。

    「ふぅん、すごいわね。強力な結界が張ってある。これでは、一般の人は気がつかないはずですわ。さすが蘆屋家の人間ね、こんな結界を張るなんて」

     まぁ、張ったのは蘆屋くんじゃなくて影井さんなんだけど……
     とりあえず、余計なことは言わないでおこう。

    「ねぇ賀茂さん。もし最悪の場合、賀茂さんは茨木を封じられる?」
    「自信はありませんわ……でも、できるだけの抵抗はしてみるつもりです。一応私だって、賀茂家の人間としてのプライドがありますから」
    「そっか。賀茂さんも式鬼神使えるの?」
    「ええ。子供の頃からずっと一緒の式鬼神がいますわ。披露する機会がないほうがいいんですけれど」
    「そうね」

     私と賀茂さんは、屋上のフェンスに寄りかかって空を見上げていた。
     まさか、賀茂さんとこんなところでこんな話をすることになるなんて、思ってもみなかった。
     人間、何がどうなって縁が繋がるか分からない。

    「おー悪い悪い、急いで来たつもりだったんだけど、ちょっと遅くなった……!?」

     いつもの調子で星弥は屋上のドアを開けて入ってきた。
     でも、私の姿を見て目を見開いた。

    「お前……椿だよな? 何だよその髪と目……? なんかのコスプレか?」
    「残念だけど星弥、これはコスプレでもなんでもなくて、私自身の本当の姿よ」
    「は……? 何言って……」

     星弥の顔色が変わった。
     その理由は、私が一番良く知っていた。

    「星弥、あんたが好きになったのは、ずっと前あんたがお化け呼ばわりした、この私だよ」
    「は……はは……ばっか、悪い冗談よせよ」
    「これは冗談じゃないの。真剣に聞いて」
    「ふざけんな……嘘だ、椿がこんな化け物のはずない」

     星弥は私の言うことなんか耳に入っていないみたいだった。
     でも、確かに私を化け物って呼んだ。
     それは、どうしようもなく悲しかったけれど、今はそんなことで悲観もしていられない。

    「星弥、分かったら茨木を返しな。あんたがそんなものに手を出すような価値、私にはないわ」
    「嘘だ……嘘だ……ふざけんな!!!!!!!!!!!」

     星弥の叫びに、私も賀茂さんもすごい勢いで吹き飛ばされた。

    「きゃあ!!」

     私は必死に踏ん張って、背中を打つことは回避できた。
     でも、賀茂さんは思い切りフェンスに背中をぶつけていた。

    「賀茂さん!!」
    「ぐっ……大丈夫……ですわ!」

     賀茂さんはフラフラしながら立ち上がる。
     一方の星弥のほうを見れば、「嘘だ、嘘だ」と呟きながら、黒いオーラを纏っていた。

    「星弥……あんたを心から思ってくれてる人の存在に気づいて! 私はあんたの恋人にはなれないけど、もしこんな外見でもいいなら、ずっと幼馴染でいるから!!」
    「嘘だ……椿は俺をからかってるだけだ……もう、後戻りなんかできねぇ……」
    「星弥! やめて!! もう茨木の力は手放しなさい!!」
    「うるさい! うるさい、うるさい、うるさい!! 茨木は俺にお前を手に入れる力をくれるって言ったんだ!! 俺の味方は茨木だけだ!!」

     ゴキゴキと星弥の体が嫌な音を立てて変形していく。
     体が巨大化し、額から二本の角が突き出てきた。

     星弥……私の声、やっぱり届かなかった?
     あんたなら、分かってくれるって思ってたのに。
     この姿を見て、自分がしてきたことの馬鹿馬鹿しさに気がついてくれると思ったのに!!

    「ああ……久しぶりの娑婆じゃわい。くくく、さっそく目の前に餌が二匹現れおったか」
    「あなた……星弥じゃないの!?」
    「茨木に精神を乗っ取られてしまったんですわ……」
    「なっ!? 何ですって!!」

     茨木は私たちのほうに手を伸ばしてくる。
     見れば茨木の手には見覚えのある傷。
     そうだ、影井さんの式鬼神が付けた、刀傷だ!!

    「賀茂さん危ない!!」

     私は賀茂さんを庇って竹刀を構えた。

    「なんじゃ? そんな細い枝でわしを攻撃するというのか?」
    「違うわよ! 私にはあんたを倒す力なんかない。だからその力を持ってる賀茂さんに背中を任せることにしたの。賀茂さんには指一本触れさせないわ!!」
    「清村さん……」
    「頼んだわよ」

     竹刀で何処までやれるかわからない。
     でも、星弥をなんとしても取り戻さなきゃならない。

    「こんなことを言われてしまっては……怯えている場合じゃありませんわね」

     賀茂さんは制服のポケットから一枚の札を取り出した。

    「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!!!!! 紅葉、おいでなさい!!」

     その札を投げると、そこから小奇麗な着物を着た女の人……いや、鬼が現れた。
     その証拠に、彼女の額には立派な角があった。

    「紅葉、茨木をとにかく消耗させて!! そうすれば封じる手立てもあるはず!!」
    「分かりました」

     紅葉さんは長い薙刀を持って、茨木に果敢に挑んでいく。
     私は賀茂さんに伸びる茨木の手を払いのけ、彼女を守り続けた。

    「ふん、貴様あの呉葉か? 随分と落ちぶれたものよ」
    「茨木、もうこれ以上はおよしなさい。鬼が表立って人を襲うような時代は終わりました、あなたのような考えではこの時代を生きることはできません」
    「小ざかしい、封印が解けた今、わしはもうしくじったりはせんぞ!!」
    「!!!!!!!」

     いとも簡単に茨木は紅葉さんを払いのけてしまった。
     式鬼神って、それだけで強いんじゃなかったの!?
     こんなにも簡単に……

     ああ、そう言えば前に小瑠璃さんが言っていたっけ。
     完全な姿の茨木は、前鬼としての小瑠璃さんと後鬼さん、二人そろっても倒せないかもしれないって。

    「はは……最悪の相手ってこと?」
    「紅葉! もう少し頑張って……ぐっ……ゲホッゲホッ!!」
    「賀茂さん!!」

     そうか、賀茂さん本調子ですらないんだ。
     霊力を星弥にあげちゃったって言っていた。紅葉さんも、そのせいで本来の力を出し切れていないのかもしれない。
     こんな状況で戦えるわけもなかったってこと……?
     自分から言い出しておいて、こんな結果に終わるの?

    「臨める兵、闘う者、皆、陣をはり列を作って、前に在り!」

     凛とした声、聞き覚えのあるその声に私は目を見開いた。

    「前鬼! 後鬼!!」

     ひゅっといつかのように、青い影と赤い影が私の前を走っていく。

    「むぅ!? またお前らかぁ!?」

     茨木は鬱陶しそうに二人の攻撃を防いでいる。

    「まったく、勝手に行動されとうないと言ったじゃろう」
    「影井さん……」
    「まぁよい。茨木の本体が出てきてくれたのなら、封じるのには好都合じゃ」

     そう言った矢先だった。
     影井さんの横に、前鬼さんの刀が突き刺さった。

    「ぎゃはははははははあ!!!! みなぎるぞ、力がみなぎるぞ!! この男の歪んだ思いが、俺に力を与えてくれるわい!!」

     見れば、前鬼さんも後鬼さんも、茨木に掴まれぐったりしていた。

    「くっ! しっかりせんか!」
    「分かってますよ……でも、こいつ想像以上に力が……」
    「千年前よりも随分と力があがっておる……」

     二人は苦しそうにもがいているけど、全然茨木の手は外れそうにない。

    「なんだ? この手を外して欲しいか? そら! ならば何処へなりともいくがいい!!」
    「なっ!?」
    「きゃあ!!」

     二人は同時にフェンスへ投げつけられて、苦しそうに顔を上げた。

    「やはり……あの時指の一本も切っておけばよかったかな」
    「しかしこれでは指の一本じゃ意味もなかったかもしれんわいのう……」

     影井さんは二人の様子を見て、最後の一枚の札を取り出した。
     あれは、小鳩ちゃん……?

    「あんまり呼びとうないが……いた仕方あるまい」

     影井さんは札を投げて、素早く印を切り始めた。

    「臨める兵、闘う者、皆、陣をはり……」
    「これ以上ごちゃごちゃと虫けらを呼び出すんじゃねぇ!!」
    「影井さん!!!!!!」

     私は思わず飛び出していた。
     影井さんを突き飛ばした瞬間、私は肩に激痛を感じた。

     茨木は陰陽師である影井さん本人を攻撃しようとしている。
     このままじゃ、きっと小鳩ちゃんを呼び出せない。

    「ぅっ!!」
    「清村!!」
    「早く……私が守りますから……小鳩ちゃんを呼んでください!!」
    「だが、小鳩の真名には厳重な封印がかけてある。前鬼や後鬼のようにすぐには呼べぬ。お前に耐え切れるわけなかろう!?」
    「いいえ、呼ぶまで守ります」

     私は肩の痛みに耐えながら竹刀を構えた。

     ホント笑っちゃう、ごく普通の女子高生が、同級生の男子を守って竹刀で鬼に挑むとか。
     普通、そういう場合もう少しこっち側に勝算があってもいいものじゃない?
     相手は鬼すら簡単に跳ね除ける強敵、ふざけんなっての。

    「ぬう。お前一人でそこの陰陽師と小娘を守りきれるか?」

     そうだ、私が守らなきゃいけないのは影井さんだけじゃない。
     むこうで辛そうにしてる賀茂さんも守らなきゃいけない。
     だけど、出来ないって最初から諦めてたまるか!!

    「悪いけど、その子一人とちゃうで」
    「僕たちの存在も忘れないで欲しいですね」

     声のほうを見れば、大きな鬼の鬼道丸さんを横に連れた蘆屋くんと、腕から赤い文字を浮かべた状態の蒐牙くんが立っていた。
     茨木は二人を見ても、なお余裕のため息をついた。

    「ふん、面白い。虫けらが何人集まろうと意味のないこと」
    「そんな減らず口は、まず戦ってからにしてください!」

     蒐牙くんと蘆屋くんの式神が一気に茨木に攻撃を仕掛ける。
     さすが兄弟、蒐牙くんの絡新婦が茨木を縛り上げ、鬼道丸さんが切りかかるっていう連携技。
     これなら、いけるんじゃないかと思った矢先。

    「ふん、これしきか?」

     驚かずにはいられない。鬼道丸さんの刀が一切、茨木に通じていない。
     まるで硬い金属をなまくらの剣で切ったように、鬼道丸さんの刀は弾かれてしまった。

    「くくく、鬼道丸も呉葉もそこの夫婦鬼もじゃが……平安の世よりも随分と力が落ちたのう。人間に媚びへつらっておるからそういうことになるのだ!」

     ものすごい力で茨木は絡新婦の糸を振り回し、地面に叩き付けた。

    「絡新婦!! ぐっ!!」
    「大丈夫か蒐牙!!」
    「は……はい。けれど、奴は想像以上です……」
    「ああ、分かってる。だからこそ、はよまっちゃんにあれを呼んでもらわな……鬼道丸!! ふんばってや!!」

     でも、そんな蘆屋くんの言葉はむなしいものでしかなかった。
     鬼道丸さんは何度も茨木に攻撃を仕掛けるけれど、相手にすらされていなかった。

    「かゆいわ。鬼道丸、お前も鬼の大将の息子ならばもう少し根性をみせぃ!」
    「ぐっ!!」

     茨木は鬼道丸さんの刀を掴み、軽々と叩き折ってしまった。
     とうとう、鬼道丸さんは丸腰になってしまった。

     私は周囲を見回して愕然とした。
     ことごとく、私の周りの凄腕陰陽師のみんなが所持する式鬼神たちが倒されてしまった。
     賀茂さんの紅葉さんもぐったりとしているし、蘆屋くんの鬼道丸さんの刀も折れて、散々殴られて膝を付いている。
     蒐牙くんの絡新婦は倒れたまま起きないし、影井さんの前鬼と後鬼も立ち上がるには立ち上がるけど、何度も茨木に挑んだせいでボロボロ、もう到底向かっていけるような状態じゃない。

     これじゃあ、誰一人影井さんを守れない。
     影井さんが、小鳩ちゃんの真名を呼ぶことだけがもう、最後の希望なのに……

    「くっ……大急ぎで印を切っても1分はかかる。その間、持ちこたえられんか、前鬼、後鬼!!」
    「そうしたいのは山々ですけど……茨木の今の力を止めることなんて……!」

     傷だらけの前鬼さんは肩で息をしながら言った。
     どうしたらいいの……?
     こんなんじゃ、星弥を連れ戻せない……!!

     そんなとき、私にまたあの不思議な感覚が走った。
     そして、それはこのピンチを切り抜ける大きな鍵になるのだった。

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