第12話 成長の先にあるもの
鵺の一件が解決し、私たちは日常の学校生活に戻った。 雅音さんは流石に職員になったせいか、私よりだいぶ早く学校へ出勤していくようになった。 ま、一緒に登校できないのは残念だけど、今までは大学と高校で別々に過ごしてたわけだし、それに比べたら全然いい。 というか年齢詐称して私の横に座ってるより断然いい…… そう思いながらも、学校へ向かう私の足取りは重かった。 それはそうだ、一昨日起きた教室での一件は鵺の事件と違ってまだ解決してない。 多分、アッシーや深散が大暴れしたおかげで直接的な嫌がらせはなくなるかもしれないけど、影で何されるかもわかんないし。 というか、雅音さんは私との婚約のことを堂々とみんなの前で公言してしまった。 正直、雅音さんはクビ、私は退学って可能性だってありうる。 「おはようございます、椿先輩」 「あ……おはよう蒐牙くん」 「どうしたんです、浮かない顔ですね」 「あー……実はね」 私は蒐牙くんに事の全てを話した。 蒐牙くんは「なるほど」と小さく言って、肩を竦めた。 「少なくとも、雅音様が学校をクビになる可能性も、椿先輩が退学になる可能性も0だと僕は断言します」 「どうして?」 「それはそのうち分かります」 蒐牙くんはくすくすと笑っている。 「椿先輩だって知ってるでしょう。ここいらで雅音様の権力に抗える人なんて誰もいませんよ」 「ホント、何なのかしらあの謎の権力……でも、相手は学校だよ?」 「まぁ、不安はすぐになくなりますよ。とはいえ、影の嫌がらせばかりはどうしようもなさそうですね」 蒐牙くんの言うことは最もだ。 だって、下駄箱を開けるのが正直私は怖い。 私が下駄箱の前で固まっていると、蒐牙くんは私の代わりに下駄箱を開けてくれた。 「……と」 蒐牙くんは下駄箱から勢いよく飛び出してきたものを受け止めた。 緑色のつるつるとしたボディ、喉をぷくぷく膨らませているその姿。 「カ、カエル!?」 「カエルですね」 私はがっくりと肩を落とした。 やっぱり、雅音さんの影のファンってのはいるもんね。 完全に恨まれてる。 「まぁ納豆を超える嫌がらせではないけど、これはカエルくんがかわいそうね」 私は蒐牙くんの手の上のカエルの頭を撫でて、小さく「ごめんね」と言った。 そして蒐牙くんの手からカエルをもらって、外に逃がしてやった。 「カエル平気なんですね」 「うん。カエルが怖くて茨木童子に刀振り下ろせると思う?」 「思いません」 私がくすっと笑うと蒐牙くんはやれやれといった表情をしていた。 「おはよう、二人が並んでるなんて珍しいね」 「あ、おはよー御木本くん」 私たちに挨拶をしてきたのは御木本くんだった。 彼は私と蒐牙くんが並んで話しているのが珍しいみたいだった。 「そうだ御木本先輩。ちょっと協力してくれませんか?」 「うん?」 「椿先輩の下駄箱にカエルを入れた犯人を割り出したいんですが」 「かっカエル!?」 「ええ、今しがた逃がしましたけど。このままエスカレートさせるのも忍びないですからね」 「なるほど。そういうことなら任せて」 蒐牙くんの言葉に、御木本くんは鞄から薄型の何かを取り出した。 あれって……パソコン!? 御木本くんはそれを片手でカタカタと操作し始めた。 そしてニコリと笑った。 「うん、犯人はうちのクラスの角田さんだね」 「角田さんて……」 「一昨日、清村さんと影井様が婚約しているかの真偽を確かめたあの子だよ」 「な、何でわかったの?」 御木本くんは昇降口の角に設置されたカメラを指差した。 「この学校は防犯のために昇降口に一応監視カメラが置いてあるからね。その中をちょっと見せてもらったんだ」 「えええええ!?」 御木本くん……かわいい顔してなんてことしてるのよ!? 「御木本くんて……一体何者?」 「御木本家は現代科学の進化にものすごい柔軟性を示した家系ですからね。ITにも強いんですよ」 「ITに強いからって、学校の監視カメラのデータとか簡単に見られないでしょ……」 「そんなことなですよ。ちょいちょいっといじっちゃえばこの程度1分かかりません」 「いやいやいや……!!」 「やろうと思えば校長先生の退職金0にもできますよ」 「どこのダイ・○ード4よ!?」 私は思わず前に見た映画で、主人公の気の毒な刑事がコンピューターでデータをいじられて退職金を0にされていたのを思い出した。 「っていうかもしかして御木本くんってハッカー……?」 「まぁ味方につければ優秀なハッカー、敵に回せば史上最悪のクラッカーです」 「絶対敵に回したくない……」 「救いなのは御木本先輩が心優しいところですよ」 「うん、それは本当に神様も配慮したんだと思うわ」 とりあえず、御木本くんのパソコンのスキルにも驚いたけど、雅音さんがどうして清姫のときに御木本くんに情報提供を依頼したのか分かった気がする。 これだけ優秀なんだもの、そりゃ地方の超ローカルな情報まで集めてこられるわね。 それにしても、角田さん…… きっと私にこと恨んでるんだろうなぁ……でも、どうしようもないことだよね。 私は雅音さんが好きなんだもん、どんな嫌がらせを受けたって、私はこの気持ちを譲る気はない。 「まぁ、犯人調べたところでどうにもならないわよ。その人の気持ちが変わらなきゃ、ね」 私の言葉に、蒐牙くんは笑って私の肩に手を置いた。 「大丈夫ですよ。彼女には僕と御木本先輩からよーく言っておきますから」 「何を?」 「雅音様の大切なフィアンセに手を出すと、あなたの将来が大変なことになりますよ、っていうことをもうちょっと具体的に、かな?」 「みんな、雅音さんが何なのか知ってるのね」 二人は顔を見合わせて笑った。 結局、教室に入っていくと、角田さんは私をチラッと私を見たけど、すぐに視線を逸らしてしまった。 まぁ二人から話はまだ聞いてないだろうし、私のことは絶対嫌いだろうなぁ。 そういや、土井くんはどうしたんだろ。 今日は来てないみたいだけど…… 『3年A組の清村さん。至急校長室まで来てください。繰り返します』 私は冷や汗をかいた。 これは、とってもヤバイ予感。やっぱ蒐牙くん、私退学になるかもしれないよ……!? 私は恐る恐る校長室に向かい、ドアをノックした。 中から短く「どうぞ」って声が聞こえる。 私が息を飲んでドアを開けると、そこには校長先生と教頭先生、そして雅音さんがいた。 雅音さんは私をちらりと見たけど、あごをしゃくって私に横に並ぶように即した。 校長先生も教頭先生もかなり怖い顔をしてる。 これはいよいよ私も覚悟を決めなきゃならない。 「……このたびのこと」 校長先生がゆっくりと口を開いた。 そして次の瞬間…… え……? え………? えええぇぇぇぇぇぇえぇ!!? 校長先生が華麗に宙を舞った。 くるくる回るあの偉そうな椅子を蹴って、校長先生がバク宙決めたよ!? しかも華麗に土下座の体勢のまま着地したし!? 見れば、教頭先生もがくがく震えながら土下座してる…… 「大変申し訳ございませんでしたぁぁぁぁ!!」 「は……?」 「うちの土井が大変愚かなことを!! 申し訳ございません、どうぞお許しください!!」 私は状況が飲み込めずに雅音さんに助けを求める。 (誰に言ってるの?) (お前だ) (えええええええ!?) 校長先生はかわいそうなくらい深々と頭下げてるし……いや確かに土井くんのしたことは腹立つけど何で校長先生が頭下げるんだろう。 「土井に関してはしっかり家の者にも言い聞かせ、一週間の登校禁止処分といたしましたので!」 「え……えぇ!?」 「清村様が望むのであれば、退学にしても構わない所存です!!」 「なっ!? 何言ってるんですか!? 退学なんでいいですよ!!」 もう一体何がどうしてこうなったの!? 何で校長先生が私を様付けで呼んでるのよ!? 「も、もういいです……別に怪我をしたわけでもないですし」 「なんと心優しい……!!」 「校長」 「はい!!!」 校長先生は雅音さんに名前を呼ばれた瞬間、ぴんっと背筋を伸ばして正座した。 「今回は俺の婚約者が心優しかったからよかっがた……そうでなかったら分かっておったろうな?」 「はい! 肝に銘じます!!」 「うむ。貴様には期待しておるぞ。俺の婚約者が気持ちよく高校生活最後の年を送れるよう、最善を尽くせ」 「は、はいいい!!」 校長室を出た後、私は一度雅音さんに全てを確認するために屋上へ彼を引っ張っていった。 「どういうこと雅音さん!?」 「どういうこともそういうことも、何かおかしいか?」 「おかしいわよ!! だって、何で校長先生が私に土下座してるのよ!?」 「お前が俺の婚約者であり、その婚約者をこの学校の生徒が傷つけたからだ」 「なっ……」 雅音さんはそうしれっと言ってくれちゃったけど、校長先生が一教師や一生徒にあんな土下座するわけがない。 「俺が何なのか気になるか?」 「ずっと気になってるわよ……」 雅音さんはふっと笑うと私の頭の上に手を乗せた。 「前にも言っただろう。俺はお前の婚約者だ。お前を守るのは当然だろう?」 「雅音さん……」 私はその言葉だけで胸がいっぱいになってしまう。 この人は、口だけじゃなくて実際ちゃんと私を守ってくれる。 私のたった一人の愛する人。 「雅音さん」 「ん?」 「抱きしめて」 授業中の学校の屋上だって言うのに私は思い切り雅音さんに抱きついてしまった。 雅音さんは何も言わずに私を抱きしめ返してくれた。 甘い甘い、雅音さんのこのコロンの香りに包まれて、私はしばらく自分が幸せなんだっていう気持ちを堪能していた。 *********************************** 校長先生にお詫びをされた日から、私はとても平和な……ううん、平和すぎる日常を送ることになる。 土井くんと角田さんは私を見ると明らかに顔を青くして逃げるけど、まぁきっと雅音さんの謎の権力のせいなんだろうな、と思うしかない。 「つーばき!」 「やっほー深散、今帰り?」 「ええ。日直の日誌を影井様のところに置いてきたとろこですわ」 「あはは、一応ちゃんと先生やってるのね」 「まぁ一応は」 深散は苦笑いを浮かべて言った。 「とはいえ、形式だけで絶対日直の日誌なんか見てませんわよきっと」 「あー……家では絶対仕事してないしね」 「どうせ帰ったら二人でいちゃいちゃべたべたしてるんでしょう?」 「みっ深散!!」 私が軽く手を振り上げると、深散は笑って逃げ回っていたけれど、ふっと視線の先に何かを見つけて動きを止めた。 「くすっ、どうやらあそこも蒐くんの成長で円満になったようですわね」 「え?」 視線の先にあったのはミスターレディ釜飯。 そこの入り口がガラリと開いて、スクーターのヘルメットをかぶった御木本くんが元気よくバイクにまたがっていた。 「配達いってきまーす!」 「あっ! おいミキモン!! まってーな! 俺もいくー!!」 その後を追うようにアッシーがヘルメットを被りながらスクーターで走り出していった。 「ああ! 陵牙兄さん!! 三丁目の山田さんの分の釜飯はまだ積んでないですよ!! にいさああああん!!」 さらに続いて蒐牙くんが釜飯のお盆を両手に抱えて出てきたけれど、アッシーはもう走り去った後だ。 「まったく! 中身持たないで配達いく馬鹿がどこにいるんですか!!」 蒐牙くんはそういうと、お店の前においてあったオカモチに釜飯を詰めて自転車にまたがった。 「あ、ちょっと蒐牙ちゃん!! あなたが配達いっちゃったら調理場どうするのよ!!」 「それくらい店長一人で接客と一緒にこなしてください!!」 「無理言わないでよおおおお!!」 4人は元気に同じ方向に向かって走り去っていった。 あはは、何か以前にもまして楽しそうな職場になったわね。 「っていうか店員さん誰もいなくなっちゃいましたわね」 「あ、ホントだ」 私と深散は顔を見合わせて笑った。 そして、中にお客さんが誰もいないのを確認して、こっそり準備中の札をかけてお店のドアを閉めたのだった。 蒐牙くん、楽しそうだな。 彼も、成長したってことかな。 これならきっと、一人で悩むようなこともなくなるよね。 私は晴れやかな気持ちで空を見上げた。 抜けるような青空は、まるでこの平和を象徴しているようだった。 |