第4話 不穏な夢


     私と深散は星弥の叫び声を聞いて、隣の部屋にすぐさま駆けつけた。
     そして、驚きの光景に目を見開いてしまう。

     部屋が暑い……ううん、むしろ熱いっていうほうが正しい。
     まるで灼熱の炎の中にいるような熱さだ。

     見れば、星弥は大きな蛇のようなものに締め上げられていた。

    「星弥!!」
    「星弥くん!!」
    「椿、賀茂!! 来るな!!」

     部屋に入ろうとすると、私たちを止める声が聞こえた。
     雅音さんだ。

    「雅音さん……どうして!?」
    「今この部屋は瘴気に満ちておる! お前が入ればたちどころに気を失うほどのな……」
    「せや! 今結界張って外に漏れ出すんだけは食い止め取るけど、入ったらあかんで!」
    「そんな!」

     中に入れずにいる私をよそに深散は果敢に中に飛び込んでいった。
     その瞬間、深散は思わず「うっ!」っと苦しそうに胸を押さえた。

    「これはひどいですわね……息さえもできなくなるんじゃない勝手ほど濃厚な瘴気ですわ」
    「賀茂、無理はするな」
    「分かっておりますわ、でも、このまま引き下がるわけにはいきません!」

     深散はキッと蛇を睨んで、力強く印を切り始める。

    「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!!!」

     それと共に符を大蛇に投げつける。

    「皆様、急急如律令を!」

     深散の声に、雅音さんを含めた3人は頷き、各々に符を投げる。
     その符は大蛇に張り付き、それを確認した4人は一斉に声を上げた。

    「急急如律令!!」
    「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

     その瞬間、星弥を締め上げていた蛇の力が弱まり、星弥は開放された。
     それを素早く深散が抱え込む。

    「オンコロコロセンダリマトウギソワカ!」

     多分、星弥の傷を少しでも和らげようとしているんだろう。
     深散は一心に星弥に向けて呪文を唱え続けていた。

    「おのれ……また貴様らか陰陽師!! 許さぬ……私の邪魔をするものはそこにいる安珍共々皆道連れにしてくれる!!」

     聞くだけでもおぞましい声で、恐ろしい言葉を残して蛇は姿を消した。
     やっぱりあの物の怪、星弥を安珍って呼んだ。
     これは、予想通り最悪の事態かもしれない……

    「星弥くん! 星弥くん!!」

     深散は不安そうに星弥を何度も呼んだ。
     程なくして星弥はうっすらと目をあけた。

    「うっ……深散先輩……」
    「星弥くん! 大丈夫ですの!?」
    「は、はい……全然大丈夫……うっ!」

     星弥は苦しそうに身体を押さえた。
     雅音さんは、何かに感づいたように、星弥のTシャツを脱がせた。

    「これはいかん……」

     見れば星弥の身体は、蛇に締め上げられた痕がくっきりと残っていた。
     しかも、その痕は火傷になっていて、見ていてとても痛々しいものだ。

    「ひどい……星弥くん、すぐに手当てしなくては……」
    「小鳩ちゃん、お願い星弥の傷治してあげて」
    「はいですの!」

     私の言葉に小鳩ちゃんは星弥の火傷に触れた。
     そして難しい顔をして言った。

    「これ、ただの火傷じゃありませんの……呪いがこめられていますわ。私では火傷は治せても呪いまでは祓えませんわ」
    「ふむ、それでは祓いをせねばならんな……」
    「簡単に、祓えれば、ですけれど」

     雅音さんの言葉に、小鳩ちゃんは険しい顔で返した。

    「この呪い、かなり強い念を感じますの。このまま下手な祓い方をすれば、この方のお命が危ないですのよ」
    「そんな!」

     深散は叫ぶように星弥の蛇模様の痕に触れた。

    「……っ!?」

     でも、すぐにはじかれたように手をどけた。
     そして悔しそうに言った。

    「影井様……これ、祓いは不可能ですわ」
    「なに?」
    「この呪い、星弥くん自身に憑いている物の怪……もう正体は感づいていらっしゃるのでしょう? 清姫を祓わない限り無理ですわ」
    「なるほど。その痕は清姫の半身か」
    「ええ。完全に清姫は星弥くんを安珍だと思い込んでいます。確実に殺しにかかりますわよ」
    「面倒なことになったのう」

     雅音さんは考え込んだ表情になったけれど、すぐに携帯でどこかに電話をし始めた。

    「俺だ。ああ、少し調べてほしいことがあってのう。道成寺の清姫について、あるだけのデータを送ってくれぬか? ああ、パソコンにで構わん」

     雅音さんは、そんな感じで数箇所に電話をかけていた。

    「はい、藤原星弥はしばらくこちらで預からせていただきたい。いえ、新しい部屋は今は不要です。うちのほうでしばらく預かりますゆえ……ええ、ええ。できれば微弱な霊力でも感知できる陰陽師を回していただきたい。はい、お願いします」

     電話をかけ終わると、雅音さんはすぐに私たちに指示を出し始めた。

    「皆すぐに支度をしろ。帰るぞ」
    「え!? か、帰るって今から?」
    「ああ、相手が清姫ならばここにいるのは危険だからのう。星弥はしばらくうちで生活させる。あまりあてにはならんが、周囲にも見張りの陰陽師はつけて万全の体制にする」
    「で、でも……清姫は今までどんな陰陽師や霊媒師でも敵いませんでしたのよ?」
    「分かっておる。だからデータを取り寄せておるのだ。早く手を打たねば、星弥が安珍の変わりに冥府へ連れて行かれるぞ」

     その言葉に深散の顔が青くなった。
     そしてすぐにぐっと唇を噛んで言った。

    「私も協力いたします! このまま指をくわえて見ているなんでできません! 私も泊り込みで調べますわ」
    「深散……」
    「本当は紅葉がいればもっとよかったのかも知れませんけれど……でも、出来る限りのことはしたいんですの」
    「いいだろう。お前もうちに泊まれ。星弥の警護は任せるぞ」
    「はい!」

     深散が力強くうなづくと、アッシーと蒐牙くんも顔を見合わせてうなづいた。

    「んなら蘆屋家もばっちり協力させてもらうで。清姫に対する対応、おかんたちにも聞いてみるわ」
    「アッシー……」
    「物の怪から人々を守るのが我々の仕事ですからね。協力は当然でしょう」
    「蒐くんも……ありがとう」
    「水臭いですよ深散先輩。僕らは仲間なんでしょう? なら協力するのは当然じゃないですか」
    「せやせや。んなら急いで帰ろうか」

     私たちは雅音さんの運転で急いで京都へ帰ることになった。
     なんだか、楽しい思い出になるはずの旅行は、大変な事件へのプロローグみたいになってしまった。


    ********************************


    「星弥はこの部屋を使え。とはいっても一人で寝かせるのは危険だからのう。賀茂も相部屋だがよかろう?」
    「は、はい……」
    「不満顔だが仕方なかろう? 向こうに帰って殺されるのも嫌だろう。部屋に閉じこもっておっても身体に毒だしのう、外出は構わんが常に共に行動するものがおることは我慢せいよ」
    「は、はぁ……」

     星弥は清姫に取り憑かれている張本人なのに話についていけてないみたいだった。
     分からなくもない、いくら雅音さんから詳しい話を聞いたからって、今まで信じていなかった物の怪って存在に突然取り憑かれましたなんて言ったって、すぐに理解しろというほうが難しい。

    「とりあえず、二人とも今日は疲れたであろう。ゆっくり休むといい」

     そういうと、雅音さんは部屋に星弥と深散を残してさっさとリビングへ移動してしまった。
     私も雅音さんの後についてリビングへ移動する。

    「椿、お前も泊まっていけ」
    「え? あ、うん。そのつもり」
    「というかしばらくここにおれ。これから忙しくなりそうだからのう。少しでもそばにいてほしいのだ」
    「雅音さん……」

     雅音さんは私の頭を軽く撫でてふぅっとため息をついた。

    「今はこれ以上すると、止まらなくなりそうだからのう。我慢しておくとしよう」

     そういうと雅音さんは少しだけ拗ねたように言うと、軽く私にキスをしてくれた。
     そして唇を離すのを惜しいという表情をしながらも体を私から離すと、リビングのパソコンを立ち上げて、メールをチェックし始めた。
     そこにはどえらい数のメールが届いていた。

    「流石だのう。この短時間にこれだけ調べたか」

     雅音さんは感心するように、そして興味深そうに口元を吊り上げた。
     ちょっとだけメール画面を見ると、送信者の欄に"Mikimoto Keiichirou"って書いてある。

     みきもとけいいちろう……?
     ってまさか御木本くん!?
     雅音さん、こんな夜中に御木本くんたたき起こして清姫のこと調べさせたんじゃ……

     なんか、気の毒になってきた。

     雅音さんはその日、寝ずにPCの前でキーボードを叩き続けていた。
     新着メールがぞくぞくと届いているところを見ると、御木本くんも清姫に関して色々調べているんだろうな……
     雅音さんが頑張っているんだから一緒に起きていようと思った私も、いつしかテーブルに突っ伏したまま眠ってしまっていた。


     そんなまどろみの中、私は不思議な声を聞いた。

    【娘。鬼斬の娘よ】
    「え?」

     誰かに呼ばれた気がして周囲を見渡すと、私は真っ白な場所に立っていた。
     どこを見渡しても真っ白で、すごく気持ち悪い空間だ。

    【ここだ】

     声のほうを向いてみると、青白い光が私の目の前にあった。
     声はそこから聞こえているように思える。

    「誰?」
    【我は……。朱雀より命を授かりし鬼斬の娘、そなたに興味を持って会いに参った】
    「え……?」

     名前が聞き取れなかった。むしろ、わざと聞こえないように言ったような気がしなくもない。
     それに、この声は私が一度死んだことを知ってる?

    【今回お前たちが関わっている物の怪は哀れな娘だ。その心を決して無視してはならぬ。努々、悪しき物の怪と同じように斬ってはならぬぞ】
    「どういうこと?」
    【そなたの鬼斬の刃には二つの力がある。物の怪を切り裂く天照、物の怪を浄化する月詠……】
    「意味わかんないんだけど……何が言いたいの?」
    【二つの刀の使い道を間違ってはならぬ。斬っていい物の怪を斬れば、新たなる悲しみを生むだけだ】

     そういうと、私に語りかけていた光がすーっと薄くなっていく。

    【お前はまだ天照の力しか知らない。だがこの先鍵を握るのは月詠だ。早く、月詠の力に目覚めるがよい】
    「あ、ちょ、ちょっと待って!!」

     それが最後、私がどんなに声の主を読んでも二度と声が聞こえることはなかった。
     それはそうだ。
     私は叫びながら夢から覚めていたのだから。

    「待って!!」
    「え!?」

     私の叫び声に反応を示したのは深散だった。

    「ど、どうしたんですの?」
    「あ、あれ……夢?」
    「なにか、夢を見たんですの?」
    「うん……ちょっと変な夢だったんだ」

     私は深散に夢の内容を話すことはやめた。
     今星弥のことで精一杯な状況で、私の夢なんかで余計な心配をかけたくはなかった。
     とはいえ、気になる内容であることは間違いない。

     私の鬼斬の刃の力に天照と月詠の二種類がある……?
     そして使いどころを間違ってはいけない……?
     どういうこと? 月詠の力が鍵を握るってなに?

     私はこの謎の夢の意味を、この事件の最後の最後に知ることになる。
     ただ、あの夢で私に語りかけてきた存在がなんなのか、それを知る術はなかった。

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