第10話 蘆屋家の会合
―――日曜日。 私の風邪はすっかり治り、今まさに雅音さんの車でアッシーの家に向かっている最中だった。 正直、会合ってどんなものかわからないから、すごく緊張してる。 「顔が固まっておるぞ。そう硬くならずともよかろうに」 「だって……あんな大きな家の親戚一同が集まるんでしょ……?」 「まぁのう。正直蘆屋家であそこまでゆるいのは本家の連中だけだしのう。というか本家がゆるいから分家がその分ピリピリしだすのか」 雅音さんはおかしそうに笑う。 それって笑い事なのかしら……しかも今日って蘆屋家の明暗を分ける大事な日なんじゃないの……? 「心配か?」 「正直、ね」 「まぁ、今日はいつもと違う陵牙を見ることになると思うぞ。楽しみにしておれ」 「どういうこと?」 「見ればわかる」 雅音さんはそれ以上教えてはくれなかった。 そしてそのまま車は蘆屋家の門を抜けて、来客用の駐車場に止まる。 ってずいぶん車がいっぱい止まってるのね。 しかもどれも高級車ばっかり…… 「ふん。相変わらず見栄ばかり張りおって」 「え?」 「まぁ見ておれ。蘆屋家の今の惨状は会合に出なくてもすぐに察しがつきそうなものじゃからのう」 私は雅音さんに連れられて、アッシーの家へ向かった。 家の前には受付の人がいて、すぐに私たちを迎えてくれた。 「お待ちしておりました、影井様、清村様」 「うむ。もう皆揃っておるのか?」 「いえ、まだ何人かいらしておりませんが向かっている途中との連絡をいただいております」 「ふん、俺より遅れてくるとはいい度胸だのう」 「申し訳ございません。蒐牙様にご報告しておきます」 「構わん、奴らは俺が来るなんて知らんだろう。来て冷や汗をかかせてやるのも一興というものよ」 いやいや……話の流れがよくわからないけど、何で雅音さんそんなどす黒いオーラ出してるのよ…… っていうか何様!? 「あ、あのよろしくお願いします」 「はい、では影井様と清村様は別室を用意いたしておりますので、係りの者がご案内いたします」 そうすると、すぐに蘆屋家のお手伝いさんが私たちを部屋へと案内してくれた。 でも、そこに向かう途中、集められた人たちはタバコを吸ったり仲のいい親戚同士で話したりしていたみたいだけど、ある特定の人が通りすがると顔をしかめ、目を眇め、眉を潜め…… なんかあからさまに嫌な顔をしている。 って言うか…… 何で雅音さんが通ると深々とお辞儀するんだろう? ホント、私雅音さんのこと何一つ知らないんじゃないかしら…… 不安な顔をしていたら、雅音さんは歩いている途中で私の手をぎゅっと握ってくれた。 「心配するな」 「雅音さん……」 その"心配するな"が、どんな意味かはわからない。 でも握ってくれた手の温もりはとても暖かくて、私の胸のモヤモヤしたものを全部奪い去ってくれた。 「椿! 影井様、待ってましたわよ」 「やっほー深散。早いね」 「私の借りてるマンションがすぐそこですからね。余裕があるだけですわ」 私たちは客間でお茶を出されしばし、待たされることになった。 流石に他の親戚とは違う扱いをされているのはわかるけど、むしろ私たちのほうが優遇されてるみたいね…… 他の人たちは廊下にいたり、開け放たれた座敷に座ってたわけだし。 「皆さん、お集まりいただいてありがとうございます」 客室に入ってきたのはよく見知った顔、蒐牙くんだった。 「あ、蒐牙くん。うわぁスーツ着てる! 印象ちがーう」 蒐牙くんはいつもと違って、黒いスーツを着てる。 なんか、SPとかそういう職業の人が着てるみたいなやつだ。 蒐牙くんはちょっと照れたような表情をしたけれど、すぐに表情をきりっとさせて言った。 「今日は当主直々のお呼び出しですので、皆正装なんです。あ、それより皆様、準備が整いましたので、お部屋へご案内いたします」 なんか、私普通の格好できちゃったけどよかったのかな…… まぁ深散も雅音さんも普通だから別に大丈夫か。 そこまで派手な格好してきたわけでもないし、多分問題ないよね。 私たちは蒐牙くんの案内で、大きな部屋に通された。 お座敷がずーっと広がっていて、そこに蘆屋家の親戚と思われる人たちが正座してる。 すごっ! 圧倒される光景…… っていうか、なんか向き合ってる親戚同士がすごい睨み合いしてるのは何故だろう。 わかりやすく言えば正面切って睨み合いしてる。 「皆様の席はこちらです」 え……? え………? えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? この席に座っれていうの!? あ、ありえない…… だって、ここって俗に言う殿様席じゃないの。 ずらっと並んだ親戚一同見渡せちゃうわよ……!!!!! 丁度ど真ん中の立派な座布団を挟んで、左右に置かれた4つのこれまた立派な座布団。 私と雅音さん、向こう側には深散と蒐牙くんが座った。 痛い……親戚一同の視線が痛すぎる…… しかも、何故か他の3人ではなく、親戚一同様の視線は私のほうに集中してる。 「なんじゃあの小娘は?」 「どうして蘆屋家の会合に一般人がきてるのかしら?」 「不愉快極まりない」 ヒソヒソと聞こえる声は、明らかに私の存在を不快なものとして扱っている。 「ふん、器の小さい奴らめ」 「なっ! なんだと!!」 「一般の方の意見も重要と言う当主様の見解だろうよ、そんなことも理解できんのか」 うわ……なんか恐ろしいほどの邪念が渦巻いてる。 かんっぜんに右と左で言い合い始めたよ…… 「何を言うか! 一般人など同じ場所にいるだけで気分が悪くなるわ!!」 「じゃあお前らはもう街出られんな! あそこには一般人しかおらんではないか!」 「お静かに! 清村様に無礼を働くなど、言語道断ですよ!」 え……? 声を張り上げたのは蒐牙くん。 何か、いつもと違う…… 親戚一同が、凍りついたような表情でこちらを見ていた。 「彼女は当主の大切なご友人。無礼があればそれなりの罰を受けてもらうことになりますが、よろしいですか?」 「………」 すごい、親戚がみんな黙り込んだ…… 蒐牙くんの刺すような言葉に、誰も言い返せないみたい。 しんと静まり返った部屋に、遠くから足音が聞こえた。 「当主様、ご準備整いました」 お手伝いさんらしき人の声が聞こえ、蒐牙くんは小さく頷いて言った。 「こちらも大丈夫です。どうぞご入室ください」 その瞬間親戚一同、蒐牙くんが深々と頭をたれた。 まるで殿様が来たみたいな状態だ。 その光景の中では、むしろ頭を下げていない私たち3人のほうが浮いているように感じた。 (私たちはいいの……?) (やってもいいが、入ってくるのは陵牙だぞ? お前、陵牙に土下座するのか?) (あ、そういえばそうか……なんかこんな雰囲気だからつい……) (まぁ、入ってくるのは陵牙であって、陵牙じゃないがのう) (え……?) 私には雅音さんの言う意味がわからなかった。 けれど、すぐにその意味は理解できた。 すーっと襖が開き、中に入ってきた人を見て、私は目を見開いた。 うわぁ…… 凛とした表情でたっているのは、黒い着物に袈裟を着けたアッシー。 しかも、いつも派手な金色の髪が、今日は黒になってる。 その姿は、いつものアッシーとは似ても似つかないほどのものだった。 (あ、あれがアッシー!?) (陵牙というよりは……29代目蘆屋道満じゃのう。立派に正装しとるわい) ああ、そうか…… 今のアッシーはアッシーであってアッシーじゃない。 そういうことか。 今のアッシーは29代目蘆屋道満の顔なんだ。 (あれ、でも何でお坊さんの格好なの? 正装っていうけど、陰陽師ってなんか平安時代の狩衣みたいな格好じゃない? あの烏帽子みたいなのかぶった) (それは官人陰陽師の家系の正装じゃ。賀茂の家などではそうかもしれんが、蘆屋家は法師陰陽師の家系だからのう。あの格好でいいんじゃよ) 雅音さんはトンチンカンな顔をしている私にわかりやすく説明をしてくれた。 要するに、平安時代貴族たちに正規に使われていたのが官人陰陽師。一方、民間人たちに使われていたのが法師陰陽師で、こっちは非正規の陰陽師だったらしい。 法師陰陽師のほとんどが貴族や官人陰陽師たちから陰陽師のまがい物として嫌われてたらしいけど、実際は貴族もこっそり祈祷なんかをお願いするような立派な陰陽師もいたって話しだ。 その中に、蘆屋道満も入っているってことなのね。 しかし、ある意味すごいなぁ。 だって、周囲の冷ややかな目なんかものともしないで、蘆屋家は陰陽師の中でも大きな家柄になったわけだし。 すごい気合と根性がなきゃできないことなんじゃないかしら…… そんなことを考えていると、後ろにアッシーパパとママを従えたアッシーがゆっくりこちらに歩いてきた。 その歩みは静かだけれど、背筋のピンと伸びた、一歩一歩に力がある、すごく頼もしい姿だ。 アッシーが席につくと、頭を下げていた人たちが一斉に背筋を伸ばして緊張した面持ちで頭を上げた。 「皆、よく集まってくれた」 アッシーの声は姿同様すごく凛としていた。 嘘みたい。アッシーがこんな一面持ってたなんて…… 「今日皆に集まってもらったのは他でもない。我が蘆屋家の冥牙の件だ。皆噂くらいは聞いているな?」 「は、はい……がしゃどくろの封印を解き、当主の命を狙う不届きな行動をしているとか……」 「ああ、それで相違ない。だがしかし、腑に落ちんこともある」 「と、申されますと……?」 緊張しまくる親戚たちを見据えて、アッシーは威圧の混じった声で言う。 「冥牙は考えなしにそのようなことをする男ではないと俺は判断する。何か心当たりのある者はおらんか?」 その言葉にいの一番に言葉を発したのは、私に対して不快感を示しているほうの人たちだった。 「どうせ、当主の才能をねたんでのことでしょう」 「以前だって当主の首を絞めて殺そうとしたような輩です」 「早々に処分なされたほうがよいのでは?」 それに異を唱える逆側の人たち。 「何を言っておるか! 冥牙様は当主様に負けぬほどの力量の持ち主! 妬みなどするものか!」 「まったくだ!! 本当なら当主になっていたほどのお方! 馬鹿にするとは許しがたい!!」 「何ぇ!? 一般人の血など混じっているからそういう、不届きなことを考えるのだ!!!」 「新しい血は新たな才能も生む! 頭が固い貴様らに何がわかるか!!」 あああああ……もうなんなのよぉぉぉぉ!! ああいえばこういう、結局この人たち喧嘩したいだけなんじゃないの!? さっきから一般人の血が混じってるとか混じってないとか…… なんでたったそれだけのことでここまで言い争えるのか理解できない。 「黙れ!」 先ほどの蒐牙くんよりすごい威圧感のあるアッシーの声に、思わず「ひっ!」という声が多数聞こえた。 「俺はお前たちの主観を聞きたいわけではない。いい大人が主観しか語れないとはな……」 「し、しかし当主……!」 「まぁ、今の言葉で多くを察することはできたがな」 アッシーの表情が少し悲しいものに変わった。 当主としての顔で、気がつかない人も多いかもしれないけど、でも…… その目は何かを嘆いている表情だ。 「これじゃ兄ちゃんが嘆いてもしゃーないなぁ……」 アッシーは小さくつぶやいた。 その声はあまりに小さくて親戚の人たちには聞こえてなかったと思う。 でも、両側に座った私たちや、後ろに座ってるご両親の耳にはしっかり届いていた言葉だと思う。 アッシーは小さくため息をつくと、もう一度きりっとした表情で言った。 「この度の会合を開いたのは他でもない。冥牙が何故こんな行動に出たのか、その真相を探るためだ」 「しかし、何故冥牙様の動向を探るために我々をお集めになったのですか?」 「お前たちの口から真実を聞きたかったからだ」 その何かを確信した表情に、私は疑問を抱いた。 もしかして、アッシーは全てをもう知ってるの……? 「なにを……おっしゃっているのです?」 親戚たちの顔色が変わった。 なにか、すごく焦った顔をしてる感じ。 「とぼけるならそれでもよい。蒐牙」 「はっ……」 蒐牙くんはすくりと立ち上がった。 この先聞かされることは、私も唖然としてしまうような事実だった。 だからアッシーがこんな寂しい顔をしていたのだと、実感するような内容の話に、他人ながら私はがっかりしてしまった。 |