第11話 蘆屋家の真実


     蒐牙くんは立ち上がって、お手伝いさんに手渡された書類を読み始めた。

    「4年前、各蘆屋家に勤めていた使用人から話を聞いた調査報告です」

     その一言に、先ほどまで気まずい顔をしていた親戚一同の表情が、完全にフリーズした。
     知られたくないことを知られてしまったって言うのがよくわかる表情だ。

    「まずこれから話を理解しやすいように、蘆屋重蔵を中心とした蘆屋家に新しい血を入れようという意見を持った派閥を新興派、蘆屋逸昌を中心とした陰陽師の血を重視する派閥を保守派とします」

     なるほど、真っ二つに割れた派閥にも代表はいるのね。
     左右の列の先頭に座った偉そうなおじさんたちが、名前を呼ばれてびくっとしてたから、多分代表はあの人たちだろう。

    「4年前、新興派の屋敷に勤めていた使用人から以下の証言が多数集まりました。新興派は現当主蘆屋陵牙を殺害し、兄である冥牙を不動の当主にしようとしていたという会話をよく聞いていたそうです」
    「さ、殺害!?」

     私は蒐牙くんの口から飛び出したあまりに物騒な言葉に、私は思わず声を上げてしまった。
     親戚がアッシーを殺そうとしてた……?
     嘘でしょ……?

    「何ということだ! 貴様らそれは謀反だぞ!!」
    「そ……それは……」

     焦りまくる新興派の人たちと正反対に、保守派の人たちは鬼の首でも取ったような顔で相手を責め立てる。
     でも、蒐牙くんの言葉はそれだけでは終わらなかった。

    「静かに! もう一つの事実です。保守派のほうの使用人にも話は聞きました。こちらは当主第一候補の冥牙を失脚させるべく、彼に呪詛をかけ続けていた事実が浮上しました。しかも保守派の者は冥牙だけではなく、母親の沙希にも呪詛をかけ、精神的に追い詰めていたことも明らかです」

     ひどい……お互いがお互いの意見を通すために、都合の悪い当主候補を殺そうとしていたって言うの?
     仮にも血のつながった親戚だって言うのに……

     いや、意外と親戚なんてそんなものかもしれない。
     だって、うちの親戚だって結局誰一人私を引き取ってはくれなかった。
     それどころか、私が婚約して京都に行くのを両手離しで喜んでいたくらいだもの。
     財産だけ手に入って、手のかかる私はいなくなり……さぞや嬉しかったんだろう。

     本当に、世の中どうかしてる。

    「どちらが悪いというわけではない。同じ一族同士であっても、意見が分かれることもあるだろう。だが、自分たちの意見を通すために人の命を安易に扱うお前たちの行動を俺は許すことはできん」
    「し、しかし我々は陵牙様をどうしても当主にと思って……!! あなたを思いやってのことです! どうか処分は新興派に……!!」
    「見苦しいぞ、逸昌!! この期に及んで自分たちだけ言い逃れか!!」
    「だ、黙れ! 現当主殺害案など、それこそとんでもない話ではないか!!」

     ああ、正直うんざり。
     言い逃れに走ったり、相手の罪を責め立てたところでまったく意味がないのに。
     事実なんて、変わらないんだから……

    「両者とも黙りなさい!!」

     蒐牙くんの張り上げた声に、どちらの派閥の人たちも言葉を止める。
     まったく、しゃべっては怒られしゃべっては怒られ。
     もう、観念したらいいのにね。

     アッシーはきっと、陰陽師の力を私利私欲に使う人を許さないんだろうから。

    「これは決定稿であって覆る意見ではな。両者ともに心して聞くように」

     アッシーの表情はとても厳しいもので、その決断はどうあっても変わるものではなさそうだった。
     きっと、当主として考えに考え抜いた結論なんだろう。

    「今回の件は蘆屋家にとって極めて恥ずべき事件だ。冥牙がもし度重なる呪詛で追い詰められて今回のことを起こしたというならば、がしゃどくろを封じていた貴風院家にもどう詫びを入れていいものか」
    「協会のほうも、お家争いの激化でこのようなことが起こっていると知って当主の判断を待っている状態です」
    「なっ……何故協会が事件のことを!?」
    「僕が報告したからですよ。当然でしょう、陰陽術を私利私欲のために使い、人を一人殺しているのですから」
    「ぐっ……」

     蒐牙くんも完全に両者に容赦を加えるつもりはないらしい。
     二人とも立派だなぁ……大人相手に、たかだが16・17歳の子供が毅然と立ち向かってる。

    「今回の処分を申し渡す」

     アッシーは静かに閉じていた目を開いた。
     ピンと張り詰めた空気が広がって、私まで肩に力が入ってしまう。

    「蘆屋重蔵、逸昌、両名および今回の件に関与した者全てから陰陽師の資格を剥奪、二度と蘆屋の名を名乗ることを禁ずる」
    「なっ!?」
    「そんな!!!」

     完全に処分を言い渡された人たちの表情は絶望の色に変わっていた。
     それはそうだろう。
     陰陽師として生きてきて、突如その地位を剥奪されれば誰だって慌てるし、戸惑う。

    「安心しろ。お前たちだけを責めるつもりはない」

     ふっとアッシーは目を伏せて、小さく言った。
     その後アッシーの言った言葉に私は、いやその場にいた誰もが驚いてしまった。

    「これは俺の監督責任だ。一族の中の争いを知っておきながら放置していたのもまた事実。そのためにもし冥牙ががしゃどくろの封印を解いたというならば俺も責任を取らねばならない」
    「アッシー……?」
    「あまり、馬鹿なことを言ってくれねばいいが」

     雅音さんまでもが心配そうにアッシーのほうを見ていた。

    「俺は本日をもって29代目蘆屋道満の座を退位する。後任には蘆屋冥牙を据える」
    「何を馬鹿なことを!!」
    「そうです! 冥牙はがしゃどくろの封印を解いた犯罪者ですぞ!」
    「封印を解いたくらい、何だというのだ。あれはまだ人を殺してはいない」

     アッシー……お家争いを解決して、冥牙さんも家に連れ戻そうとしてるんだ。
     当主として立派に役目を果たそうとしてるんだ。

    「ぐっ……認めん、認めんぞ!!」

     突然保守派の人たちの何人かが突然立ち上がる。

    「冥牙が当主になるのは喜ばしいが、家を追放されては意味がない!!」

     今度は新興派の人たちだ。
     一応派閥に入ってますって感じの人たちは、その殺気立った空気に完全に呑まれて冷や汗をかいているようなじょうたいだった。
     両者立ち上がって、アッシーを睨んで叫ぶ。

    「もうやる気のない本家にはうんざりだ! 貴様ら本家を潰して、我々が取って代わろうぞ!」
    「保守派に渡すくらいなら我々がその座はいただく!」

     駄目だ……この人たちは人として何かが欠けてしまってる。
     結局自分たちが甘い汁を吸いたいだけなんじゃない。
     わめき散らすおじさんたちが、アッシーに向かって印を切ろうとしたときだった。

     ―――ガシャアアアアアアアアアン!!!!!!!

     すごい音と共に、家の屋根が抜けた。
     っていうか大きなものに叩かれて穴が開いたって言ったほうが正しい。

    「ひっ!!」
    「こ、これは!!」
    「がしゃどくろ……!? 冥牙兄さん!!」

     私はがしゃどくろの名を聞いて慌ててコンタクトをはずした。
     大きな白骨化した手が、新興派のおじさんと保守派のおじさんの真ん中にめりこんでる。

     次の瞬間には、がしゃどくろの手が会合場の屋根を完全に破壊した。
     見上げれば巨大な骸骨、がしゃどくろがこっちを覗き込んでいた。
     その肩には冥牙さんの姿がある。

    「やはり、どこまでも腐っているな」
    「冥牙!! 貴様よくも顔を出せたな!!」
    「そうだ、この蘆屋家の恥さらしが!!」

     よく言うわよ……あんたたちのほうがよほど恥さらしじゃない。

    「くくく、何とでも言うがいい。蘆屋家の代表がこうも頭数をそろえてくれているとは好都合だ」
    「おのれ、冥牙!!」

     必死に冥牙さんを睨んでるおじさんたちは、体が震えてた。
     それはわかる。だって、がしゃどくろ、前にあったときよりすごくおぞましい気配を放ってて、正直私はまた気持ちが悪くなってきてる。

    「冥牙兄さん! もう彼らは陰陽師の地位を剥奪されました! あなたに呪詛をかけるような人もいません! だからやめてください!!」
    「ふん……地位を剥奪されたくらいで蘆屋家の腐敗は止まらん。原因は全て取り除かねばならん。そう、蘆屋家の人間全てを殺すことでな」

     その瞬間、がしゃどくろが腕を振り上げた。
     私は急いで刀を呼び出そうとする。
     でも、その手を止めたのは雅音さんだった。

    「雅音さん!?」
    「待て……今は陵牙に全てを任せるぞ」
    「で、でも!!」

     慌てる私に、雅音さんはまるでさとすように手首を握った手に力をこめた。

    「信じろ、陵牙を」

     参ったなぁ……こんな状況なのに、そんな顔でアッシーを信じろって言われたら何もできなくなってしまう。
     心配ではあるけど、信じようって気持ちになってしまう。

    「青龍・百虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如!!」

     すごい勢いで光の波が走っていった。
     その光線はがしゃどくろの腕をはじいて、振り落とすことを妨害した。

    「陵牙……まずは貴様から死にたいというのか?」
    「蘆屋家当主として、これ以上お前に罪を重ねさせることはしない。今すぐがしゃどくろから手を引け冥牙」
    「ほう……立派だな。だが、見てくれだけで当主は務まらんぞ陵牙!」

     な、なに!?
     がしゃどくろの体から何か白いものが湧き出してこっちの飛んでくる!?

    「くっ! 骸か!!」

     見ればその一つ一つが白骨化した人間で、手に槍や刀を持ってる。
     なななな、なにあれ!?

    「がしゃどくろは元々戦死した兵士の無念が集まってできた物の怪じゃ。それをバラしておるんじゃろう」

    「蒐牙! 今すぐ親戚一同の避難を!」
    「わかりました!」
    「させるか!!」

     蒐牙くんが親戚の避難に回ろうとしたときだった。
     白骨兵士たちが突然襲い掛かってきた。
     これじゃ、とても避難なんてできない、だって、蘆屋家のご親戚も結構な数いるけど、白骨兵士はそれを上回る数がいる!

    「臨める兵、闘う者、皆、陣をはり列を作って、前に在り!! 前鬼! 後鬼!!』
    「はっ!」
    「ただいま!」

     雅音さんは前鬼さんと後鬼さんを呼び出して白骨兵士をなぎ払っていく。
     深散は得意の陰陽術で兵士たちを祓って戦ってるけど、白骨兵士はどんどんがしゃどくろから召還されてるのかきりがない。
     蒐牙くんも親戚の避難に手こずってるみたいだ。

     ふと、そんなことを考えて気を抜いていたせいだろう。
     他人である私も例外なく白骨兵士は襲ってきて、いつの間にか囲まれていた。

    「しまった!」
    「麗! お行きなさい」

     突然、素早く私の周囲にいた白骨兵士を何かが砕いた。
     あまりにも早すぎて、何がなんだかわからなかったけれど、見れば綺麗な女の子がニコニコとこっちを見ていた。

    「あ、あの……」
    「椿ちゃん、下がっててね」
    「あ……十六夜さん!?」

     私の肩を叩いたのはアッシーママだった。
     アッシーママは片手に札を持ってる。
     そこには大きく血文字で『麗』って書いてあった。
     もしかして、この不思議な感じの女の子はアッシーママの式神……?

    「冥牙ちゃん!」
    「………」

     十六夜さんは冥牙さんを見上げて言った。

    「おかえりなさい。でも、玄関はここじゃないわ。ちゃんとお出迎えするから、あっちから入ってきて頂戴」
    「十六夜様!! こんなときに何を言っていらっしゃるのですか!!」
    「あら、普通のことでしょう? 息子が帰ってきたのに……!?」

     親戚のおじさんを諭していた十六夜さんを、大きな手が勢いよく弾き飛ばした。

    「十六夜さん!!」
    「母上!!」

     私は思わず十六夜さんに駆け寄った。
     十六夜さんはぐったりしているけど、気を失っているだけみたいだ。
     よかった……

    「冥牙。やりすぎだ。もういい加減にしろ」
    「言ったはずだ、俺は蘆屋家を滅ぼすと」
    「何故そこまでして蘆屋家を滅ぼしたい!?」
    「わからんか。私利私欲にまみれた貴様らの行いで、母上がどんなに苦しんだか! 俺がどれだけ苦痛を強いられたか……!!」

     冥牙さんの表情は、とても……とても悲しいものだった。
     今まで耐えていたものが全部噴出したように。

    「見ろ」

     冥牙さんはすっと上着を降ろした。
     その露になった肌を見て、私は思わず口に手を当ててしまった。

     ギョロギョロと動く目。パクパクと開く口。
     顔が……たくさん冥牙さんの体に埋め込まれた形になってる。
     とても、人の体とは思えない。

    「それは……」
    「祓いきれなかった呪詛だ。才能ある陰陽師でも、一つの呪詛を跳ね返すのにはそれなりの力と時間を要する。祓いきれぬほどの呪詛がこの身を襲った。そして俺は化け物になった」
    「ひどい……」
    「貴様ら……なんてことを!」

     アッシーに睨まれた保守派のおじさんは気まずそうに目を逸らした。
     目を逸らしただけで、黙るだけでこの人は、冥牙さんに詫びの一つも入れようとしない。

    「ここまで腐っていたとは……」

     アッシーは強くこぶしを握って、冥牙さんに訴える。

    「俺がその呪詛は祓おう。何年かけてでも!!」
    「無理な話だ。こいつらは完全に俺と同化した。祓うことは不可能。俺はもう人として生きることはできぬ」

     ああ……冥牙さんの気持ちがわかってしまうから私は強く何も言えない。
     人と違う外見、そのために虐げられる苦痛。
     駄目だ、胸が痛くて冥牙さんの話をまともに聞いていられない。

    「くっ……」
    「さぁ陵牙。選ぶがいい。呪詛に蝕まれた哀れな兄か、蘆屋家か!」

     アッシーはぐっと唇を噛み締めたままうつむいていた。
     この選択は辛すぎる。
     だって、アッシーはお兄さんも家族も愛してるんだもの……!

     それからすぐにアッシーは顔を上げた。
     そして、驚くべき選択肢を皆に伝えたのだった。

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