第6話 蘆屋家のご両親
私たちは冥牙さんが去ったあと、アッシーがきちんと蘆屋家の本家に帰るように彼に同行することにした。 アッシーはすっかり肩を落として意気消沈している。 こんなアッシー見たことがないから余計に心配になる。 「着きました、どうぞ」 ……………。 「えーっと、ここって、東大寺とかそういうのの入り口? 蒐牙くんちはお寺の向こう側とかにあるってことかな?」 「いえ、本家の門です」 アッシーの家はすごい広さだった。 っていうか門がやばい。 さっきからずーっと高い塀が続いてるなぁと思ったんだけど、その終わりにはなんか立派なお寺の前にあるような大きい門が私たちの前に広がっている。 両側に、金剛力士像とかありそうなんだけど…… 「さすが蘆屋家ですわねぇ。うちの実家とため張るような家は、ここと土御門くらいなものかしら?」 「まぁ土御門・蘆屋・賀茂は陰陽師の世界でも御三家ですからね」 えーっと。 私、実はすごい人たちと友だちなんじゃないだろうか。 深散がどこかのお嬢様っていうのは昔から知ってたことだけど、アッシーと蒐牙くんも負けないほどの御曹司じゃないの…… っていうか、御三家って……みんな陰陽師の世界じゃすごい有力者の家柄ってことじゃない。 そんな蘆屋兄弟やら深散に対して、あんだけでかい態度を取れる雅音さんて、やっぱりすごいんじゃないだろうか…… 「どうぞ、お入りください」 「失礼しますわね」 なんのためらいもなく入っていく深散に反して、私は気後れして中に入る気になれなかった。 こういう家に入るときって、やっぱりマナーとかあるのかしら。 失礼とがあったら、変な目で見られるわよね…… 「どうした?」 「あ、いや……恥ずかしながら一庶民な私はこういう家に入る機会がなかったから……失礼があったらどうしようって」 「気にせんでいい」 「え?」 雅音さんは不安がる私に肩を竦めて少しだけ笑った。 「そういうのを気にするような家ではないんじゃよ、蘆屋家は特にのう」 「どういうこと?」 「まぁ見れば分かる。蒐牙がなぜあんな神経質でくそ真面目にならざるを得なかったか、理解できるぞ」 そう言う雅音さんは、私の手を引いてずんずん中へ入っていく。 雅音さんがなにを言わんとしてるのか、さっぱり分からない私はすごい家へ突然招きいれられた緊張で目の前がグラグラしてきた。 「ただいま帰りました」 「お帰りなさいませ蒐牙ぼっちゃん、おや……りょ、陵牙様!?」 出迎えたお手伝いさん? うん、とにかくそういう感じの人が、アッシーの顔を見て驚きのあまり目を見開いている。 そして徐に懐から……ほ、ほら貝取り出した!? ぶおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!! 「皆のもの〜〜〜〜〜!! 当主様がお帰りになったぞぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」 そう叫びながらすごい勢いで家の奥に消えていった。 私はあまりのことにただ呆然としているしかないのに、周囲のみんなはまるで当たり前みたいな目で見てるし。 なんで家の中でほら貝吹いてるのよ……って言うか、あんなにすごい剣幕で奥に消えていかれると、アッシーがなにかされるんじゃないかと思って心配すらしてしまう。 見ればアッシーは大きなため息をついて頭をぽりぽり掻いている。 「だから嫌やったんよ、本家に帰るのは」 「え?」 「見てたら分かるわ」 アッシーの言葉と同調するように、地震と間違うような足音が聞こえてきた。 1人や2人じゃない、すごい数の足音だ。 見ればどこまでも続く廊下に、ずらーっとお手伝いさんたちが並んで土下座してる。 なんなのこの光景…… まるで大名行列目の前にした庶民みたいになってる。 「陵牙ちゃあああああああああああん」 「げっ……」 そんな左右にひれ伏したお手伝いさんが作った道をパタパタと可愛い足音を立てて走ってくる、和服の女の人がいた。 えーっと……20代の後半くらいかな? すっごい美人なお姉さんなんだけど、走ってきたと思ったら急にアッシーに抱きついて頬ずりを始めた。 「もう、何ヶ月も顔を出さないんだから! 携帯も出ないし、心配したのよ!?」 えーっと、アッシーのお姉さんかな? あれ、でも雅音さん、お兄さんの話はしたけどお姉さんの話はしてなかった……お家争いに関係ないから、言わなかったのかしら? 「こ、こらおかん! 人前で頬ずりとかすな! 恥ずかしいやんけ!!」 ん……おかん? おかんって……じゃあこの人…… え……? え………? ええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!? 「ア、アッシーのお母さん!? 若! どう見たって姉弟でしょ!?」 「あらぁ、あなたなかなかいい目してるわねぇ? 陵牙ちゃん、この子は? 彼女? ねぇねぇ、陵牙ちゃんとは付き合って何ヶ月目なの? 手はつないだ? ぎゅーは? キスはしたの?」 「え? わ、ちょっ……」 とても子供がいるとは思えない、あどけない表情のアッシーママは私の手をがしっと握ると、キラキラと目を輝かせて私にずいずい詰め寄ってくる。 どうしていいか分からなくて困っている私を助けてくれたのは、意外にも蒐牙くんだった。 「母上、彼女は兄上の恋人ではありませんよ。彼女は清村椿先輩……雅音様の婚約者です」 「え?」 アッシーママは目を丸くして私を見た。 そしてその横にいる雅音さんを見てパァっと表情を明るくする。 「まぁ! まぁまぁまぁ! まっちゃんじゃなーい!」 雅音さん、アッシーママにまでまっちゃんって呼ばれてるの!? 蒐牙くんが額に手を当てて首を左右に振ってるのに対して、雅音さんは慣れてるのか表情一つ変わってないし。 「ご無沙汰しております十六夜(いざよい)様。相変わらずですのう」 「うふふ、そういうまっちゃんも相変わらずのじじい口調じゃなーい」 えーっと突っ込みどころ満載っていうか……なるほど、これは蒐牙くんがしっかりせざるを得ないわね…… なにしろ普段のアッシーとこのお母さんがダブルで大暴れしたら、歯止めをかける人がいなきゃ大変なことになる。 しかし、アッシーはアッシーで場を盛り上げる明るさを持ってるけど、このお母さんはなんと言うか……多分アッシー以上に濃ゆいわ…… 「あ、あの……十六夜様って……まさかあの滋岳十六(しげおかいざよい)夜様ですの?」 「あらあら? よく知ってるわねぇ、滋岳は旧姓だけど間違いないわよぉ。昔はよく"雨乞いのいっちゃん"なんて呼ばれたわぁ」 それを聞いた深散の表情は、漫画とかでよく見る"ガーン"の表情そのもの。 深散はアッシーのお母さんを知ってるのかな? 「こ、この方が天下に名を馳せた天才陰陽師の十六夜様……!? まさか伝説の陰陽師がアッシーのお母様だったなんて……いやぁぁぁぁぁ!! 憧れでしたのに!!」 深散はふらっと倒れそうになっているのを蒐牙くんに支えられてようやく立っているような状態だ。 なんだろう、とにかくアッシーのお母さんがとってもにぎやかで、深散も尊敬するすごい陰陽師だってことくらいは理解できたけど…… 「十六夜、いつまで玄関で立ち話をしておるのだ。お客様に失礼だろう」 「もう、竜ちゃんったら、そんな怖い顔して現れたらそれこそお客様が逃げちゃうわよぉ?」 ふと奥から歩いてくる威厳にあふれた声の主を見ると、すごいガタイのいい、まるで土建屋の棟梁みたいなおじさんが立っていた。 「親父……」 こちらがアッシーのお父さん……28代目蘆屋道満ってことね。 確かにこの人は大きな一族の当主って感じね。 なんというか、すごいカリスマ性みたいのを感じる。 「ご無沙汰しております、28代目蘆屋道満殿」 「なっ!? なななななんだ、ま、まままま、まっちゃんじゃないか、来ておったのか!?」 アッシーパパ……その怖い顔で普通にまっちゃん言ってるし。 どんだけ雅音さんに対してはフランクなのよこの家。 っていうか、なんでアッシーパパは雅音さんを見た瞬間、萎縮しちゃってるのかしら。 (父上は今一生懸命28代目当主の顔をしてるだけなので……察してあげてください) (は……?) (よーく見てください) 蒐牙くんに言われてよくアッシーパパのことを観察してみる。 なんか、プルプル震えてる? っていうか顔もびっしり汗をかいてるような…… (父上はあんな顔ですけど、極度のあがり性な上に意外と気が小さいんですよ……) (えぇ!?) 蒐牙くんは小さくため息をついて眼鏡をくいっとあげた。 「こんな家族なんで、苦労してます」 「う、うん……なんとなく分かった」 なんかアッシーパパが最後の決め手で、蒐牙くんが苦労してる理由がよく理解できてしまった。 応接間に通された私は、そこから見える広いお庭に驚愕していた。 料亭みたいに池とかあって、シシオドシがカポーンって音を立ててる。 なんてすごい光景だろう、本当にここがあのアッシーの家かと思うと、なんとも変な気分になってしまう。 「さぁさぁ、みんな今日のおやつは私の手作りクッキーよぉ」 なんか、アッシーママがめちゃくちゃ嬉しそうに奥から山盛りのクッキーを持ってくる。 アッシーパパはなんか変な汗をかき続けたまま、庭を見てプルプルしてるけど、それでも私たちの前に座ってる。 「もうね、陵牙ちゃんがお友だち連れてくるなんて初めてなのよ! だから私嬉しくて嬉しくて」 その言葉にアッシーは少しだけ表情を落として独り言のように呟いた。 「当たり前やんか……悪役陰陽師の家になんか、誰が呼べるかい」 「アッシー……」 そうか。前にもアッシーは一般の人にあまり29代目蘆屋道満の名前は出したくないって言ってたっけ。 実際は蘆屋道満は決して悪い陰陽師じゃなかったのに、世間の認識っていうのは恐ろしい。 ずーと昔、当時の事件を面白くするために名前を使われただけなのに、その子孫は未だに辛い思いをしてる。 私だってアッシーや雅音さんと出会わなかったら、ずっとその認知は変わらなかっただろう。 なんか、やりきれない。 「俺、部屋いくわ」 「あ、アッシー待ってよ!」 「……来たくなったら勝手にきぃや。椿ちゃんなら大歓迎や。その辺の手伝いさんに聞きゃ部屋の場所教えてくれるから」 そういうとアッシーはさっさと応接間を出てしまった。 雅音さんはその足音が聞こえなくなるまで、応接間の入り口を見据えていたけど、ふと目を閉じるとすうっと息を吐いた。 雅音さんを取り巻く空気が、一気に変わったような気がした。 「28代目、十六夜様、話は聞いておられますね?」 その空気に同調するように、アッシーパパとアッシーママの空気も変わったように感じた。 「聞いております。当家の長男、冥牙のことですね」 え……アッシーママの口調が突然変わった。 ピンと背筋を伸ばして、今までとは別人のようになってる。 「28代目はこの件に関してどうお考えか?」 「………」 雅音さんはアッシーパパを真っ直ぐに見ていた。 アッシーパパも、庭園に目をやっているのは変わっていないけど、震えがとまって汗も引いているように感じた。 「私は28代目とはいえ当主を退いた身だ。冥牙の処分は29代目の意向に任せるつもりだ。謀反を企てだけでなく、がしゃどくろの封印まで解いてしまった奴の罪は、軽くはないだろうな」 「そうですか……」 アッシーパパの声が妙に悲しみを帯びているのに、私はすぐに気がついた。 雅音さんは、ふぅっと小さく息をつくと先ほどの張り詰めた空気を纏った言葉とは違って、柔らかく言った。 「父親としてはどう思っておるのだ、竜梧殿」 「……まったく、まっちゃんには敵わんわい」 「うふふ、竜ちゃん、昔からまっちゃんには弱いものねぇ」 また、空気が柔らかくなった。 緊張の糸が一気に切れたように、私は思わず小さくため息をついて、がくっと肩を落としてしまった。 「父親として、か。そうじゃのう……あやつの心を全て聞かせてほしいくらいじゃわい。全部自分の中に溜め込みおってからに……なぜ助けを求めてくれんのか。家族だというのにのう」 「そうね、冥牙ちゃん……ずっと心を閉ざしていたから。それにしたって、あんなに優しい子が、蘆屋家を潰そうとするなんて今でも信じられないわ……そうなってしまった原因を知りたいわ」 「冥牙さん、優しかったんですか?」 私の問いにアッシーママはぱあっと表情を明るくして笑った。 「それはもう、めちゃめちゃいい子なんだからぁ! 見て見てこのペンダント! 冥牙ちゃんがね、18のときにバイトして買ってくれたの! 自分で働いたお金で買ったから安物だけどって! 値段なんか関係ないのに! 自分の力でプレゼントしてくれる気持ちが嬉しいのに、なんかバツが悪そうな顔しちゃってるから思わずぎゅーってしちゃったわよぉ!」 そのペンダントは、シルバーの蝶の飾りがあしらわれた可愛らしいもで、アッシーママによく似合っていた。 ずっとつけているからだろうか、ほんの少しチェーンとかがくたびれてて、でも大切にしているのか装飾の部分はピカピカに磨かれていた。 「冥牙ちゃんはうちの兄弟の中で一番心優しいわね! 陵牙ちゃんには陵牙ちゃんのいいところ、蒐牙ちゃんには蒐牙ちゃんのいいところがあるけど、優しさに関してはきっと冥牙ちゃんが一等賞よ! 家族思いで、私の自慢の息子なんだから!」 アッシーママはそう言ってえっへんと胸を張った。 その顔はまるで冥牙さんが、本当の我が子のように誇らしげに見えた。 私たちに気を遣ってそんなことを言ってるのかな、なんて思ったけど、ペンダントを大切にしていることや、この普段のアッシーママの性格を見るからに嘘は言っていないような気がした。 (十六夜さんって……本当に冥牙さんのお母さんじゃないんだよね?) (十六夜様はああいう方なのだ。偉大な力を持っていてもそれを誇示しない、人の事情など気にもせずに全て受け入れる。誰かに似ておると思わんか?) (あ……) 私は、アッシーに初めて自分の左右の目の色のことがバレた問いを思い出した。 『何アホなこと抜かしてんねん。陰陽師なんて職業、人を判断するんに必要なわけないやん。俺らは二人とも椿ちゃんが気に入ってんねん。引きつけられるもん、持ってるんやろな。だからこうして仲ようなれて嬉しく思ってる。どんな見た目でも、椿ちゃんは椿ちゃんや!』 そうか、アッシーはこのお母さんのいいところ、しっかり受け継いでるんだ。 アッシーの家族は、両親も蒐牙くんもすごく温かい人たちだ。 なのに、なんでアッシーは家に寄り付かないでいるんだろう。 確かバイト代で安いアパート借りて、自力で生活してるて聞いた。 こんな優しい家族がいるのに、なんでだろう…… 「雅音さん、私アッシーと話したいんだけど……」 「ああ、行ってこい」 「え、でも……男性の部屋に私一人でいくのはちょっと……」 「構わんさ。あいつはお前に絶対手は出さん。それに俺がついて行ったのでは、あいつは口を開かんだろうからな」 雅音さんは心底アッシーを信頼してるんだ。 そしてアッシーの気持ちを聞く役目を私に託してくれてるんだ。 私は小さく頷いて、アッシーの部屋へと向かった。 |