第6話 断ち切られた迷い


    「あらー椿ちゃんいらっしゃーい!! 久しぶりねー!!」
    「十六夜さんこんにちは」

     私たち……雅音さんと深散、星弥に御木本くん、それに家主のアッシーは蘆屋家に集まっていた。
     やっぱり蒐牙くんは家に帰っていないそうだ。

    「えっと……りょーさんのお姉さんっすか?」
    「ははは……そこの反応も私と一緒なのね。さすが幼馴染」
    「え?」
    「あれ、俺のおかんや」
    「は……?」

     もちろんその後星弥が私と全く同じ叫び声をあげたことは言うまでもない。それだけアッシーママはアッシーの母親に見えないのだ。
     今見たって年の離れたお姉さんにしか見えない。

    「ごめんね、みんなに心配かけちゃって。まっちゃんも忙しいのに」
    「構いませぬ。普段から迷惑をかけられっぱなしの陵牙ならまだしも、珍しく蒐牙絡みのことですしな」
    「なっ!? まっちゃんさり気に毒吐くな!!」
    「ごもっともですもの、何もいえませんわね」
    「何をーーー!!」
    「まぁまぁりょーさん落ち着いて」

     にぎやかだな。
     一応蒐牙くん、行方不明なんだけど……

    「大丈夫だ椿。志織の命日までは何も起きん。蒐牙はしっかりしておるから生活面は大丈夫じゃろ」
    「うん……」

     私はそれでも心配をぬぐい去ることができなかった。

    「あら、あなた……」
    「あっ! ご、ご挨拶が遅れて申し訳ありません!! ご無沙汰しております十六夜様!!」
    「螢一郎ちゃんよね? まぁまぁ大きくなって!」
    「蘆屋くん……いえ、道満様と蒐牙様には日頃から大変お世話になっております」
    「あはは、やめてやめて。堅苦しい話はそういう場だけにしましょう?」
    「は、はい……」

     さすがアッシーママ。普段は私たち高校生の中に溶け込んでてもそれ以上の元気印。
     このお母さんから蒐牙くんが生まれたって、俄かには信じがたい。

    「十六夜様、蒐牙くんが行きそうなところ、心当たりありませんですか?」
    「ごめんねぇ、私も一応息子が家出したわけだから色々探したんだけれど……この時期の蒐牙ちゃんは毎年どこを探してもつかまらないのよ」
    「綿密じゃのう。どうしてでも一人で解決するつもりか」
    「どうしてみんなに話したがらないんだろう」

     私の疑問に、アッシーママは苦笑いを浮かべていた。

    「まるで季節はずれの織姫と彦星ね。でも、いい加減織姫様を解放してあげてほしいものだわ」
    「え?」
    「ん、なんでもないわ」

     アッシーママは一体何が言いたかったんだろう。
     そんな疑問を考える暇もなく、雅音さんはアッシーママに言った。

    「とりあえず、今年は確実に鵺を封じなくてはなりますまい」
    「そうね、それが織姫様を救うことにも繋がりそうだし」
    「ちゅーても鵺はご先祖様ですら倒せへんかった妖怪やで? どないするんよ、そんなもん」
    「最強の雷獣ですものねぇ……」

     私は畳の上で気持ちよさそうにゴロゴロ転がっている小鳩ちゃんを手に乗せて聞いた。

    「ねね、小鳩ちゃんは強い鬼だよね?」
    「はいですのー、小鳩は強いですのよー」
    「じゃあ、鵺を倒せない?」
    「ぇー……そりゃあ本気を出せばひねり潰すことくらいわけないかもしれませんけれど、それでいいんですの?」
    「え?」

     小鳩ちゃんは、次の瞬間口調を変えて言った。

    「俺が倒しちまって、全部解決するならそれでも別にかまわねぇが……それじゃあ根本的な解決には繋がらねぇんじゃねえのか?」
    「どういうこと……?」
    「蒐牙自身に解決させるべきといいたいんじゃよ」
    「そういうことですの。今回ばかりは小鳩は手を出すのは気が進みませんですのよ」
    「小鳩ちゃん……」

     小鳩ちゃんは私の手からジャンプしてまた畳の上でゴロゴロし始めてしまった。
     もう、連れないんだから。

    「とりあえず御木本。お前は御木本家の当主になることじゃ」
    「え……で、でも……」
    「厳しいんとちゃうか? 相手は森太郎やで?」
    「あのさ、相手の人はすごいの?」

     私は御木本くんと当主の座を争うであろう森太郎さんのことを何一つ知らない。
     一体どんな人なのかしら。

    「正直食えん。才能こそあれ、それを笠に着て他人見下すようなやっちゃ。あんなんが当主になったら御木本家終わんでほんまに」
    「でも……森太郎さんは陰陽師としての才能は素晴らしいものですよ」
    「陰陽師は才能だけでは生きていけん」

     珍しく雅音さんは少し強めの口調で言ったような気がした。

    「陰陽術は経験と心がものをいう。お前も森太郎も経験は未熟だ。ならばものを言うのは心じゃろ」
    「心……」
    「一度、蒐牙の絡新婦は俺の前鬼と後鬼よりすさまじい力を発揮したことがある。それはあいつの気持ちが絡新婦に力を与えた結果だ」
    「雅音様の式鬼神より……信じられません」
    「あら、でも陵牙ちゃんや深散ちゃんだって気持ちの変化で十二天将を呼び出したわよ?」
    「そ、それは元からお二人に才能が!」
    「才能なんて関係あらへんよ」

     アッシーは呆れたように言った。

    「だって俺、あれ以降一回も白虎呼び出せてへんもん」
    「私もですわ」
    「え……?」
    「あんときは無我夢中で、なんとしてでもやらなあかんて思っただけやしなぁ」
    「ええ。切羽詰った火事場の馬鹿力とはいえ、あそこまで強い気持ちで戦いに臨んだことは一度もありませんし」
    「ね、心は全てを変える力を持ってるわ。それこそ、その人の潜在能力を変えてしまうほどにね」

     アッシーママはまるで、御木本くんに言い聞かせるように笑った。
     笑っているのに空気だけはピンと張り詰めていて、少し怖いくらいだ。

    「と、いうか……あなたは優しすぎるのよ」
    「え……そ、そんなこと!!」
    「あなたは森太郎ちゃんの"当主になりたい"って気持ちを尊重しすぎてる。でも、よく考えてみて? あの子が当主になることは、あの子自身にとっては喜ばしいことだけれど、御木本家のためにはどうかってことを」
    「御木本家の……ため……」
    「それを考えられる人が当主になるべき人だと思うわ。うちの陵牙ちゃんなんかまだまだよ〜? 蘆屋家全体のことっていうか、蘆屋家本家のことしか考えてないもの」
    「なっ!? お、おかん!! 人前で何ゆーてんねん!!」
    「あらーだって本当のことじゃないの、分家のおじさんたちあれ以降老けこんじゃって可哀想よ〜?」
    「あれは自業自得やろが!!」

     アッシーママ、言うときは言うわね……

    「っていうか、最近の新しい当主様たちは、そういったことを考えられない子が多いのよ。うちの陵牙ちゃんを含めてね」
    「おかん……だからな……」
    「自分の行動一つでどれだけ家に多大な影響を与えるか、もうちょっと考えなきゃいけないわね」

     ぞくり。
     アッシーママの言葉にちょっとだけ背中に寒気が走った。
     無理もない。アッシーママの雰囲気はいつもの元気印とはちょっと違って、言葉にすごい重みがあった。

    「十六夜様が言うと、一際言葉に重みが生じますのう」
    「あらー、褒めても何もでないわよ? っていうかただの主婦の言葉にそんな重みがあるわけないじゃなーい」

     すぐに元のアッシーママに戻ったけれど、さっきの言葉にあからさまに御木本くんも、なぜかアッシーもへこんでる。
     普段はあんまり厳しいこと言わなさそうなアッシーママが突然そんな的を得たこと言うから、逆に重いのかもしれない。
     確かに、一つの家を背負う者って、行動一つ一つに責任が生じる。
     その覚悟がない人に、家を背負う資格はないかもしれないな……

    「陰陽術に関しては森太郎ちゃんのほうが上かもしれないけど、人の気持ちを考える能力には螢一郎ちゃんのほうが長けてると思うの」
    「十六夜様……」
    「私はそういう人に、御木本家の当主になってほしいな」

     御木本くんはその言葉にうつむいてしまった。
     正座した太ももの上に手をのせて、拳をぎゅっとにぎっている。

    「蒐牙くんも……そう思ってくれるでしょうか……?」
    「むしろ、蒐牙ちゃんが一番それを望んでるんじゃないかしら」
    「でも、僕は……蒐牙くんに嫌われてるみたいだし……」
    「違うのよ、螢一郎ちゃん」

     アッシーママは御木本くんの手に自分の手を重ねて優しく微笑んだ。

    「ごめんなさいね螢一郎ちゃん。うちの蒐牙ちゃんのことでずいぶん悩ませてしまっているようね」
    「い、いえ……」
    「蒐牙ちゃんはあなたを嫌っているわけじゃないわ。あなたから大事なお姉さんを奪ってしまったことを申し訳なく思ってる……でもあなたは優しいから蒐牙ちゃんを責めなかった。あなたはお姉さんを失って悲しいのに、我慢して自分を責めていないって、そう思ってるのね」
    「ち、違います! 僕は我慢なんかしてません!! 蒐牙くんは、全力で姉を守ろうとしてくれれました……でも、その結果駄目だったんです……誰も蒐牙くんを責められる人なんかいません!!」

     御木本くんにしては珍しく強い口調の発言。

    「僕は……あのときすぐに大怪我をして動けなくなって……蒐牙くんは僕が見ていた限りでは最後まで姉さんを守ろうとしてくれていました……」
    「御木本くん……」
    「蒐牙くんを見るたびに、その背中はいつも何か重責を背負ってるみたいで……蒐牙くんがもし姉さんのことでそんな重荷を背負ってしまったなら、もういい加減それを降ろしてほしい……」
    「御木本」
    「え? あ、はい」

     雅音さんの問いに御木本くんはどぎまぎしながら首をかしげた。

    「お前は鵺の行方を知らんのか?」
    「ごめんなさい……僕は途中で気を失ってしまって……正直生きていたのも奇跡に近いくらいですし」
    「ふむ。やはりことの成り行きの真実を知るのは蒐牙のみ、か」

     少しの間沈黙の時間が流れた。
     でも、その沈黙を破ったのは意外な人物だった。

    「蒐牙くん、死ぬ気じゃないっすかね」

     星弥が突然物騒なことを口走ったせいで、私は間の抜けた声を上げてしまった。

    「なっ!? 星弥あんた何言って!!」
    「あ、いやなんでそう思ったんだろう……皆さんの話聞いてたら何となくそんな気がしただけなんすけど」

     その言葉に、なぜか興味深げに雅音さんは星弥を見た。

    「星弥、何故そう思った?」
    「あいや、毎年蒐牙くん、志織さんの命日にボロボロになって帰ってくるって……それって何とか生き延びて返ってきてるだけで、毎年死ぬ気で何かに挑んでるってことじゃないっすか? たとえば……」
    「鵺!!」

     私は思わず声を上げた。
     そうだ、星弥の言うことは間違ってないかもしれない。
     毎年、志織さんの命日だけ姿をくらましてボロボロになってるなんておかしい話だ。

    「なかなかいい洞察をしておるのう」
    「え?」
    「星弥の言うことが正しければ全てが当てはまるということだ。推測こそしておったが……やはりのう」
    「まっちゃん……あんま俺考えとうないんやけど」
    「残念ながら、お前の行き着いた結果は間違いなく当たっておるぞ」
    「あの馬鹿!!」

     アッシーは頭を抱えて畳を一発殴った。
     何故だろう、そのときふと目に入ったアッシーの後ろにいたアッシーママの表情はものすごく複雑で、いつものアッシーママとは別人に感じてしまうようなものだった。

    「志織は自分の魂を使って鵺を封印したんじゃろうな」
    「なっ!? じゃ、じゃあ志織さんは成仏しないでこの世にとどまってるってこと?」
    「それどころか、鵺に取り込まれておる可能性も否めん」
    「そんな……」
    「封印というのは1年に1度かけなおしが必要じゃ。なぜか分かるか?」
    「ううん……」
    「よほど特殊な封印でもなければ、封印というのは1年が有効期限だからのう。放置すれば、志織のときのような悲劇が起こる」
    「その特殊な封印も今じゃやり方が失伝してしもて、やりたくてもできんようになってるんよ」
    「だからこそ、現在特別危険妖怪に指定されている物の怪たちは、その封印の管理の徹底をしているんですの。その代わり危険な物の怪を任されているわけですから、その家系に対する陰陽師協会の支援も多大なものになりますわ。ギブアンドテイク、ってやつですのよ」
    「だから、封印の管理を怠るとか言語道断やねん」

     アッシーは大きくため息をついた。

    「あいつ、たった一人で鵺の封印のかけなおしをやってるんやな……」
    「おそらく、間違っておらん」
    「阿呆……なんで俺に相談せんねん!」
    「全部自分の責任と思うておるんじゃ。助けを請うことなどあいつにはできんのだろう」

     私は胸の奥がぎゅっと痛むのを感じた。
     みんながこんなに蒐牙くんの行動に悲痛な表情をしてる……蒐牙くんがどれだけ大変なことを一人で背負ってるかをそれだけで物語ってる。
     間違いなく、蒐牙くんは苦しんでるはずだ。

    「雅音さん……」
    「分かっておる。御木本」
    「は、はい!」
    「必ず当主になれ。それが死んでいった志織の願いであり、今お前の分の苦しみも背負っておる蒐牙の願いだ」
    「僕の分の……苦しみ……」
    「蒐牙は本来お前がやらねばならぬことを一人でやっておる。分かるな?」
    「あ……」

     御木本くんは突然立ち上がった。

    「そうだ……姉さんに関することを全部僕は蒐牙くんに……!!」
    「御木本。どうすれば志織が救われるのか、そして蒐牙が日々の重責から逃れられるか、もう分かるな?」
    「はい!」

     そのとき、私は御木本くんの表情が大きく変わったのを感じた。
     でも、そんな御木本くんや蒐牙くんの気持ちを踏みにじるような事件が、御木本家の当主選抜で起こることになる。
     私はそのときにふつふつと湧き上がる怒りを抑えることができなかった。

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