第6話 修学旅行2日目


     朝起きると、まだお嬢様たちは夢の中だった。
     私はさっさと身支度を整えて、部屋を出た。
     どうせ朝ごはんは全員一緒で、結局はいつ起きても顔を合わせなきゃならなかった。
     適当に時間をつぶすために、ロビーでお茶を買ってぼんやりした後に私は食堂のテーブルについた。
     無意味なのは分かっていても、お嬢様たちと極力一緒にいる時間を減らしたい一心の早起きだ。

     テーブルでご飯を食べていたら、お嬢様はふと私のほうを見て言った。

    「ねぇ清村さん」
    「……なに?」
    「藤原くんをフッたんですって?」
    「告白を断ったんだから、結論からしてそういうことになるわね」

     お嬢様は満足げにくすりと笑った。

    「なら、もう私もあなたにいじわるするのはやめようと思いますわ。妬む必要もなくなったわけですし」
    「そうしてもらえるとありがたいわ」

     何だろう、すごく気味が悪い。

    「じゃあ、仲直りの印に、今日は一緒に自由時間回りましょうよ」
    「え……?」
    「いいですわよね?」

     まるで念を押すように言われ、私は思わず頷いてしまった。

    「あはっ、よかったぁ。私清村さんにきっと嫌われているから、断られてしまうと思っていましたのよ」
    「………」

     何か、すごく不自然な笑顔。
     本当に一緒に行って大丈夫なのかな……

     でもまぁ星弥とそういう関係になるのをきっぱり断ったってことが大きいのかもしれない。
     お嬢様の中で踏ん切りがついたなら、それはそれでありがたいことだ。

    「一体何処行くの……?」
    「私がきちんとエスコートして差し上げますから、清村さんは安心して付いてきてくださいまし」

     結局私はお嬢様の強い押しに負けて一緒に行くことになってしまった。
     お嬢様が一番先頭を歩き、電車やバスで移動していく。
     お嬢様の腰巾着たちは不気味なほど静かに黙って私の周りを固めていた。

    (椿様……嫌な予感がしますのよ)
    「そうね……」
    (もしものときは小鳩がお守りしますの!)
    「お願いね」

     最悪の場合は小鳩ちゃんがいる、それだけで私は安心できた。
     だから私は黙ってお嬢様の後についていった。
     そしてたどり着いた場所は……

    「大江山……?」
    (……!!)

     鞄の中の小鳩ちゃんは何か驚いたような表情をしていた。

    「ちょっと登る前に私たちお手洗いに行きますわ。清村さんは?」
    「私はいいよ。ここで待ってる」
    「じゃあ、急いで行ってきますわね」

     お嬢様は腰巾着たちを連れてゾロゾロとトイレへ向かっていった。
     私は気味の悪い雰囲気の山に嫌な予感がますます強まる。

    「なぁなぁ君」

     ふと声をかけられて振り向くと、そこには背の高い男の子が立っていた。
     男の子って言っても私と同じくらいで、髪はめちゃくちゃ明るい金ぱ。
     小麦色の肌に、いっぱいピアスつけて、タンクトップにシャツを羽織ってる。

     チャラ男がいる。
     めっちゃチャラ男だ。
     これで「チュリーッス」とか言ってきたら100%チャラ男だ。

    「チョリーッス! 何、しゅーがくりょこう?」

     何か微妙に違うし!?
     典型的なチャラ男ぶりに私が唖然としていると、目の前のチャラ男はニコニコ笑って言う。

    「君かわええなぁ? 俺好みやわぁ」
    「は?」

     はんなりした関西弁……地元民かしら?
     っつーかナンパ?

    「そんな好みの君へ、俺から忠告」
    「え?」
    「大江山は鬼の巣窟や。いたずらに登ったらあかんよ」
    「は……はぁ」
    「まぁ君には優秀な式神がついてるようやから、心配はあらへんかもしれんけど。できれば危険は回避したほうがええかもしれんね」

     そう言ってチャラ男さんは笑って私に手を振った。

    「機会があったらまた会おうな。可愛い子ちゃん」

     うっわ古!

     そう思っているうちに、その人は下駄をカラコロ鳴らしながら去って行ってしまった。
     ってあれ……?

    「あの人、小鳩ちゃんが見えたの?」
    「あのお方……何処かでお会いしたような……」

     首を捻る小鳩ちゃんに私は訪ねた。

    「大江山って、そんなに危ないところなの?」
    「え!? あ……ああ……そうですわね……私もあまり近づかないほうがいいと思います……だってここは……」
    「清村さん」

     私ははっとして振り向いた。
     そこにはお嬢様と腰巾着たちが立っていた。

    「どうしましたの? 一人でぶつぶつと」
    「え!? あ、いあ……なんでも」
    「そう? じゃあ、行きましょうか」

     結局、登ることを拒否する間もなく私はお嬢様たちに連れられ大江山を登ることになってしまった。
     嫌がらせを受けてるときに言い返すのは得意なのに、どうしてこういう場面だと私は何も言えないんだろう……
     さっきのチャラ男も小鳩ちゃんもやめたほうがいいって言ってるだけに、私は少しだけ付いてきてしまったことを後悔した。

     どんどん山は深くなっていく。

    「ねぇお嬢……じゃない。賀茂さん、まさか、修学旅行で大江山登山とか言わないわよね?」
    「ふふ、大丈夫ですわ。もうすぐ目的地に着きますから」

     そうは言われても山は深くなる一方だ。
     だんだん標高も高くなってくる。

     不安に駆られながら山を登っていると、ふと私は鞄を誰かに掴まれた。
     見ればお嬢様の腰巾着の一人が私の鞄を取り上げていた。

    「何すんのよ!」
    「ここに、あなたの荷物全部入ってるのかしら?」
    「当たり前でしょう! 何言って……」

     私はその場でまた後悔した。
     お嬢様が何にも考えないで私をこんな場所に連れてくるわけがない。
     その悪意に満ちた笑みが私を絶望させた。

    「変なものを連れ歩いてるようだけど、誰の差し金かしら? まぁいいわ……全部終わりよ」
    「え……」
    「藤原くんを傷つけるなんて、万死に値するわ」

     お嬢様がトンっと私の肩を突き飛ばした。
     嘘……後ろは崖……

     そう思ったときにはもう私の体は下に向かって降下中だった。

    「椿様――――――――――――!!」

     小鳩ちゃんの叫び声が最後に聞こえたけど、それ以降私の耳に何かが届くことはなかった。


    *************************************


    「いっ……つぅ」

     どれほど気を失っていたんだろう。
     気が付いたときには、私は山の中に倒れてた。
     思い返してみたら、迂闊にもあのお嬢様の策略にはまって、私は崖下に突き落とされたんだった。
     どうやら足を捻ったか何かしたみたいで、歩けそうにない。
     でも、携帯電話なにもかも、全部あのお嬢様に取られてしまって助けの呼びようがなかった。

    「はぁ……」

     絶望が心の底から滲み出してくる。
     もう滲むどころか噴水みたいに噴出してるかもだけど。

     まさか星弥の告白を断ったことで、あんな風に怒るとは思ってもみなかった。
     よほど、星弥はあのお嬢様に思われてるってことかしら。
     って言うか、付き合っても付き合わなくても憎しみをぶつけられる対象って、じゃあどうすればいいわけよ!?

     そう思いながらも、ふとよぎった言葉があった。

    『死んで』

     あのお嬢様は、私が生きている限り満足しないってことか。
     事故に見せかけて私を殺そうとしたってことね。
     可愛い顔しておっかないことしてくれるわ。
     人ってそんなに簡単に誰かを殺せるものかしら?

     再び私は「はぁっ」っと大きなため息を付いた。
     下手に動くこともできないし、頼みの綱は小鳩ちゃんだけね……
     こんな絶望的な状況の中で唯一頼れる存在だもの。

     私は足の痛みに耐えてじっとしていた。
     でも、不意に冷たい何かが頬を掠めたのに気が付きそれをぬぐった。

     ……水滴?

     そう思った瞬間、空からすごい勢いで雨が降ってきた。
     なにこれ!? 最悪じゃない!!

     私はぐっと肩を抱いてその雨の冷たさに耐えた。
     この秋が暮れ始めた時期にの雨は冷たい。
     体温が急激に落ちていくのが分かった。
     それと同時に、もう一つ私から落ちていくものがあった。

    「あ……」

     私は黒く染まった自分の手を見ていやな予感が走った。
     慌てて、水溜りに顔を映す。

     そこには、真っ白な髪をして、右目だけ真っ赤な目をした私が映っていた。
     崖から落ちる途中で、コンタクトを落としたんだろう。
     私は、何か水溜りに映る自分の顔に腹が立って、残ったほうのコンタクトをむしり取って地面に捨てた。
     すると今度は、右目とは対照的な青い目が露になる。

     そう、私は生まれつきこういう見た目なのだ。

     色素のない真っ白な髪、血管の色がそのまま浮き出た真っ赤な目右目に、対照的な青い左目。
     みんなとは違う見た目。
     私は、髪をいくら水に濡れて戻ってしまっても根気よく染めた。
     コンタクトも入れて目の色を誤魔化した。

    「さむ……」

     雨は勢いを増し、土砂降りになった。
     雨宿りしようにも、足が痛くて動けない。
     私はその場にうずくまった。
     指先がどんどん冷たくなって、私の胃の辺りがブルブルと震えているのがわかった。

     このまま、私死ぬのかな……

     少しだけ、期待してた。
     小鳩ちゃんが助けに来てくれるんじゃないかって。
     でも、それからどんなに待っても、助けが来ることはなかった。

     そういえば、影井さんに言われたんだった。
     小鳩ちゃんとの契約の証である札は絶対に無くすなって。

     私は右手で目を押えた。
     なんなのよこれ……私が何したって言うのよ。

     星弥にだって、自分の気持ちをちゃんと伝えただけじゃない。
     どこで私は間違えたのよ……

     私の目から、雨とは違う温かい水滴がこぼれていた。
     聞こえるのは土砂降りの雨の音だけ。

     ―――ズシン。

     そんな静寂を突き破るような大きな音と共に、地面が揺れる。
     私はその揺れに驚き、周囲を見回した。

    「……なっ!?」

     私は思わず目を見開いてしまった。
     そこには、崖の向こうからこちらを覗き込む大きな顔があった。
     毛深い、不潔そうなその頭から、手入れを怠った枝のよなものが生えてる。
     あれは……角!?
     まさか……あれって鬼!?
     小鳩ちゃんとは似ても似つかない、でも桃太郎や一寸法師の悪役の鬼には近い感じの外見の鬼らしきものは、ゆっくりと言った。

    「ああ〜……いい匂いがするのう〜……」

     に……匂い!?
     っていうか、何で私こんなに鬼はっきり見えるの!?
     今まではモヤがかかってるような感じで、はっきり見えたことなんかなかったはずのに……

    「久方ぶりの馳走が転がっとるわい〜……」

     ゆっくりと、確実に私に鬼は手を伸ばしてくる。
     私は尻餅を付いたまま、足を引きずるように後ずさる。
     でも、そんなことをしようと大きな手は私のほうにどんどん伸びてきた。

     ダメだ……!!

     私は咄嗟に足元に転がっていた木の枝を前に突き出した。

    「いでぇ!!」

     短い声、でも確実に鬼の手は私の前から引いていった。
     木の枝は鬼の手に突き刺さっていた。

    「いでぇ〜……棘が刺さったかぁ〜?」

     とっ棘!?
     あんだけ必死に突き出しておいてその程度の傷しか負わせられないの!?

    「くっ……!」

     木の棒を抜いて再び襲ってくる鬼の手を、走ることができないから転がって避ける。
     捕まったら終わりだ。

     このままただ諦めるなんてできるわけない。
     私は何も悪いことしてないのに、逆恨みが原因で死ぬなんて、死んでも死に切れるか!

     でも、その強い思いも、無情に後ろに広がる行き止まりに打ち消される。
     逃げ場がなかった。

    「そんな……」

     私の口から漏れる、絶望の声。
     もう……駄目なの……?

    「臨める兵、闘う者、皆、陣をはり列を作って、前に在り!」

     凛とした声が、雨に混じって響いた。
     たくさんのお札が私の前にいる鬼の周囲を円を描いてぐるぐると回ってる。

    「なっ……何!?」

     お札が地面にすーっと赤い光を放って吸い込まれていくと、そこに魔方陣みたいなものが現れた。

    「なんだぁ〜……?」

     鬼はゆっくりと自分の足元を見た。
     そして鬼はゆっくりと驚いたように目を見開いた。
     それもそうだろう。
     魔方陣みたいなところから無数の手が伸びている。
     そして鬼の足が魔法陣の中にどんどん沈んでいく。

    「やめろ〜!! 離せ〜!!」

     鬼はもがくけれど、無数の手は巨大な鬼をものともせずに魔方陣の中に引きずり込んでいく。

    「冥府へ帰るがいい!」
    「いやだああああああああああああああああ!!!」

     最後に鬼は悲鳴を上げて魔方陣の中に消えてしまった。
     私は目の前の脅威が去ったせいだろうか。
     急に力が抜けてその場にへたり込んでしまった。

    「清村!」

     私は顔を上げた。
     そこにはずぶぬれになって、いつもとは全然違う表情の影井さんがいた。
     何で、そんな濡れてるの?
     傘もささないで……風邪ひいちゃうよ?

    「清村! 無事か!?」
    「影井さん……」

     そこで私はハッとした。
     今の私はいつもと違う。
     真っ白な髪、真っ赤な右目と真っ青な左目。
     誰がどう見ても他の人たちとは違う……きっと影井さんだってそういう目で見るに決まってる。

    「いや! 見ないでください!!」
    「清村……?」

     私は頭を抱えて蹲った。
     隠さなきゃ、隠さなきゃ!!
     見られたくない……また拒絶されたくない……!!

     きつくきつく頭を抱えていると、ふわっと抱き締められる感覚が私に走る。
     あったかい、雨で薄れてしまっているけれど、もう嗅ぎなれたコロンの匂い。
     身固めのときとは違った、優しく包み込むような抱擁。
     頭を胸にぐっと押し付けられて、心臓の音が聞こえる。

    「大丈夫だ。俺はお前をいじめたりせん」
    「……こんな髪と目の色でも?」
    「ああ、どんな見た目でも清村に変わりはあるまい」

     影井さんのたったそれだけの言葉に、憔悴しきった私の心は急に安心してしまった。
     長いこと雨にさらされて疲れていたこともあってか、私は意識が真っ暗な闇に沈んでいくのが分かった。
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