第25話 鬼門・開門


     時に、人はぶつかり合わねばならないときもある。
     己の大切なものが違えば、そういうことも出てくるだろう。

     俺たちにとっては椿が何よりも大切な存在だ。
     奴らにとって大切なのは、椿の祖先への恨みの念なのだろう。

    「もう、いい加減にしてよね! 君と遊んでる時間はないんだ!」
    「まぁお前と遊んでる時間がないんは同意やなぁ。俺らには帰ってすることがいっぱいあるんよ」
    「そんな心配不要だよ。どうせ君はここで死ぬんだから!」

     国摩侶の伸ばしてくる鉄球を、陵牙は獣のような動きで避ける。
     なるほど、白虎の力で相当身体能力があがっているようだ。
     土蜘蛛相手に一切引けを取らない動きをしている。

    「あんまなめたらあかんで? あんたらの千年以上前の風化した恨みと、今を生きる俺らの思い、どっちが強いかみせたるわ!!」
    「風化!? ふざけるな!! 僕たちはずっと忘れない……裏切りの姫君に切り裂かれた痛みを、裏切られた心の痛みを!!」

     国摩侶の攻撃にむらが見え始めた。
     上手いな陵牙……絶対に相手が乗るような挑発をして隙を作ったわけか。よもや素とは言うまいな……?

    「大体!! お前たちの祖先だって僕らと同族だったはずなのに!! なんで速来津姫を恨まない!? 何故だ!!」
    「知るかボケ!! そんなん、俺らのご先祖様にあの世で直接聞いたらええわ!!」

     国摩侶が投げた鉄球を避けた陵牙は、そのまま銃を国摩侶に向けて乱射する。
     あの銃弾の海を国摩侶も避けるのだから、奴ももうおよそ人間とは呼べないだろう。

    「絶対負けられないんだ! 僕たちだって生きていたかった……だから鬼門をあけて人生やり直すんだ!!」
    「ふざけんな!! 自分らのために他人の人生犠牲にして、いいと思ってんのか!!」
    「それなら速来津姫だって一緒だろ!! 自分のために僕らの命を奪ったんだから!!」

     なんともうるさい戦いだ。
     陵牙の性格からして、しゃべっておらんと落ち着かんのかもしれんがのう。

     一方の蒐牙のほうは静かなものだ。
     御木本の助けを借りて、土蜘蛛の青とただ拳をぶつけ合っている。
     ほとんど会話のない2人だが、時々何かを言い合っているようだ。

    「なかなかやるな、若造のくせに」
    「一応鍛えていますからね」
    「しかし、他人の力なしでは戦えないとは、情けないな」

     青の拳を受け止めた蒐牙は、その腕を掴んだまま蹴りを繰り出す。
     しかし、青もその足を受け止め両者その瞬間に距離を取った。

    「別に僕は情けないと思いませんよ」
    「なに?」
    「人間1人で出来ることになんて限界があるんです。だから人は集まり生きていくんですから」
    「ふん、甘ったれたことを!」

     再び2人の拳が強烈にぶつかり合う。
     その度に激しい衝撃波が飛んでくるのだからたまったもんではない。

    「貴女たちだって集落を築き助け合って生きていたんでしょう? この千年以上の時間で、そんなことも忘れてしまったんですか?」
    「うるさい! 我々は個々が精鋭だ! 助け合いなど必要ない!!」
    「……悲しい人だ」

     やはり兄弟か。蒐牙の奴もさりげなく挑発作戦に出ている。
     効果覿面、青の拳は空を切り蒐牙は青の背後に回った。
     そこで強烈な拳が青を捉え、猛烈なダメージを与えていた。

     向こうで戦っている賀茂もなかなかいい戦いをしているようだった。
     大男相手に、小柄な賀茂が挑んでいる姿はなんとも不思議な光景だ。

    「はぁ!!」
    「ぐっ!!」

     紅葉を失っているのは痛いが、土蜘蛛相手ならば賀茂自身が戦うほうがよいだろう。
     白を圧倒する力ぶりはなかなかのものだ。
     青龍が宿っているからだけではなく、賀茂が努力して身につけた最低限の体術がここで役に立っているのだろう。

    「お前動き早い……でも一撃当てれば俺の勝ち!!」
    「!!」

     白の強烈な一撃を紙一重でかわした賀茂は小さくため息をついた。

    「そんな大雑把な攻撃じゃ、私は倒せませんわよ!!」

     下から上へ、大きく槍を振り上げる賀茂の攻撃はとても力強かった。
     賀茂の椿への思いは、下手をすればこの中で一番大きいものではないだろうかと思ってしまうくらいだ。

    「私はたくさん椿を傷つけた人間の一人ですわ……そんな私を許してくれた椿をこれ以上傷つけるなら、私が許さない!!」
    「ぐあ!」

     賀茂の槍が的確に白を捉え、パッと血が舞い上がった。
     惜しいな、一歩踏み込みが甘かった。
     そうでなければ確実に奴の腕を切り落としていたものを……

    「おいおいおいおい!! さっきから余所見ばっかりしてるんじゃねぇぞ!!」
    「ふん」

     かく言う俺は打猿と交戦中。
     まぁ直接戦っているのは俺ではないから、あちこちを見回す余裕があるわけだが。

    「お前の相手はちゃんとおるだろうに」
    「はっ!! 鳥風情に俺の相手が務まるかよ!!」
    「と、いいながら随分と押されておるのう。情けない」
    「うるせぇ!!」

     打猿の扱う炎は、朱雀の前ではとろ火に過ぎないだろう。
     朱雀の業火は少しずつ打猿を追い詰めていく。それでも、一瞬にして焼き尽くせないのだから、この男……恐ろしいな。

     だが、強いというのは想定のうち。
     だからこそこうしてじわりじわりと奴を追い詰めているのだ。

    「いい加減諦めたらどうだ。どの土蜘蛛どもも苦戦を強いられているようだぞ?」
    「冗談いってんじゃねぇぞ!! こちとら千年待ちに待った念願……いや、宿願が叶う目の前なんだ! 簡単に負けやしねぇ!!」
    「!?」

     驚いたな。朱雀の炎を突き破って朱雀に一撃を入れるか……
     だが残念だ、相手が朱雀でなければ確実にお前の勝ちだったろうよ。

    【小僧が。いきがりおって】
    「んだと!?」

     打猿の一撃は全くの無意味。
     炎は朱雀の体に吸収され、打猿は朱雀の大きな翼で叩き落されてしまった。

    「相手が悪いと言っておる。何の所以か、朱雀は……いや、十二天将は俺たちの味方についておる。貴様らに未来はない」
    「また奪うのか……」
    「何?」

     地面に叩き落されても、打猿は体を震わせながら立ち上がる。

    「またお前らも同胞である俺たちを殺して未来を奪うのか!!」
    「……速来津姫のことを言っておるのか?」
    「そうだ! あいつは、集落を守ろうとしていた俺たちを殺した! 自分のためにだ!!」
    「打猿よ。お前たちは何かを勘違いしてはおらんか? 速来津姫は……」
    「うるせぇ!!」

     打猿は俺の言葉をさえぎって再び朱雀に突っ込んでくる。
     説得は……不可能か。

    「朱雀、もうよい」
    【分かった】

     再び打猿は朱雀に叩き落される。
     しかしその落下地点はさっきとは異なっている。

    「さぁ終わりだ打猿。貴様をその体から引き剥がしてくれる」
    「なっ!?」

     落ちた場所には俺が仕掛けておいた大量の符。
     それが赤い光を放ち始めた。

    「がっ!! や、やめろぉぉぉぉぉ!!」
    「さぁ、その体から出てゆけ、土蜘蛛打猿よ!!」

     俺が印を切ろうとした瞬間だった。

    「そうはさせん」
    「!?」
    「雅音さん!!」

     俺の体に強烈な痛みが走った。
     それと同時に椿の叫び声がこだまする。

    「なっ……んだと?」

     俺の体には、無数の縄が刺さっていた。
     同時に、あちこちで地面に何かが転がる音が聞こえる。

     ゆっくりと周囲を見回せば、疲弊して立ち尽くす土蜘蛛たちと、俺と同じように縄に貫かれて倒れる陵牙たちの姿があった。

    「皆よく時間を稼いでくれた。儀式は終了した。鬼門がまもなく完全に開くぞ」
    「海松橿姫様!!」
    「おお……やっと我らが宿願の叶う日が……!!」

     牡丹……いや、牡丹の体を奪った海松橿姫が俺たちを見下すように言った。

    「その体は貴重だ。殺しはせぬ。だがこの先邪魔をされるのは目障りだ。おとなしく鬼斬の娘が死ぬのをみていろ」
    「!!」

     海松橿姫は歩を進めて椿の前に向かっていく。
     星弥が必死に椿を守ろうとしているが、海松橿姫にとって星弥など眼中にないようだった。
     確かにあいつは陰陽術すら使えない一般人にちかい。
     取るにならないといいたいのか……!!

    「見るがいい鬼斬の娘よ」
    「!?」

     海松橿姫の背後にあった鬼門が完全に開き、中からさらに黒い魂たちが噴出してきた。
     くそっ!! 縄が地面に突き刺さって身動きが取れない……
     俺は何も出来ないのか!!

     その光景を見て、椿は絶望したように目を見開き、膝を地面についた。

    「駄目……これ以上は……お願い鬼門を閉じて!!」
    「それは無理な話だ。向こう側からもうすぐ我らの神が光臨なされる。そのときこそ我らが宿願叶うとき……だが」

     海松橿姫は椿に手を伸ばす。

    「やめろ!!」

     星弥が椿をかばうように手を広げて、海松橿姫の前に立ちはだかるが、それは無意味だった。
     海松橿姫は星弥を簡単に払いのけると、椿に言った。

    「だが、我らが神がこちらへいらっしゃる前に最後の仕上げが必要だ。我らの永遠の敵、裏切りの姫君……鬼斬の娘、お前の命を絶ち我らの世界が生まれるのだ!!」
    「逃げろ椿!!」

     俺が声を張り上げたところで無意味だった。
     海松橿姫の縄が椿に伸び、椿は顔を腕で覆った。

     椿の命の危機を感じたその瞬間、突然椿の左腕につけていたブレスレットが強い光を放った。
     それは、奇跡の始まりの第一歩だった。
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